ノート
あなたはこのノートを手に取ることになるのであろうが、どんなノートになっているのか、それは全くわからなくなっている。今、私は人を殺したのだ。そして、部屋の中に死体はあって、それをどう始末しようか悩んでいる。そのことについて、このノートは書いてゆかなくてはいけないことは確かであろう。そして、それを拾ったあなたは、いつか私に殺されることになるだろう。漏洩された秘密を読んでしまったからである。もちろん、それは意図的に私があなたに漏らしたものであるが、条件は揃ってしまっている。あなたは殺される。その日を楽しみながら待ってほしい。さて、そんなどうでもいい話はおいといて、この前の殺しについて書いてゆこうではないか。それは、桜の綺麗な日だった。いつまでも明けない冬はないと言うものであるが、数日前まで、とても寒かったのを記憶している。川の土手に咲いている桜を眺めていると、心が洗われるようである。狭っ苦しい豚小屋のような自室に住んでいるからであるが、だからといって掃除をしようと言う気も起こらない。むしろ、散らかった部屋の中にいることによって、ある種の落ち着きがあった。この川はいつも緑色になっていて、家庭用排水が混じっていてとても気持ち悪い流れになっている。しばらく歩くと、ベンチがある。そこに腰掛けて、川の近くの柳の木を眺めることにする。川を挟んで、その向こうに桜の並木がある。その向こうは沢山の民家が並んでいる。「すいません。ちょっといいですか」というと、ベンチに妙齢の女性が座ってきたのであった。「はい」「あなたは、神を信じますか」とその女性は潤んだ目つきで質問してきたのだ。私は舌舐めずりをした。こいつは万死に値する。と、何か暗いものが心の中でつぶやいた。まあ、しばらくは泳がせておこう。「あなたこそ、神を信じているのですね」「はい」「その神について教えてもらいませんか」「ええ。喜んで」私は彼女の話を延々と聞いていたが、「どうです。ここでは何ですから喫茶店でも」と言うのであった。「わかりました」というと、彼女は壊れたラジオのように説明を続けるのであった。よくある神話のようだった。適当にしか聞いていないから細部はほとんど覚えていない。その女性は意図していないのかとても色っぽかった。茶色く染めた髪、上品そうな目鼻立ち、すらっとしてモデルのような手足、着ているものでさえ、ハイソな感じを漂わせている、淡い黄緑色のカーディガン、何故か紫色のブレスレットをつけている。




