『荒神・四 ~エステドーナの会戦~』
ランバルトは将兵の突き上げに押される形でセファロスの挑戦を受けた。その布陣は彼の心中を反映してか中途半端な態勢であり、消極的かつ防御的な配置であった。ディリオン軍4万9000人はランバルトの本営を中心に前後左右、特にセファロスと対する前面には深く厚く陣列を敷いた。
前衛の第一列にはノゴール家のアールバル・サンダー家のナンディロス・モンタグリ家のガムロー・ルフォ家のベネディクトスら密集長槍兵6千人、その背後に第二列としてリトン家のアグラム・シルヴァ家のキャロアンら軽装散兵2千人が展開した。それだけに留まらず第三列にマシュ家のアルメック・バトラス家のガーランド・ロザドー家のパウサニアス・ヘルワース家のオマーら密集長槍兵6千人、第四列にハンゴルム家のガリマら軽装散兵2千人、更に第五列として平民出身のバッカード・タルトン家のエウダハト・スコーネ家のエンマルコら密集長槍兵6千人が配置された。歩兵陣の重ね掛けは一目見るだけでも防御的な姿勢から導き出された決定だと分かり、それ程までにセファロスの攻勢を恐れているという証左であった。
縦深歩兵陣の両翼には支援軍歩兵7千人ずつがワーレン家のジャン・ノストロデス家のシーダール・トリッソン家のネアルコス・コール家のマルケリルスらの指揮下に配備され、一歩後ろにはソーン家のカラミア・ドミニク家のケアリック・平民出身のヴェラルドら重騎兵2千騎、平民出身のダロス・クライン家のハウルタス・レップス家のヘシロウス・アプル家のガルバら支援軍騎兵1千7百騎|が置かれた。両翼に騎兵を配置しての機動攻撃の様に見えるがその真意は支援軍歩兵を盾にして、突破してきた敵を騎兵隊で跳ね返すという火消し部隊としての役割であった。
本営にはヒュノー将軍とその子ヒーニアスの直卒する"ブケラリィ"1百騎、ウルラフ家のウルヴィンら青銅楯隊2千人、平民のゲルハルトら銀盾隊1千5百人、ハスタール家のジャヴァルら近衛騎兵隊1千5百騎、ピュリア家のフライオルら近衛兵がランバルト王の守りを固めた。前衛との間に"ブケラリィ"を配置したのもまたセファロスとの間に距離と兵を置きたいという心理的忌避がそこにはあった。
そして後衛にはキンメル家のレオザイン・ババリア家のフィンゴルボース・イルシャイア家のダワッドらの麾下で密集長槍兵4千人と軽装散兵1千人が配置され、その槍先は戦線の背後に向けられていた。即ち後背からの回り込みを強く警戒しての配置である。しかし、背後からの攻撃がなかった場合五千人もの兵力が遊兵と化してしまう欠点があったが、それを押してでも後方への警戒を優先したのだった。
メガリス軍2万8千人は対照的に攻勢を第一に考えた布陣をとった。先頭は最早言うまでもないがセファロス王が陣取り、"赤服"7百人、新たな神に従うコルウス族百人らが続いた。その後ろには"踊手"8千人が展開し、先の戦いに引き続き血に飢えた狂鬼達が戦いの嵐を巻き起こさんと逸っていた。
狂兵達が前面を独占、より理性的な兵団が第二陣を構成した。ダークス傭兵9千人、歴戦兵5千人が戦列の中核を強固に築き、右翼にはガウェンド家のロジャース・アルソートン家のネービアンらメール重装歩兵1千8百人、ドルクロス率いる百戦錬磨の傭兵隊1千人、左翼にはホラント家のトラード・ユカール家のグルティオら亡命兵団9百人、王の精兵1千5百人が展開した。セファロスの麾下で戦うという事が勝利への確信と同時に死への緊張をもたらし、将兵らは皆意気の高さと隙の無さを両立させていた。
正面決戦としてはメガリス軍の不利は兵数の差もあろうが、騎兵力の差がディリオン軍と比較すると矢張り目立った。だが積極性に於いてはメガリス軍が圧倒しており、どちらが主導権を握っているのかは語るべくもない。
◆ ◆ ◆
【新暦674年7月 エステドーナ 将軍ヒュノー】
エステドーナでは戦いに向け、滾る戦意が渦巻いていた。ヒュノーは戦いの高揚に巻き込まれ過ぎないよう注意していた。歴戦の彼ならではの冷静さだった。
ランバルト王が構築させた戦列は重装歩兵を主体に数十列も重ねられており、その深さは戦歴の長いヒュノーも見た事が無い。
戦列を深くする時は二つ目的がある。一つは突破する為、もう一つは突破されない為だ。今回の目的はどう見ても後者だ。敵の前進を阻み、防ぐ。それをこそ目的としている。ランバルトよりも前にヒュノーが配置されていることからも、如何に戦列を深くしたいのかが分かる。
――閉じ籠っている。敵に主導権を取らせないというジュエス殿の対局ではないか――
ヒュノーは心の中で呟いた。
ヒュノーがセファロスと戦ったのは先のカッシアの戦いが初めてだ。同じ陣営に所属したことはあったが戦場で肩を並べた訳ではない。武人としてセファロスの情報は収集していたし評判も聞かない事などなかった。これまでは、実際に戦場で相見えるまでは、少し判断が早いとかより確実な選択をとる事が出来るとか、そういった意味での"名将"だと思っていた。
だが、そんな話ではないのだと今ははっきり理解している。
――セファロスは異常だ。人とは思えない――
セファロスの才覚は良く言えば神憑り、悪く言えば常軌を逸していた。とてまヒュノーには考え付かないような手段を選び、成功させてしまうのだ。ランバルト王が戦いを忌避したがるのもよく分かる。
だがそれでは駄目なのだ。
国や兵を率いる立場で戦争をしているのだ。例え相手がそれ程強かろうと戦わなければならないのだから。恐れていては決して勝てない。突き進むしかないのだ。
――尤も、このありさまではランバルト陛下がどれほど邁進できるのか不安でならないのだがな――
ヒュノーは一士官としてでなく、より高級な、戦う手段を考えなければならない立場に置かれそうな予感がした。
◆ ◆ ◆
先に動いたのは当然メガリス軍である。軍神セファロスを先頭に全兵が猛然と前進を始めた。前方への行進は忽ちに前方への攻撃に変化した。
ディリオン軍は厚く敷いた布陣でこれを迎え撃った。
しかし、先んじて接触した両翼では支援軍歩兵がメガリス軍の突撃に脆くも撃ち破られた。
支援軍歩兵は決して弱体ではない。ディリオン軍の精髄に比べれば寄せ集めに過ぎないとはいえ、整えられた組織・集団戦法の下、旧体制の民兵より遥かに有用な戦力である。だが勝利で士気の高まったメール歩兵や王の精兵達の一撃は数の差を覆して尚これを撃破しうるだけの威力があった。
ランバルトは早くも積極的な攻勢を捨て、防御態勢への移行を決めた。突破された両翼からの攻撃を防ごうと陣を組み換え、第三・四・五列の密集長槍兵と軽装散兵で本陣を囲むように配置し直した。"中央軍"の高い錬度をこの様な消極的姿勢に発揮するとは皮肉な事であった。
更にランバルトは騎兵部隊の投入も避けた。元々の構想でも支援軍歩兵が破られるのは想定しており、その際には勢いの減じた敵軍を騎兵で逆撃するとしていた。だがランバルトはこの想定も捨て、強力な騎兵戦力の消耗を嫌がり、より有効な――勝利を掴む為にではなく敗北を避ける為に――場面にとって置こうとしたのだった。
対するセファロスは今度もまた躊躇いなく敵陣に切り込んだ。密集長槍兵の槍衾を切り開くと後から"赤服"が続いて傷口を拡大させ、今戦ではコルウス族までもが攻める側として宴に加わった。傷口を致命傷へといたらせるのが第二陣の"踊手"達で、駄目押しの様にダークス傭兵とディリオン侵攻の時からの歴戦兵が打撃を与えた。
ランバルトの消極対応も災いし、"中央軍"の精鋭もセファロスと麾下の怒涛の攻勢を正面からでさえ受け止められなかった。ディリオン軍第一・二列は勇戦虚しく戦列を打ち砕かれ、組織的な応戦が不可能になった。荒波に飲みこれんとする孤島の様に個々の部隊が円陣や全周方陣を築いて何とか堪えていたが、諸兵科連合・組織戦闘によって威力を発揮するのが"中央軍"である。密集長槍兵も軽装散兵も単体では踏み潰されるのは時間の問題であった。
前面からはセファロス麾下の狂兵が、両側からは王の精兵やメール兵がディリオン軍を攻め立てた。
ディリオン軍の奮戦を嘲るようにセファロスと"赤服"は容易く戦列を喰い破った。突撃力・攻撃力も去ることながら戦列の僅かな間隙や陣形の弱点を見事に狙い打つセファロスの神憑り的な感性の賜物である。
ランバルトは自身の周囲を固めた騎兵隊を初めとする精鋭部隊の投入を行わなかった。自ら陣頭指揮を執るなど尚更である。
後方に下がっているランバルトに代わってかの修羅場を治めようとしたのが国王軍司令官のヒュノーである。手元にあるブケラリィ、目についた予備兵、再編した部隊、兎に角投入できる兵という兵を使ってセファロスの猛攻の前に人の壁を放り込んだ。そして"軽装散兵"の中でも"弩兵"を集中して引き抜きこの戦場へ投入した。意外にもこの新型投射兵器の集中放火は"赤服"の足を緩める役に立った――――代わりに面白がったセファロスの遊戯に巻き込まれる羽目になったが。また一方で手薄にならざるを得ない他戦線も破られないよう死力を尽くして統率し、死地の中でヒュノーは熟練の用兵術を遺憾無く発揮し続けた。
後方では一度壊走した支援軍歩兵団も再編されつつあり、再び戦場への投入が可能になりつつあった。
だが、そのここまで事態が切迫してランバルトが遂に動いた―――――後ろへ向けて。
ランバルトは指揮をヒュノーに委譲すると親衛隊と近衛騎兵隊を連れて戦場を離脱した。紛うことなく、言い逃れの余地もなく、これは逃げたのであった。
総大将の撤退は通常ならば軍の崩壊を来す致命的な出来事だ。それでも崩壊せず敵軍と戦い続けられたのは指揮を引き継いだヒュノーの手腕と将兵達の士気に依るところが大きかった。また消極的なランバルトが手を引いた事で寧ろ決断の方向性が"戦闘"へと傾き、逆に統一された意思の元に戦う事が出来た点も影響していた。
◆ ◆ ◆
【新暦674年7月 エステドーナ 書記官ガビニウス】
メガリス軍の猛攻に耐え切れず一度は壊走した支援軍歩兵が後方で再編を行い、ヒュノーの活躍により未だ勢い留まらぬメガリス軍に対し踏ん張り続けている諸兵達の抗戦ぶりにも関わらず、総大将ランバルト率いる本営は突如撤退を開始した。
激しい剣戟と絶叫、そして多くの歩兵達に囲まれた状態で此度も馬上から一人戦況を始終見守っていたガビニウスは、その光景に思わず身を乗り出さずにはいられなかった。
――ディリオンの王が我先に撤退していく。まだ自身の兵達が戦っているというのに形振り構わぬとでも言うかのようだ――
前回のカッシアにおいてもメガリス軍側の圧倒的戦況の有利さは明白なものだった。にも関わらず、急遽総司令官自らが後退を命じた事により確然たる勝利を得ることなく幕引きとなった。しかし今回はセファロスが動く前に敵軍の総大将自らが敗北を悟り先に自ら退陣を選んだのだ。
これは紛れもないメガリス軍の勝利の瞬間であり、ガビニウスはそれを疑うまでも無く確信した。
やはりこの軍は強い。軍神セファロスが君臨し続ける限り、メガリス軍はどの戦場においても無敵だ。
――やはり、やはり、陛下は強い!――
このままディリオン軍を撃破し、かの王都ユニオンも攻め落とすことも決して不可能ではない。この軍神ならば必ずや可能にしてしまうだろう。ガビニウスは逸る気持ちを抑えきれなかった。
今こそディリオン軍を完全に壊滅させ、総大将の首を取りそのまま王都へ攻めるべきだ。この状況でも尚先陣にて歓喜のままに剣を振るい続けているであろうセファロスの恐ろしくも無邪気な笑顔を想像しながらガビニウスはその姿を探した。
すると探し人は思いの外すぐに見つかった。てっきり敵陣の中にいるものと思っていたセファロスは既に自軍の陣中へと退いていたのだ。
そしてガビニウスはその血に塗れた端正な顔に浮かぶ表情を直視し、思わず言葉を失った。
――笑って………いない……?――
もうどうでもいい。そんな言葉をそのまま表情に表したような既に見慣れた表情だ。そのセファロスは馬上で愕然とするガビニウスを見止めると表情を変えることなく一言だけ言葉を放り投げた。
「飽きた」
「はっ、えっ?」
「もういいや」
元の色がほんの僅かでも残っている所が有るのか怪しい此度も多くの敵兵を切り裂いたその剣を、まるで子供が握り締めた木の枝をやる気無く振り回しながらセファロスはガビニウスの横を通り過ぎた。
絶句していたガビニウスはハッと我に返り慌ててセファロスを呼び止める。
「へ、陛下。何処へ行かれるのですか!?」
「何処って帰るんだよ。後はもう皆の好きにさせておくよ」
耳を疑う言動にガビニウスは慌てて馬を動かしその後を追った。
「お待ち下さい!こ、この場の指揮はどうなさるのですか!?」
「えー、他の連中が勝手にやればいいよ」
「そ、そんな」
「とにかく、私は飽きたの。ここで戦っててももうそんなに面白くないし」
セファロスはやれやれとでも言いたげに肩を竦めた。
しかし現状は未だ刃と血が交錯する戦場の真っ只中である。
とてもこのような状況で総司令官を易々と帰すことなど並の神経の持ち主であるガビニウスには到底考えられなかった。
「ですが我が軍は未だ敵と交戦中です。いずれ敵軍も陛下の不在に気づけば撤退中のディリオン王も再度軍を立て直しこちらへ攻めてくる可能性がありましょう!」
「それなら残った奴らで応戦すれば良いよ。それで勝っても撤退してもどちらでも構わないからさ」
「しかし陛下!」
まるで聞く耳を持たない王をガビニウスはどうにか辛抱強く引き止めようとするが、一方で何をどう言おうとその歩みを止めるどころか速度を緩めることすらないだろうということもわかっていた。
現にセファロスは一度たりともガビニウスに振り向くことなく変わらぬ口調で告げた。
「これ以上は時間の無駄。あとは残った奴らで楽しんでよ。私はもっと面白そうなところへ行くからさ。書生くんはどうする? 来る? 残ってもいいよ。好きにしな」
まるで散歩にでも誘うような気軽さでそう問われ、ガビニウスは思わず困惑する。このような状況で自身にもまた好きな方を選べとこの戦以外に何も関心のない自由奔放な軍神は宣うのだ。決して悪巫山戯でもなければこちらの反応を楽しんでいる訳でもない。ただ純粋に自身を満たすことができる戦を求めて戦場を渡り歩いているのだ。一人孤独に、誰にも理解されること無く。
だが一方でこの身勝手さや戦いという娯楽への貪欲さこそがセファロスという人物であり、これ無くしては彼では無いとガビニウスは感じていた。
何方にもこの軍神を止められる者などいない。この自分とて何時かは先程の言動の如く飽きたと放り捨てられる事になるかも知れないのだから。
――だからこそ……このどうしようもなさがあるからこそ、私でさえも陛下には惹かれてしまうのだ――
そう沈思しているといつの間にか随分遠くを歩いているセファロスの後姿に気づき、ガビニウスは慌ててその後を追いかけた。
「あっ、お待ち下さい!」
背後では未だ自軍と敵軍の戦闘が継続されている。セファロスが単身戦線を離脱したことで果たしてこの戦況がどう変わるかなど、ガビニウスも最早考えることを辞めていた。
◆ ◆ ◆
だが何よりも大きく影響したのはセファロスもまた突然引いた事だった。ランバルトが逃げたのを見て興味を無くしたのか、"赤服"、コルウス族、"踊手"を引き連れ、他の兵への指揮は士官連中に放り投げて撤退したのだった。
ヒュノーは自らも負傷するような激戦を潜り抜けながら苦心の末、戦列を組み換えた。密集長槍兵の中空方陣とその中央に配置した軽装散兵を組み合わせた防御陣を複数形成し、メガリス軍の攻撃に対した。これらの防御陣は謂わば兵で造り上げた簡易砦のようなもので、機動力と攻撃力は著しく欠けるもののその防御力はメガリス軍の攻勢を跳ね返せる程に強固であった。
そして指揮権を得た騎兵隊、再編された支援軍歩兵団も戦場へ投入した。騎兵隊は纏めて右翼へ送り込み、比較的軽装な王の精兵に叩き付けた。
ヒュノーの死に物狂いながらも統一された指揮系統の下でのディリオン軍中級指揮官達の働きは目覚ましかった。防御陣は崩れず敵を弾き返し、騎兵隊はその突撃力を十分に発揮しメガリス軍の戦列に痛打を与えた。騎兵隊の指揮官に――本来役不足な任命ではあったが――ダロスやカラミアといった歴戦の将が配置されていた効果は大きかった。歩兵隊も、特にルフォ家のベネディクトス麾下の部隊が活躍し、その実力を見せつけた。
反対にセファロスに代わって指揮を執る者のいないメガリス軍は苦戦していた。統一性の無い攻撃を繰り返し、その度に後退を強いられていた。
暫くの戦いの後、メガリス軍は退いた。セファロスもおらず、戦場を取り仕切る者もおらず、優勢を得られないとなれば戦う意味も無しと後退していったのだった。真っ先に撤退したのはドルクロスの傭兵隊で、最後まで残ったのはダークス傭兵であったのは一口に傭兵と言っても多種多様であることの証左であった。
ディリオン軍は重騎兵を筆頭に騎兵部隊が追撃を掛けたが、殿を務めるダークス傭兵の能く統率された歩兵陣に阻まれたこともあり、深追いせずに停止した。
この地での戦いは一先ず終焉となった。攻め手のメガリス軍は後退し、対するディリオン軍は耐え切りはしたが息も絶え絶えといった風な停止によってだ。
メガリス軍の損害は2千人足らずでしかなかった。多くは戦闘後半で反撃を受けた際のものである。常に主導権を握り続けていた事に加え、敵総指揮官ランバルトの消極性も作用した。
ディリオン軍は3千人の死者とそれに倍する負傷者を出した。意外にも戦死が少ないのは弩兵の足止めとヒュノーの防御陣が効果を発揮した事も一因だった。高級指揮官も負傷はあれど目立った戦死者は現れなかった。また不幸中の幸いと言うべきか、撤退の為に精鋭国王軍の人的損失は皆無であった。
果たしてどちらが勝者であったか。確かにメガリス軍は総指揮官の思惑はどうあれディリオン軍を撃破しきらなかった。一方でディリオン軍は甚大な被害を受け、ランバルト王が敵前逃亡するという前代未聞の醜事を起こしてしまう。
エステドーナの戦いのみを見れば、一部なりとも目標を達成したのはディリオン側であると言えた。しかし、支配者ランバルト王の逃亡はこの場合遠征の失敗と同義であろう。大局的に見ればやはりディリオン軍の敗北といって差し付かえなかった。
そして最終的な結果が戦争全体の敗北となるか、まだ見るべき所は残るのかは分離したジュエスらプロキオン軍の趨勢によるのは疑いない事であった。




