閑話 エルフの森 後編
マナリスは降伏したエルフを加え、ザイドルが束ねる集落に攻撃を仕掛けた。
「もはや決戦を挑み、マナリスを倒す他無い」
ザイドルが宣言した。
「きっと人族に脅されているんだ!」
若いエルフが反論した。他もその意見に同調した。どうしても同族が同族を大量に殺した事から目を逸らしたかったのだ。
ザイドルとサリスが決戦を求め、他が違う解決策を求めた。平行線で議論の行方は迷走した。
「精霊達がマナリスの集会の子供達が人質になっている場所を教えてくれました!」
精霊の声が聞こえる《精霊巫女》の少女が唐突に宣言した。
「私には何も聞こえない」
サリスが否定した。
「そんな事ありません!」
少女は自分の主張を曲げなかった。
「マナリスの支配が強い地域から情報が漏れるのがおかしい」
サリスが再度否定する。
「俺は信じるぜ!」
「助けに行こう!」
マナリスを信じたいエルフ達は、マナリスからの救援要請だと確信した。
「皆さん、ありがとう。私が案内します」
少女が案内を買って出て、多くの戦士達がその場所へ向かった。
待ち伏せされ、出て行った戦士の大半が死んだ。少女だけは守ろうと戦士も頑張ったが、人族の矢に心臓を射抜かれて息絶えた。ムールスの時同様、「嘆きの波」が発生したため、サリスは少女の死を知る事が出来た。
サリスはショックを受けた。少し前なら、《精霊姫》の言葉を真っ向から否定するエルフはいなかった。
「私が本当の事を言っていれば……」
精霊は嘘を付かない。エルフに取っては常識。故に精霊の言葉は絶対。
サリスは知っている。精霊は嘘を付く。そして、人質の件は精霊が嘘を付いていた。しかし、それを言ったらどうなる? ザイドルの集会は《精霊姫》の絶対性に依存している。それが崩れれば、エルフの世界は崩壊する。
《精霊姫》もかつては精霊が嘘を付かないと信じていた。しかし、エルフの国が絶頂期を迎えた時、勇者が精霊を使い欺瞞工作をおこなった。絶対に正しいと信じた情報を下にエルフは動き、悉く勇者率いる人族にしてやられた。
今の森に追いやられた後、《精霊姫》はそのやり方を調べ、対策も練った。しかし、それはエルフにとって禁忌とされ、その使用は硬く禁じられた。その禁をマナリスは破ったのだ。戦争に勝つためとはいえ、マナリスがここまで堕ちるとはサリスは思っていなかった。
マナリスには余裕が無かった。血肉を削り、薄氷の勝利を重ねていた。《精霊姫》の絶対性すら失わせたため、戦後の統治が大変になる事を考える余裕は無かった。
もはや戦力差は絶望的だった。
攻め寄せる人族の肉壁とマナリスに戦う事を強要されたエルフ。普通に戦えば、ザイドルの矢が尽きるのが早い。
「助けて、助けて」
サリスはこの時、精霊達から人族の声を拾った。マナリスが人族に奴隷魔法を掛けて操っていた。本来、命の危険があれば命懸けの抵抗は出来る。それすらも出来ないのは異常だった。それに、人族は誰もスキルを使っていなかった。軍人なら武器を扱うスキルの一つは持っているにも関わらず。
良く見ると、人族の後ろにエルフが弓を構えて、逃げる者を後ろから撃っていた。エルフは自衛以外で会話可能な生命を殺す事に強い忌避感を持つ。督戦などやらせれば、エルフの士気はがた落ちになる。
マナリスのエルフは泣きながら矢を射ち続けた。それは自由意志を奪われたが如く。
それでもザイドルには勝機があった。
マナリス軍の士気は最低だった。
ザイドルは残った一流の戦士達と一緒に本陣奇襲を敢行した。
ザイドルはマナリスに従わされたエルフが消極的な抵抗しかしなかったため、楽に本陣を奇襲出来た。
「マナリスよ、兵を引け!」
「新時代の礎となりなさい!」
二人はお互い引かず、一騎打ちが始まった。
勝敗は呆気無く付いた。
エルフ一の戦士と精霊魔法使いが近距離で戦えば、ザイドルに分があった。サリスがマナリスの精霊に干渉したため、実力を発揮出来ないのも大きかった。
ザイドルはマナリスの首筋に剣を添え、降伏を迫った。
マナリスは了承した。
戦争は終わった。
そう皆が思った。
ザイドルが油断した一瞬、マナリスの槍がザイドルの腹を貫いた。
「何故だ?」
ザイドルは答えを聞く前に息絶えた。
「敗残兵を掃討しなさい!」
マナリスが号令を掛ける。マナリスのエルフ達は恐怖に駆られ、積極的に攻勢に出た。
残ったザイドルの戦士達は余りの事に戦意を失い、皆討ち取られた。
負けを悟ったサリスは残った100人弱のエルフを一所に集め、結界で守った。《精霊姫》の精霊結界は勇者ですら破壊出来ない防御陣。エルフはこの中に数年篭る事が出来る。
流石のマナリスもこれは破れず、包囲だけに止めた。
援軍の無い篭城戦など、先が見えている。
サリスは人族が包囲の中心だから、じきに撤退すると考えた。
サリスの考えは甘かった。
人族が餓死しようがモンスターに襲われようが、マナリスは包囲を解かなかった。
一月経ち、サリスの守っていたエルフ達は憔悴していった。
マナリスの甘言に乗せられたエルフが裏切り、サリスは捕らえれれた。
サリスは猿轡をされ、マナリスの下に突き出された。
サリスはマナリスと周りのエルフを見た。そして理解した。エルフはマナリスの邪悪な気配に恐れをなし従っていると。恐怖により歪められ、一線を越えたエルフは自力で元に戻るのは困難だ。
サリスは最後の抵抗でマナリスと刺し違える覚悟を決めた。マナリスは《精霊姫》を同族の前では殺せないとサリスは考えた。これまで穢れ役は戦闘の偶然を装って人族が担って来た。
マナリスはそんなサリスを見て、躊躇無く目と喉を潰した。エルフと精霊から悲鳴が上がる。サリスは自分が甘かったと悟るも、既に遅い。
マナリスの槍が頭を貫くその刹那、老エルフ達がサリスの上に覆いかぶさった。
「何をしている?」
マナリスが殺気のこもった声で問う。
「マナリス様、《精霊姫》を殺してはなりません!」
老エルフ達が必至に懇願した。
マナリスは仕方なく妥協した。戦争には勝った。これ以上の無理を強いてはエルフ達が言う事を聞かなくなるかもしれない。しかし、サリスを生かすのはリスクが大きすぎる。なら、死より酷い状態にすれば良い。
「ならば、両足の腱を斬り、奴隷商に売る」
マナリスはそう宣言した。更に抗議しようとした老エルフの首を一刀の下に斬りおとした。
「異議のある者は?」
誰も異議を唱えなかった。エルフ達の周りには武器を持った人族が立っていた。エルフ達は従う他無かった。
サリスは奴隷商に引き渡される前に牢屋に入れられた。
その夜、マナリスが現れた。サリスはそれを知っていたが、出来る事は無かった。死を覚悟したサリスにマナリスは語り掛けた。
「古き時代は終わる。貴方は邪魔。だから力を封じ、永遠に奴隷として暮らしなさい」
マナリスはサリスに奴隷魔法を掛けた。サリスを元気付けていたたくさんの精霊が消えた。その時からサリスは属性魔法を使えなくなった。
サリスは半年を掛けて様々な奴隷商の手を渡り、カッタルイの奴隷商の下に来た。傷物だが美しいエルフの処女という説明で購入したイブゲスはさぞ驚いた事だろう。
そして、まるで運命に導かれる様にサリスはライに買われた。




