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兄々


 目的地まで目と鼻の先、の手前という位置。頭にある地図を浮かべれば、帝国領の東北の端にある場所。

 要所でも危険地でも、希少な何かがあるわけでもない。なんらという特徴もない、ただ通過すべき道無き道。

 しかし。

…………

 まずい、な。

 理屈の外で抱いた何かに従い、後列の進行を手で制した。

 戸惑いより先に反射的に出した指示(ハンドサイン)に従う後方の気配を感じながら、前方を観察する。

 帳のおりた夜は深く、しかし依然として月光は豊か。

 禿げたそれが多いのもあるだろうが、まばらと茂る森の表面さえ見通せる光量。


「……宗兄さん?」


 魔物の影も、敵意や第三者の罠の気配も見当たらない。

 隠されているとかでなく、本当に大したものは何もない。やはりただの道無き道。

 それくらいは後ろにいる皆も解っているだろう、代表した弟が首を傾げる気配と共に何事かを問う。

 予定にある休憩地点の間近、ようやく一息着けると気を抜きかけていた面子からの怪訝な視線を感じながら、しかし答えずに制止を続けて、じっと観察を続ける。

 風の吹く草の原に地続き、崖に等しい急斜が特徴の山が聳え、その麓に広がる静かに湿った森。耳を澄ませば雑多な虫の声が鼓膜を揺する。

 そこに不自然も違和感も無いが――暑くもないのに汗が流れた。本能が言語に解せない何かを訴える。

 思い返されるのは、出立前のキャリーの表情。

 その理由とイコールで結べそうな予感が胸中でうずく。

 うずまく名称不明のあやふやな何かが、不気味で不快な警鐘を鳴らす。高らかに高らかに。


「……あの、宗介。なんなんスか? 早いとこ休みたいんスけど」

「……十分だな」


 戸惑いの声を半ば無視し、こちらの判断をきっぱりと口にする。

 説明はできない。自分でよく解らんあやふやな直感なのだから、具体的な説明のしようがない。

 全くもって論理的ではない。しかし――

 観察と思考の結論を出し、手に持った鉈をその場に刺し、減量。

 改めて、一歩踏み出す。


「宗兄さん?」


 このあやふやな直感が"使える"ことは、今まで生き残ってこれた経験から理解している。

 果たす必要のある任務が先にある。しかし、果たせるか否か。

 何一つ具体的な材料が無い以上、確認だけでもする必要がある。


「先行する。十分経過しても俺が戻らなければ帰還しろ」


 先行する。単独で、生還できる可能性が一番高いのは俺だ。

……杞憂であるならそれに越した事はない、が……


「は?」

「ちょ、え、宗介?」


 振り向いて、戸惑う連中に目を見せる。見合うのではなく制する意図。

 大半が戸惑いながら息を呑む。こちらの意図がある程度呑めた者が把握したと頷きを返し、弟は心配そうな眼差しを向けてくる。

 無言で弟の頭を軽く撫で、僅かな確認にさえ命を秤にかける何かがあると予感した藪に足を踏み入れるべく、(きびす)を返した。














「――っ!」

「お兄さん?」


 お兄さんとの、月城邸での風呂上がり。

 機能優先ながら、石と木造りでどことなく風情を感じる脱衣場で、濡れた頭をタオルで拭いてる最中の事。

 同じく真っ白なタオルにくるまり、湯船を漂った事により若干しぼんだ体積を取り戻していたお兄さんが唐突に顔を起こし、兎さんの長い耳をピンと上に張り、明後日の方向を警戒するように凝視します。

 その唐突な行動と、放出する兎ならざる気配に首を傾げ。


「なに? どうしたの、お兄さん?」

「……何か、あったな」


 視線の槍は、脱衣場の壁を越した何かに向けられている模様。

 それが杞憂なのか事実なのか凡庸にも満たない私には分かりかねますが、お兄さんは確信を含み、ふかふかタオルから若干濡れたままの体を出します。


「異能の発動を感じたんだ。場所は、帝国領端の――ん?」


 不審者の行動を監視するような固定されていた視線をずらし、私の方に。

 いや、微妙にずれています。より具体的に言えば、私の斜め後ろにの空間にある体重計方面。


「……また、だって? 同時に? 何が起こってる」


 乾いた声は隠しようのない警戒に満ちています。

 何の事か訳も分からず、傾けた首を再度傾けていると。

 背筋が粟立つ、異様の気配を感じました。

 舌の根が一瞬で渇き、限界まで見開いてるでしょう眼を、お兄さんと同じ方角に向けます。


「……感じたか、鈴葉」


 遠く、視界に届かない遥か遠く。五感のいずれでも知覚できない遠方にあるだろうと、矛盾した理解を同質と同居する本能が囁き、理性に伝える。

 できるはずもない感知ができてしまう、得体の知れないおぞましい力。

 お兄さんやお父さん、私にも根ざす、世界を汚す荒唐無稽(デタラメ)な力。

 同類同士共通する力を持つ故の感知能力。

 鈍い私でさえはっきりわかる力の余波。私などよりはるかに鋭く完成されたお兄さんは、得体の知れない恐怖で思考停止した私以上の何かを悟ったように、真っ赤なまん丸お目々を鋭く細め、呟きます。


「……覚えがあるな、この感じは……奴か」

「奴って?」

「……月城ちゃんの指示を仰ぐべきかな、これは」


 質問に応えず、一人合点した様子のお兄さん。

 半渇きの身なりでも構わず、余人の目に止まらぬ速さで廊下へと駆けていきました。

 今の身だからこそ出来る芸等だなあ、と今の後ろ姿を人間の姿でとうっかり再生しようとして、止めます。

 残された私は忘れられたのか眼中に無いのか、置いてけぼりスルーのまま。

 依然として、謎の異能な気はビンビンと感じます。感知能力もお兄さん以下な私でさえ感じる、まがまかしく巨大な気配。

 これは同じ異能力者にしかわからない、特有のもの。巨大な力――例えば地形を破壊するレベルのそれなら、余程離れていないと確実に伝わってしまうもの。とはお兄さんの言。

……地形破壊レベルのそれなら、射程範囲に入ってないか不安ですが……まあ、流石にそれは無いでしょう。気配は離れ過ぎていますし、まだ私が意識を保てている事、帝国(ここ)にいるお兄さんやお父さんという最終にして最強な防衛ラインの存在を考えて、射程範囲外でしょう。きっと。多分。

 まあ取り敢えず、まだ若干火照り気味だった体は拭き終えていたので、事前に月城家のお手伝いさんから渡されていた水色に近い青の浴衣に、我ながらぎこちなく袖を通します。

 湯上がり、だったのですが今や冷や汗ダラダラ流れ、全身が生まれたてた時並みに震えてるわけですが。

 人様に見せても余り問題はない程度に身を整えて、その間に消えたあの気配に未だガタガタ震えながら、平常の半分以下のペースで脱衣場から退室。

 そしてばったり。


「……あ」

「あれ、鈴葉く……っと、鈴葉さま?」


 車椅子を押す小柄なメイド服の女の人と、車椅子に座った儚げな女の子。

 内面というか、相変わらず真っ先に受ける印象が対照的な泉水姉妹と遭遇しました。


「きゃきゅ、きょっ、こんびゃんはです」

「盛大に噛んでる上に顔色悪いけど、どし……どうかされたの?」


 それに関してはお互いさまだと思うのですが。

 流石に、一応とは言え特殊な貴族である衛宮家相手に外聞が悪いと躾られたのでしょうか。とってつけたような敬語が不自然な泉水のお姉さん。

 明るく親しげな性質事態は変わらずとも、少なからずなりを潜めている感じ。

 これは、少し寂しいものはありますけど、立場的な意味を考えてスルーするのが優しさでしょうか。とりあえずは。


「大丈夫でふ、たぶん。ちょっとあの気配に当てられて、言語と諸々が軽くアレなだけで」

「気配……って、ついさっきの、あの気持ち悪いのですか?」

「はい、ついさっきの……って、え?」


 何で異能力者特有の気配を、泉水(姉)さんが?


「私だけなら気のせいかと思ったけど、冥も具合悪そうな感じになってた……あ、ましたから」


 少数派にも満たない例外、というやつなのでしょうか。

 知識と食い違う事柄を、まあいいやとそれもスルーします。


「具合が悪いって、大丈夫なんですか?」

「……あなたは」


 車椅子の上の小さな手元、黄色くて愛嬌がある鳥の玩具を、手持ち無沙汰とばかりに両手で弄っていた妹の冥ちゃん。

 アヒルさん玩具はそのままに、何やら、物言いたげな視線を突き上げてきます。

 何でしょう……いや、なんとなくはわかります。

 祭りの時の一幕、月城お母さんの登場でなにやらあやふやになったやりとり。

 尾を引いているのでしょうか。妹さんはじっと視線を向けているのですが、もごもごと薄い口元を動かすだけです。

……居づらい。


「……冥、どしたの?」


 視線を逸らす私と、妙な雰囲気を醸す妹さん。

 間近に居る泉水さんが気付かない筈も無く、首を傾げ怪訝そうに問います。


「……ううん、なんでもない」

「……んー?」


 首をふって否定すると、再び玩具を弄くり始めた妹さん。

 言葉少なくそっない中に納得いかないものがあったのか、お姉さんは眉根を寄せて、不思議そうに唸りました。


「うぅん、まあ、とりあえずいいか。鈴葉さまは湯上がり、ですよね」


 私の姿を上から下まで見て、話題を変える泉水のお姉さん。

 微妙なぎこちなさはちらつきますが、その笑顔はやはりきさくなもの。陽性の魅力というやつでしょうか。場を調和のとれたものにできる笑顔、と思えます。


「露天風呂って聞きましたけど、どんなでした?」

「ワビサビでした」

「えっ、山葵(わさび)?」

「ワビサビです」


 え、辛いの? と言わんばかりに目を見開いていた泉水さんでしたが、受け売りそのものな私の話を聞き、そうなんだーと明らかに解ってない顔で頷きました。

 あの、もう敬語云々剥がれかけてるんですけど。


「あの、泉水さん。やりづらいなら敬語とかしなくてもいいですよ? 私は気にしませんから」


 一応でも貴族という身分なわけだから、敬語を使わるのには慣れてます。

 でも彼女に関しては知り合いだし、会話した時の人柄が良くもあったし、月城に近しい人のようだし。そういう人に敬語を使われるのはちょっと……

 というかそもそも親の暗黙と私の性質に問題があるとはいえ、平然と私を足蹴にする某メイド長さんの存在を考えると、今更感が凄まじいのです。


「ううっ、ありがとう……でも慣れとかないと、いつボロが出るかわかりませんから、ごめんなさい」


 立場というものですか。


「い、いや、そんな謝らなくても……とっ、ところで泉水さんたちは、露天風呂に入りにきたんですか?」


 話題を少々強引に切り返し、とりあえず今更ながら目先の事に関して。

 ここ露天風呂の脱衣場前は、月城邸中庭の端に位置する、長めで分かれ道のない通路を通る事で到着します。

 露天風呂に用事がなければ使うことのない通路でばったりしたのです。となれば、入浴にでも着たのだろうと思うのが自然でしょう。


「ええ。冥の体にもいいからと、リッちゃん様から」


 そうですか、リッちゃん様から。

……いや、まあ。あえて指摘はしませんけど。

 肯定の言葉とニコニコ笑顔は、表情の無い表情でアヒルさんの玩具を弄くる妹さんと、やはり対照的なものでした。


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