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覚醒ブレイバー  作者: 阿門 甲斐吽


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【第2話】紅き鼓動と目覚め


 意識(いしき)が白濁(はくだく)する。


 熱(あつ)い。


 体(からだ)の芯(しん)から燃(も)え上(あ)がる烈火(れっか)のような熱(あつ)さが、血管(けっかん)を伝(つた)い、脳(のう)髄(ずい)を直接(ちょくせつ)焦(こ)がしていた。


 俺(おれ)は自分(じぶん)が叫(さけ)んでいるのか、それとも声(こえ)すら出(で)ないほどの衝撃(しょうげき)に包(つつ)まれているのかさえ分(わ)からなかった。


 視界(しかい)を埋(う)め尽(つ)くす鮮烈(せんれつ)な紅(あか)の濁流(だくりゅう)の中(なか)で、俺(おれ)は一(ひと)つの音(おと)を聞(き)いた。

 

 ――ドクン。

 

 それは、止(と)まりかけていた世界(せかい)が再(ふたた)び動(うご)き出(だ)した合図(あいず)のようだった。


 俺(おれ)の心臓(しんぞう)の音(おと)ではない。


 もっと巨大(きょだい)で、もっと根源的(こんげんてき)な、星(ほし)の鼓動(こどう)のような響(ひび)き。


 その音(おと)が響(ひび)くたびに、俺(おれ)の指先(ゆびさき)から震(ふる)えが消(き)え、代(か)わりに得体(えたい)の知(し)れない力(ちから)が満(み)ちていくのを感(かん)じた。

 

「ハルト! ハルト、返事(へんじ)をしろ!」


 遠(とお)くでリュウの声(こえ)が聞(き)こえる。


 現実(げんじつ)の感触(かんしょく)が急激(きゅうげき)に戻(もど)って来(く)る。


 俺(おれ)は膝(ひざ)を突(つ)き、荒(あら)い呼吸(こきゅう)を繰(く)り返(かえ)しながら、自分(じぶん)の手(て)を見(み)つめた。


 掌(てのひら)には、先(さき)ほどまで触(ふ)れていた結晶(けっしょう)体(たい)の欠片(かけら)のような紅(あか)い光(ひかり)が、まるで皮膚(ひふ)の下(した)を流(なが)れる怒(いか)りの血潮(ちしお)のように脈打(みゃくう)っていた。

 

「リュウ……。俺(おれ)、今(いま)何(なに)が……」

 

「話(はなし)は後(あと)だ! 来(き)やがったぞ!」


 リュウが指(ゆび)さした方向(ほうこう)、発電所(はつでんしょ)の巨大(きょだい)な吹(ふ)き抜(ぬ)けにあるキャットウォークから、数(すう)十(じゅう)体(たい)もの闇(やみ)の兵士(へいし)たちが姿(すがた)を現(あらわ)した。


 彼(かれ)らの動(うご)きは、先(さき)ほどまでの巡回(じゅんかい)とは明(あ)らかに違(ちが)っていた。


 迷(まよ)いがなく、迅速(じんそく)で、明確(めいかく)な殺意(さつい)を持(も)って俺(おれ)たちを包囲(ほうい)しようとしている。


 最前列(さいぜんれつ)に立(た)つ一(いっ)体(たい)は、他(ほか)の兵士(へいし)よりも一(ひと)回(まわ)り大(おお)きく、その手(て)には漆黒(しっこく)の大剣(たいけん)を握(にぎ)っていた。


「中枢(ちゅうすう)への接触(せっしょく)を確認(かくにん)。イレギュラーを排除(はいじょ)する」


 合成(ごうせい)音声(おんせい)のような、冷(つめ)たく平坦(へいたん)な声(こえ)が広間(ひろま)に響(ひび)き渡(わた)る。


 それが開戦(かいせん)の合図(あいず)だった。


 大柄(おおがら)の兵士(へいし)が跳躍(ちょうやく)し、凄(すさ)まじい速度(そくど)で俺(おれ)たちの眼(め)前(まえ)に着地(ちゃくち)する。


 床(ゆか)のコンクリートが粉砕(ふんさい)され、その衝撃(しょうげき)で俺(おれ)とリュウは左右(さゆう)に弾(はじ)き飛(と)ばされた。

 

「くそっ、なんて馬鹿(ばか)力(ぢから)だ!」


 リュウが素早(すばや)く立(た)ち上(あ)がり、護身(ごしん)用(よう)の短刀(たんとう)を構(かま)える。


 だが、相手(あいて)は鉄(てつ)の塊(かたまり)のような怪物(かいぶつ)だ。


 生身(なまみ)の人間(にんげん)が抗(あらが)える道理(どうり)がない。


 兵士(へいし)の大剣(たいけん)が無造作(むぞうさ)に振(ふ)り下(お)ろされる。


 リュウは辛(かろ)うじて回避(かいひ)したが、追撃(ついげき)の蹴(け)りが彼(かれ)の脇腹(わきばら)を捉(とら)えた。

 

「リュウ!」

 

 親友(しんゆう)が壁(かべ)まで吹(ふ)き飛(と)ばされるのを見(み)て、俺(おれ)の中(なか)で何(なに)かが沸点(ふってん)に達(たっ)した。


 逃(に)げたい、恐(おそ)ろしい、そんな感情(かんじょう)が消(き)え失(う)せたわけではない。


 だが、それらを上書(うわが)きする激(はげ)しい衝動(しょうどう)が、俺(おれ)の全身(ぜんしん)を突(つ)き動(うご)かした。


 俺(おれ)は傍(かたわ)らに転(ころ)がっていた鉄(てつ)の棒(ぼう)を掴(つか)み、全力(ぜんりょく)で駆(か)け出(だ)した。


 無謀(むぼう)だ。


 自分(じぶん)でも分(わ)かっている。


 あんな化(ば)け物(もの)に、ただの鉄屑(てつくず)で敵(かな)うはずがない。


 だが、俺(おれ)が鉄(てつ)の棒(ぼう)を握(にぎ)り締(し)めた瞬間(しゅんかん)、掌(てのひら)の紅(あか)い光(ひかり)が爆発的(ばくはつてき)に増幅(ぞうふく)した。

 

 鉄(てつ)の棒(ぼう)を伝(つた)って、真紅(しんく)の炎(ほのお)が噴(ふ)き出(だ)す。


 それは一瞬(いっしゅん)のうちに形(かたち)を変(か)え、荒々(あらあら)しい刃(は)を持(も)つ光(ひかり)の大剣(たいけん)へと変貌(へんぼう)した。


 周囲(しゅうい)の空気(くうき)が一気(いっき)に熱(ねつ)を帯(お)び、降(ふ)り注《そそ》ぐ雨(あめ)が瞬時(しゅんじ)に蒸発(じょうはつ)して白(しろ)い煙(けむり)を上(あ)げる。

 

「な、何(なん)だ……これ……?」

 

 驚(おどろ)いている暇(ひま)はなかった。大柄(おおがら)の兵士(へいし)が再(ふたた)び大剣(たいけん)を振(ふ)り上(あ)げる。


 俺(おれ)は無意識(むいいしき)のうちに、手(て)にした紅蓮(ぐれん)の剣(けん)を横(よこ)に薙(な)いだ。


 重(おも)さは感(かん)じない。


 まるで自分(じぶん)の腕(うで)の一部(いちぶ)になったかのように軽(かる)い。


 しかし、放(はな)たれた一撃(いちげき)は、闇(やみ)の兵士(へいし)の頑丈(がんじょう)な装甲(そうこう)を、熱(ねっ)したナイフでバターを切(き)るように容易(たやす)く切(き)り裂(さ)いた。


 ガシャン、という虚(むな)しい音(おと)を立(た)てて、敵(てき)の上半身(じょうはんしん)が地面(じめん)に落(お)ちる。


 切(き)り口(くち)は赤(あか)く熱(ねっ)せられ、溶(と)け出(だ)した金属(きんぞく)が火花(ひばな)を散(ち)らしていた。


 周囲(しゅうい)にいた他(ほか)の兵士(へいし)たちが、一斉(いっせい)に足(あし)を止(と)める。


 彼(かれ)らの無機質(むきしつ)なカメラアイが、信(しん)じられないものを見(み)るように俺(おれ)に集中(しゅうちゅう)する。


「……ブレイバー。失(うしな)われたはずの因子(いんし)……。再起動(さいきどう)を確認(かくにん)」


 兵士(へいし)たちの声(こえ)が重(かさ)なり、不気味(ぶきみ)な共鳴(きょうめい)を引(ひ)き起(お)こす。


 彼(かれ)らの目的(もくてき)が『排除(はいじょ)』から『抹殺(まっさつ)』へと切(き)り替(か)わったのが、肌(はだ)に刺(さ)さる空気(くうき)の変化(へんか)で伝(つた)わってきた。


「ハルト! ぼさっとするな! そいつら、本気(ほんき)だぞ!」


 リュウの怒鳴(どな)り声(こえ)で我(われ)に返(かえ)る。


 装甲(そうこう)を響(ひび)かせ、次(つぎ)の波(なみ)が押(お)し寄(よ)せてくる。


 三(さん)体(たい)、五(ご)体(たい)、十(じゅっ)体(たい)。逃(に)げ場(ば)のない円形(えんけい)の広場(ひろば)で、俺(おれ)たちは完全(かんぜん)に孤立(こりつ)していた。


 俺(おれ)は紅(あか)く輝(かがや)く剣(けん)を握(にぎ)り直(なお)し、リュウの前(まえ)に立(た)った。


 足(あし)の震(ふる)えは、まだ止(と)まっていない。


 心臓(しんぞう)は壊(こわ)れそうなほど激(はげ)しく打(う)っている。


 それでも、俺(おれ)の中(なか)に宿(やど)ったこの熱(あつ)い鼓動(こどう)が、「戦(たたか)え」と囁(ささや)き続(つづ)けていた。


「リュウ、俺(おれ)につかまってろ。絶対(ぜったい)に、死(し)なせやしない」


 俺(おれ)はそう言(い)い切(き)ると、地(ち)を蹴(け)った。


 人間(にんげん)の限界(げんかい)を遙(はる)かに超(こ)える跳躍(ちょうやく)。


 重力(じゅうりょく)から解(と)き放(はな)たれたような浮遊感(ふゆうかん)の中(なか)で、俺(おれ)は紅(あか)い軌跡(きせき)を描(えが)きながら、襲(おそ)い来(く)る闇(やみ)の群(む)れへと突(つ)っ込(こ)んだ。


 紅蓮(ぐれん)の閃光(せんこう)が暗(くら)い発電所(はつでんしょ)を切(き)り裂(さ)く。


 一振(ひとふ)りごとに、闇(やみ)の兵士(へいし)たちが火花(ひばな)を散(ち)らして崩壊(ほうかい)していく。


 それは戦(たたか)いと呼(よ)ぶにはあまりに一方的(いっぽうてき)で、そして美(うつく)しくも残酷(ざんこく)な光景(こうけい)だった。


 俺(おれ)の意識(いし)は、自分(じぶん)が何(なに)をしているのかを俯瞰(ふかん)で見(み)つめているような、奇妙(きみょう)な静寂(せいじゃく)の中(なか)にあった。


 だが、力(ちから)には代償(だいしょう)がある。


 一(いち)段落(だんらく)ついた瞬間(しゅんかん)、全身(ぜんしん)を焼(や)き焦(こ)がすような激痛(げきつう)が走(はし)った。


「がはっ……!」口(くち)から鉄(てつ)の味(あじ)がする。光(ひかり)の剣(けん)が霧散(むさん)し、ただの折(お)れ曲(ま)がった鉄(てつ)の棒(ぼう)に戻(もど)った。

 

「ハルト! 無理(むり)しすぎだ、この馬鹿野郎(ばかやろう)!」


 駆(か)け寄(よ)ったリュウが俺(おれ)に肩(かた)を借(か)す。


 敵(てき)の増援(ぞうえん)はまだ止(と)まらない。


 遠(とお)くの通路(つうろ)から、さらに多(おお)くの足音(あしおと)が聞(き)こえてくる。


 このままでは数(かず)に押(お)し潰(つぶ)されるのは目(め)に見(み)えていた。


「出口(でぐち)は……あっちだ! 走(はし)れるか!?」


 リュウが指(ゆび)さす先(さき)、崩落(ほうらく)した壁(かべ)の隙間(すきま)から、外(そと)の灰色(はいいろ)の雨(あめ)が見(み)えた。


 俺(おれ)たちは痛(いた)む体(からだ)を鞭打(むちう)ち、奈落(ならく)のような発電所(はつでんしょ)を後(あと)にした。


 外(そと)に出(で)ると、雨(あめ)はさらに激(はげ)しさを増(ま)していた。


 しかし、不思議(ふしぎ)と冷(つめ)たくは感(かん)じない。


 俺(おれ)の体(からだ)の奥(おく)で、まだあの紅(あか)い火(ひ)が燻(くす)ぶっているからだ。


 逃(に)げ延(の)びた廃(はい)ビルの陰(かげ)で、俺(おれ)は掠(かす)れた声(こえ)で問(と)いかけた。


 自分(じぶん)の手(て)を見(み)つめる。


 そこにはもう光(ひかり)はない。


 だが、あの灼熱(しゃくねつ)の感覚(かんかく)は焼(や)け付(つ)いて離(はな)れない。


「なあ、リュウ。俺(おれ)、本当(ほんとう)に人間(にんげん)なのか?」


 リュウはしばらく沈黙(ちんもく)し、それから俺(おれ)の頭(あたま)を乱暴(らんぼう)に掻(か)き回(まわ)した。


「当たり前だろ。お前は情(なさ)けないくらいお人好(ひとよ)しで、すぐ泣(な)き言(ごと)を言(い)うハルトだ。……ただ、ちょっと特別(とくべつ)な力(ちから)を背負(せお)っちまっただけさ」


 リュウの言葉(ことば)に、少(すこ)しだけ心(こころ)が軽(かる)くなった。


 だが、分(わ)かっている。


 この力(ちから)が目覚(めざ)めてしまった以上(いじょう)、俺(おれ)たちはもう以前(いぜん)のようには生(い)きられない。


 街(まち)の支配者(しはいしゃ)たちは、血眼(ちまなこ)になって俺(おれ)を探(さが)し出(だ)すだろう。


 遠(とお)くでサーチライトの光(ひかり)が雨(あめ)を切(き)り裂(さ)き、巡回(じゅんかい)艇(てい)の轟音(ごうおん)が近(ちか)づいてくる。


 俺(おれ)たちの本当(ほんとう)の戦(たたか)いは、まだ始(はじ)まったばかりだ。


 俺(おれ)は濡(ぬ)れた地面(じめん)を見(み)つめ、拳(こぶし)を固(かた)く握(にぎ)り締(し)めた。


 この手(て)に宿(やど)った赤(あか)い輝(かがや)きが、絶望(ぜつぼう)に染(そ)まったこの世界(せかい)を照(て)らす光(ひかり)になるのか、それともすべてを焼(や)き尽(つ)くす業火(ごうか)になるのか。


 その答(こた)えを見つけるまで、俺(おれ)は止(と)まるわけにはいかない。


 雨(あめ)に煙(けむ)る灰色(はいいろ)の街(まち)の向(む)こう側(がわ)、微(かす)かな紅(あか)い残光(ざんこう)が、俺(おれ)たちの往(ゆ)く道(みち)を示(しめ)しているように思(おも)えた。



 (第(だい)3話(わ)へ続(つづ)く)






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