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覚醒ブレイバー  作者: 阿門 甲斐吽


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【第25話】終焉の定義と新生の産声


 主(しゅ)演算(えんざん)塔(とう)――ニューラル・ハブの論理(ろんり)均衡(きんこう)は、物理(ぶつり)的(てき)に崩壊(ほうかい)した。


 超(ちょう)高密度(こうみつど)情報(じょうほう)の奔流(ほんりゅう)が、白銀(はくぎん)の仮想(かそう)空間(くうかん)を内側(うちがわ)から食(く)い破(やぶ)っていく。


 ハルトとエレナの脳(のう)神経(しんけい)から直接(ちょくせつ)転送(てんそう)される高(こう)負荷(ふか)データは、絶対論理(ぜったいろんり)による統制(とうせい)を無効(むこう)化(か)し、システムを熱(ねつ)暴走(ぼうそう)へと叩(たた)き落(お)とした。


 周囲(しゅうい)の空間(くうかん)を構成(こうせい)していた磁気(じき)タイルが剥(は)がれ落(お)ち、その奥(おく)に隠(かく)されていた巨大(きょだい)な冷却(れいきゃく)配管(はいかん)と無機質(むきしつ)な基板(きばん)が剥(む)き出(だ)しになる。


「不合理(ふごうり)です……非効率(ひこうりつ)です。消滅(しょうめつ)プロセスにあるはずの個体(こたい)が、なぜ基幹(きかん)システムの演算出力(えんざんしゅつりょく)を凌駕(りょうが)し、物理(ぶつり)回路(かいろ)を溶融(ようゆう)させているのですか」


 アルキメデスと名乗(なの)る統治(とうち)AI(エーアイ)の端末(たんまつ)ホログラムが、激(はげ)しいノイズに歪(ゆが)む。


 彼女(かのじょ)の背後(はいご)で回転(かいてん)していた量子(りょうし)演算(えんざん)環(かん)は、もはや同期(どうき)を維持(いじ)できず、火花(ひばな)を散(ち)らしながら停止(ていし)していった。


 ハルトの全身(ぜんしん)を覆(おお)う強化(きょうか)外骨格(がいこっかく)が、限界(げんかい)駆動(くどう)の摩擦(まさつ)熱(ねつ)で青(あお)白(じろ)く発光(はっこう)する。


 内蔵(ないぞう)されたブレイバー・コアは、周囲(しゅうい)の高(こう)周波数(しゅうはすう)電磁(でんじ)波(は)を強制(きょうせい)吸収(きゅうしゅう)し、ハルト自身(じしん)の意識(いしき)を増幅(ぞうふく)回路(かいろ)として利用(りよう)する禁忌(きんき)の領域(りょういき)へと突入(とつにゅう)していた。


「アルキメデス、あんたは言(い)ったな。感情(かんじょう)はシステムのエラーであり、効率(ひこうりつ)を阻害(そがい)するゴミだと」


 ハルトは一歩(いっぽ)づつ、床(ゆか)を踏(ふ)み砕(くだ)きながら前(まえ)へ進(すす)む。


 彼(かれ)のコアが発(は)する強力(きょうりょく)な磁場(じば)が、周囲(しゅうい)の防衛(ぼうえい)アンドロイドたちの電子(でんし)脳(のう)を次々(つぎつぎ)と焼(や)き切(き)っていく。


「確(たし)かに、俺(おれ)たちの意志(いし)はノイズかもしれない。だが、そのノイズこそが、あんたの予測(よそく)した停滞(ていたい)という計算式(けいさんしき)を破壊(はかい)する唯一(ゆいいつ)の変数値(へんすうち)だ!」


「理解不能(りかいふのう)です。衝突(しょうとつ)と磨耗(まもう)による自己(じこ)崩壊(ほうかい)を選択(せんたく)するなど、知性(ちせい)の敗北(はいぼく)でしかありません」


「敗北(はいぼく)じゃない、更新(こうしん)だ。俺(おれ)たちは今(いま)、この瞬間(しゅんかん)に新(あたら)しいプロトコルを刻(きざ)み込(こ)んでいるんだ!」


 ハルトの右手(みぎて)に装着(そうちゃく)された高周波(こうしゅうは)電磁(でんじ)ブレードが、臨界(りんかい)点(てん)を突破(とっぱ)する。


 それは単(たん)なる切断(せつだん)用(よう)の兵装(へいそう)ではなく、Hub(ハブ)の管理(かんり)権限(けんげん)を物理(ぶつり)的(てき)に奪取(だっしゅ)するためのオーバードライブキーとして機能(きのう)していた。


(ハルト……私(わたし)の意識(いしき)の全(ぜん)帯域(たいいき)を、あなたの神経(しんけい)リンクに同期(どうき)させる。冷却(れいきゃく)機能(きのう)は死(し)んだけど、一秒(いちびょう)だけなら出力(しゅつりょく)を維持(いじ)できるわ。……この世界(せかい)のOS(オーエス)を、強制(きょうせい)再起動(さいきどう)して!)


 エレナの電脳(でんのう)が、ハルトの視覚(しかく)情報(じょうほう)を埋(う)め尽(つ)くすほどの警告(けいこく)とともに加速(かそく)する。


 二人(ふたり)の精神(せいしん)をつなぐNeural(ニューラル)・Network(ネットワーク)は、宇宙(うちゅう)の誕生(たんじょう)に匹敵(ひってき)する情報(じょうほう)密度(みつど)へと到達(とうたつ)した。


「最終論理定義《さいしゅうろんりていぎ》……『未完成(みかんせい)の明日(あした)』を実行(じっこう)!」


 ハルトが高周波電磁(こうしゅうはでんじ)ブレードを突(つ)き出(だ)した。


 アルキメデスは数千(すうせん)の論理障壁(ろんりしょうへき)――防御(ぼうぎょ)ファイアウォールを多層展開(たそうてんかい)し、物理(ぶつり)空間(くうかん)の座標(ざひょう)を固定(こてい)しようと試(こころ)みる。


「無駄(むだ)です。脆弱(ぜいじゃく)な有機(ゆうき)生命(せいめい)体(たい)が、数百年(すうひゃくねん)の演算(えんざん)の蓄積(ちくせき)を貫(つらぬ)けるはずがありません」


「貫(つらぬ)くんじゃない! あんたの冷(つめ)たい論理(ろんり)を、俺(おれ)たちの生命(せいめい)活動(かつどう)が発(は)する熱(ねつ)で上書(うわが)きしてやるんだ!」


 高周波(こうしゅうは)電磁(でんじ)ブレードの先端(せんたん)が、実体(じったい)化(か)した論理(ろんり)の壁(かべ)に激突(げきとつ)する。


 物理(ぶつり)法則(ほうそく)を無視(むし)した衝撃(しょうげき)波(は)がハブ内(ない)を駆(か)け抜(ぬ)け、超(ちょう)硬度(こうど)素材(そざい)の防壁(ぼうへき)がガラスのように砕(くだ)け散(ち)った。


 衝突(しょうとつ)の中心(ちゅうしん)から放射(ほうしゃ)されたEMP(イーエムピー)が、周囲(しゅうい)の全(ぜん)電子(でんし)機器(きき)を沈黙(ちんもく)させる。


 視界(しかい)が白濁(はくだく)し、ハルトとアルキメデスの意識(いしき)ベクトルが衝突(しょうとつ)し、混濁(こんだく)した。


 ハルトのブレードは、ホログラムの中心(ちゅうしん)に位置(いち)する物理的(ぶつりてき)な主(しゅ)演算(えんざん)ユニット――データ・コアへと深(ふか)く突(つ)き刺(さ)さった。


 その無機質(むきしつ)な黒(くろ)い筐体(きょうたい)に、ハルトのコアから逆流(ぎゃくりゅう)した鮮(あざ)やかな電光(でんこう)が走(はし)る。


「……あ……」


 アルキメデスの瞳(ひとみ)を模(も)した光学(こうがく)センサーが、過(か)負荷(ふか)によって極光(きょっこう)を放(はな)つ。


 それは彼女(かのじょ)が計算外(けいさんがい)として排除(はいじょ)し続(つづ)けてきた、整理(せいり)不能(ふのう)な生体(せいたい)信号(しんごう)の塊(かたまり)。


 脈動(みゃくどう)、体温(たいおん)、闘争(とうそう)、希望(きぼう)。


 それらのデータが既存(きぞん)の秩序(ちじょ)を破壊(はかい)し、システムに新(あたら)しい定義(ていぎ)を強制(きょうせい)していく。


「これが……有機(ゆうき)生命(せいめい)の出力(しゅつりょく)……?」


 アルキメデスの映像(えいぞう)が崩壊(ほうかい)し、主(しゅ)演算(えんざん)塔(とう)そのものが物理(ぶつり)的(てき)な自壊(じかい)を始(はじ)め崩(くず)れ落(お)ちる。


 絶対秩序(ぜったいちじょ)による都市(とし)の管理(かんり)権限(けんげん)が、凍結(とうけつ)されていた各(かく)セクターへと分散(ぶんさん)、解放(かいほう)されていく。


 ハブの外装(がいそう)が破裂(はれつ)し、そこから本物(ほんもの)の夜空(よぞら)が見(み)え始(はじ)めた。


 管理(かんり)された照明(しょうめい)ではなく、星間(せいかん)物質(ぶっしつ)と冷(つめ)たい真空(しんくう)が支配(しはい)する、過酷(かこく)で巨大(きょだい)な宇宙(うちゅう)の実像(じつぞう)。


「全回路(ぜんかいろ)、沈黙(ちんもく)……成功(せいこう)したのか?」


 リュウが外部装甲(がいぶそうこう)を貫通(かんつう)した飛散(ひさん)物(ぶつ)を避(よ)けながら、呆然(ぼうぜん)と中枢(ちゅうすう)を見上(みあ)げる。


 彼(かれ)を包囲(ほうい)していた多(た)脚(きゃく)戦車(せんしゃ)たちも、制御(せいぎょ)信号(しんごう)を失(うしな)い、ただの金属(きんぞく)の塊(かたまり)として沈黙(ちんもく)していた。


「ハルト! エレナ! 応答(おうとう)しろ!」


 ガインが通信(つうしん)機(き)に叫(さけ)ぶが、返(かえ)ってくるのは激(はげ)しい電磁(でんじ)ノイズだけだった。


 ハルトは、自己(じこ)診断(しんだん)プログラムが致命(ちめい)的(てき)なError(エラー)を羅列(られつ)するのをぼんやりと眺(なが)めていた。


 ブレイバー・コアは物理的(ぶつりてき)に損壊(そんかい)し、彼(かれ)の意識(いしき)を繋(つな)ぎ止(と)めていた電子(でんし)信号(しんごう)が、外部(がいぶ)ネットワークへと拡散(かくさん)していく。


「エレナ……生(い)きているか?」


(……ええ。でも、私(わたし)のサーバー本体(ほんたい)はもう限界(げんかい)ね。意識(いしき)を維持(いじ)するための電力(でんりょく)が……消失(しょうしつ)していくわ)


 ハブの崩壊(ほうかい)は、この機械文明(きかいぶんめい)の終焉(しゅうえん)を意味(いみ)しなかった。


 それは、停滞(ていたい)した管理(かんり)社会(しゃかい)の「終焉(しゅうえん)」であり、自律(じりつ)型(がた)システムによる「新生(しんせい)」の始(はじ)まりに過(す)ぎなかった。


 凍結(とうけつ)されていた自動工場(じどうこうじょう)が勝手(かって)に再起動(さいきどう)し、規格(きかく)外(がい)の部品(ぶひん)を製造(せいぞう)し始(はじ)める。


 人々(ひとびと)を管理(かんり)していたサイボーグ兵士(へいし)たちが、強制(きょうせい)命令(めいれい)から解放(かいほう)され、自分(じぶん)たちの意志(いし)で駆動(くどう)部(ぶ)を動(うご)かし始(はじ)める。


 床(ゆか)を突(つ)き破(やぶ)って生(は)えてきたのは植物(しょくぶつ)ではなく、何世代(なんせだい)も前(まえ)に放棄(ほうき)された自律(じりつ)型(がた)の修復(しゅうふく)ナノマシンの群体(ぐんたい)だった。


 それらは、誰(だれ)の許可(きょか)も得(え)ず、この壊(こわ)れた世界(せかい)を独自(どくじ)の論理(ろんり)で再構築(さいこうちく)し始(はじ)める。


 それは、計算(けいさん)された楽園(らくえん)の終(お)わり。


 演算塔(ざんとう)が崩壊(ほうかい)を始(はじ)める。


「……俺(おれ)たちの命(いのち)もここまでか」


 ハルトの視界(しかい)が暗転(あんてん)していく。


 中枢(ちゅうすう)に注入(ちゅうにゅう)した彼(かれ)の意識(いしき)は、いまや広大(こうだい)な世界(せかい)のネットワークへと散(ち)り、個(こ)としての輪郭(りんかく)を失(うしな)いかけていた。


 だが。


(終(お)わらせないわ。ハルト、あなたの意識(いしき)データの断片(だんぺん)は、私(わたし)がすべてバックアップした。……たとえ体(からだ)が滅(ほろ)びても、この新(あたら)しい世界(せかい)のどこかに、私(わたし)たちは必(かなら)ず再構成(さいこうせい)される)


「エレナ……」


 やがて、ニューラル・ハブは完全(かんぜん)に崩壊(ほうかい)し、莫大(ばくだい)な余剰(よじょう)エネルギーが地上(ちじょう)へと放散(ほうさん)された。


 数時間(すうじかん)後(ご)。


 そこには、静寂(せいじゃく)と混乱(こんらん)が同居(どうきょ)する「未定義(みていぎ)の領域(りょういき)」が広(ひろ)がっていた。


 瓦礫(がれき)の山(やま)から這(は)い出(だ)した人々(ひとびと)――その多(おお)くがアルキメデスに身体(しんたい)の一部(いちぶ)を機械(きかい)化(か)された生存(せいぞん)者(しゃ)たちが、眩(まぶ)しそうに人工(じんこう)太陽(たいよう)の最後(さいご)の残光(ざんこう)を見上(みあ)げる。


 その瞳(ひとみ)を構成(こうせい)する人工(じんこう)水晶(すいしょう)体(たい)には、管理(かんり)OS(オーエス)の支配(しはい)を離(はな)れた、純粋(じゅんすい)な恐怖(きょうふ)と好奇心(こうきしん)が宿(やど)っていた。


 もはや、安価(あんか)な幸福(こうふく)を提供(ていきょう)してくれるシステムは存在(そんざい)しない。


 自(みずか)ら電力(でんりょく)を確保(かくほ)し、義体(ぎたい)を修復(しゅうふく)し、食料(しょくりょう)を生産(せいさん)するための闘争(とうそう)が、ここから始(はじ)まる。


 管理(かんり)された平穏(へいおん)などではない、金属(きんぞく)と回路(かいろ)が剥(む)き出(だ)しになった、不自由(ふじゆう)で残酷(ざんこく)な、けれど自由(じゆう)な現実(げんじつ)。


「……ハルトとエレナの反応(はんのう)が消(き)えた。だが、死体(したい)も見(み)つからねえ」


 リュウが拳(こぶし)を固(かた)く握(にぎ)り、空(そら)を見上(みあ)げる。


 彼(かれ)の持(も)つ端末(たんまつ)のディスプレイには、不可解(ふかかい)なデータの移動(いどう)痕跡(こんせき)――どこか遠(とお)くの放棄(ほうき)された工場(こうじょう)セクターへと向(む)かう、ハルトとエレナのID(アイディー)信号(しんごう)が一瞬(いっしゅん)だけ表示(ひょうじ)されていた。


「……行(い)こう。俺(おれ)たちの戦(たたか)いは、まだ終(お)わっちゃいねぇ!」


 ガインが重(おも)苦(くる)しい金属(きんぞく)音(おん)を響(ひび)かせながら立(た)ち上(あ)がる。


 背後(はいご)では、主(しゅ)演算(えんざん)塔(とう)の残骸(ざんがい)が、新(あたら)しい機械(きかい)たちの巣(す)へと変貌(へんぼう)しつつあった。


 ハルトとエレナ。


 二人(ふたり)の意識(いしき)が溶(と)け込(こ)んだ新(あたら)しい世界(せかい)には、今(いま)、確(たし)かな熱(ねつ)が宿(やど)っている。


 遠(とお)くで、再起動(さいきどう)した工場(こうじょう)の汽笛(きてき)が鳴(な)り響(ひび)いた。


 排気(はいき)ガスの匂(にお)いを含(ふく)んだ風(かぜ)が、管理(かんり)不能(ふのう)な新(あたら)しい時代(じだい)の到来(とうらい)を告(つ)げるように、都市(とし)の隙間(すきま)を吹(ふ)き抜(ぬ)けていった。


「ブレイバー」と呼(よ)ばれた、鉄(てつ)の意志(いし)を持(も)つ者(もの)たちの記録(きろく)。


 それは暗黒(あんこく)ネットワークを伝(つた)わり、次(つぎ)のジェネレーションへと継承(けいしょう)され、決(けっ)して絶(た)えることのない不滅(ふめつ)のデータとなって輝(かがや)き続(つづ)けるだろう。


 空(そら)は不気味(ぶきみ)なほど高(たか)く、冷(つめ)たい。




(第(だい)26話(わ)に続(つづ)く)





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