意識が白濁する。
熱い。
体の芯から燃え上がる烈火のような熱さが、血管を伝い、脳髄を直接焦がしていた。
俺は自分が叫んでいるのか、それとも声すら出ないほどの衝撃に包まれているのかさえ分からなかった。
視界を埋め尽くす鮮烈な紅の濁流の中で、俺は一つの音を聞いた。
――ドクン。
それは、止まりかけていた世界が再び動き出した合図のようだった。
俺の心臓の音ではない。
もっと巨大で、もっと根源的な、星の鼓動のような響き。
その音が響くたびに、俺の指先から震えが消え、代わりに得体の知れない力が満ちていくのを感じた。
「ハルト! ハルト、返事をしろ!」
遠くでリュウの声が聞こえる。
現実の感触が急激に戻って来る。
俺は膝を突き、荒い呼吸を繰り返しながら、自分の手を見つめた。
掌には、先ほどまで触れていた結晶体の欠片のような紅い光が、まるで皮膚の下を流れる怒りの血潮のように脈打っていた。
「リュウ……。俺、今何が……」
「話は後だ! 来やがったぞ!」
リュウが指さした方向、発電所の巨大な吹き抜けにあるキャットウォークから、数十体もの闇の兵士たちが姿を現した。
彼らの動きは、先ほどまでの巡回とは明らかに違っていた。
迷いがなく、迅速で、明確な殺意を持って俺たちを包囲しようとしている。
最前列に立つ一体は、他の兵士よりも一回り大きく、その手には漆黒の大剣を握っていた。
「中枢への接触を確認。イレギュラーを排除する」
合成音声のような、冷たく平坦な声が広間に響き渡る。
それが開戦の合図だった。
大柄の兵士が跳躍し、凄まじい速度で俺たちの眼前に着地する。
床のコンクリートが粉砕され、その衝撃で俺とリュウは左右に弾き飛ばされた。
「くそっ、なんて馬鹿力だ!」
リュウが素早く立ち上がり、護身用の短刀を構える。
だが、相手は鉄の塊のような怪物だ。
生身の人間が抗える道理がない。
兵士の大剣が無造作に振り下ろされる。
リュウは辛うじて回避したが、追撃の蹴りが彼の脇腹を捉えた。
「リュウ!」
親友が壁まで吹き飛ばされるのを見て、俺の中で何かが沸点に達した。
逃げたい、恐ろしい、そんな感情が消え失せたわけではない。
だが、それらを上書きする激しい衝動が、俺の全身を突き動かした。
俺は傍らに転がっていた鉄の棒を掴み、全力で駆け出した。
無謀だ。
自分でも分かっている。
あんな化け物に、ただの鉄屑で敵うはずがない。
だが、俺が鉄の棒を握り締めた瞬間、掌の紅い光が爆発的に増幅した。
鉄の棒を伝って、真紅の炎が噴き出す。
それは一瞬のうちに形を変え、荒々しい刃を持つ光の大剣へと変貌した。
周囲の空気が一気に熱を帯び、降り注ぐ雨が瞬時に蒸発して白い煙を上げる。
「な、何だ……これ……?」
驚いている暇はなかった。大柄の兵士が再び大剣を振り上げる。
俺は無意識のうちに、手にした紅蓮の剣を横に薙いだ。
重さは感じない。
まるで自分の腕の一部になったかのように軽い。
しかし、放たれた一撃は、闇の兵士の頑丈な装甲を、熱したナイフでバターを切るように容易く切り裂いた。
ガシャン、という虚しい音を立てて、敵の上半身が地面に落ちる。
切り口は赤く熱せられ、溶け出した金属が火花を散らしていた。
周囲にいた他の兵士たちが、一斉に足を止める。
彼らの無機質なカメラアイが、信じられないものを見るように俺に集中する。
「……ブレイバー。失われたはずの因子……。再起動を確認」
兵士たちの声が重なり、不気味な共鳴を引き起こす。
彼らの目的が『排除』から『抹殺』へと切り替わったのが、肌に刺さる空気の変化で伝わってきた。
「ハルト! ぼさっとするな! そいつら、本気だぞ!」
リュウの怒鳴り声で我に返る。
装甲を響かせ、次の波が押し寄せてくる。
三体、五体、十体。逃げ場のない円形の広場で、俺たちは完全に孤立していた。
俺は紅く輝く剣を握り直し、リュウの前に立った。
足の震えは、まだ止まっていない。
心臓は壊れそうなほど激しく打っている。
それでも、俺の中に宿ったこの熱い鼓動が、「戦え」と囁き続けていた。
「リュウ、俺につかまってろ。絶対に、死なせやしない」
俺はそう言い切ると、地を蹴った。
人間の限界を遙かに超える跳躍。
重力から解き放たれたような浮遊感の中で、俺は紅い軌跡を描きながら、襲い来る闇の群れへと突っ込んだ。
紅蓮の閃光が暗い発電所を切り裂く。
一振りごとに、闇の兵士たちが火花を散らして崩壊していく。
それは戦いと呼ぶにはあまりに一方的で、そして美しくも残酷な光景だった。
俺の意識は、自分が何をしているのかを俯瞰で見つめているような、奇妙な静寂の中にあった。
だが、力には代償がある。
一段落ついた瞬間、全身を焼き焦がすような激痛が走った。
「がはっ……!」口から鉄の味がする。光の剣が霧散し、ただの折れ曲がった鉄の棒に戻った。
「ハルト! 無理しすぎだ、この馬鹿野郎!」
駆け寄ったリュウが俺に肩を借す。
敵の増援はまだ止まらない。
遠くの通路から、さらに多くの足音が聞こえてくる。
このままでは数に押し潰されるのは目に見えていた。
「出口は……あっちだ! 走れるか!?」
リュウが指さす先、崩落した壁の隙間から、外の灰色の雨が見えた。
俺たちは痛む体を鞭打ち、奈落のような発電所を後にした。
外に出ると、雨はさらに激しさを増していた。
しかし、不思議と冷たくは感じない。
俺の体の奥で、まだあの紅い火が燻ぶっているからだ。
逃げ延びた廃ビルの陰で、俺は掠れた声で問いかけた。
自分の手を見つめる。
そこにはもう光はない。
だが、あの灼熱の感覚は焼け付いて離れない。
「なあ、リュウ。俺、本当に人間なのか?」
リュウはしばらく沈黙し、それから俺の頭を乱暴に掻き回した。
「当たり前だろ。お前は情けないくらいお人好しで、すぐ泣き言を言うハルトだ。……ただ、ちょっと特別な力を背負っちまっただけさ」
リュウの言葉に、少しだけ心が軽くなった。
だが、分かっている。
この力が目覚めてしまった以上、俺たちはもう以前のようには生きられない。
街の支配者たちは、血眼になって俺を探し出すだろう。
遠くでサーチライトの光が雨を切り裂き、巡回艇の轟音が近づいてくる。
俺たちの本当の戦いは、まだ始まったばかりだ。
俺は濡れた地面を見つめ、拳を固く握り締めた。
この手に宿った赤い輝きが、絶望に染まったこの世界を照らす光になるのか、それともすべてを焼き尽くす業火になるのか。
その答えを見つけるまで、俺は止まるわけにはいかない。
雨に煙る灰色の街の向こう側、微かな紅い残光が、俺たちの往く道を示しているように思えた。
(第3話へ続く)