三話 願いは一つ、一つだけ
知っていた。
森妖精が長命種であると。
理解していた。
ヒト属ヒト科の人間は短命種であると。
元より承知していた。
寿命に差があるということは。
故郷では皆、物言わぬ大岩と語り、目に見えぬ風と同じ景色を見つめ、動かざる大木と寄り添って生きるを常とした。
私も一時はそうしていたが。
弱肉強食という自然の掟、優勝劣敗という明快な自然の法則は、すぐに理解できた。
風雨に干天、水害に地震――自然の摂理は秩序正しすぎて、いっそ理不尽とも思えると知った。
氾濫する魔力の暴力に法則の枷、理法の鎖でもって魔法と為す神秘は、この身に確と刻むことで学んだ。
故郷の先達のごとく、真理の深奥、世の根源までには至らずとも。もう十分に研鑽を積んだと、そう思ったのは幼い頃の私。
だから。
知識もなく。
身体能力も高くなく。
保有する魔力は呆れるほど低い。
なのに。
世界に対して一歩も引かず、蛮勇と浅知恵でもって無秩序に蔓延る「人間」を。
――見に行くも一興。
気まぐれの悪戯に唆されて、私は人の築き上げた街に行った。
そして彼に、出会ったのだ。
彼は、あまりにも未知で斬新で。しかも語る言葉一つ一つの裏側に、およそ人の身では不可能と思えるほどの、世界中から集めたありとあらゆる情報が垣間見えた。
ひたすらに深淵を覗く故郷の先達とは異なる、彼の在り様。
まさしく目を見張った。
時が経つにつれ、もはや私は彼をただのヒト属ヒト科の人間だと見ることはできなくなってはいたけれど。
別れはやって来る。
それは理解していたし、覚悟もあった。
それに。
肉体の別れは永遠の別れではないと知っていたから、耐えられた。
故郷の先達が、岩と語り、風と戯れ、木に親し気にもたれかかる意味を知った。
肉体は土へ還り、水に流され、天へ上がり陽と光によって地上へ降り注ぎ、風に乗ってまた土へと還る。
彼もまた、世界の一部となって巡るのだ。
だから私も、故郷で皆がしているように。
岩に微笑み、風と笑い合い、木を抱きしめれば良いと。
――そう、思っていたのに。
いない、いないっ!
どこにもいないではないか!
彼の魂の片鱗はおろか、気配の一欠けらでさえ、世界のどこにも感じられない。
岩に染み入る数多の声に耳を傾けても。
吹く風を探しても。
木を通して訊ねても。
――いないのだ。
何故、と声も無く慟哭する私を、父と母が抱きしめた。
「愛しき我が娘」
小石を足元に一つ、二つ、三つ、と無数に落とし。その一つ一つを、世界、と指し示した。
つまり、世界は一つではなく無数にあり。彼はこの世界ではなく、別の世界にいるのではないかと。
そして。幼き私が思っているほどには、尊敬すべき先達も世の根源、真理の深奥には至っておらず。
界渡りは、今なお成しえぬ神業である、と。
父母の話を聞いて、納得がいった。彼が別の世界にいるのならば、この世界をいくら探してもいないはずである。
そして、界渡りはいまだ誰一人として成しえたことがない、というのであれば。
この私が、界渡りの一人目になれば良い。
無駄に街に行き、人間が蛮勇と浅知恵を駆使してダンジョンを攻略するのを、間近で見て来たわけではない。
人間は驚くほどに強かで。姑息に小狡く小賢しく。
摂理の網の目を掻い潜り、人間が乏しい魔力でもって魔法を制する術理には、森妖精である私でさえ舌を巻いた。
本来であれば大儀式が必要な魔法を、忙しない戦闘中に詠唱し得る呪文一つに納めてみせた――人の短い命を繋ぐよう、延々と代を重ねることによって築き上げた術理。
……そう言えば昔、素直に素晴らしいと称賛する私を仲間たちが珍し気に笑いもしたけれど。人間の、決して諦めることのない粘り強い不屈の意志は、時に美徳である。素直に頭も垂れもしよう。
その術理の一つ。仲間を救う乾坤一擲の賭けと呼ばれる呪文がある。
詠唱すれば、仲間が回復したり、相対している敵を全滅させたりと、何がしかの「良き出来事」が起きるけれども……その出来事は様々で。
術者の意のままにならぬそれは、神の奇跡、とも呼ばれる。
本来であれば大儀式が必要な魔法を、たった一つの呪文に仕上げた絡繰りは――術者の経験、力、命、いわゆる存在そのものの「一部」を対価にすること。
私はこの術理に目を付けた。
この呪文、人間の少ない魔力で絶大な効果を及ぼし、しかも曲がりなりにも効果が「良き出来事」に限定されている。
この効果を、異界渡りに限定できれば――いえ。
ちがう。
私の目的は、異界に渡ることでも、世の摂理を解き明かすことでも、界を自由に渡る神になることでもない。
ただ、彼に会いたい、それだけ。
一滴の雨粒となって、彼の頬を滑り落ちるだけでかまわない。
ただ一陣の風となって、彼の横を通り過ぎるだけで十分。
森妖精である私の長い寿命を対価に。
これまで積み上げて来た修練、だけでなく。今後、長く続くはずの生において積み上げるであろう研鑽もすべて。
彼に会うためならば、惜しくない。
人の乏しい魔力に合わせて編まれた術の、魔力容量を増やす。構造を修正して改造を加え、受け入れる対価領域を拡大する。
出力は大きく――界を渡ることができるほど大きく。そして効果は緻密に限定する。
世界は神が創り上げたもの。魔法でさえ、神が事細かく設定したもの。
その仕組みさえ理解すれば、利用するも可能なのだと。恐れを知らぬ人間から、そして彼から、私は学んだ。
森の中、儀式場の中心で、森妖精の潤沢な魔力を流し込む。
「願いは一つ。彼に会う、ただそれだけ。対価は私」
話したいだとか。触れたいだとか。この世界でもう一度、だなんて強欲なことは望まない。私がただ、会いたいだけなのだから。私が、彼の元へ行くのが筋というもの。
その結果、私自身がどのような姿に成り果てようとも。
「対価が足りないというのであれば、私など、灰となって消滅してしまえ」
魔力を注ぐ、注ぐ。私が豊富な魔力を有す森妖精として生まれた意味は、ここにあったのだ。
法則は乱さず。仕組みは崩さず。禁止事項は犯さず。あくまでも理法に則って、魔法が粛々と実行されていく。
――願いは一つ。
「叶えてみせよ!」
私は杖を大きく振りかぶった。
~・~・~
意識が途切れて。
気が付けば、地面を踏みしめる足元の感触。
何がどう、と呆然とするも一瞬。
継ぎ足しに継ぎ足された民家と民家の間、狭い道の向こうに、彼がいた。
黒髪、黒目の、彼。
知っている姿とはまったく違うけれど、何故か、彼だと分かった。
「やっと、やっと会えました……会いたかったっ」
成功したのか、とか。
ここがどこか、とか。
どういう状況なのか、とか考えることはいくらでもあったはずなのに。
私はただひたすらに、彼に向かって駆け出していた。
~・~・~
~・~・~
(おまけ)
神々「加護盛り盛り~、前に世界を救ってくれた礼ぞ~」
愛の神「祝福増し増し~、愛は世界を越えるの~」
ででーん! 加護・祝福、スーパージャンボ盛りチートくんの完成~♪
なお、メイちゃんの界渡り、本来であれば消滅コースでしたが、愛の神がえいっ! って力技で消滅寸前に救済して移動。なお、寿命は人と同じぐらいをプレゼントされてます。……五分後に寿命が尽きた、なんていう悲劇は起きませんのでご安心ください。
それでは。追放からの巻き込まれチートくん、これにて完結!
お読みいただいて、ありがとうございました。
活動報告に雑談じみたことを落としてますので、良かったらお立ち寄りください。




