第18話 プリンと代打のリベンジマッチ
『はい。アラカルト派遣会社です』
「もしもし。商店街の景品で余った執事を雇った神崎です。ネル……リヤンの問題行動について会社からも叱ってほしくて。最悪警察に連絡してもらいたくて」
電話の相手は黙ってしまった。もしかして俺、クレーマーとか思われてないよな。こっちだって困ってるし、シルベスター怪我してるし。むしろ言わないとダメだよな。
「どうしました?」
『あちゃー』
「あちゃー!?」
違う! 俺じゃない! 普通にネルが面倒だと思われてる!
『いえ、失礼しました。でも、えーと……あの野郎、今度は何したんですか? 不法侵入ですか? ペット舐めました? 僕らの愛を妨げるものなどいらないとか言ってドア破壊しました?』
アイツがろくでもない奴だって事は分かった。
俺はネルがシルベスターに怪我をさせた事、ついでに愛媛に惚れてるらしいという話をした。
『つまりネルリヤンは現在、普通の人間の女の子を異常な位愛でているのですか? え? 本当に?』
シルベスターに怪我させた事より人間を好いている事の方が信じられないのか……。
「まぁそうですね。今も頭撫でてますね」
人が電話してる間に! コイツ何も反省してねぇな!
『あ、それ抜けた髪の毛コレクションしようとしてるんで気をつけて下さい』
「は?」
会社員の発言の意図を確認するために、俺はネルを見続けた。ネルは自分の手を見ている。よく見ると奴の手には愛媛の髪の毛が一本絡まっている。ネルは懐からジッパー付きビニール袋を取り出した。その中に丁寧に髪の毛を居れ、封を閉じる。そして懐に入れ戻し、満足そうな表情を見せた。愛媛は気付いていない。俺は一応、会社員から許可を取る。
「殴っても良いですか」
『どうぞ』
俺は手をグーにしてネルの頭を殴った。眉を八の字にしたネルは、不満そうな顔をする。そんな顔をされる筋合いはない。
「和歌様、乱暴はいけません」
「お前の行いの方が悪いわ!」
状況を何も分かっていない愛媛は、ネルの頭を撫でる。
「ネル、大丈夫? お兄ちゃん、殴るのは駄目だよー」
奴の行いを見ていないからそう言えるんだ。ネルは愛媛の無知に感動している。
「姫様……なんとお優しい。可愛いだけでなくお優しいとは。やはり貴方は天使ですね。寧ろ姫様を天使と言わなかったら何と言えと言うのですか。神ですか。やはり神ですか。あー、もう駄目だ。我慢出来ない。姫様、お願いですから唾液を下さい」
「この野郎!」
俺は再びネルを殴った。当然だろう。
それなのに愛媛が怒る。
「お兄ちゃん、駄目って言ったでしょ。ネル何もしてないよ」
「してるじゃん。とんでも無い事言ったし、してたよ!」
怒る俺の思いは、愛媛には届かない。
『あのー、もしもーし』
スマホの向こう側から、会社員の呼びかけが聞こえて来た。そういやまだ切ってなかったな。
「あぁ、すみません」
『いえ。大体聞こえてましたし、なんとなく想像出来ますので』
「何なんですアイツ。何であんなの雇ってるんですか?」
『出会ったばっかりの人には愛想が良いんで。でも今思えば、ただ猫かぶってただけですね。あまりにも違い過ぎて双子か二重人格なんじゃないかって問い合わせもあった位ですよ。人畜無害そうな美少年紳士のネルと、ヤンデレストーカークソ野郎のリヤンで。それでも雇ってるのは、まぁ、会社の都合です』
リヤンの方が最悪過ぎるだろ。でも言われてみれば、シルベスターに近づくまで普通に見えたしな。
「どうにかなりませんか?」
『なりませんよ。あと契約書通り、契約期間内中は絶対に返品不可です。こちらだって、そんなもの送り返されたって困るんですよ。分かるでしょう』
「痛いほど」
『では残りの日数、快適な暮らしをお過ごしください。それでは』
切られそうだ。
この際、愛媛への変態行動は仕方がない。
でも、せめてシルベスターの方くらいは言っておかないと。
「ちょっと待って下さい、せめてシルベスターに怪我させた事くらいは怒って下さい」
『ご主人様である神崎様の言う事すら聞かないのに、我々の言う事なんて聞くはずがないじゃないですか。トーゴも毎回治療費うちに送って来るんで大丈夫です。頑張って下さい。失礼します』
切られた。俺の後ろで「ほらぁ」というネルの声が腹立たしい。会社は本当にそれでいいのか? 不安だ。
***
翌日。商店街では予定通りネルとシルベスターの対決が行われようとしていた。
山本おじさんがもの凄い剣幕で怒っている。まぁあれだけ可愛がっていればね。怒るよね。
「料理対決だが、うちのトーゴちゃんは怪我で料理が作れない。話を聞いたらネル君、きみとの喧嘩が原因で怪我をしたらしいじゃないか!」
観客達がざわつく。というか観客多くない? 商店街の入口が一人通れるくらいのスペースになるまで埋まっている。
ネルは全く悪びれる様子なく言った。
「誤解です。アイツが勝手に転んだんです。想像出来るでしょう? 一人で騒いで一人で偉そうにしている姿が」
「そんなの……」
おじさんの怒りが消えていく。想像出来ちゃったらしい。もう少し頑張ってよ。まぁ俺も昨日同じ想像したけどさ。
代わりにシルベスターが怒り始めた。
「ちょっと主! そんな奴に喧嘩売ってないで早く勝負させて!」
「そ、そうだね。とにかく、トーゴちゃんは勝負出来ない」
ネルはもの凄い笑顔になった。なんて嫌な奴なんだ。
「おや。では今日も僕の勝ちという事ですね。楽で良かったです」
「いいや、君には代理の子と戦ってもらう」
「代理……?」
俺はネルの前に立つ。おじさんがエプロンを貸してくれたので、俺は黄色に赤字で山本フルーツと書かれたエプロンを身に着ける。
「よーし。じゃあ始めんぞー」
「わ、和歌様!? 何で」
流石のネルも予想外だったのか、目を丸くしている。
「何でって、俺元々シルベスターのハンデだし。あと一応お前の雇い主として人様に迷惑をかけた分責任は取る」
「そんな奴の味方をする意味も分かりませんし、迷惑をかけた覚えもありません!」
「いいからやるぞ。文句があるなら勝ってからにしろ」
反論が出てこないのか、ネルは黙って簡易キッチンの前に立った。俺とネルの、プリン対決が始まる。
***
結論からいうと惨敗は確定した。
穴だらけのプリンを、愛媛は見向きもしなかった。気持ちは分かる。何だこのプリン。むしろプリンって呼んでいいのか? アニメに出てくるチーズみてぇ。
「アンタ、ふふっ、そんなのでよくあたしの代わりになるとか言えたわね!」
シルベスターの笑い交じりの怒りが聞こえてくる。
「いやだって、シルベスターがプリンなんて固めるだけとか言うから、俺にも出来るかなって」
「あたしのせいにするんじゃないわよ!」
その通り過ぎて何も言い返せない。
プリン作り、奥が深い。
「まぁ愛媛、食べたらおいしいかもしれない。良い卵だし。食え」
「いや!」
「だよなぁ。食わないでいいわ」
こんなん食ったら腹壊すかもしれない。俺も食いたくない。
ネルがフッと笑って、愛媛の前にプリンを出す。
「和歌様も無茶をなさる。さぁ姫様、こちらをどうぞ」
今日のネルは何かかき混ぜてるっぽかったし、今回は正真正銘プリンだったみた……い……なんだアレ!
愛媛はそのプリンを見て、目を輝かせている。
「プッチンするプリンだぁ!」
愛媛の前に置かれたのは、正真正銘、スーパーに売ってるプリンだ。
「えぇ。いつも和歌様が洗い物増えるからプッチンしないでそのまま食えと言うプリンです。ですが姫様、どうかご安心を。今日は僕が洗いますから、思う存分プッチンして下さい」
「ほんと!?」
「勿論、それだけではありません。こちらにカットしたフルーツや、ホイップした生クリームなどがございます。普通にプッチンしたプリンも美味しいかもしれませんが、ドレスやアクセサリーを身に着けてデコレーションしたプリンの方が可愛くて美味しいと思いませんか?」
「思う!」
混ぜてたのは生クリームだったか。
この流れ、まさか!
「さぁ姫様、デコっちゃってください!」
「やるーっ!」
愛媛は生クリームを絞り、チョコスプレーを振りかける。
俺はネルに詰め寄り、愛媛のプリンを指さす。
「作れって言ったじゃないか!」
「今姫様が作ってるじゃないですか。プリンアラモードを」
「なっ!」
「まさか反則だとは言わないでしょう? だってアイツの代わりに、和歌様が作りましたもんねぇ。僕の代わりが姫様だったというだけですよ。まぁ、和歌様が作るなら僕も普通に作っても良かったんですけど」
さりげなく馬鹿にされたが、普通に勝負しても勝てる気してなかったから何も言えない。不戦勝だけは免れるとは思ってたけど、結果として不戦勝の方がまだ良かった気もしてきた。
「そうかもしれないけど、俺が作る事になったのはシルベスターにとっても妥協案だ。どうしてお前は普通に味で勝負しようとしないんだ!」
ネルは口を尖らせて、拗ねたような顔をした。
「だって普通に勝負したらアイツが勝つかもしれないんですもん」
「アイツが勝つかもって……シルベスターの作る料理がおいしいって知ってるのか?」
「まぁアイツも腐っても使用人ですからね。マズいものは作らないでしょう」
何だ、喧嘩してはいるけどメイドとしては認めているのか。
「お前な、それなら普通に言ってやれよ」
「嫌ですよ、アイツ調子に乗るんですもん」
まぁ、それは否定できなくもない。
そのシルベスターが近づいてくる。もしかして今の聞こえてて、怒りに来たのかな。
シルベスターは愛媛の前に置かれた、穴だらけのプリンが乗った皿を持ち上げる。右手にはスプーンを握っていて、それでプリンをすくい、食べ……えっ!?
「シルベスター?! いいよ食べなくて!」
「アンタだって食べてたじゃない」
「意外とうまかったりする?」
「マズイわ」
お世辞にも美味しいとは言わないシルベスター。見え透いた嘘つかれるよりはマシか。
でもそれでお腹壊されても困るし。
「いいよ、俺責任持って食うから」
「あっ!」
シルベスターからプリンとスプーンを奪い、一口。ざらついていて、甘みも少なくて、確かにマズイ。これじゃあ高い卵が台無しだ。シルベスターの顔も真っ赤になっている。相当お怒り……いやまて。怒ってるというより、なんか照れてる?
俺は二口目を口に入れた。何を照れる必要があるんだか……待て。
このスプーン、さっきシルベスター使ってたな!?
「ごめん! 愛媛の残したやつ食う感覚で! つい!」
「……あたしはアンタの妹じゃあないのだわ」
山本おじさんがニヤニヤしながら声をかけてきた。
「神崎くん、帰る時トーゴちゃんの事担いでもらっていいかい?」
「おじさんおんぶして来てたじゃん!」
「もう歳だからね、疲れちゃってね!」
声からしてめちゃくちゃ元気なんだが!?
シルベスターも椅子の背もたれを掴んで、立ち上がろうとしている。
「大丈夫よ、行けるわ!」
「ダメだよ、無理して悪化したら大変。神崎君なら信用出来るからね、頼んだ方がいいよ! 知らない男には任せられないけど、神崎君なら信用出来る!」
信用去れてるのは嬉しいけども……!
面白がってるんだろうけど、無理したらいけないってのは正論だ。勝負も終わったし、仕方ない。
「失礼致します……」
「離しなさいよ!」
俺はまたシルベスターをお姫様抱っこする事になった。
ネルから「そんなもの触らないで」とか言われるかと思ったんだけど、アイツはこっちを見ようともしない。おそらく俺が居ない間に愛媛と二人きりになろうとしている。それはそれで危険だが、シルベスターを放っておくわけにもいかないし。おじさんが連れて帰れるとは思うんだけど、確かに大変だろうから。
観念したのか、シルベスターは相変わらず「馬鹿、馬鹿」と言いながら俯いている。
シルベスターの体温が、この間より高い気がしたのは俺と同じ理由なんだろうか。自惚れな気がして、確認する事は出来なかったけど。




