内在する力の成長
食事をとる前に、デルライラムに、ジジとのやり取りで生まれた疑問について尋ねた。
「あの、師匠は、魔力の波長の調節って得意ですか?」
その言葉を聞いたデルライラムは、頭をかき、髭を撫でつける。
「……そうでもねぇな。あんまりああいう細かい事は、向かなくてよ」
そうなのか、土魔法も十分に細かいと思うけど。
「お前、アーグロアは使った事あるか? ありゃあ、他者の波長に合わせても意味ねぇぜ? 物理的な破壊を伴うからな。まあ、誰に聞いたのかは知らねぇが、効果があるかは、魔法の種類しだいって事よ」
属性ごとに制限が違ったりするのかな。
「それより、言い忘れてたな。……お前も、そろそろ土の精霊と契約した方がいいかもしれねぇ」
何処か興味を惹かれるその言葉に、思わず尋ねていた。
「何ですか? それ?」
デルライラムは、言葉を受けて、実演してみせた。白い髭面の小人が、地面に現れ、その小さな身体が光り、師へ向けて恭しく挨拶をしてみせる。そして、次々と鉄球を生み出して行く。
「こんな具合よ。契約した精霊に、あらかじめマナを与えておけば、特定の仕事を肩代わりしてくれる。まあ、魔法に関係のある事に限るし、融通は利かねぇがな。こいつみたいに鉄球の生産だけでなく、破壊魔法を使わせたりも出来るし、単純に精霊素じたいを操作させる事も出来る」
デルライラムが、指を鳴らすと、小人は挨拶し、地面へと消えて行き、その場には、大量の鉄球が残された。それをひとつ拾ってみせる。
「ほらな、こうやっとけば、いちいち自分で作る手間は省けるだろ? 各属性に対応させる必要があるが、お前の使える魔法は大体、自動化させられるぜ? 上手く使えりゃ、便利なモンよ」
これで話は終わりかと思われたが、家へ戻りかけたデルライラムが、また振り向いた。
「ああ、歳をとると忘れっぽくなっていけねぇな。もうひとつ。……お前、硬化魔法の修行中に、生成した鉄や鋼が、マナ切れで消滅するのを見たんじゃねぇか? 消えるまでの時間は、生成物へどれだけのマナを注いだか、その大きさや、質、構造の複雑さと言った条件で、変わる。消えるまでの時間を、体感なり、記録を取るなりして、覚えとくんだぜ? じゃねぇと、いざという時に、困るからな」
言い終えて、去ろうとするデルライラムの背に慌てて尋ねた。相変わらず肝心な所が抜けている。
「あの、師匠! 精霊との契約ってどうやるんですか?」
家へ向かいながら、振り向かずに、言葉が返る。
「その辺の地面から呼び出しな。じゃあ、昼飯もってきてやるよ」
ええ? それだけじゃ、何も分かりませんよ!
しかし、大皿を持って戻って来たデルライラムに、再度たずねるタイミングが掴めなかった。そのまま家へと去って行き、ドアが閉められた。木の板が弾む音が、虚しく響く。
「ええ……。全然せつめいになってないって! まあ、とりあえず昼飯にするか」
いつもの昼食を食べ、身体の中に眠るジジに呼びかける。
おい、起きてるか? 聞きたい事があるんだ。
(むう? 何じゃ。人が気持ちよく寝ておる所を邪魔しよって)
土の精霊を地面から呼び出すのって、どうすればいいんだ?
(ふわぁ。その様な事、呼び鈴でも鳴らせば良いのではないか?)
いや、それじゃ、分かんねぇって。
(知らぬ。マナを激しく鳴動させよ……)
おい! おい!?
それ以降、ジジの声は聞こえなかった。
くそっ! 全然わかんねぇ。……いや、待てよ。ジジが話す場合、ふたつは明確に区別されてるはずだ。マナであって、魔力じゃない? それって、つまり、その辺の大気や地面にあるマナって事か? それを、鳴動させる?
どうやって?
「深呼吸でもしてみるか」
立ち上がり、何度か大きく息を吸い、吐きを繰り返す。だが、何も起きない。
「そりゃ、そうだよなぁ」
思いつきで、両手に魔力の流れを纏い、それを地面へ手ごと叩きつけてみる。すると、触れた場所に、微かな光の瞬きが見えた。
「うぅん? 何だ、今の。これまで見た事のない現象だな」
じゃあ、両手に纏って、思いっきり擦ってみるか!
しゃがみ込み、両手に魔力の流れを纏い、地表を擦る。光は先ほどよりも激しく瞬いたが、やはり何も起きない。
「はあ? 今の反応、静電気かよ」
魔力の流れを纏った両手の平を、激しく擦り合わせ、舞い踊る光を見ながら、思い切り地面を叩いた。
すると――。
「うぅるさいのうむ! さっきから何じゃ、お前はぁッ!?」
地面から十センチにも満たない、白鬚の小人が飛び出し、こちらを見上げて睨み付ける。短足で、でっぷりと腹の出た、しまらない外見。その腹が、発声に伴い小刻みに揺れる。
「ふん。貧相な小僧じゃのうむ。このノームさまに何の用じゃ!」
ヒトよりも遥かに小さな者が、同じように話すのを見て、驚くよりも滑稽に映り、思わず吹き出してしまう。それを見咎め、不満そうに話しを続ける。
「人様の顔を見て、いきなり笑うとは、躾けのなっとらん小僧じゃのうむ!」
不満そうな顔に指先を伸ばし、こちらから話しかける
「何だ? お前、土の精霊なのか? だったら、俺と契約してくれ!」
伸ばした指の先に、何かの感触を覚えた。指の陰になって見えないが、手袋越しに噛みつかれた様だ。
「は、ははは。全然いたくねぇし! ちっせぇ蟻にでも噛まれたみたいだ!」
自らをノームと呼んだ小人は、顎に更に力を入れた様で、手袋の指先に皺がよる。
「嫌じゃのうむ! お前の様な、躾けのなっとらん小僧など、願い下げじゃのうむ!」
ははは、珍妙な語尾で、アイデンティティの確保か? 精霊ってのも大変なんだな!
「どうしても契約したいのなら、とびっきりの美女を捧げよ! 話はそれからじゃのうむ!」
そう言って、ノームは横を向いてしまった。
何だ、ちっせえなりして、強欲だな! いいぜ、美女ってのを見せてやるよ!
おい、ジジ、出番だぞ!
(うんむ? またかの。此度は何用じゃ?)
この土の精霊が、美女をご所望なのさ! お前にしか頼めない仕事だろっ?
(ふわあ、仕方ないのう。どぉれ、儂の美貌で石にでも変えてやるか)
そして、腹から顔を出したジジと、ノームの目が合った。
「何じゃ、このちんちくりんは、さて、儂に用があるそうじゃな?」
その言葉に答える者はいなかった。ノームは、ジジの目を見つめたまま、泡を吹き、気絶していた。それに、ジジは指を伸ばし、つついてみせる。
「何じゃ? 此奴。失神しておるぞ、儂の姿を見てか!? とんだ無礼者じゃな!」
そこで、ジジに、契約するにはどうすればいいかを尋ねた。
「此奴の指先に、おんしの指先を合わせ、魔力を送り込んでみよ。それで、契約成立じゃ」
言われた通りに、その小さな身体を掴み、指を立たせる。
「なあ、こいつ、気絶してるけど、いいのか?」
ジジは、まだ気絶されたのが腹立たしい様子で、声に怒りが感じられる。
「精霊がわの意志なぞ確認する必要はないぞ! 所詮、其奴らは小間使いじゃ! 儂とは、成り立ちからして違うわ!」
大層、ご立腹だな。まあ、ジジがいいって言うんだから、いいんだろ。さっさと済ませてしまおう。
ノームの指を右手で掴んで立たせ、その指先へ、左手の人差し指をくっつけた。すると、まばゆい光が放たれ、俺とノームの身体が、光の輪郭に包まれて行く。
「ふむ。それで成立じゃな。くふふっ! 存分にこき使ってやるが良いぞ!」
契約の光で目が覚めたのか、ノームが気付き、再びジジを目にして、真っ青になるが、自分の身体を包んだ光を見て、一転して怒って喚き出す。
「何じゃこれは! このノーム、承諾などしておらんぞ! 奴隷にでもするつもりかのうむ!」
口答えするノームを無視し、マナを送り、命令する。
「鉄球を五個つくれ!」
契約に従い、マナを与えられた身体が、自動で働き始め、ノームは悲鳴を上げた。
「ど、奴隷解放じゃ! 人間の国、ウィルスマイトでは、奴隷は禁止されているはずじゃのうむ! この不当な労働を今すぐやめさせるのじゃ!」
何だ、ちっさいのに、物知りだな。
にっこりと笑って、せっせと働くノームへ伝える。
「残念だったな。ここは、エルフの暮らす地、精霊の森だぜ。……つまり、お前の権利を守ってくれる奴なんていねぇっ! さあ、馬車馬の様に働けぇっ!」
ジジが欠伸をしながら、見守る中、ノームは悲鳴を上げながら、初仕事を終えて見せた。それに、大仰に返す。
「うむ。ご苦労! 帰っていいぞ!」
ノームの姿が掻き消え、最後に不満をまき散らして行く。
「こんな、精霊の虐待には、断固、抵抗するぞ! 覚えておるのじゃのうむ!」
捨て台詞を聞き流し、その場に残された鉄球の質をチェックする。角度を変え、目を瞑り、混ざり具合を確かめ、頷く。
「へえ、前に俺が作ったのより、上手く出来てるかもな。やっぱ、餅は餅屋かあ。まあ、これで、修行ようの鉄球の量産は、準備できたな。……じゃあ、大精霊域にでも行ってみるか」
ジジは、また欠伸をしながら、鷹揚に尋ねて来る。
「ふわあ。何じゃ? 修行はどうするのじゃ?」
デルライラムに言われた事を、簡潔に伝え、アイシャの家の方面へ歩き始めたが、あの毛虫の生息する木々の近くへ来た所で、前々から気になっていた事を思い出した。懲りもせず、樹上から地面へ落ちては、蠢く毛虫を見つめ、ジジに頼む。
「なあ、ちょっとだけでいいんだ。憑依してくれないか?」
ジジは、怪訝な態度で答えた。
「何じゃ? 力を使うつもりかの? あの女が、七日は使うな、と言っておったではないか。……命に関わる問題ならば、軽んずるのは感心せぬな」
忘れたつもりはない。だが、ここで確認しておかなければ、いつまでも疑問が渦巻いてしまう。
「ホントに、すぐ済むよ。ひとつ、確かめたい事があるだけなんだ」
ジジは、俺の言葉を受け、呆れた様に呟いた。
「はあ、仕方ないのう。瞬きをする間だけじゃぞ?」
そして、ジジに憑依され、身体の感覚が変わって行く。
(今、全ての感覚をおんしに委ねる)
再び自分の意思で動き出した身体の、一部分に集中する。
それは――。
目だった。
ずっと気になってた、何度か起きては、すぐに過ぎ去り、その正体が掴めなかった。だが、ここで確かめる!
目の神経か、それとも筋肉か、いずれにせよ、集中して開かれた視界には、想像通りの映像がうつる。樹上から落ちて来る毛虫が、一瞬、スローモーションに見え、もっとも遅くなった所では、ほぼ止まって見えた。そして、力が抜けて行く様に、徐々に元の速さへと戻って行く。それを確かめ、拳を握りしめる、指に押された皮膚の内側が、熱く滾っていた。
「やっぱりだ! 遅くなってる! 落ちる姿が、克明に見えるんだ!」
ジジが、何が何やら分からないといった雰囲気で、尋ねて来る。
(何じゃ? 何が起こっておる?)
お前も、視界を共有してみてくれ! それで分かるはずだ!
(ふむ?)
その映像のスローモーション化には、何かパターンがあって、徐々に遅くなり、また徐々に速くなって、元の速度になる。それを何度か繰り返すと、ジジの歓声が上がる。
(おお! これは――! おんしの力、目にも作用するのじゃな!)
そうみたいだ! でも、力が初めて発現した頃には、こんな事は起きてなかった。成長しているのか!? 力、自体が――?
(ふむ? 判然とせぬな。じゃが、儂が初めて憑依した時に言うた事、覚えておるじゃろう?)
あの大精霊域での出来事を思い出して行く。
「ああ、確か、波があるって――」
身体の中で、ジジが大仰に頷く姿が見えた気がした。
(うむ。そうじゃ、おんしの力には波があり、一定の出力を保てぬ。……あの黒い影や、神との戦いでは様子が違ったがな)
その言葉にはっとなる。
確かにそうだな。黒い影との戦いの時は、完全にキレてて、いわば暴走状態だったから、何も分からないけど、あの神の時は、あの人の加護が関係してたのかもしれない。
(ふぅむ? まだまだ、謎が多いのう)
そこで、ジジは憑依を解き、外に飛び出して来た。
試行が終わりを告げ、また毛虫たちは目にも止まらぬ速さで、地面へ落ちて行った。
「ありがとな。お前のおかげで、今まで感じてた、もやもやが晴れたよ」
ジジは、嬉しそうに笑い、右手をこちらへ差し出した。掌が上に向けられ、何かを催促する様な動きを取る。
「え? 何のつもりだ? それ?」
意図が伝わらなかったのに怒ったジジが、頬を膨らませる。
「此度の報酬に決まっておろう!? くふふっ。また何かくれぬか?」
朝と同じ様に、両肩を掴み、「のう? のう?」とせがむジジに揺さぶられながら、新たな力の発見に、心は震えていた――。
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