第19話 執事と別れの兄弟喧嘩
おじさんは片付けがあるから、とか言って一緒に帰らなかった。
愛媛もまだプリンをデコるんだとか言って帰らなかったので、ネルと残っていた。まだおじさん達もいるし、ネルが愛媛に変なことはしないと信じよう。
つまり、帰り道も二人きりだった。
馬鹿馬鹿言っていたシルベスターも、今ではただ恥ずかしそうにしている。
なんだか俺まで恥ずかしいから、別の話をして誤魔化そう。
「そうだ、次の勝負はどうする? また主食とかでも良いと思うんだよな」
「嫌よ、もう勝負しない」
意外だ。シルベスターが勝負しないなんて言うとは思わなかった。
俺がそう考えている事に気づいたのか、シルベスターはすぐに反論してきた。
「勘違いしないでよね。勝負しないのは今の主のところでは、ってだけなんだから。あたしが負けたままなんてありえないんだから」
「そっか。でも、じゃあ何で」
「もうすぐ二週間経つから。一度は本社に帰る」
「あぁ、お試し期間二週間だもんな。シルベスター、ネルよりちょっと早く契約したから」
「どっかの誰かさんが断ったからね」
まだ気にしてたのか。いや、気にするよな。
「それに関しては悪いと思うけど、お隣さんでも悪くなかったかな。こうして話したり、ご飯食べさせてもらったりしたし」
「それだけで満足するつもり?」
「まさか」
膝枕とか耳かきもしてもらったけど、それは普通のお隣さんじゃ出来ないだろうし。
だったら金かけるか惚れてもらうかしかないじゃん。俺の場合、前者の方が可能性高そうだし!
「当然よ、でもまずは今の主を奉仕してやらなきゃだもの。残り少ない時間、あんなのと戦うより、主達にチヤホヤされる方がいいわ」
自分がご奉仕される側でいるつもりなのか……?
「お隣さんとして、最後の日は見送ろうか」
「必要ないわよ。だったら一秒でも早く契約出来るようにして」
「それもそうか。じゃあ……頑張る」
ちょうど山本おじさんの家の前まで着いた。
シルベスターを降ろして、向かい合う。立てはするけど、まだ痛いみたい。
「じゃあお大事に」
「ん。まぁあたしは強いから何とかなるわ。アンタはまず、妹、守んなさいよね」
シルベスターはそう言って、ニッと笑った。
やっぱり自分の家にメイドがいてほしいとは思う、けど。
隣の家にメイドがいるというのも、悪くない話だった。
***
色々騒がしくはあったけど、何だかんだあっという間で。
とうとう我が家も、お試しキャンペーン終了の日がやってきた。これでようやく、ネルとはおさらばだ。
あとは俺のバイト代が溜まるまで、シルベスターが他の人との契約決まらなきゃいいんだけど。
「ネル、おリボン結んで」
「えぇ。いくらでも結びましょう」
ネルに赤いリボンを結ばせた愛媛はツインテールになった。この髪型アレンジも、今日で最後だろう。
「どう? かわいい?」
「勿論です。愛らしすぎて僕おかしくなりそう」
俺はネルの頭を叩いた。
「お兄ちゃん、ネルの事いじめちゃダメ!」
「いじめじゃないっての」
ネルが笑顔で俺を庇う。この笑顔ももうおさらばだと思うと、全然腹立たない。
「良いんですよ姫様。これは僕に構って欲しい和歌様なりの甘えなんです」
「気色の悪い事を言うな。普通に愛媛に手を出させないためだっつの」
「おや、それは残念。そんな事より、今後とも契約していただきたいんですが」
コイツ俺の事をそんな事扱いしやがった。別にいいけど。
「無理に決まってんだろ。うちにそんな余裕ねーよ」
「大丈夫ですよぅ。僕の契約料月一万なので。頑張って節約すれば、なんとかなりますって。車を買う訳じゃあないんだから。お父様達が帰ってくれば、和歌様だってバイトを始めるのでしょう?」
「純粋にお前に金を払いたくない。仮に俺がバイトを始めたとしても、何で俺が汗水たらして働いた金をお前に費やさなきゃ……待って。お前月一万なの?」
シルベスターもだけど、もっと高いもんだと思ってたんだけど……。
ネルは笑顔で頷いた。
「他の執事やメイドは住み込みで月五十万なんですけどね、社長の気まぐれで僕らだけ月一万なんですよ。頭おかしいですよねぇ」
「それ絶対気まぐれじゃなくて、お前らの難が会社に被害を与えてるからだろ。会社も会社だ。よく雇ったよ」
「あぁ、そういや僕等をスカウトしたの社長の娘ですね」
「じゃあそれだよ」
でも良い事を聞いた。ネルが月一万なら、同じ難アリ認定されてるシルベスターも月一万のはずだ。それならバイトした金と今までお年玉として貯めてた金を出せば、わりと早く雇えるだろう。
そのためにも、まずは目の前にいる執事を追い出さなければ。
「契約は、しない」
俺はネルの顔を見て、きっぱり言った。
「そうですか……それは残念。では、これにてお試しサービスは終了となります。またのご利用、お待ちしております」
ネルは深々と頭を下げた。
愛媛が悲しそうに、ネルの服の裾を引っ張った。
「ネル、行っちゃうの?」
「姫様。また機会があったら、遊んでくださいね」
「じゃあ今っ、今遊ぼっ」
いつもなら喜んだであろう愛媛からの誘いにも、ネルは苦笑いを返した。
「残念ながら、もう行かなくちゃいけないので。そうだ、姫様。これ貰って下さい。姫様のランドセルにどうかなって、作ったんです」
ネルが愛媛に渡したのは、ウサギのマスコットだった。器用な奴だな。
「かわいい!」
「僕だと思って、大事にして下さいね。何ならランドセルに着けずとも、いつでもお傍に置いてくれて構いませんよ」
「うん、大事にする。だからネル、また遊んで!」
「えぇ、次お会いした時は是非に。それでは」
ネルは深々と頭を下げて、うちを出て行った。
思ったよりあっさり行ったな。もうちょっとゴネるかと思ったのに。
騒がしいのがいなくなって、部屋の中がすごく静かに感じる。
いや、これが正常なんだ。
それに、シルベスターに来てもらうようになればきっとまたにぎやかになる!
「お兄ちゃん、ネルもう来ないの?」
「あぁ。でも安心しろ。少ししたら、代わりにシルベスターに来てもらうからな」
両親が帰って来たらと思ったけど、いっそ許可書を郵送してサインを書いてもらうのもありかな。そうすれば早くバイト出来るし、早くシルベスターを雇える。
困ったな、にっこにこしちゃうね!
「……やだ」
「……やだ? やだって、シルベスターがか? 何が嫌なんだよ。シルベスターだって悪い奴じゃないぞ」
「そうだけど、ネルとも遊びたいんだもん」
「ネルはダメだ、アイツの遊びはどうかしてる」
「そんな事ないもん! ネルと遊ぶの、ネルがいい!」
まさかの自体だ。ここにきて愛媛がこんなワガママ言うとは思わなかった!
そりゃ愛媛からしたらネルは良い遊び相手で、悪い奴じゃないのかもしれない。
でも普通に考えたら、アイツをそばに置いておくのは愛媛のためにならない。
「分かった、俺が遊んでやるから。何だ、ままごとか」
「お兄ちゃんじゃないの、ネルがいいの!」
せっかく追い出した変態を選んで泣かれてしまっては、流石に怒りを感じてしまう。
そりゃアイツは愛媛と遊んでやってたし。俺と違ってうまい飯も色々作れるすごい奴だけど。
俺だってネルが来るまでは、愛媛の面倒見てたんだ。
それなのに最近来た奴を選ばれたら。
兄としての立場がないじゃんか。
「ダメなもんはダメなんだよ! ちょっとはお前も我慢しろよ!」
つい怒鳴るように声を出してしまった。
驚いた顔をした愛媛は、その場にしゃがみ込んで。ひたすら泣き始めた。あぁくそ、俺だって泣きたいっての。
玄関のチャイムが鳴った。やっぱりネルが帰って来たとかか? アイツめ、さては盗み聞きしてたな。
「何度来ても契約は……って、え?」
扉を開けた先にいたのは、サングラスをつけた黒いスーツの怪しい男達だった。
男達は何も言わず、革靴のまま家の中に入って来る。
「何だ、児相か? うちの親は自分勝手だけど虐待されてるって訳でもないからお引き取り下さいって、おい!」
世界がぐるりと回る。どうやら俺の体は、謎の男によって担がれたらしい。
「きゃあーっ!?」
「愛媛!?」
愛媛の叫び声も聞こえた。もしかして愛媛も同じ目に!?
俺は黒いワゴン車の中にぶち込まれた。後から愛媛も同じように車に入れられる。
窓は黒いシートで覆われていて、外を見る事も出来ない。
「ふざけんな、出せ!」
車に体当たりするも、ビクともしない。
何だよ、何でこうなるんだよ!




