⑥
次回最終話
最終部分は下書きで1話分だったのに、④~⑦と、4倍になってしまいました
獅子翁城から『黒影の森』までは、半日くらいかかってしまう。ビアンカ嬢が連行された転移先が、何処なのかにもよるが、秘術を使っても追い付けそうに無い。
何か考えがあるのか、ジンジャーは城の車寄せまでやって来た。
車寄せに、突然灰色の煙が立ち込める。臭いはしないね。眼にも染みない。魔法の気配がするな。何だろう。
見詰めていると、煙幕を突き破って、何かが飛び出したんだ。キキーッと音を立てて停まったのは、銀色をした箱形の自動車だ。
「ターロッホ!」
歯車卿だ。失われた『王者の歯車』製作技術に近付いたのか。若い頃、伝説の『スチームパレス』で見た、実在する魔法の歯車。それが『王者の歯車』。
アタシと時計屋は、その再現に務めている。
「歯車の秘密を見つけたのかい」
「話は後だ。乗んな、お二人さん」
アタシとジンジャーは、ターロッホの自動車に素早く乗り込んだ。ドアを閉めるか閉めないかのうちに、再び灰色の煙が立ち込める。ターロッホの最新式『魔石蒸気機関』が唸りを上げた。
猛スピードで煙幕を抜けると、『黒影の森』だった。マーカーを辿れば、すぐビアンカに追い付ける。集中して探ってみれば、ビアンカも森に居た。
「こっち!」
「よしきた」
周囲を破壊しない魔法の蒸気で車体を包み、衝撃吸収魔法でアタシ達自身も守る。歯車卿ターロッホは、運転も超一流。信じられないスピードが出る、強化魔法のかかった車を、事も無げに自在なハンドル捌きで、マーカーに導く。
「見えたぜっあれだろ」
「追い付いた」
木々の向こうに、薄汚れた細身のドレスが見え隠れしている。ビアンカ嬢は歩いていた。ようやく我に返ったのかい。どうやら独りみたいだね。国境守備隊は、転移で帰っちまったんだろう。
水さえ持たされて無いんじゃないか。他国の事には首突っ込まないって言ってもさ。黒い霧の件が無いと見殺しにする、ってのは後味悪いよね。
「本来、他国の重罪人を救い出す権利なんか無い」
ジンジャーは、アタシの甘さを嗜めるように意見した。そのあたりは、厳しいよ、この人は。
「けど、今は、1人でも魔の者にしない事が重要だ」
ターロッホを運転席に残し、アタシ達2人はビアンカさんの方へ近寄って行く。木々が遮って、時々姿が見えなくなるが、見失うことは無い。
時計屋に借りた、小型のランタン型魔石蒸気発生装置に、光の魔法を仕込んでいるから、足元も明るい。
魔石は、特殊な技術で魔法を固めた固形物だ。燃やせば燃料にもなる。砕いて魔法を解放する事もある。
ビアンカ嬢は、散歩でもするように昼なお暗い森を、のんびりと歩いている。灯りも持っていないのに。彼女は、何をするのもゆっくりだけど、まさか恐怖までゆっくり認識するのかね?
アタシは、ちょっぴりゾッとした。
お名前由来一覧
ジンジャー――疫病すら祓う最強生薬
ダイシー――アイルランドの酔っ払い女
イーヴォー――鏡に映る像
ターロッホ――吟遊詩人。英語でテレンスにあたる名前
アロエ――火傷に効く癒しの薬草
ビアンカ――白
ネロ――黒