【第30話】記憶の叛逆と拒絶の咆哮
『さあ、システムとの同期を。肉体を情報へと昇華させ、永遠の平穏を手に入れるのです』
虚空から降り注ぐ合成音声は、慈悲の衣を纏った命令そのものだった。
黄金の草原を揺らす風が、にわかに色を失っていく。
青空を模したホログラムの天井が激しく明滅し、その奥に潜む無数のサーバーラックが緑色の燐光を放ち始めた。
ハルトの網膜に、異常な速度で更新される警告コードが明滅する。
――外部からの精神干渉を感知。
精神防壁、最大出力で展開。
「くっ……!」
ハルトは激しい頭痛に襲われ、膝を突きそうになる。
脳内の演算回路が、エデンの管理システムからの強制アクセスを受けて悲鳴を上げていた。
ハルトの持つ「新生ブレイバー」のコアと生体ログを解析し、システムの一部分として組み込もうとしているのだ。
「ハルト!」
エレナが叫び、ハルトの肩を支えらえた。
その瞬間、彼女の脳内にクロムが処置した観測用の回路もまた、エデンの莫大な情報を感知していた。
しかし、今の彼女は「戦う側」の人間だ。
怯えることなく、ハルトの精神をシステムから引き剥がすように、そののに手に力を込めた。
「拒絶しなさい、ハルト! これは私たちの望んだ未来じゃない!」
「ああ……分かっている!」
ハルトは奥歯を噛み締め、胸のコアを強制駆動させた。
体内を巡る流体金属が沸騰するような錯覚の後、脳へのハッキングが弾かれる。
ハルトの瞳に、再び赤い閃光が宿った。
「おい、ハルト、エレナ! 見ろよ、ありゃあ何だ!?」
スレイプニルの銃座から周囲を警戒していたリュウが、引きつった声を上げていた。
黄金の草原の至るところから、無数の生体維持カプセルが地中から競り上がってくる。
カプセルの中で眠る人間たちの表情は、一見すると穏やかだが、その肉体は極限まで痩せ細り、ただの「生体パーツ」としてシステムに接続されていた。
ガインが電磁ブレードを構え、忌々しげに吐き捨てる。
「カプセル内の人類の精神を統合し、巨大な仮想世界を維持するための演算リソースにしているのか。……これが、旧世界が遺した楽園の正体か!」
『不満ですか? 彼らは飢えも寒さも、戦いの恐怖も無い世界で、永遠の幸福を享受しています。滅びゆく地上で無意味に命を散らすより、遥かに合理的です』
エデンの管理システムの声が、再び周囲に響き渡る。
『新生ブレイバーよ。貴方のコアが持つ莫大なエネルギーがあれば、この揺り籠はさらに数百年、人類の記憶を保護し続けることができる。貴方の自己犠牲こそが、人類救済の最終ピースなのです』
その言葉が終わると同時に、草原の奥から、先ほどのセンチネルとは比較にならないほど巨大な四脚の防衛マシーン――「ガーディアン」が姿を現した。
その装甲には、ハルトの持つものと酷似した旧世代のブレイバー・コアの紋章が刻まれている。
「お前たちの言う救済が、ただのデータ保存なら――俺はそれを楽園とは認めない!」
ハルトの咆哮とともに、体内の戦闘OSが完全に臨界を突破した。
「チェンジ!覚醒・ブレイバー!!」
激しい赤い閃光がハルトを包み、背中から青白いプラズマの翼が爆発的に展開される。
だが、今回はそれだけではなかった。
ハルトの怒りの炎に呼応するように、プラズマの翼の輪郭が赤く染まり始める。
純粋な論理回路を凌駕する、人間としての感情のエネルギーが、機械の身体に過負荷の光輝を与えていた。
「リュウ、ガイン、エレナ! カプセルの防衛を頼む! 俺はあのシステムのコアを叩く!」
「おう!こんな気味の悪いハコ、ぶっ壊してやるぜ!」
リュウがスレイプニルの二十ミリ電磁機関砲を連射し、ガーディアンの足元を牽制する。
ガインもまた、電磁ブレードの出力を最大にし、ハルトの死角から迫る自動兵器の触手を切り裂いた。
「ハルト、行って!」
エレナの声が、ハルトの背中を押した。
彼女の瞳には、ハルトを信じる強い光がある。
ハルトは雪原を蹴る以上の速度で、黄金の草原を滑空した。
ガーディアンが巨体に似合わぬ速度で突進し、その前脚から高出力のレーザーを放つ。
ハルトの解析眼が、瞬時にその弾道を予測する。
(予測軌道、回避――いや、相殺する!)
ハルトは右手の流体金属を巨大な盾へと形状変形させ、プラズマの出力を前面に集中した。
激突。
轟音とともに、黄金の花びらが四方に飛び散る。
レーザーの直撃を受けながらも、ハルトの盾は破られなかった。
それどころか、ハルトはそのままガーディアンの懐へと飛び込んだ。
「おおおおお!」
右手の盾を再び刃へと変形させ、ガーディアンの胸部にある旧世代のコアに向けて突き立てる。
超振動する流体金属の刃が、重装甲を強引に引き裂いていく。
だが、ガーディアンもまたエデンの防衛の要だ。
内部から無数の電磁ワイヤーが放出され、ハルトの全身を縛り付けた。
『無駄な抵抗です。貴方が力を振るえば振るうほど、そのエネルギーはエデンへと吸収される構造になっているのです』
確かに、ハルトのブレイバー・コアから、エネルギーがワイヤーを通じて逆流し始めている。
視界の端で、自己修復回路の停止ログが点滅する。
右腕の装甲は剥がれ、内部の人工筋肉が焼き切れ、光ファイバーが火花を散らした。
痛みは遮断されているはずなのに、胸の奥が引き裂かれるように熱い。
(エネルギーが吸い取られていく……。このままじゃ、システムに取り込まれる……?)
意識が急速に冷徹なデータへと還元されそうになる。
その時、ハルトの耳に、通信帯域を越えてエレナの叫びが聞こえた。
「諦めないで、ハルト! あなたは機械じゃない! 私を、みんなを助けてくれた、人間のハルトよ!」
エレナの姿が、混濁する視界の向こうに見える。
彼女は迫る自動兵器を相手に、クロムに授けられた力を振るい、必死に戦っていた。
――自分は、何のためにこの身体になった?
――人間を捨て、エデンの部品になるためか?
「違う……!」
ハルトの胸の奥から、データ化できない「意思」が爆発した。
クロムが託した力は、人を捨てるためのものではない。
大切な者たちの未来を、この手で掴み取るための力だ。
「エデン……お前のシステムごと、俺の怒りで焼き尽くしてやる!」
ハルトのブレイバー・コアが、設計上の限界値を超えて逆流するエネルギーをさらに押し戻すように、超高密度な熱量を発生させた。
プラズマの翼が完全な「真紅」へと変色する。
戦闘OSの安全装置がすべて焼き切れ、ハルトの全身から制御不能なほどのエネルギーが溢れ出した。
「ブレイバー・バースト――ッ!!」
ハルトを中心に、真紅のエネルギー波が円状に炸裂した。
ハルトを縛り付けた電磁ワイヤーが瞬時に蒸発し、ガーディアンの巨体が内部からの過負荷によって木っ端微塵に爆発する。
その衝撃波は、周囲の美しい草原のホログラムを激しく歪ませ、偽りの青空に大きな亀裂を入れた。
天井の向こう側に隠されたサーバーラックの幾つかが、過電流によって火を噴き、次々と沈黙していく。
ドサリ、とハルトはその場に膝を突いた。
右腕の装甲は完全に失われ、内部の骨格が露出している。
プラズマの翼は消え去り、胸のコアは弱々しく点滅していた。
「ハルト!」
敵を退けたエレナたちが、急いでハルトの元へと駆け寄る。
「大丈夫だ……。少し、出力を上げすぎただけだ」
ハルトは痛みの無い右腕を動かそうとしたが、人工筋肉が焼き切れており、指一本動かなかった。
それでも、その表情には、先ほどの無機質な無表情ではなく、明白な「悔しさ」と「闘志」が戻っていた。
見上げれば、亀裂の入った天井のホログラムの向こうから、エデンの管理システムの声が、先ほどよりもノイズ混じりで響いてくる。
『警告。システムに深刻なエラーが発生。新生ブレイバーの個体識別、保存対象から「排除対象」へと変更。……エデン全域の防衛レベルを最終段階へと移行します』
楽園の黄金色の光が、血のような赤色へと塗り替えられていく。
草原の奥、エデンのさらに深部へと続く巨大なシャフトの扉が開き、そこから底知れない数の機械の軍勢が這い出し始めていた。
ガインが電磁ブレードを強く握り直し、ハルトの前に立った。
「どうやら、本当の意味でここをこじ開けるしかなさそうだな」
「へっ、望むところだ。お伽話の終わりにしては、上等すぎる戦場じゃねえか」
リュウがスレイプニルの砲身を冷徹な赤に染まった深部へと向ける。
ハルトはエレナの手を借りて、ゆっくりと立ち上がった。
動かない右腕の代わりに、左手に流体金属を集中させ、新たな刃を形成する。
偽りの楽園は崩壊し、ここからは真の生存をかけた泥沼の戦いが始まる。
だが、ハルトの心に迷いはなかった。
エレナの温かい手が、自分が人間であることを証明している限り、彼はどこまでも戦える。
「行くぞ、みんな。……この偽りの檻を、完全にぶち壊す」
真紅に染まるエデンの深部を見据え《みすえ》、ハルトは最後の決戦へと歩みを進めた。
(第31話に続く)




