第21話 犯人退治のガンガゼスプラッシュ
「あぁ悪い、つい」
「全く、おふざけも程ほどにして下さいっ……!」
ネルは男達の耳を掴んで、思いっきり下に振り下ろす。バランスを崩した男達は、床にたたきつけられた。男達の背中の上にそれぞれ片膝を乗せたネルは、二人の顎を掴んでエビ反りにさせる。
「白状なさい。姫様に何をしたんですか!」
「いだだだだだっ! わ、分かった。言うよ! ここに連れて来てからは、薬で眠らせただけだ。む、むこうの部屋にいる。怪我もしてないはず」
「貴様……それで姫様にいかがわしい事をしたんですね!? なんて奴だ、羨ましい! 歯を食いしばれ!」
今ちょっとだけ本音が混ざったよな。
「そんな趣味はない。ただ普通に眠らせただけだ!」
「そんな訳ない! あんなにも愛らしい方が目の前で眠っているのに平常心でいられる訳ないだろ!」
ネルの言いぐさに、俺は思わず質問を投げかける。
「ネルお前、俺んちにいる間寝てる愛媛に何かしてないだろうな!?」
「何もしてませんって。和歌様が舐めるだけなら良いって言ったから、それ以外は!」
「してるじゃねーか! お前本当に主犯じゃないだろうな!?」
「こんな奴らと一緒にしないでいただきたい」
「お前の方がコイツらよりヤバいかもしれねぇから聞いてんだ!」
そうだよ、早く愛媛の事助けないと。
俺は隣の部屋に飛び込んだ。
愛媛は古びた布団の上で横になって寝ていた。服も乱れてたりしない、本当に眠らされただけっぽい。
「愛媛、愛媛っ」
俺は愛媛の体を揺さぶる。小さな目が、ぱちりと開いた。良かった、無事そうだ。
一瞬、自分がどこにいるのか分からなかったようで。周囲をキョロキョロと見渡す。だがすぐに自分がスーツの男達に連れて行かれた事を思い出したらしい。
目に大量の涙を溜めて、一気に泣き出した。
「お兄ちゃぁああああ」
「あぁもう、泣くなよ。分かったから」
喧嘩してたはずなのに、愛媛は俺に抱き着いてくる。俺も愛媛を抱きしめ返した。
体は無事でも、心が無事じゃあなかったか。
不安で、怖かった気持ちは十分分かる。俺もそうだった。
けど俺は、兄だし。愛媛はまだ小さいから。
まぁ仕方ない、頼られてやらないと。
……頬を膨らませたネルが、ドアの隙間から俺達を見てくる。こっち見んな。
「和歌様、自分だけ良い思いをするなんてズルくないですか?」
「嫉妬すんなよ。それより、スーツの男達は?」
「そこで気絶してます。シーツを拝借して縛りつけておきました」
「そっか。そうだ、警察に連絡しないと。愛媛は見つかったって」
「えぇ。早く犯人を捕まえなくては」
石村のじーさんは逃げたからな。犯罪は犯罪だから、通報はする。けど。
「愛媛は無事なんだ。後は警察に任せて良いんじゃないか?」
「いけません! 姫様に怖い思いをさせた奴を野放しになんて出来ません! また同じ事をしてきたらどうするんですか!」
俺も怖い思いをしたんだが、コイツにとってはどうでもいいんだろうな。
「あの……すみません」
裏口の方から、女の人の声が聞こえた。俺は愛媛をおぶって、ネルと共に裏口の方へ向かう。
「い、石村のばーさん?!」
「うちの人がご迷惑をかけたみたいで。どうかお詫びをさせて下さい」
ばーさんは深々とお辞儀をする。
「お詫びなんて。ばーさんが悪い訳じゃないんだし」
「いえいえ、夫婦ですから」
いくら夫婦って言っても、人様に迷惑かける事まで共有しなくても良いのにな。
ネルは笑顔でばーさんに詰め寄った。
「旦那様はどちらに?」
「分かりません。けど、黒いスーツの人達と一緒になって何かしようとしてるみたいだったので。ごめんなさい、止められなくって」
泣きそうな顔をしているばーさんに、ネルは笑顔を向けたままだ。
「お家なら旦那様も帰ってくるでしょうからね、待たせてもらいましょうか」
「こらネル、失礼だぞ!」
ばーさんは首を左右に降って、態度の悪いネル相手でも申し訳なさそうに受け入れた。
「構いません。どうぞ、いらっしゃい」
俺達は石村のじーさんの家に移動し、ばーさんに持て成される。和室に通され、低い机の上に湯呑が置かれた。
「どうぞ」
緑茶かな、濃い緑色だ。熱そうな湯気が出ている。せっかくだし、いただくとするかな。
湯呑を持ったネルはお茶の香りをかいで、にっこりと微笑む。
「睡眠薬の香りがしますねぇ」
ネルの言葉に、俺もばーさんも目を丸くした。
「ほんとか!?」
危うく飲む所だった。ギリギリセーフ。
「えぇ、元カノに睡眠薬がいました。間違いありません」
コイツの場合、睡眠薬を使ってた元カノじゃなくて、睡眠薬自体が元カノだったんだろうな。分かってきたぞ。嬉しくないけど。
動揺したのか、ばーさんは急に走り出して。台所の方へ向かった。
「しょうがないの。おじいさんを守るには、こうするしかないの…!」
戻って来たばーさんは、プルプルした手で包丁を持っていた。
マズい、それじゃあじーさんより罪が重くなる!
「待ってよ、ばーさん、どうしてそこまでしてじーさんを庇うんだよ」
「和歌様、おそらく逆です」
「逆って、何が」
「今回姫様と和歌様の誘拐を企んだのは、こちらの奥さんの方です」
「は!?」
包丁を持ちながらも、ばーさんはオドオドしている。こんな見るからに弱々しいばーさんが、俺達の誘拐企んだりするか……?
「そんな、まさか」
「隠さなくていいんですよ。動機は、愛故に、でしょう?」
ばーさんは途端に体の震えを止め、俯いた。まさか本当に……?
「だって、だって!」
子供みたいに泣き始めたばーさんの代わりに、ネルが口を開いた。
「トーゴさ……ボロ雑巾が僕に負けた日、石村の旦那さんは自らの足で僕らの前に訪れたでしょう? 旦那さんはそうやって、不満があれば自分で手を出す方だと思うんです。それが今回、わざわざスーツの男達を雇った。僕にはどうも不可思議に思えて」
言われてみれば。じーさんが俺達の事を妬んでいたのは事実かもしれないけど、誘拐するって発想は出なさそう。
ばーさんは涙を流しながら、ボソボソと補足し始めた。
「横暴な人だけど、優しくしてくれる時もあったの。老い先短い人生だもの。私は一人になっちゃうじゃない。だから……だから……おじいさんに、一緒に自慢してくる人達を懲らしめましょうって、それで」
「じーさんが俺達に危害を加えて逮捕される前に、俺達をどうにかしようって? いくらなんでも自分勝手すぎる」
「そんなの分かってる。けど、けどぉおおおおおお!」
ばーさんが包丁を握ったまま俺に突進してきた。マズい、逆上させたか!
ネルはばーさんの持つ包丁に向かって手を伸ばす。
「いい包丁ですね、惚れそうだ」
俺には分からない感性だ。
「しかし今の僕には姫様がいますから。浮気はいけませんよね」
包丁と妹を比較されてもな。それでいてカッコいい事言ったように見えるから腹立たしい。
ばーさんが包丁を取られないようにと、必死に振り回しはじめた。
「わっ!」
ネルが大きな声を出した。ばーさんの肩が、ビクッと跳ねる。
その隙をついて、ネルは包丁を奪い取り上向きに投げた。
刃先がまっすぐ上に向いた包丁は、勢いのおかげもあって天井にぶっ刺さる。
流石のばーさんも観念したのか、その場に座り込んで泣き出した。
ネルは慰めるように、両手でばーさんの肩を包む。
「愛する姫様がいる僕には分かります。愛する人のためならば、悪事に手を染める事も出来るんですよ」
あれ? 自白かな?
「ネル、お前も悪い事してたのか? 通報していいか?」
「僕は同意の上でしかしてませんよ」
「カメラ仕込んだのも同意の上でか?」
「勿論。写真撮って良いですかって聞きました。快く頷いてくれました」
その聞き方はズルくないか?
玄関の開く音が聞こえた。もしかして!
「お、おい。ばーさんに何をしてる!」
やっぱり。石村のじーさんが戻って来たみたいだ。
「何もしてない! されたのは俺達の方だ!」
悔しそうな顔をするじーさんは、周りを見渡す。
「あ、アイツらは」
「スーツの方々ですか? 倒しました」
しれっと答えるネル。イケメンだ、腹立つ。
じーさんも悔しそうにしている。
「くそっ、せっかく高い金出したってのに」
「お金の使い道を間違えたようですね。今度はぜひ、アラカルト派遣会社のご利用をどうぞ」
「……そうか、じゃあせめて社会的に死ね!」
じーさんは右手をグーにして、ネル――ではなく、俺の頬を殴って来た。そうか、主人を守ってこその執事だと思ってるのか。
残念だったな、うちの執事は普通じゃない。
「和歌様、ちゃんと避けて下さい!」
ほらな! ムカつく!
「うるさい、いいから早く捕まえろよ。また愛媛が危険な目にあったら困るだろ!」
「勿論です。お年寄りであっても容赦はしません!」
じーさんはようやく、ネルにとって俺はどうでもいいと気づいたらしい。すぐさま逃げようとしていた。
けど遅い。ネルがじーさんの背後に回り込み、脇の下を掴むようにして抑え込んだ。
「和歌様、今です! 今こそ姫様がお喜びになる攻撃を!」
何言ってんだ。愛媛が喜ぶ攻撃なんて……あぁ、あれか。
ネルは余裕なのか、ニッと笑っている。俺も思わす口角を上げた。
まったく。使う時絶対ないと思ってたのに、あったじゃねぇか畜生め。
俺はじーさんの正面に立った。組んだ手を振り上げ、じーさんの脳天目掛けて勢いよく振り下ろす。
「ガンガゼスプラッシュ!」
じーさんはネルもろとも、その場に倒れ込んだ。手がすごく痛いし、ネルと協力してってのは癪だけど。




