黒い壺
壺の蓋がわずかに開いた瞬間、空気の質が変わり、次の瞬間、嗅いだことのない異様な臭気が溢れ出した。それは腐敗の匂いに似ているのに単純な腐りではなく、甘さと焦げと湿った金属のような冷たさが絡み合い、鼻腔に触れた途端、内側から粘膜を撫で回すように広がっていく。息を吸うたびに肺の奥まで侵入し、身体の内側をなぞるように滞留し、吐き出そうとしても喉の奥に張りついて離れない。頭の奥がじわじわと痺れ、思考の輪郭が崩れ、匂いそのものが触覚を持っているかのように、脳の柔らかい部分を直接かき混ぜてくる。私は反射的に顔を背けようとしたが、その臭気は逃げ場を許さず、すでに自分の内側に入り込んでいた。
壺の内部には、黒とも闇ともつかない不定形の塊が満ちており、それは固体と液体の境界を曖昧にしたまま、ゆっくりと自らの形を崩し続けていた。表面はぬめりを帯び、光を吸い込むはずなのに、時折、鈍く湿った反射を返す。その奥では、粘度の異なる層が絡み合い、小さく泡立ちながら、まるで呼吸するように膨張と収縮を繰り返している。黒の中にさらに濃い黒が沈み、逆に灰色に近い濁りが浮かび上がり、どこまでが深さなのか判別できない。縁に触れた部分は糸を引くように持ち上がり、すぐに重さに耐えきれず崩れ落ちる。その動きは無秩序に見えて、どこか意図を含んでいるようでもあり、ただの物質として理解するには、あまりにも“生きている”気配を帯びていた。
「こ、これは」
彼女は少し狂笑しながら説明するのであった。
「もちろん、これは、私の排泄物ですよ。あなたにやって欲しいのは、この山盛りの排泄物を全部、食べてほしいってことなの」
その話を聞いて、私は膝をついたのだった。そして、妙なことなのであるが、同時にそんな馬鹿げたことを言っている彼女がとても愛おしく思えたのであった。
「そんな趣味あったの」
「趣味とかじゃない。これは私の生き様なの。あなたは、定期的にこれをやってもらう。でないと、私の恋人にはなれないわよ」
「うげっ」
暫く、吐き気がしたのであるが、私はその壺を前にして、彼女のものの匂いを嗅いでから、それは殺人的に苦痛であったが、なんとかこらえて、壺に顔を近づけるのであった。
「美味しいスープみたいに、召し上がれ」
彼女の顔は、とても真っ赤になって性的に興奮してあるみたいであった。私は、口を開いて、少し飲み込んでみる。




