二話 自慢に見せた……牽制! からの!?
ロドの力強く重厚な、まさしくドラマチック・テノールの声が朗々と響き渡る。
「進むか、退くか。パーティの盾でありリーダーである僕の背に、かかってくる責任は重い」
左手を胸に当て、ロドは噛みしめるように言葉を紡ぐ。
「勝利の高揚、順調からの慢心、一攫千金に目をくらませてまだ進める、と……知らず、引き返せない底なし沼へ足を踏み入れそうになったことは、いくらでもある」
そう言うとロドは顔を上げ、人懐っこい表情を浮かべてにっこりと笑った。
「ビシは進もうとする僕に、言ってくれた。『背に、仲間の命があるぞ』と。
進退を見極める智慧、撤退する勇気。戦闘で敵の攻撃を鎧で受けるのは僕だけれど。ビシは、迷宮という敵から仲間の命を守る盾を持っている。
――だから、ビシの追放はありえない」
力強く断言するロドの横で、極東風と言われる風変わりな衣装を身に着けたサムが大きく頷いた。
低く深い声音が、その口から重々しく紡がれる。
「然り。ビシ殿の呪文により眼前の敵は足を取られ、刃を阻む固き鎧は脆くひび割れる。
身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれど、ビシ殿は某が身を捨てぬよう気を配り、瀬に着くよりも前に掬い上げる御仁である。
――追放など、あり得ぬよ」
サムが淡々とした口調で、当然である、と断ずれば。
最後の言葉に被せるように、次は黒装束の小柄な少女が打って変わって元気いっぱいの声を上げた。
「商品の売買なら、ビシにおまかせ! 迷宮からオタカラを持ち帰ってくるのはアタシたちなのに! 商人たちってば、買い取る時はタダ同然、売る時は倍どころか十倍で売りつけようとするし!」
少女の言葉に、酒場にいる冒険者たちは皆一斉に大きく頷いた。
命がけで見つけてきたオタカラを、用途不明の物品は引き取れないだの、性能不明な装備は扱ってないだの、難癖付けて、買い取らず。
では鑑定込みで買取を頼むと、ほぼ売値と同じ値段を提示される。
つまりは、無料で引き渡せ、と。
――地獄へ落ちろ!!!
駆け出し冒険者が最初に殺意を抱くのは、迷宮のモンスターではなく商人である。
「ビシはオタカラを調べて、確かめて、見定めて。どれぐらい価値があるのかちゃーんと説明して、商人相手に一歩も引かずに値段交渉するの、すごいよね!
――だから、ビシを追放なんかしない!」
サヨナラ、金欠パーティ! ウェルカム、金持ちパーティ! と、シノが気炎を上げる。
魔術紋付長衣を着たメイも、その言葉に大きく頷いた。
長い白金髪が川のようにさらさらと流れ、長衣のラッパ状に広がった袖口から覗く白魚のような繊手が頬に添えられる。
「迷宮の情報を秘匿せずに周知、それによってより多くの情報を集め、冒険者の酒場と言う限定された場に塵が積もるように集積された「知」はもはや個人の枠に止まらず、ビシの唱える『集合知』という概念はこの私の長い生をもってしても……」
「長い」
「あら、ごめんなさい、つい」
サムの一閃により、絶えず流れる川のような長広舌はスパっと切り落とされた。
改めてメイは姿勢を正し、濃深緑の瞳を柔らかく和ませて微笑む。
「故郷で皆がしているように、悠久の時を経て知を蓄えた木石と語り合い、世界の真理を探求するのは当たり前すぎて。いっそ、整合性のない破綻した情動の塊の中に身を置くのも一興、と思って村を出ましたら……。
まさかまさか、このような出会いがあるとは!
これこそ、私が切り開いた運命!
これぞ、奇跡!」
柔らかく笑んでいた目は、途中で突然にかっぴらき。濃深緑の瞳が夜に出会った猫の目のように、爛々と。
優しい微笑みはどこへやら。
「追放だなんて、絶対に、許さない」
――はい。
獲物はどこだ、敵は誰だという獰猛な笑みに、皆は一斉に声なき声で唱和した。
メイの気迫に、駆け回っていた野次は身を縮こまらせて草むらに隠れたが。それもほんの一瞬。すぐにまた顔を出し、元気に走り出した。
駆け出したその先は、まだ発言していない、戦槌を背負った丸顔の小柄な鉱山妖精である。
野次馬から飛んでくる大声に、プリは雑に括った銅茶色と赤銅色のまだら髪を揺らして立ち上がった。
「あたしのことを生きた護符扱いするけど……直観だけど、ビシの方がよっぽど御利益あるよっ。
あたしにはわかる。ビシには、神様が付いてる。ビシから離れたら、きっと神様から見放される。
――追放は、ないったら、ない!」
ビシと組んでから回復呪文の効きは良いし、蘇生だって失敗したことない、とプリは得意気に胸を張る。
聴衆は、それは単にプリが腕の良い神官だからでは、とか。神を愛し、神に愛されてるのはプリの方で、ビシは関係ない、単に思い込みでは、とか。
コソコソと囁くも、だからと言って蘇生成功に肖ろうとするのに変わりなく。
特に表立っては反論せず。
――蘇生万歳、アッシュロストの墓地埋葬はお断り。
そう、唱えた。
仲間たちから大絶賛されたビシはと言えば。手放しの称賛に、照れを通り越して居心地悪そうに視線をさ迷わせていた。
見た目に違わず、温厚なビシは目立つのを嫌う。そのことをロドは知ってはいたが。
「会議の結果――追放者、無し!
みんな、聞いてくれてありがとう。これで追放会議は終了する!」
酔い潰れた者も夢から覚めろ、天にも届けとばかりに、ロドは声を張り上げた。
それに合わせて仲間たちが陽気に気勢を挙げれば、そこかしこで拍手喝采が送られる。
所詮は吞兵衛たちである。
呑むための口実は、極論、何だっていいのだ。
追放者無しにカンぱぁーい! と、すでに出来上がって呂律も怪しくなった音頭で杯が空けられていく。
「これ、こんな酒場のど真ん中で開く意味……あったのか……?」
ただ一人、ビシだけが困惑した表情を浮かべて小さく呟いた。
聞きとがめたロドが、ビシの背中を軽く叩いて笑いかける。
「あるさっ。ちょっと最近、こっちを見てこそこそ話している新米くんたちを見かけてね。詳しく聞いてみたら、ビシにあまりよろしくない噂が出回っているらしくて」
――攻撃も回復も何もしていない役立たずが竜位のパーティに。
――凄腕についていっている「だけ」のお荷物がいるらしいぜ。
――立ち上げからの仲間だから、強く言えないだけだって。
――ほんとはパーティからいなくなってほしいと思ってるとか。
――仲間に入れたい、もっと有能な冒険者がいるんだって!
「ビシは、こんなにも有能で。僕たちがビシを疎んでいることなんてありえないと」
ロドは首を巡らし、酒場のいくつかの集団に視線を向けた。逸らすことなく目を合わす。
「ビシは、堂々とこのパーティに……いや、僕たちこそが、ビシにぜひともいてほしいと願っているのだと」
駆け出しっぽい身なりを強調して、哀れを誘う少年少女。派手だったり愛らしかったりする、顔の良い女たちだけの集団。物理攻撃の前衛だけという、どう考えてもありえない一団。
――あわよくばと、千載一遇のチャンスを狙う盗人ども。
ビシを取り巻く不穏な噂を聞いて、仲間たちは対策を練った。
金銭感覚のない世間知らずが、便利な財布を欲しがったか。
顔で釣れば、拗れた恋愛絡みの尻拭い要員が手に入ると思ったか。
後ろで回復だけしてくれれば良いなんて言葉自体が、下に見ていることだとわからないのか。
――誰が渡すものか。
「追放なんて、ありえない」
追放待ちをしている有象無象に、そしてビシにもはっきりと聞こえるように、ロドはもう一度繰り返した。
~・~・~
――一度生を享け、滅せぬもののあるべきか
嬉しくて、楽しくて、何よりも大切だと思った思った幸せな気持ちが、記憶の底から浮かんで来ては泡沫のように消えていく。
細切れの動画。
連続しない静止画像。
切り取った一場面。
何度も繰り返す夢の――それでもほんの微かに残る、その残滓。
もう覚えていない、おぼろげな夢なような、遥か彼方の――
大学からの帰り道、何とはなしに覚えてもいない夢を思い出しながら、騒がしい集団とすれ違いかけて。
突然、足元に広がるペンタグラム。星型の五角形術紋の中心はあの騒がしい集団。
俺はただ、端っこの線を踏んでいただけだった。
でも、避けるよりも前に。
この幾何学模様っぽいの、なんか懐かしいな、って思ってしまった。
彼女の着ていたローブっぽい、そういや、あの娘の名前なんだったかな、今、思い出しかけたんだけどな、ってバカみたいに思ったのを覚えている。
そして。
彼らは召喚された勇者とか聖女で。
俺は。
勇者召喚の儀式に巻き込まれてしまった単なる一般人、だそうだ。
――俺は、城から追放された。
それが。
「やっと、やっと会えました……会いたかったっ」
白金色の長い髪から飛び出る細長い笹耳を、嬉し気にひょこひょこ動かして。生命を育む大森林を思わせる濃深緑の瞳を潤ませて。
俺が、郊外に無一文で放り出されて途方に暮れていたら。
チュールを前にした猫みたいに、まっしぐらに駆け寄ってきた森妖精の彼女。
幾何学模様のローブ越しに。
――メイだ。あ、暖かい、生きてる、生身だ。うっわ、柔らかい! え、これ抱きしめ返してもいいやつ?
離れるものかと、ぎゅうっと抱きついてくる彼女を。
俺は常識的な日本人男性として。
セクハラダメ、お触り禁止、でも向こうからならセーフ? とか。
両手を宙に浮かせてあわあわと迷わせた後。
そぉっと、彼女の頭の上に手を置いて。
子猫を撫でるみたいに優しく丁寧に撫で続けた。
テンプレを詰め込んでみました。ニコッ(笑顔)
活動報告に雑談じみたことを書き散らしてみました。良かったらお立ち寄りください。
二話「自慢に見せた……牽制! からの!?」 でした。
次話「願いは一つ、一つだけ」




