【第15話】連環する鼓動
エリア 5の「青い空」がもたらした波紋は、俺たちが想像していたよりもずっと広範囲に、そして複雑な形で広がっていた。
聖堂の防衛システムを再構築し、零式との死闘で傷ついた肉体を休めていた俺たちのもとに、予期せぬ報せが届いた。
それは、アルキメデスの支配に抵抗する「他のエリアのレジスタンス」からの接触だった。
今日まで孤立無援で戦ってきた俺たちにとって、それは希望の光に見えるはずだった。
だが、現実はそれほど甘くはなかった。
聖堂の入口に現れた彼ら――自らを「鋼の連帯」と称するグループのリーダー、ガインは、俺を、いや、俺の胸で拍動する「ブレイバー・コア」を見るなり、その鋭い眼光をさらに険しくした。
「……それが、エリア 5の空を塗り替えた化け物の正体か」
ガインの言葉には、仲間としての歓迎の色は微塵もなかった。
あるのは、剥き出しの警戒心と、機械帝国に対するものとはまた異なる質の憎悪だった。
「待ってくれ、俺たちは敵じゃない。同じアルキメデスと戦う仲間のはずだろ」
リュウが傷ついた足を引き摺りながら一歩前に出るが、ガインの背後に控える兵士たちが一斉に銃口を向けた。
不穏な空気が聖堂に満る。
エレナが俺の前に立ち、彼らを制止しようと声を張り上げた。
「そのコアは、機械帝国の支配を打ち破る唯一の鍵なの。ハルトは、みんなを守るために戦っているわ!」
「黙れ、帝国の女。その少年が使っている技術は、アルキメデスの心臓部と同じ、論理を食らう呪いの一部だ。そんな不確かな力に頼る者は、いつか自分たち自身が機械に飲み込まれる。俺たちは、人間自身の力で、帝国の遺物に頼らずに勝利を掴むと決めているんだ」
ガインの言葉は、冷たく突き放すような響きを持っていた。
彼らにとって、ブレイバー・コアという「理解を超えた力」は、アルキメデスと同種の脅威に過ぎなかった。
話し合いは平行線のまま、緊迫した沈黙が続く。
その均衡を破ったのは、聖堂のアラートが発した、引き裂くような警告音だった。
「接近中……!? ハルト、気をつけて! アルキメデスの精鋭、騎士型機体『アイアン・パラディン』が三機、超高速でこちらに向かってるわ!」
エレナの叫びとほぼ同時に、聖堂の天井が轟音と共に崩落した。
白銀の装甲に身を包んだ三体の騎士が、瓦礫を巻き上げながら降臨する。
彼らはこれまでの量産型とは一線を画す、圧倒的な威圧感を放っていた。
「修正対象、および不確定因子を同時排除する。論理の執行を開始」
騎士たちが掲げた大剣から、純白の熱線が放たれる。
ガインたちは即座に応戦したが、彼らの持つ旧式の電磁ライフルでは、騎士の盾を傷つけることすらできなかった。
「くそっ、これほどの出力なのか……!」
ガインが爆風に吹き飛ばされ、瓦礫の下敷きになるなる。
彼の兵士たちも、次々と騎士たちの冷徹な進撃の前に倒れていく。
俺は、動かないはずの右腕を無理やり動かそうとした。
神経が悲鳴を上げ、コアが警告を発するように激しく鼓動する。
前回の戦闘で零式の論理を焼き切った代償は、俺の肉体をボロボロに蝕んでいた。
「ハルト、やめて! これ以上の変身は、あなたの神経回路を完全に焼き切ってしまう!」
エレナが必死に俺を止めようと縋り付く。
だが、俺は彼女の手を優しく、けれど強く振り払った。
「……俺を信じていないやつらでも、目の前で死なせるわけにはいかないんだ。それが、俺がこの力を握っている理由だからな」
俺は一歩、また一歩と、騎士たちに向かって歩き出した。
右腕が熱い。
全身が、まるで内側から炎に焼かれているようだ。
「リュウ、エレナ、みんな。……俺に鼓動を、一瞬だけ貸してくれ」
俺の言葉に、エレナがハッと目を見開いた。
彼女は迷い、そして決意を込めて端末を操作し始める。
「オーバー・リンク……。未完成のシステムだけど、やるしかないわね。ハルト、全員の精神波形をあなたのコアに同期させる。……一人で背負わないで、私たちの想いを!」
エレナの合図と共に、俺の意識の中に「濁流」のような情報が流れ込んできた。
リュウの不屈の闘志、エレナの深い悲しみと未来への希望、そして聖堂にいる名もなき市民たちの、生きたいという強烈な願い。
それまで俺一人の熱量だけで回していたコアが、みんなの鼓動と重なった瞬間、次元の異なる輝きを放ち始めた。
「究極チェンジ! 覚醒・ブレイバー!!」
立ち昇る真紅の光柱が、聖堂の瓦礫を吹き飛ばし、三体の騎士を押し止めた。
現れたブレイバーの姿は、これまでのどの形態よりも強く、その装甲からは常に火花のような光が溢れ出していた。
俺は騎士型機体の一体に肉薄した。
相手が剣を振り下ろすよりも早く、みんなの意志が俺の動きを加速させる。
俺一人の計算速度ではない。
みんなの「目」が、死角からの攻撃を捉え、俺の反射速度を限界まで引き上げているのだ。
「連環……だと? 個の独立を否定する非効率な接続だ」
騎士が無機質な声を上げる。
だが、その「非効率」こそが、アルキメデスには決して導き出せない正解だった。
俺は三体の騎士の攻撃を最小限の動作で回避し、それぞれの心臓部へ、仲間の想いを乗せた拳を叩き込んだ。
「これが……俺たちの、ブレイバーズの力だ!」
爆発が重なり、聖堂を震撼させる。
白銀の騎士たちは、その完璧な論理を粉々に砕かれ、スクラップとなって地面に伏した。
変身が解けた俺は、その場に膝をついた。
意識が遠のき、世界が真っ白に染まっていく。
だが、俺を支える手がいくつもあった。
「……見事だった、少年。いや、ハルト」
瓦礫の中から這い出したガインが、俺の手をしっかりと握っていた。
彼の瞳から、先ほどの不信感は消えていた。
「俺たちが間違っていた。力の出所がどこであろうと、それを振るう意志がこれほどまでに熱いのであれば……。俺たちは、お前を、ブレイバーズを信じる」
その言葉と共に、聖堂にいたすべての人々が歓声を上げた。
それは、バラバラだった個々の人間が、一つの「意志」として繋がった瞬間だった。
戦いはまだ終わっていない。
エリア 5の外には、依然としてアルキメデスの支配が広がり、さらに強力な執行官たちが牙を剥いているだろう。
だが、俺はもう怖くない。
俺の心臓は、俺一人で動いているんじゃない。
俺を信じる仲間たちの鼓動と、この胸で連環しているのだから。
俺は、支えてくれる仲間の腕の中で、ゆっくりと空を見上げた。
雲の切れ間から、再び、本物の「青」が覗いていた。
俺たちの反撃は、ここから加速する。
世界中の空を取り戻すその日まで、この鼓動は、決して止まらない。
(第 16話 へ続く)




