何者かの影
「まさか、コイツもなのか……?」
ヒロは独り言を呟いた。おそらく彼は、何かを知っているのだろう。彼の言葉の真意を知らないまま、鈴菜は訊ねる。
「ヒロさん! ヒロさんは確かに、逢魔を倒したんスよね?」
あの時、逢魔は確実に消滅していた。あれは紛れもなく、ヴィランが倒された時に起きる現象そのものだった。しかしどういうわけか、ヒロはあまり動じていない様子だ。
「ああ、倒した。俺は確かに、逢魔が消えるのをこの目で見た。だが、奴はおそらく……」
「おそらく……?」
「いや、後で説明する。今はとりあえず、情報が出揃うのを待つ時だ」
今はまだ、核心に触れる時ではない。そう判断した彼は、逢魔の方へと目を遣った。逢魔は怪訝な顔で首を傾げている。
「お前は一体、俺の何を知っているんだ?」
「君はマリス団のトップではない。誰か一人、君たちを生み出している者がいるはずだ。おそらく、他の幹部も復活したのだろう?」
「まあ、そんなところだ。俺たちの『マスター』が何者かは、俺も知らねぇんだけどさ……あのお方のおかげで俺たちは復活したってわけ」
そう――ヒロたちにはまだ、倒すべき敵が残っていたのだ。緊迫した空気が漂う中、彼らは一斉に逢魔を睨みつけた。不吉な風が吹き荒れる中、その場にいる全員が戦闘に備えていた。
その時である。
突如、彼らは何者かの足音を聞き取った。五人が目を遣った先にいたのは、テクノマギア社の社長――高円寺日向である。真剣な表情で身構えるヒロたちの目の前で、日向は指示を出す。
「三ヶ所で、ヴィランの存在が確認された。鈴菜と紅愛には、私がショートメールに載せた場所に向かって欲しい。残る一ヶ所に関しては、私が直々に向かうべきか……」
今この場には、すでに逢魔が出現している。残る一ヶ所に送り込める社員は、残っていない。そこで天真は怪しげな微笑みを浮かべ、日向に話しかける。
「いや、ボクが行こう。キミたちばかりが活躍するのは癪だからね。場所はすでに把握したよ。三ヶ所から、強力な魔力を感じ取ったからね」
相変わらず、彼のウィザードとしての力は凄まじい。何はともあれ、これでウィザードたちの利害は一致した。敵に回れば厄介な天真も、手を組んでいる間だけは頼もしい味方である。
「それじゃ、行ってくるッス!」
「この場は任せたぞ! ヒロ!」
さっそく、鈴菜と紅愛はその場から走り去った。彼女たちに続き、天真もその場を後にする。これで社屋の前に残されたのは、ヒロと逢魔、そして日向の三人だけだ。
「私は君たちの戦いを見守ることにしよう。ヒロ、君は本当に強くなった」
そう呟いた日向は、これから起こる戦いを観戦することにした。逢魔は竜型のヴィランに変身し、標的の目の前に瞬間移動する。
「始めようか、ヒロ!」
さっそく、彼の強烈なアッパーカットがヒロの顎に炸裂した。ヒロが宙に飛ばされた先では、瞬間移動した逢魔のかかと落としが待ち受けている。無論、ヒロには空中でこの攻撃をかわす手段がない。彼は額にかかと落としを食らい、今度は地面に叩きつけられた。大の字で倒れながら息を荒げ、彼は気づく。
「前よりも……強くなっている……」
その事実に彼がたどり着いた頃には、何もかもが遅かった。彼の体の節々には、すでにノイズが走り始めている。
「今度は俺の勝ちだな! ヒロ!」
叫び声を上げた逢魔は、ヒロの体に馬乗りになる形で瞬間移動をした。
しかし逢魔が拳を振り上げた瞬間、その場で不可解な現象が起きる。
彼の目の前で、ヒロは急に姿を消した。誰もいない地面に拳を叩きつけ、逢魔は驚愕する。
「消えた……だと? どういうことだ? それに、この場に残留した魔力は一体……」
それからすぐに立ち上がった彼は、怪訝な顔をしたまま変身を解いた。