第22話 和歌とメイドのシルベスター
結論から言うと、俺は骨折していた。無理やり車に入れられただとか、頬を殴られたからではない。折ったのは両手の小指である。すなわちガンガゼスプラッシュのせいである。かっこつけて技を使ってしまったのがよくなかった。医者からは普通に殴った方がまだ骨折せずに済んだのにと半笑いで言われた。とても恥ずかしい。
ちなみにあれはプロレス技でダブルスレッジハンマーという名前がついているらしい。つまり俺のような普通の一般人がやってはいけないもの。愛媛には真似しないよう十分注意しておいた。
あの後石村のじーさんとばーさんは、スーツの男達と共に誘拐の罪で逮捕された。本当は警察にネルの事も連れてって欲しかったが、愛媛を助けてもらってしまったので仕方なく許した。
事件の後、ネルはすぐさま会社に帰った。俺が払ってしまった金と、俺が書いてしまった契約書を置きに行くためだった。
「契約は契約ですから。あと何故か僕ら、返品不可なんですって。変ですよね。まぁとにかく、今後ともよろしくお願いいたしますね」
こうしてネルは、また俺の家の執事として戻ってきてしまったのだった。
***
ネルの作ったグラタンは、焦げ目のついたチーズがたっぷりかかっていた。チーズの隙間からは、マカロニの口が顔を出している。チーズを破けば、中からは熱気と共にホワイトソースが溢れ出る。
「はい和歌様、あーんして下さい」
「お前にあーんされても何も嬉しくない。メイドが良かった。シルベスターを呼んでくれ」
「僕と言う者がありながらゴミの方が良いって言うんですか? どうやら手だけではなく頭もお怪我をされているようだ。姫様のお世話はぜひ僕に任せて、ゆっくりお休みください。ずっと寝ててもいいですよ?」
「ぜってー速攻で治すわ」
家のチャイムが鳴る。
「愛媛が出る!」
愛媛は玄関の方へ向かう。誘拐された事がトラウマにならないかと心配してたが、今の所泣いたのはあの時だけ。
愛媛曰く「だってまた悪い人が来てもお兄ちゃんとネルが助けてくれるから」らしい。そのネルが悪い奴だと言っても信じてはくれない。
「お兄ちゃーん、ネルー、トーゴちゃん遊びに来たよぉー」
シルベスターが!?
マズい、きっと俺がネルと契約した事が会社経由でバレたんだ。竹刀で叩きに来たのかもしれない。いや、叩かれるくらいならまだいい。あんまり嫌われてないといいけど……。
「姫様、そのおぞましい名前を呼んではいけません! おい野蛮人、僕と姫様の愛の巣に入らないでいただきたい!」
「お前の家じゃあないんだよなぁ」
シルベスターはうるさいネルを無視して、リビングに入って来た。もう足の方は大丈夫みたいだ。普通に歩いている。早いな。
彼女は折りたたまれた薄い紙を小脇に抱えている。よく見えないけど、多分契約書だろう。
「アンタ達、三ヶ月の契約を結んだそうね?」
やっぱりそういう話だよな。俺はあんなにもシルベスターとの契約を豪語していたのに、約束を破ったようなもんだしな。
シルベスターはうつむいている。もしかして泣いちゃうとか……?
「ご、ごめんシルベスター。どうしようもなく契約しただけで、シルベスターよりネルが良かったとかそういう訳じゃあないんだ」
「いいわよ、別に」
俺達の会話を聞いたネルが、ものすごく嬉しそうに言った。
「そうか、貴様は和歌様にすら選ばれなかった女! やーい行き遅れー、売れ残りー」
「お前俺の事も馬鹿にしてるだろ」
シルベスターは顔を上げて、フッと笑った。泣いていた様子は一切ない。
「三年契約」
「……何……?」
シルベスターは抱えていた紙を広げる。俺の名前を書くはずだった欄には、山本おじさんの名が書かれていた。
「下僕が契約してくれなかったから何だって言うのよ。あたしは主と三年間の契約を結んだの。月一万の三年契約。アンタ三ヶ月の契約なんでしょ? つまり、アンタ三万の男。あたし三十六万の女」
山本おじさん!? 三十六万も出したの!?
くそ、それが大人の財力か……!
「ふふん、ざまぁ見なさい!」
シルベスターは高らかに笑いながら帰って行った。
流石のネルも負けを認めたようで、俺に訴えて来る。
「く、悔しい! 和歌様、僕とも三年契約して下さい!」
「払えねーよ! 払えてたとしてもお前となんか契約しない!」
「何でそんな事言うんですか!」
悔しいけど、返品出来ないし。最低でもあと三ヶ月は一緒にいるんだ。
勿体ないから、それまでワガママ放題言ってやる。
「うるせぇな、早くグラタン食わせろ!」
仕方なく、あーんで食わせてもらう。
クソっ、濃厚でうまいな。玉ねぎにホワイトソースがよく絡んでいる。大き目に切られた鶏肉も嬉しい。
「ネル、愛媛にもあーんして?」
愛媛が口を開けて、俺の隣に立った。
「勿論。はい姫様、あーん」
なんか隣でイチャイチャし始めている。どう見ても事案。やっぱり警察に引き渡すんだった!
「愛媛! ネルに甘えんな!」
「やだーっ!」
愛媛にもワガママを言う権利はあると思うけど、それでいてネルを甘やかす気は一切ない!
***
それから数日後。俺は担任の先生に話しかけられた。誘拐された噂はすぐ広まったようで、先生も気にかけてくれている。骨折してるからってのもあるかもしれないけど。
「どうだ手の調子は」
「良い感じです。早く治してバイトしなきゃ。最低でも三十六万稼げるようにならないと」
「何が欲しいのか分からないけど、学生の内にそんな高額な買い物をするのは関心しない。いくら自分のバイト代で買おうとしても、ちゃんと親御さんに相談するんだぞ」
「考えます」
「まずは親御さんにサイン貰わないとバイトの許可出せないけど。ところで、その親御さんまだ帰って来ないの? その、旅行中だっけ?」
濁してくれたが、そんな配慮はいらない。はっきり言ってくれて大丈夫だ。
「えぇ。八十二回目の新婚旅行からまだ帰って来ませんが何か?」
「連絡はあるんだよね」
「あります。生きてはいます。まぁ自由奔放なのは昔からなんで、そこは気にしないで下さい」
「うまくやってるならいいけど、大丈夫か? 親御さんに言えないなら、先生に相談してもいいぞ。心配な事とか、不安な事とかないか?」
その言葉で頭の中に浮かび上がったのは、複数の事柄。
学校の事だとか、彼女の事だとか、色々不安はある。
だがそれらは正直自力でどうにかなりそうではあった。俺は自力ではどうにか出来るか分からない不安を吐き出した。
「愛媛と執事のネルリヤンですかね……」
***
「「あ」」
その日の放課後。家の前でバッタリシルベスターに会った。
買い物帰りかな。エコバックからネギが出ている。
「手の具合はどう? 変な攻撃して骨折したって聞いたけど?」
「言わないでくれ! シルベスターに言われるのが一番嫌だ!」
今回の攻撃は完全に黒歴史だ。
だがシルベスターはどうでも良さそうにしていた。
「そんなこと気にしてるんじゃないわよ。早く治して、とっととあたしのために稼ぎに行ってきなさい」
「そうする……え? シルベスターまだ俺と契約してくれる気でいるの?」
「当たり前よ。今はアイツの契約者かもしれないわ。でもアイツからあたしに乗り換えたら、アイツよりあたしが良かったってことになるでしょう? つまり、完全勝利はその時になるのよ」
その通りかもしれない。今回シルベスターの方が長く契約してもらえる事に、ネルも悔しがってたし。
「俺は嬉しいけど、山本おじさん達は」
「主たちだって長生きするには限度があるだろうし」
「そんな悲しい事言うなよ」
でもそんなに長期戦で考えてくれているのか。
それは……ちょっと嬉しいな。
「とにかく、待っててあげるから。大人になったら雇いなさいよね、バーカ」
シルベスターは小さく舌を出した。照れ隠しかもしれないけど、かわいい。
メイドとしては問題児なのかもしれないけど、やっぱりうちに来てほしかった。
「分かった。早く養えるよう頑張る!」
「なんか日本語おかしくない!?」
それでも今はまだ、お隣さんでいるとしよう。




