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静かなる逃走劇

 静かだが、何処か騒がしい夜。暗がりの中から、立ち並ぶ柵に守られた、強固な陣営を窺う者たちが三人いた。

 幾つも灯された篝火に、照らされ、人の背丈の二倍はある、高い柵が明滅し、それに囲まれ区切られた空間。その上には見張り台らしき物も作られている。そして、言葉を交わす事はほとんどないが、緊迫し、周囲を警戒し、一定の歩調で、決められた区画を守る耳の長い警備兵たち。その厳重な囲いの外で、木と草の陰に伏せ、その瑕疵を探る。


「ダメだな……。かなり厳重な警戒態勢だ。こいつを容易に突破するのは、今の身体じゃ……」


 一人の男が、小声で話し、他の二人が無言で応じる。


「手持ちの物資に、何か使えそうな物はあるか?」


 地面に伏していた大男が、尋ねた。

 それを聞いた一人が、バックパックを降ろし、中身を漁り、何かを取り出した。


「魔物召喚のスクロールですね。ゴブリンみたいな、雑魚を呼び出せるアイテムですが、この警戒を破るには、不十分でしょう」


 大男は、続けて尋ねる。


「何枚ある?」


「四枚です」


 大男は、頷き、部下らしき男からスクロールを受け取る。


「どうするのですか? 隊長」


 隊長と呼ばれた大男は、そのスクロールを一枚、開き、何事かを呟いた後に、それに石を包み、厳重な警戒の成された門をみやり、その手前の遠方へ放り投げた。


「ギャギャッ!」


 投げられたスクロールが落ちた辺りで、煙が上がり、醜い小鬼が現れ、騒ぎ始める。それに気が付いた門番たちが、「ゴブリンだッ! 五匹もいやがる! 何故こんな所に――!?」と叫びながら、武器を構え、突進していく。


 それを見た隊長は、残り三枚のスクロールをまとめ、何かを呟いた後に、石を包み、今度は、陣営の内部へと放り込む。桁外れの膂力で飛ばされたそれは、門を遥かに越え、もはや目視できないが、かなり遠方へと落ちた様だ。

 しばらくして、警備兵たちの叫びが聞こえ始める。


「行くぞ」


 隊長の巨躯に先導され、男たちが動き出す。暗がりから飛び出し、柵に背中をつけ、素早く横に移動し、残っていた門番の横顔からうなじあたりを盗み見ながら、門の内部へと入り込み、また暗がりを見つけ、そこへ駆け込んだ。


「ふう。息が止まるかと思ったぜ。しかし、ここいらの警戒に当たってた連中まで、皆むこうに行っちまったみたいだな」


 男は、遠くで響く剣戟の音を聞きながら、冷や汗を流す。


「まだです。ちゃんとこちらにも残されていますよ。あの木の陰、詰め所らしき建物の陰にも複数の気配が――!」


 それを聞いたもう一人が、驚いた様子で答える。


「お前、いつも警戒してる様子だったが、物陰にいる奴も感知できんのか!?」


 それに素っ気ない答えが返る。


「その話は、後でいいでしょう? 先輩。……隊長、自分が先行します。いいですか?」


 隊長は、無言で素早く頷き、男が動き出す。

 物陰の先にいる気配を感じ取り、その視線がこちらを外れている隙を狙って、素早く移動して行く。だが、男は、次の建物の壁ぞいで止まった。そのまま内部の様子を窺う様に、壁に手をつけながら、徐々に前進する。そこで、後ろに止まれとサインを送り、角から先を覗き込む。

 視界には、複数の警備兵が見えたが、四人に守られた中央に立つ一人に、注意が向けられる。その兵は、小さな笛らしき物を首に吊り下げ、いつでも吹ける様に、集中し、構えを解かない。他と比べて軽装なのも、笛を吹く役目を全うするための工夫の様だった。


「魔笛……ですね。あの笛じたいは、小さく音も貧弱ですが、吹けば即座に本体の角笛につながり、位置情報まで送られ、大音量が轟き、この警戒区域の全ての兵がここへ集まって来るでしょう」


 後ろに追いついた男が、焦った様子で答える。


「厄介だな……。どうする? あまり目立つ跡は残したくねぇが……。しかし、敵さんも、物資は十分って訳じゃなさそうだな。魔笛の所持者が、そこら中にいたら、どう足掻いても詰みだったぜ」


 先頭の男は、振り返らずに先を窺い答える。


「建物の中には……、五人。恐らく休憩中で、すぐには動かないかもしれませんが、出てこられると厄介です。そして、先には、魔笛の所持者を守る様に、四人。笛さえ、封じてしまえば、何とかなるかと思いますが。そのためには、手段は選べません」


 後ろの男は、天を仰ぎため息を吐いた。


「はぁ……、さっきのゴブリン騒ぎに笛を吹かれなかったのが、奇跡だな。……で、ヤんのか?」


 先頭の男は、短剣を逆さに刃を持ち、狙いを定める。


「あの魔笛の兵は、殺します。他の四人をどうするかは、二人で判断してください」


 後ろの男は、余裕がなさそうだ。


「おいおい、騒がれずに一気に二人たおせるか?」


 隊長は、冷徹に答える。


「問題ない、だが。振動が伝わると面倒だ。私は、奥の二人をやる」


 魔笛の兵の首筋へ短剣が飛び、丁度、一回転して急所に刺さる。その悲鳴は、くぐもって、はっきりとは聞こえなかった。そして、他の二人が飛び出す。


「な――」


 目の前で、血を噴き出し倒れた兵を見て、動揺して声を上げようとした壁際の一人が、口を抑えられ、同じように、首を斬られる。隊長は、奥の二人へ向けて宙の暗がりを舞い、飛び出して、一人を膝で吹き飛ばし、頸骨を砕き、その勢いで、回転しながら、隣にいたもう一人も蹴り、地面へ叩き伏せ首をへし折った。


 だが、壁際の一人が残り、建物の中へと連絡しようとする。一人を無力化した男の動きは間に合っていなかった、しかし、残った一人の膝が、唐突に力を失い、地面へつき、背中側へと海老ぞりに倒れた。首の裏の兜と鎧の隙間に、見事に短剣が刺さっていた。


「エルフの長い耳が、側面を覆う様な強固な兜を嫌う。彼らの特徴に助けられましたね。それにしても、先輩、遅いですよ……」


 短剣を投げた男が、咎める様な口調で話し、もう一人は、ばつが悪そうにうなだれる。


「か、壁と死体が邪魔でよ……」


 その言い訳を誰も聞くことはなく、粛々と死体の処理が始まる。


 隊長は、柵の付近に置かれていた予備の丸太を、桁外れの膂力で引き裂き、その先端を鋭く尖らせ、魔笛の兵の死体に突き刺し、それを明かりの届くぎりぎりの位置へ突き立てた。


「うげぇ。……まだ生きてる様に見せかけようって訳か?」


 他の四人の死体を草むらへと隠し、地面の血を土で隠しながら、男が暗い声で話した。


「敵に同情する余地などないですよ」


 そうして、その場は、死んでもなお立ち続ける兵を残し、奇妙な案山子の如く立たせたまま、放棄される。


「大分、時間を使いました。急ぎましょう」


 もう一度、先ほど先行した男が、前に立ち、歩を進めて行く。それからは、さしたる障害もなく、やがて、巨大な防壁の傍まで辿り着いた。


「遂に来たな……。行きみたいに、物資も潤沢じゃねぇ。この中を抜けるのも命がけだな。最上部まで辿り着けるか……?」


 隊長は、その言葉を否定する。


「いや、今回は、一階から脱出する」


 男は驚いて声を上げ、慌てて、周囲の様子を見回した。


「一階から出るって、どうすんだ? 壁をぶち破るのか?」


 隊長は、頷き、疑問を受け付けない態度を示す。


「そうだ」


 他の二人は、しばし沈黙していたが、先頭の男が、杭に備え付けられた松明を指した。


「内部への進入路は、あそこですが、あの松明を見張る様に、左手に警備兵が立っています。彼は、動く気がない様ですから――」


 男は、地面へ短剣を突き立て、土を掘り起こす。


「これに水分を含ませて、固めて――」


 それを掴み、松明めがけて投げつけると、炎が一瞬ゆらいだ。


「一投では足りませんね――」


 もう一度、同じ動作を繰り返すと、周囲を煌々と照らしていた炎が消え失せる。そして、それに気が付いた警備兵が、慌てた様子で暗がりを駆けてくる。


「何だ!? どうして突然、火が消えた――」


 そこへ、後ろに回り、首筋へ短剣が突き立てられる。だが、今回は出血はなく、警備兵は力なくその場に倒れ込むが、それを支え、音を立てない様に補助し、ゆっくりと寝かす。


「何だ? ヤッたのか?」


 先頭の男は、短剣の状態を確かめながら、答えた。


「首裏の急所へ、一点に集めた魔力を送り込み、霊体へ作用させ、その衝撃によって、意識を断ちました。……あまり殺すと余計な禍根を残しますからね……」


 そして、男は、進み出し、防壁への扉へ手をかける。蝶番へ向けて、何かをしている様だ。その手が、微かに輝く。


「何やってんだ?」


「蝶番の摩擦を一時的に失くす魔法です。さあ、開けますよ」


 中から開く扉をゆっくりと引き、その隙間から様子を窺う。


「やはり……」


 更に扉が開けられ、徐々に鮮明に見え始める。


「防壁内部の詰め所にも、増員されていますね。行きは一人がうたた寝している有様でしたが、今は、五人かんじられます。見える角度的に、一人しか様子は確認できませんが」


 先頭の男は、振り向き隊長へ指示を仰ぐ。


「どうしますか? このまま無策で、踏み込んでは、見つかる危険性が大です」


 隊長は、しばらく考える素振りを見せ、答えた。


「恐らく、そこの兵士の誰かが、鍵を持っているはずだ。この部屋を無視して通る事は出来まい。あれを使うぞ」


 先頭の男は、頷き、バックパックを静かに降ろし、中身を漁る。


「これは、最後の一瓶です。あの男との戦闘で、幾つかダメになってしまいましたから」


 隊長は、素早く部下に命じる。


「お前が行け、一番、隠密行動に慣れているだろう? くれぐれも気付かれるなよ?」


 頷いた先頭の男は、瓶の中身をあおる。すると、その姿が透明になって行く。扉が音もなく、開ける者の気配もなく動き、密やかな足音だけが、残された。


 男は、詰め所の入り口で、屈み込んだまま中を窺い、人や物の位置関係を探る。そしておもむろに動き出すが、そのすぐ隣を、一人の兵士が通った。そして、その先で雑談を始める。


「なあ、今夜は、何か嫌な予感がしねぇか?」


 その兵士の腰に光る、鍵束に気が付き、ゆっくりと近づき、手を伸ばす。


「そうか? いつもと同じじゃないか? 警備も増員されて、この厳戒態勢だろ? 気が張って、過敏になってるんだろ」


 そうして、鍵束を縛る紐に短剣の先端が、突きつけられた。

 兵士は、何かに気付いたかの様に、いきなり振り向く。


「誰だッ!? あれ――。誰も、いない、な。気のせいか」


 同僚は、兵士の肩を叩き、小さく笑った。


「な、気にし過ぎだって」


 だが、秘密裡に、その腰の鍵束は失われていた。

 透明になった男は、立ち上がり、机の上を探り、防壁の一区画の見取り図を見つけ、目を通し、それをゆっくりと気付かれない様に、掴み取り、そのまま入口へと戻って行った。


「ついて来てください。自分が、中の兵たちの気を逸らします。その間に先へ。隊長はこれを――この防壁の区画の見取り図です」


 先行する男は、他の二人が、壁際へ待機したのを見て、透明なまま、詰め所の内部へ空き瓶を投げつけた。瓶の砕ける音に驚いた兵士たちが、奥へ集まって、全員の視線が逸れる。その隙に、二人が入り口の前を通り、奥へと向かう。

 先行していた男は、そのままひっそりと合流する。


 隊長は、見取り図を広げ、位置関係を探る。


「この奥、どうやら倉庫の様だ。そして、その奥の壁は、防壁の帝国側の通路に面している。……ここをぶち破り、一気に外への道を作る」


 奥へ向かうと、松明の明かりに照らされた二人の警備兵が、目に入る。透明の男は、それに近づき、短剣を突き立て、素早く二人を気絶させた。

 そして、鍵束から倉庫に合う鍵をひとつずつ探って行く。


 やがて、鍵の開閉音が響き、ゆっくりと扉が押し開けられる。


「中には、見張りはいない様です……」


 その言葉に安心した様に、他の二人が頷き、倉庫へ入って行く。

 隊長は、素早く奥の壁へ向かい、そこへ置かれた木箱をどかして行く。


「ここだな。おい、この先に、兵はいるか?」


 透明化の解けた男が、すぐに答える。


「通路を往復して警戒している様です。もうすぐ壁の向こうに重なりますが、どうするのですか?」


 隊長は、しばらく待ち、もう一度たしかめる。


「どうだ? 通り過ぎたか?」


「はい、また奥へ向かいました」


 その言葉を確認した隊長は、手甲の嵌った右腕を構え、大きく息を吸いこんで行く。


「ハッ!!」


 突如として、爆発する様な呼吸音が響き、分厚い石の壁が粉砕され、通路を隔てた壁までもが吹き飛んでいき、暗い外の光景が見えた。


「行くぞッ! 私の肩に捕まれッ!」


 音と衝撃に驚き、へたり込んでいた警備兵が、気付いて起き上がり、武器を持ち駆け寄って来る中、残りの男たちは、隊長の腕と肩にしがみついた。


 そして、再び爆発音が轟き、三人の男たちは宙を舞い、遥か彼方へと消えて行った。


 防壁の中央に位置する部屋で、指揮官らしき男が、その爆発音と衝撃について、慌てた様子で、部下に尋ねる。


「何だ!? 今の音は――何処からだッ!?」


「音の発生源は、第四監視塔と、第五監視塔の間、その南端、倉庫まえの通路です!」


 指揮官は、一瞬で、居住まいを正し、明瞭な声で、部下たちに命ずる。


「今、近くにいる者だけで、いい! 直ぐに集めろッ! 急行するッ!」


 そして、兵たちは窓から壁の外へ飛び出し、壁の上を陣形を組んで走り、発生源を目指す。粉砕された壁の傍には、一人の兵が倒れていて、頭から血を流していた。


「おいっ! しっかりしろ――何があった!?」


 倒れていた兵は目を覚まし、震える声で、答える。


「て、帝国兵らしき三人が、まるで――砲弾の様に、外へ――」


 そこで、兵は再び気を失う。


「馬鹿なッ! 人間が――、大砲の弾の様に、壁を破り、飛び出して行ったとでも言うのかッ!? 信じられん!」


 遠く、夜の闇を見つめる指揮官へ部下が声をかけた。


「あの先の森は、武装都市サフェヴィアの主張する、領地です。これ以上の追跡は不可能かと……」


 指揮官は、忌々しそうに、呟いた。


「こんな形で逃げられるとは、不覚ッ!」


 静かだが、何処か騒がしい夜、黒い森を彷徨い、生死の境を越えた、精強な三人の帝国兵が、自国へ辿り着くべく、闇夜へと還って行った――。

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