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遭遇、大精霊域にて

 またプレゼントをねだるジジを抑え、適当な言い訳を考えながら、大精霊域へと向かった。やがて、あの巨大な要石が見えてきて、その前で、幻廊の真珠を握りしめた。すると、世界はモノクロームに変わり、いつか見たあの光景が現れる。


「急いで通り抜けないと――」


 要石を通り抜けるが、現世では物体である物をすり抜けるのは、やはり慣れない感覚だった。デルライラムの言っていた、精霊界に長く居すぎると、戻ってこられなくなる、という言葉が、僅かな距離でしかないのに焦りを生んだ。

 無事、要石を抜けた所で、握っていた手を開き、現世へと戻ると、再び鮮やかに彩られた世界が甦る。


「ふう。何回やっても慣れない感覚だな……」


 身体から飛び出したジジは、そこら中に見える、精霊らしき影を目で追い、気まずそうな顔をした。


「ふむ。帰りは待たずとも良いと言った手前、少々、居心地が悪いのう」


 その言葉を聞き流しても良かったが、尋ねてみる。


「何だ? 何の話?」


 ジジは、慌てて手を振り、何かを隠そうとしている様子だった。顔色もほんのりと紅い。


「何でもないぞ! ただの独り言じゃあ!」


 ジジの視線の先の精霊たちを見ると、その半透明の目が、こちらをちらちらと盗み見ている気がした。

 何だろうな? あいつらに明確な意志なんてないと思ったけど。

 異物を排除する機能はあっても、自発的に動くイメージはなかったため、より一層、不思議に感じた。もしかすると、ジジが一緒にいるのが関係しているのだろうか。だが、その真相は分からない。


 歩き出し、修行に適した木を探すが、それは直ぐに見つかった。そもそも、的にして鉄球をぶつけるだけなので、真っ直ぐに伸びていて、一定以上の太さがあれば合格と言えた。

 目星をつけた木の太い幹に触れる。


「的にする木は、これでいいかな? 背が高くて、幹も太い。これなら狙いが外れて弾が無駄になる事はないだろ」


 ジジは、興味深そうに木を見やり、こちらへ尋ねて来る。


「何じゃ? 此度の修行は、どの様な内容じゃ?」


 興味津々なジジに、簡単に説明をしてやると、早速ためしてみろ、とせっつかれた。

 地面から鉄球をひとつ取り出し、右手に持って、前にマナを利用して飛ばした時を思い出し、マナの循環に鉄球を乗せて浮かせる。そして、左手からつないだマナを射出した。だが、勢いが全く足りず、五メートル程度の距離にも届かず、木の手前で落ちた。それを見て、髪の毛をかき上げた。


「ああ、やっぱダメかぁ。……これを、何とかして届く様にして、尚且つ破壊力も上げなきゃいけないって……。出来るのか?」


 修行を始めて、何度も繰り返し、同じ動作を取ってみるが、一向に上手く行かず、最初は興味津々で周りを飛び回っていたジジも、退屈した様子で、地面へ座り込んでしまった。そこへ、唐突に誰かの声が響き、慌てたジジは、俺の身体へと隠れた。


「貴方! どこの出身かしら? ここは、一般人は立ち入り禁止ですわよ!」


 その声の主を確かめようと、そちらを向くと、金髪で緩くウェーブのかかったサイドテールに、緑の目をし、薄緑と白の混じった、高価そうなまるでドレスの様な服を身に着けたエルフの女が、こちらを怪訝そうに睨んでいた。


「今すぐに立ち去りなさいな!」


 女は、いらついた様子だが、それを表向きは隠そうとしている様に見えた。


「おかしな影が見えたと思って来てみれば、これですわ。……本当に、最近は、躾けのなっていない輩が増えましたわね!」


 そして小さく「下賎ですわ」と呟くのが聞こえた。

 おいおい、いきなり現れておいて下賎とか、流石にないだろ。……そういえば、アイシャと師匠いがいのエルフを、この森で見るのって初めてじゃないか?

 女の言葉に、物怖じせず、逆に問いかける。


「お前こそ、何でここに入って来てるんだよ? 一般人は、立ち入り禁止なんだろ!」


 それを聞いた女は、ほんの一瞬、目を丸くしたが、すぐに余裕の笑みを浮かべた。そして、まるで漫画の様な笑い声を上げ、啖呵を切る。頬の側面へ添えられた手指に嵌められた指輪が、主を褒め称える様に、輝いた。


「オーホッホッホッ! ま・さ・か! まだわたくしを知らないエルフが、いるだなんて! 何処の田舎者かしら! 御笑い種ですわ! いやしすぎて、へそで茶が湧きますわ!」


 そんな笑い方する奴、現実にいたのかよっ!? つか、たとえ古くねっ!?

 あまりに現実離れした口調に、慄き、身体が震え出す。それを見た女は、面白そうに目を細め、畳みかける。


「オーホッホッホ! その様子だと、気付いたのかしら? そうですわよね、わたくしを知らない者なんて、いるはずがありませんもの! まあ、下賎な貴方が、二度と忘れない様に、名乗って差し上げますわ! 耳の穴かっぽじってよく聞くとよろしくてよ!」


 戦慄が背中を駆けあがる。その姿は、金髪のサイドテールではなく、ツインテールの髪型が、縦ロールでドリルの様な見た目をとり、真っ赤なドレスでも着ているのがお似合いと言えた。そして、丁寧な様でいて乱暴な言葉遣い。慇懃無礼が服を着ている様な女だ。

 初対面のこちらの心証などお構いなしに、女は、実に上機嫌に名乗りを上げる。


「わたくしの名は、プリシラ・ティーゼロッテですわ! 精霊の森、この地のエルフの古く高貴なる血脈、ティーゼロッテ家の嫡女にして、次期当主! そ・し・て! この森の繁栄を約束する、当代の精霊の巫女! 本来なら、貴方ごときは言葉を交わす事も許されない、まぎれもなくやんごとない身分ですのよ! オーホッホッホ! 下賎の者よ! 跪いて、頭を擦りつけなさいな! そうすれば、この後の処遇、多少は便宜を図ってあげてもよくってよ!」


 うわあ、聞いてるこっちが恥ずかしくなって来た。なんてステレオタイプの権化なんだ。まるで、人類の妄想が、人格を得ちまった様な存在じゃねぇか!?

 その存在そのものに恐れ慄くが、少し気になる事も言っている。この森に入ったのを、他のエルフに見られたのは失敗だったか。そして、もうひとつ気になる事。


「精霊の巫女って、アイシャの言ってたやつか――」


 その名を聞いた女の表情が、急激に険しくなり、長いサイドテールが揺れた。


「……アイシャ。ですって? よくも、わたくしの前で、そんな名前を出せましたわね?」


 ええ? 何かすっげぇ、怒ってねぇか?

 慌てて言い訳を試みる。


「ま、待ってくれ! 俺は――ここで、修行をしたいだけなんだ! 見逃してくれ!」


 女は、「修行?」と怪訝そうに呟いたが、険しい表情は少し和らいだ。そして、楽しそうにこちらを侮辱する。


「オーホッホッホ! 全くもって、才のない者は、悲惨ですわね! 来る日も来る日も、惨めに修行に明け暮れ、それでいて人生を費やしても、大した力も手に出来ないのですもの! このわたくしの爪の垢を煎じて飲めば、少しはマシになるかもしれませんわよ!」


 うげぇ、気持ち悪い想像しちまった。つか、さっき怒ってた事は、もう忘れたのか? 何だか知らねえが、このまま適当に言い訳してた方がいいのか?

 そこで、女は意外すぎる提案をした。


「そうですわっ! 妙案を思いつきましたわ。下賎の輩よ、貴方の修行とやら、特別にわたくしが監督して差し上げますわ! どうかしら? 嬉しさの余りに、涙もちょちょぎれるのではなくて!? オーホッホッホ!」


 高笑いが響き、雲行きが怪しくなって来た。この女に監視されながら修行に臨むなど、効率がガタ落ちするに決まっている。出来ればご退散ねがいたい所だが、ここは、事を荒立てず、大人しく従う方がよいのだろうか。


 そこから女は、黙り、腕を組んで、じっとこちらの動向を監視する。

 うへぇ。やり辛ぇ。ま、まあ黙っていてくれるのなら、ありがたい。

 そのまま修行を再開し、地面へマナを放つと、女が口を開いた。


「爆発反応ですわね」


 へ? 何だ? 今の専門用語っぽいの?

 横目で女を見やり、その瞳に無言で問う。


「何ですの? その目は。速やかに修練に戻りなさいな。……わたくしの美貌の虜になってしまったと言うのなら、それは当然の事ですから、貴方の審美眼とは関係ありませんわよ! 全ての者が、美しさにひれ伏すのが定めですもの! オーホッホッホ! さあ、遊んでいる時間はありませんわよ! 励みなさい!」


 ダメだ。直接きいてみないと埒が明かねぇか? いや――。

 おもむろに空中へ左手を伸ばし、マナバーストの構え取り、魔法を放った。宙に起きた風を精霊たちが避けて移動していく。それを見た女が、また何かを呟いた。


「膨張反応ですわね」


 き、来た! ……多分、こいつは俺が修行で得て来たテクニックや知識の、専門的な名前を知ってるんだ! もしかすると、何かの役に立つかもしれねぇ!

 女の旺盛な自尊心が、目の前で起きた既知の出来事を、無視する事を許さないのかもしれない。それは、ある意味では好都合だった。


 もう一度、マナバーストを行い、それを遠くへ押し出す。


「投射反応ですわね」


 次いで無言のまま、右手にマナの循環を築き、それを維持する。


「循環作用ですわね」


 く、くくく。何て分かりやすい奴なんだ! もっとだ、もっと教えてくれ! そして、修行のヒントを!

 そのまま、また地面から鉄球を引き上げる動作をし、マナの流れをゆっくりと引き絞った。


「収縮反応ですわね」


 そして、生み出した鉄球を木へ向けて飛ばした所で、雲行きが変わる。


「魔動作用ですわね。……しかし、いまの軟弱ぶりは何ですの! まあ、貴方の身体つきにはお似合いでしょうけど!」


 ここだ! 煽りは無視しろ、努めて冷静に、どうすれば威力が上がるかを探り出すんだ。

 だが、どうすればいい? 直接たずねれば、侮辱されるのがオチだろうが、何か良い案がある訳でもない。ここは、覚悟を決めて聞いてみるか。


「なあ、その魔動作用ってやつ。もっと威力を上げるにはどうすればいい?」


 女の表情が、険しく曇って行く。


「貴方! 馴れ馴れしくってよ! 敬語で話しなさいな! ……それに、どうしてこのわたくしが、貴方の様な下賎の民に、物を教えなければならないのかしら?」


 く、くそっ! やっぱりダメか!

 じゃ、じゃあ――。もっと興味を引きそうな事を持ち出すんだ! 前に修行で試した事を思い出せ!


「そういえばさ、この鉄球に核があるの、見たことあるか? それは何て呼ばれてるのか、知りたいなぁ?」


 女の瞳が、驚愕を示し、大きく開かれる。そして、それを隠す様に、表情が消えた。


「魔法の核ですって? そんな物、ありませんわよ? 貴方の見間違いではなくて?」


 真相がどうであれ、乗って来たな。自尊心をそっと刺激してやるんだ。怒らせ過ぎないように……。


「あれ? ティーゼロッテ家の次期当主で、当代の精霊の巫女って聞いたから、何でも知ってるのかと思ったけど、そうでもなかったな。なぁんだ」


 女の肩が震え、両手に力が込められるのが見えた。それを横目で窺いつつ、逃げる準備もしておく。だが、それは杞憂に終わった様だ。やがて、震える唇が開かれ、そこから現れた言葉は、怒りのそれではなかった。


「一度だけ、グリームヴァルトの大図書館の禁書庫に所蔵された過去の文献で、目にした事がありますわ……。二千年前のエルフの大賢者と呼ばれた。シモニウス・グランデファダインの手記に、金色に輝く、魔法の核を見たと言う記述が……。それによれば、核にマナを作用させれば、魔法の消去が可能になると書かれていましたわ。いかな大賢者の手記とは言え、眉唾ものと疑って、今の今まで忘れていましたわ。……それが、貴方ごときに見えるとでも言うのかしら?」


 何か、期待してた方向とは別の意味で、話が大きくなってきたな。嘘をついている様にも見えないし。だが、これを何とか交渉材料につなげるんだ。


「もし、魔動作用の強化法を教えてくれたら、魔法の核についても、口が滑っちゃうかもなぁ?」


 目を合わせずに、彼女の自尊心と好奇心を同時にくすぐる。勿論、先ほどと同じく、逃げる準備もしておく、いつでも反転して、出口へ走り出せる。妨害がなければ、だが。ゆっくりと開かれた唇から聞こえた声は――。


「お、教えなさい! 生意気ですわよ! この、下賎なペテン師! もし嘘でしたら、ただじゃおきませんから!」


 全く手間のかかるお嬢様だぜ。それじゃ、交渉になってないだろ?


「お、そろそろ帰る時間かなぁ。残念だなぁ。魔動作用の事がもっと知れたら、修行も捗るんだけどなぁ」


 横目で窺った女は、顔を紅潮させて、悔しそうに震えていた。彼女の中で、自尊心と好奇心とが戦っているのだろうか? その好奇心が、勝利を得ることを密かに祈る――。

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