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死を喰らう棺

 眼前を塞ぎ、今にも襲い掛かろうとする不死者を見つめ、しばし外にいるジジの身を案じたが、彼女ならば大丈夫だろうと思い直す。

 そして、己の問題へと向き直った。


「こいつ……。やる気か?」


 よく考えてみれば、こちらへ逃げ込んでも、行き止まりで、後ろから追って来る不死者から逃れる事は出来ない。咄嗟の判断が、無意味だった事を思い、怖いモノが苦手な自分の弱点を見つめ直し、苦笑する。


「ホラーゲームなら割と平気なんだけどな」


 前からはゆっくりと歩み来る一体。背後からは、何かを引きずる不気味な音が聞こえていたが、にわかに賑やかな乾いた音が響き始める。

 後ろを確かめる必要もなかった。次々と何かが床へ落ちて来る音だ。その何かの姿も容易に想像できた。


「くそっ! どんどん増えてやがる。ただの罠だったのか、神の弱点に関わるモノなのか、その辺ははっきりさせたいけどなっ!」


 先ほどの脈打つ球体が、警報の役目を持ち、不死者たちを目覚めさせた。それは状況を見て、間違いないが、警報の意味が、神にとって有利か不利かで、これからの選択も変わる。


 だが、今のところは、それ以上かんがえる時間は取れそうになかった。


「ウガァッ!」


 目の前の通路の一体が、こちらへ鋭く尖った爪を向けながら、飛び掛かって来る。それにタイミングを合わせ、一回転し、部屋の中へ隠れ、突き出された指を避け、すぐさま後ろ蹴りを繰り出した。


「ウゴォッ!」


 悲鳴と共に、吹き飛んでいった不死者は、遠くへ消えるかと思われたが、意外なほどに早く何かにぶつかる音が響く。


「今の感じからして、壁だな。ここも結構せまい部屋なのか?」


 一体を吹き飛ばし、右手に広がる暗がりに目をやるが、這い回る音と、歩く音、両方が重なって聞こえて、大群がこちらへ向かってくる姿を想起させた。

 やがて、見える程に近づいて来た一体が、飛び掛かって来る。牙をむき噛みつこうとするそれを前蹴りで、押し飛ばす。だが、息をつく暇もなく、次々と姿が見え始めて、一気に襲い掛かって来る。


「さっきの技を思い出せっ!」


 全力で拳を突き出し、伸びきる前に、思い切り引く。エネルギーの爆発に伴って生じた衝撃波が、奥の空間にいる群れを薙ぎ払ったのが、重なり合う幾多もの悲鳴から分かった。


「ふう。ちょっと腕が痛くなるけど、使えるな。叫べる様に、命名しとかないと……」


 そんな暢気な事を考えていると、左の視界に、吹き飛ばした先ほどの不死者が、再び現れるが、その姿を見て絶句する。


「こ、こいつ。この姿は――!?」


 枯れ枝の様に細かった身体は、変貌し、盛り上がる筋肉に覆われ、爪もより鋭く伸びた様だ。


「アムダイと似たような能力かッ!?」


 いや、あいつは、自分の力に陶酔してた、たぶんユニークスキルで、同じ様な奴が多くいるとは思えない。考えられるとすれば、神が何かをしたのだろう。アムダイを使徒として復活させる際に、その能力を拝借し、体内の他の不死者たちへ移した。


「俺も、ここで死んだら破壊の神力を奪われるのか――!」


 そこで、不死者は先ほどとは比べ物にならないスピードで、一直線に突っ込んで来る。


「死んでもゴメンだぜッ!」


 衝撃波を起こし、再び吹き飛ばすが、驚いた事に、天井へ爪を立て、宙で回転してすぐさま態勢を立て直した。


 そして、唸りを上げて突進して来る。


「キリがないなッ!」


 また吹き飛ばすが、今度は立て直しを妨害するために、右腕で起こした後に、左腕でも同じ動作を取り、連続で衝撃波を撃ちだした。不死者は横に回転しながら壁へと叩きつけられる。


「ウガァァッ!」


 聞こえたのは、吹き飛ばされた不死者の悲鳴ではない。右手の暗がりから飛び出すその姿を、捉え、回避が間に合わない事を悟る。


「クソッ! 暗すぎるせいで、対応が間に合わないッ!」


 既に目と鼻の先まで迫った、醜悪な姿へ向けて、慌てて右腕を振る。その鋭い爪が、身体に食い込むかと思われたが、僅かに身をそらしたために、軌道はズレていて、背後の壁へ突き刺さり、遅れて腹部へ向けて拳が食い込んだ。


「え?」


 その直後――、不死者の身体は強烈な力で、爆発した様に、四散し、後方へと飛び散って行く。生々しい破裂音が、耳に残った。


「うへぇ。十七歳てきに不味い絵面……」


 でも、今の――何だ? 威力が数段あがってた? 相手の突進に、合わせて返しただけならただのカウンターだよな。普通に殴るよりは強いだろうけど、力込みでも爆発するか?


 また左手から唸りが聞こえ、立ち上がった不死者が、こちらへ目がけて突進して来る。その猛スピードの攻撃を、タイミングを計り、紙一重で躱しながら拳を突き出す。

 不死者の爪は、また背後の壁へ食い込み、右拳が盛り上がった腹筋を叩く。


「そうか――!」


 破裂し、砕け散りながら後方へ飛ぶ、その姿を見て、確信する。


「相手は、全身で突っ込んで来てた。それが、壁に当たって急激に止められたから、体内に衝突のエネルギーが発生してたんだ。そこへ丁度こっちの拳が当たったから、それが反動として返り、爆発的な力を生んだ?」


 バラバラに砕けたせいか、不死者はそれ以上は、起き上がってこなかった。


「はっ。能力は盗めてもオリジナルの出来損ないだな。肉体の強度が違いすぎる!」


 また右手から慌ただしく足音が聞こえ、新手が飛び出して来るのを、同じ方法で撃退を試みる。だが、今回は、ただ吹き飛んでいっただけで、砕けなかった。


「あれ。タイミングがズレたか……?」


 多分、ぶつかった瞬間に、当てないとダメなんだ。さっきは僅かに遅れて感じたけど、今のは、大分おそかった。


 次々と襲い来る不死者たちへ、同じ技を何度も試し、感覚を掴んで行く。気が付けば、もう残りはいなくなっていた。


「ああ、でも。これ、壁を背負ってないと使えなくないか? それは、限定的すぎる。何かいい方法が――」


 だが、その思考は突然の来客に中断させられる。背後の壁の奥から、凄まじい振動を感じ、振り向こうとした時には、もう遅かった。

 壁が黒い膿をまき散らしながら、砕け散り、巨大な刃物が飛び出して来る。そして、何も出来ないまま、そのノコギリの様な刃が、背後から右肩へ食い込んだ。


「ぐああああッ!」


 突進の異常な威力に救われたのか、身体は前方へ吹き飛ばされ、肩へ食い込んだ刃から解放される。もし、そのまま切りつけられていたら、身体が半分になっていたかもしれない。


「うが、うがあああッ!」


 脈打ち噴き出す血が、床へ広がり、その細かな溝に沿って、流れて行く。


「ンマァァァッ!」


 砕かれた壁の位置から、不気味な唸りが聞こえる。


「動脈が切れてるッ!? やばい、血を止めないと、やばいッ!」


 考えている暇はなかった。すぐさま治癒魔法を使い、傷を塞ぎ、回復する。身体を起こそうと、両腕に力を込めるが、それよりも速く、黒い巨大な影が襲い来る。


「クソッ!」


 上方から振り下ろされる巨大な刃を、横転しながら躱し、その勢いで立ち上がり、相手の正体を見極め、愕然とする。


「ンマッ! ンマァァァッ!」


 奇妙な呻きの原因は、頭部を覆った拘束具のせいだった。革か布かは分からないが、分厚い覆いが、目、鼻、口、耳すべてを塞ぎ、上から金属のネジらしきモノで止められている。その本数は、見える範囲だけでも六本におよび、恐らく頭蓋も貫通していると思われた。中心に走る、覆いの継ぎ目が、縫い合わせた傷痕の様に、不気味なラインを形成する。それは、顔の面に沿って、歪みながら、額、眼窩、鼻筋、唇、顎へと続き、立体を強調している。口元に集まる深い皺の原因は、噛みしめられた歯の様だ。


「何だ――こいつッ!?」


 恐怖を煽る異様な頭部だけではなく、アムダイには劣るが、異常に膨れ上がった肉体は、地球人を遥かに凌駕していて、最も特異なのは、体表へ剥き出しになって、脈打つ心臓だった。


「化け物だ――」


 いや、ここへ来てから化け物にしか会ってねぇがなッ!

 手に持った武器は、巨大な鉈にノコギリ状の刃がついた物に見えたが、持ち手が特殊で、端から端まで一本につながっていて、それを両手で持って構える様だ。


「ンマァァァッ!」


 呻きに伴い、両肩が裂けた様に、広がり、そこから何かが噴出する。体液か、息かは分からない。だが、そんな瑣事に注目している暇はなかった。腕の筋肉が脈打ち、両手で持ち上げた刃の先端が、こちらへ向けられる。


「来るッ!」


 巨体を震わせながら、突進する姿は、その武器も相まって恐怖心を煽りはするが、スピード自体は大したものではなかった。軌道から外れた場所へ移動し、易々と躱す。いや、躱したと思っていた。


「あ、がっ!?」


 再び背中を切りつけられ、振り向いた先には、目を覆いたくなる様な、非現実的なモノが見えた。背中から血を噴き出しながら、倒れ。己の運命を呪いそうになる。


「うがあああッ! クソッ! また、回復しなきゃッ!」


 治癒魔法をかけて立ち上がった視線の先には、下卑た笑いを浮かべる醜悪な姿が見える。それは、あの巨体に背負われた棺桶から、小さな上半身のみを出し、両手に持った巨大な刃を振り回して見せる。それには自分の血がべったりとついていた。いや、よく見ると、得体の知れない無数の血痕がある。新旧が混じり合った、その刃の犠牲者の一人に、危うく加わる所だったのか。


「ヒヒヒッ。ヒヒッ!」


 不気味な声と共に、二刀流の巨大な刃をぶつかり合わせ、こちらを挑発する。気付かれない様に、武装も見えない様に、巨体の陰を利用して、息を潜めていた。その事実を鑑みるに、ある程度の知性があるのは、間違いない。ただの獣の本能ではこんな真似は出来ないだろう。何度も叩き合わされた刃が、火花を散らし、薄気味わるいその姿を照らす。


 後ろのもう一体は、顔の上半分のみを覆ったマスクで、不揃いな乱杭歯を見せて、不気味に笑う。口の端は裂けていて、それを縫い合わせて無理やり繋いでいる。そこから涎が糸を引いて、垂れた。奇妙な事に、その下半身は萎びた様に、やせ細り、蓋が壊れた棺桶の中に隠れてしまっていた。


「ンマァァァッ!」

「ヒヒッ!」


 二体の唸りが同時に響き、背後の一体が、こちらへ片方の武器を投げた。回転しながら襲い来るそれを、躱すが、そこへ巨体が飛び出し、巨大な刃で薙ぐ。それも躱すが、そのまま回転し、背後の一体が首を狙って刃を振るう。背中を逸らし、ブリッジの態勢を取り、そのまま両脚で巨体を蹴り上げる。


「ンンンッ!」


 天井へ頭から突っ込んだ巨体は、しばらく動かなかったが、それは罠だった。背後から風を切る音が響いたのに気付き、振り向くと、投げられたはずの刃がひとりでに動き出し、こちらの背面を狙う。


「クソッ!」


 それを床に横転して躱し、急いで立ち上がろうとするが、転がった方向が、不味かった。天井に頭から埋まっていた巨体が、真下の俺を狙って落ちて来る。その刃は、正確に首を狙っていた。


「不味いッ!」


 両手を交差させ、ハキスで鋼を厚く纏い、その一撃を受け止め、同時に腹部を右脚で蹴り上げた。破裂音と共に、巨体の上部が半分に裂け、天井へ当たって、床へ落ち、血を撒き散らしながらバウンドする。


「はあ、はあ。……さっきのカウンター技。こんな方法でも出来たんだな……」


 ゆっくりと身体を起こすと、信じられないモノが見えた。


「ンン、マァァァッ!」


 上半身が、半分に裂けた巨体に、頭部が二つ出来上がり、脈打つ心臓も両側に分裂し、腕も裂けた両側に二本ずつ生えて来ていた。身体は今にも真ん中から裂けそうだが、傷口は塞がっている。その隙間から棺桶の裏をぶち破った背後の一体が、薄気味悪い笑みを浮かべて覗き込んでいた。


「こいつッ! どうなってやがるッ!?」


 奇妙な事に、四本に増えた両側の腕には、対応する刃物が握られていて、それを持つ腕が脈打ち、盛り上がる。


「身体が半分になっても、死なねぇ上に、まるで、最初からそうだったみたいに、頭や腕、心臓、武器まで分裂するのか。いや、待てよ――」


 剥き出しの心臓だ。あそこを攻撃する事を考えていなかった。よく見ると、心臓は、ひとつだった時よりも小さくなっていた。


「はっ。成程な、他は同じ大きさで分裂できるが、心臓は出来ねえ。――って事は」


 あまりに急激な展開で、狙うのも忘れていたが、あれが弱点である事は間違いなかった。だが、その他の部位へ致命傷を与えると、さらに分裂する可能性がある。完全に身体が裂けて、二体に増えられでもしたら、目も当てられない。

 そして、もうひとつの問題は、ひとりでに動いた武器か。あの武器じたいが魔法で作られている可能性もある。それとも何らかの異能か。


「見極めてる時間はねぇ。狙うのは――」


 あの心臓だッ!


 右腕から衝撃波を巻き起こし、相手の動きを奪い、その隙に、一気に接近し、左側の心臓へ、鋼を纏った突きを繰り出した。


「ンンンッ!」


 悲鳴とおぼしき呻きの後に、血が噴き出すが、巨体は倒れる様子は見せず、刃を回転しながら振り始める。前面の攻撃を躱しても、すぐさま背後からの攻撃が続く。


「くっ!」


 連続した波状攻撃を刃の側面を強打し、軌道を逸らして妨害し、次いで背後の一体の武器へも同じ方向で強打を加え、制御を奪い、巨体を回転させる。そして、無防備な膝裏へ廻し蹴りを加えたが、転倒を背後の一体が食い止め、跳ね上がる様に、身体を起こし、その勢いに乗って、また刃が振り回される。それを避けて飛び退いた。


「後ろの奴。ちっせぇのにパワーはほぼ変わらないッ!」


 いや、もしかすると背後の一体の方が、力は強いのかもしれない。

 接近戦では、こちらを仕留められないと踏んだのか、四本の武器が、同時に投げられ、四方向から迫る。

 ポケットに潜ませていたデイを解き放ち、巨大化させて受け止めるが、デイのパワーを上回る刃が、軟体に食い込んだまま突き進んで来る。


「くそっ! マナの消費量が見当つかねぇから、使いたくなかったが――!」


 咄嗟に瞬間移動の魔法を使い、右側に残った心臓へ向かって、鋼を纏った左拳を突き立てた。噴き出す血と共に、巨体がゆらぎ、倒れたかに見えたが、また背後の一体が、それを押しとどめた。


 そして、巨体が徐々に、貪られ、咀嚼されて行く。


「棺桶を背負ってたんじゃねぇ……。こいつ自体が――、棺桶型の化け物だったのかッ!?」


 内側に歪だが鋭い歯がつき、半分に割れた棺桶の蓋が、開閉をくりかえしながら、巨体を平らげた。その直後、痙攣が始まり、肉が混じり合う様にして、膨れ上がり、二体の怪物は、一体の巨大な怪物へと変貌していた。


 常軌を逸したその光景に、勇気がくじける音を聞いた気がした――。

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