閑話 ベリア
カッタルイ公国には一般的な盗賊ギルドは存在しない。国王直轄の情報部が盗賊ギルドと言う部署を運営している。
盗賊ギルドの仕事は観光案内などの比較的クリーンな情報収集から暗殺や密輸等のダーティーな仕事まで千差万別。
盗賊ギルドのトップは大盗賊と呼ばれる。現在は王弟がその任に付いているが、王弟が大盗賊だと知っているのは千人頭と呼ばれる上級幹部のみ。
盗賊ギルドの階級は千人頭、百人頭、十人頭、構成員となっている。千人頭は5人。それぞれ違う分野を担当しているが現場には絶対に出てこない。現場で万が一顔が割れれば、公国存亡の危機。彼らの表の顔はそれほどまでに重要だ。
百人頭は現場のトップであり、店の重役や大部隊の指揮官を務める。十人頭は部隊を多く持つ百人頭の小隊長だ。
ベリアは観光案内所にある私室でレポートを纏める。彼女は百人頭であり観光案内所の真のトップだ。所長と大半の職員は何も知らない一般人だ。所長は役割柄、ベリアが裏の人間だと知っているみたいだが、詮索はしてこない。折角の高給取りになったのに、職も首も失いたくは無いのだろう。
ベリアはレポートを複数書いて、どれを上に提出するか悩む。
ライ・フリージア。アルドスタン王国の子爵令息。そして次期侯爵。
ベリアは彼が意図的に白髪赤眼を見せびらかして観光案内所に入って来た時に心臓が止まるかと思った。2ヶ月以上も前に死んだはず。しかし、僅かながら生きている可能性はあった。
もしライが髪を染めていれば、ベリアですら気付かなかった。しかし、気付かされた。ライは自分から生存を世界に発表したのだ。ベリアはライが何を考えているのか理解出来ない。しかし、上に報告を上げないといけない。
問題は報告内容だ。そして取るべき対応の上奏。
ベリアは2枚の書類を見比べる。
片方はエルトール侯爵の依頼書。もう片方は次期エルトール侯爵ディーンの依頼書。
侯爵の依頼はライの捜索。生死に関する情報提供。苦境に立たされているなら救援。
ディーンの依頼はライの抹殺、手段は問わず。死体の引渡し。
盗賊ギルドは長いものに巻かれろ主義だ。百人頭までは短く太く生きる主義だ。ベリアはどっちかと言うと、どうでも良い主義だ。
本来ならば未来の縁を期待してディーンの依頼を優先する。しかし、侯爵の依頼書にはディーンの廃嫡とライの爵位継承が書いてある。
盗賊ギルドはただの一般人からの暗殺依頼は受けない。少なくても他国の貴族とケンカはしない。怒り狂った侯爵が軍を派遣したら、公国なんて吹き飛ぶ。
侯爵が宣言通りディーンを廃嫡出来るのか。どの依頼を優先するかはそれに掛かっている。ベリアではそれを判断出来ない。だから上に上げる。
そこで重要になるのがベリアのライ評。ベリアがライに見込みがあると言えば、侯爵の依頼を優先する方に傾く。侯爵が失敗すれば、ベリアは責任を取らされて殺される。リスクは甚大、リターンは無い。
ベリアはライと直接話せるように手勢を動かした。思惑は成功し、ライはベリアが受付をしている机に来た。
変な男だ。最初に感じたのはそれだけだ。彼からの依頼内容も至って普通。
ベリアは構成員のニコラを案内役に指名した。胸を縛って男装させた。ベリアの直感では、ライは胸の小さな子が好きだ。それも年下限定で。
ニコラの報告を聞いて、ベリアは自分が正しかったと確信した。ニコラが間違って本気になっているのでは、と心配したほどだ。種を貰うまで本気なら良いが、火遊びで終わるなら、最悪ニコラを処分しないといけない。
ニコラの報告内容は余り参考にならなかった。それで良い。ニコラは金のために低リスクの依頼を受けている。いつでも足抜け出来る。そうなるようにベリアが面倒を見ている。ニコラにはベリアみたいになる理由が無い。だからベリアは気に掛ける。
ベリアは深く関わりすぎた。足抜けしたい、と思う事すらない。両親を嵌め殺した商人に復讐するためだけにギルドに入った。荒事部門に入り、エリート部隊のアサシンとして腕を磨いた。両親の仇を取ったら、抜け殻になった。
そんな時に世話になっている今の上司から観光案内所のスカウトが来た。荒事部門からの転属はあっさり受理された。裏で何か取引が有ったのは間違い無い。ただ単にエリート部隊が抜け殻の処分に困っただけかもしれない。
ベリアは悩んだ。悩んだ故に結論を先送りする事にした。
ライは必ず早い段階で動く。結論を出すのはそれからで良い。
ベリアは事実を纏め、報告書を完成させた。ベリアは自信の権限の及ぶ範囲で、数日は監視に留め、依頼主には報告しない様に求めた。どっちに報告するかはライの動きを見てからでも遅くない。
それと別件だが同僚に助け舟を出す事にした。これは上司を真似てベリアが始めた事だ。上司は横の繋がりを大事にした。ベリアはそれだから今の自分があると信じている。
ルベル暗殺を担当した百人頭は不運だった。他国で商品が納入されるのを数日遅らせ、護衛を全員買収した。更には馬車の車輪が割れるように仕込んだ。他国にまでツテがある手錬はギルドに数名しかいない。
そこにライが現れた。専門技術がいる車輪を簡単に修復。山賊に扮した盗賊ギルドの荒事部門の十人頭1人と構成員24人を一方的に虐殺。生き残りがいなかったのがせめてもの救いだ。生き残りから足が付けば、ベリアでも助けられない。
ルベルの件は上位依頼と不遇の衝突をしたとして処理されれば、百人頭の命が助かる可能性は高い。そこから巻き返せるかは本人次第。ベリアもそこまで責任は持てない。件の百人頭に文をしたため、構成員に配達を依頼する。
数日後、ベリアはライに関しては自分の考えが正しかったと知る。上司からもお褒めの言葉を貰った。ついでに正しかった事を死ぬほど後悔した。ライのせいで彼女の睡眠時間が大幅に削られ、ただでさえ荒れ気味な肌が一層荒れた。
ライ・フリージアの専属担当に任命されたベリアは、ニコラの持って来る情報に振り回される日々を送る事になる。




