馬車
馬車道に出てみると、雪が積もっていた。この時期ならそうか。樹海は聖骸の影響か、冬と思えない程暖かかったので季節感が掴めなかった。
「今は1月下旬頃か?」
王国は北にある分、まだ冬だ。しかし、公国もそうなのか? 南の砂漠の影響で余り雪は降らないと思ったが?
俺は不思議に思ったが、とにかく公国に向かって駆け足で進む。人通りが無い分、少し行程を早めても問題無い。
2日経った。公国の首都まで後4日で着く距離で立ち止まっている馬車に出会った。
旅先で声を掛けると、余計なトラブルに発展する。旅人同士、必要以上に関わらないのが不文律となっている。
俺が近付くのを見て、護衛が臨戦態勢を取る。素人が! もっと早く俺の存在に気付け。それにそんな見え見えの警戒心では余計な敵を作るだけだ。
『やる気みたいだね』
「……」
羽虫に話したら、独り言を呟く危ない男になる。唯でさえ、警戒されているんだ。
『あっ! 頭の中で念じたら声に出さないでも話せるよ?』
『こうか?』
『そう、それ!』
『相手から仕掛けてはこないだろう』
希望的観測ではあるが、あちらは真っ当な商人に見える。戦闘行為そのものをリスクと捕らえるはず。
俺は馬車から距離を取り通過する。あちらは未だ臨戦態勢だが、俺に仕掛ける事は無い。
「駄目だ! 車輪が逝かれている」
護衛が車輪を見ながら諦めの声をあげる。
「直せませんか」
商人が残念そうに言う。恐らく、本人の中では諦めがついているのだろう。
「専門職ならまだしも、素人には無理だ」
車輪が石に乗り上げ、外縁部分の一箇所が壊れた。車輪は6つのフェローで円を作る。その一つの形が歪に為れば、運転は厳しい。それなのに無理を押したのか、スポークまで割れてる。スポークが割れても走行は出来るが、フェローが外れない様に補助する役目は果たせない。
さて、どうするか? この程度なら直せる。本職には遠く及ばないが、ステータスの高さでゴリ押し出来る。馬車一つ作るのは無理だが、フェロー一つなら前世で作ったモデルやフィギュアの技術で代用出来る。
ここは声を掛けてみるか。相手は公国に向かっている商人。積荷満載。アイテムボックスの類は持っていない。持っていたら馬車を捨てて荷物だけ持って行く。
「失礼。馬車の修理が必要なのか?」
俺が商人に少々遠方から声を掛ける。
「直せるのですか?」
商人が問う。
護衛の何人かが死角に回りこむ。バレバレだから。半端な行動は死を招くぞ? ここら辺に山賊はいないのか、商人と話が付いているのか。とにかく、対人戦では味方の足を引っ張っても役には立たない。
「フェローが逝かれているだけなら簡単だ。それ以上となると流石に無理だ」
商人がしばし沈黙する。リスクとリターンを考えているのだろう。
「分かりました。確認してください」
俺は馬車に近付き、車輪を見る。どうやら俺の考え通りだ。付け加えるなら、壊れた原因の追加要因として車輪が凍っていた。木が凍っていれば衝撃を吸収し辛くなる。雪で馬車道にあった石が見えなかった所に乗り上げた。
「これなら直せる」
「それはありがたい」
「とはいえ、ロハと言う訳にはいかない」
「金でよろしいですか?」
商人らしい考えだ。俺の見た目がぼろいから金と言ったのだろうが、馬車を修理出来る俺が金に困る事は無い。馬車作りの専門家は平民としては高給取り。その一部と言えども修理出来る俺は引く手数多。
「否、公国まで乗せていってくれたらそれで良い」
「それだけで?」
商人がいぶかしむ。安すぎると心配したか? これではこの商人の未来が心配になってくる。
「公国は始めてだ。色々話しを聞かせてくれ」
「分かりました。ではその様に」
商談が成立した。俺は早速作業に取り掛かる。
「壊れたフェローより一回り大きな木材はあるか?」
「ありません」
壊れた際の予備部品を用意すれば良いのに。この世界の常識では稀みたいだ。死が身近すぎるためか?
「仕方が無い」
俺は指輪を弄って、樹海で手に入れた木の枝を出す。指輪はライが最初から持っていた。これは換金用の無価値な指輪だ。
『何しているの?』
羽虫が不思議そうに言う。
『アイテムボックスの指輪を持っているフリをしている』
次元収納とアイテムボックスはレアスキルだ。持っているとばれたら囲い込みが激しくなる。場合によっては奴隷にされて一生酷使される可能性もある。
アイテムボックスの指輪はスキルを再現した魔法道具だ。かなり貴重だが、子爵の父上でも一つ所持している。ライの知識では中級商人か子爵以上なら最低一つは所有している。その息子である俺が持っていても不思議ではない。
「アイテムボックスですか!」
商人が驚きの声を上げる。
「遊歴の旅に出るなら必要だろうと、父上が貸してくれたのだ」
俺が今速攻で考えた設定を披露する。遊歴と言っても、大半は実家の金で物見遊山の旅だ。樹海を突っ切ってワイバーンを狩るクレイジーなシスコンはいない。
「お貴族様で!?」
「そう言えば名乗っていなかったか。私はライ。アルドスタン王国の下級貴族の出だ。家名は遊歴中の身ゆえ名乗れない」
名乗れないルールなんて無い。有能な商人ならこれで実家まで密かに調べ上げる。普通の商人なら厄介事を避けて追求しない。無能な商人なら足を突っ込んで自滅する。
「そうですか。私は帝国の行商人ルベルと申します」
その後は黙々と作業に没頭する。俺が取り出した枝は樹海の中心付近のやつだ。残念ながら、普通の斧やナイフでは切れそうも無い。愛剣だったアダマンタイトの欠片を使うのも考えたが、無用な詮索を回避したかった。
「ウィンドエッジ」
そこで、《風魔法》で空気のナイフを作り出し、枝を切る事にした。ルベルと護衛が興味深そうに見ている。
フェロー一つとスポーク二本を一時間と少しで仕上げ、車輪に組み込む。馬に前進して貰って確認する。どうやら問題無いみたいだ。
仕切りに感謝する商人と一緒に馬車に乗り、公国を目指す。




