表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

71/174

スペルキャンセル

 デルライラムの家の近くまで来た所で、高度を落とし、森の中へ降り立つ。


「イシとデイの事。師匠に隠す必要はない気もするけど、まあ説明も面倒だし」


 姿を隠していたジジの気配も感知していたデルライラムは、精霊たちの事もおぼろげにでも知覚している可能性もあるが、それが何かの問題になる訳ではなかった。

 森へ降り立ったあたりで、雨脚は弱まり、樹間を抜けて、家の前の広場に着くころには、雨は止んでいた。


「もう雲間に太陽が見え始めてる。怪我した後に、身体を冷やすと良くなさそうだし、丁度いいな」


 そのまま広場へ進み出ると、菜園の方へ移動していたデルライラムと鉢合わせする。老人は、少し不機嫌そうにこちらを見据えた。


「おい、カイト。もう昼過ぎだぜ? ……昨日は、あの本を読んで夜更かしでもしたか?」


 どう答えようかと迷っていると、すぐに次の言葉が発せられる。


「まあ、いい。修行はじめる前に、腹ごしらえだな。昼飯もって来てやるから待ってな」


 しばらくしてデルライラムから昼食の乗った大皿を渡される。また切株に座って、食事を摂ろうとした時、老人が険しい顔で話しかけてきた。


「お前には関係ねぇ事かもしれねぇけどよ。ここ最近、ここらで妙な事が立て続けに起こっててな。……昨日は、巨大な水塊が宙に浮いてて、今日は、朝方に、大地が割れる様な轟音と、それに伴う地震よ。……お前、上着の前側が血で汚れてんぜ? まさか、お前が何かしてたんじゃねぇよな?」


 口に入れたパンを吐き出しそうになった。


「ごほっ! お、俺は、何も! 大体、今の俺に、地震を起こす様な魔法は使えませんよっ!」


 デルライラムは疑わしそうな視線を送って来たが、やがて追及を諦めたのか、家へと戻って行った。


「じゃあな。食ったら皿はその辺に置いときな。今日も気ぃ入れて励むんだぜ?」


 提供された昼食を平らげた所で、おもむろに立ち上がり、修行に入る。


「まずは、純度の高い鉄を作る過程、試してみるか」


 地面に手を当て、目を瞑り、マナを注ぎ込んで行く。連続的に注がれたマナが爆発し、どんどん地中に広がって行く。

 炭素って言うと、石炭とかかな。鉄とは違う色に見えるとしたら、それを探して……。


「あったぞ! 凄く暗い黄色、あれは今まで見たことない色だ!」


 よし、周囲の酸化鉄と一緒に引っ張り上げよう!


 引き上げた、鉱物の分身を掌におさめ、再び集中する。


「これを、どうやって反応させるのか……。泥から水分を抜いた時みたいにとりあえずは色の違いを比較するか」


 手元でマナに満たした塊が、幾つかの異なる色に輝く。それを眺めながら、右手にマナの循環を築いていき、そこへ左手を近づけて、一気に圧縮した。すると、いくらかの抵抗感の後に、異なっていた色が混ざり合い、均等な一色へと変貌する。


 ゆっくりと目を開けてみると、そこには――。


「おお、鈍い銀色の輝き! 今までみたいに赤茶けてないし、これで鉄になったのかな?」


 掌に収まった鉄球を見ながら次の行程をイメージする。頭の中には、あの解剖学書に記された爪先から足首あたりが浮かび、それを均等に覆う方法を考える。


「まずは、関節を安定させるためには、どのくらいの強度がいるのか確かめないとなぁ」


 家の前の広場の真ん中あたりに立ち、今度は、足裏から地中へ向けてマナを放出してみる。


「よし、放出は問題なく出来てる。後は、どうやって引き上げるかだけど……」


 地面から伸びる糸を引くって、思えば物理的な動作だよな。触らなくても、こう、魔法的パワーで吸い上げられそうなもんだ。


「放出の逆回し? 環境に展開したマナをもう一度、身体の中に引き戻す?」


 取っ掛かり、取っ掛かりは……。そうか、マナの循環は脚でも築けるのなら、マナを引き寄せるための循環と、成形するための循環の二つを作ってやれば!


 爪先から足首まわりを覆う様に、膝下あたりからマナの循環を築き、その流れに巻き込む様に、地面から漂い出ていた金色の糸を手繰り寄せて行く。酸化鉄の剥片が、徐々に足回りを靴の上から覆い隠して行く。


「……この状態だと、まだヒビだらけだ、ここにもうひとつの流れを追加する」


 今度は、膝上から流れを生み出す、それが螺旋を描きながら、足首から先へと巻き付いて行く。


「……ここから、更に圧力を加えるには、もう一つの流れが――!」


 ああ、だんだんややこしくなって来た! 落ち着け! ゆっくりやれば出来る!

 最後は、膝裏から溢れた流れを下腿ぜんたいを覆う様に、円環状に放出していく。そして、おもむろにその流れを逆行させるイメージを描き、一気に引き絞る。


 足に重さと不自由さを感じ、目を開いてみると、そこには――。


「おお! これは!」


 さながら地面とつながった鉄の靴を履いた様に、爪先から足首までが鈍い輝きで覆われていた。


「やったぞ!」


 足元は地面とつながっているのを忘れて、喜び勇んでうっかり身体を動かしてしまい、倒れそうになる。その瞬間、足首に鉄の先端部が食い込み、鈍い痛みが徐々に、激痛へと変わって行く。


「痛てっ!? やばいくらい痛い! 足もげる!」


 えと、師匠がやったみたいに鉱物に与えたマナを一気にゼロにするのって、どうやるんだ!? 引き上げた鉱物は、精霊の力で形作られた分身みたいな物なんだよな!? 精霊素の反応がなくなれば、砂みたいに、崩れてなくなるはずだ!

 目を瞑り、足首から先を覆う鉄に集中していくと、一点だけ強く輝く場所があった。そこへ向けて、指先からマナを光線の様に、放出した。すると、足首に感じていた抵抗が瓦解し、一気に自由になるが、バランスを崩して、そのまま倒れ込んだ。


「あってぇ……。酷い目に遭ったな……。鉄が身体に食い込むと無茶苦茶いたい! この点をクリアしないと攻撃にも、防御にも使えやしないぞ!」


 一人で散々に愚痴るが、いい発見がなかった訳でもない。先ほどの鉄に見えた、輝く点。あれは、励起された精霊素の核とでも呼べる場所なのだろうか。そこへ何らかの作用を及ぼす事で、魔法じたいが消去できるとしたら、攻防けんようの、上等な戦闘技術ではないだろうか。


「ふむ。さしずめディスペル……」


 立ち上がり、さっそくもう一度、再現して確かめてみようとするが、先ほどの足周りで行った動作を、手で実行するには、ひとつの問題があった。


「距離が遠い」


 そう、物理的な引き上げ動作を伴わずに、励起された鉱物を手元に寄せるには、地面まで距離がありすぎる。マナの循環を身体に密着させて幾つも築くことは出来たが、離しても維持できるのかは未知数だ。


「うぅん。やってみれば分かるだろうけど」


 立ったまま、掌から地面へとマナを放出する。


「空気中を通る時は、根元がつながったままにするんだ。じゃないと適当な風魔法が発動しちまう」


 地面に達した所で、先を切り離すイメージを描き、地中へ送りこんで行く。


「いいぞ。この辺りの細かい挙動は、思った通りに出来るみたいだ!」


 連続的に送り込んだマナが地中で爆発し、弾け、より広範囲へ届き、その中に幾つかの反応色の違う鉱物が見える。ここまでは、これまで通りだった。


「それで、これを引き上げようと思うと、マナを送り込んだ地面あたりから金色の糸が漂い始める訳だけど……」


 最初は、これを手で掴んで引き上げた。でも、今回は手を使わずに、マナの流れを操って引き上げる必要がある。前腕の中ほどから生み出したマナの流れを、腕に沿って、蛇の様に這わせて、徐々に、指先へと送る。


「ここからだ。一気に地面へ送りたかったら真っ直ぐ飛ばせばいいけど、それじゃ多分、絡め取って引き上げる事は出来ない」


 少しずつ、指先から離れた空中でも、螺旋の動きを続け、糸へ近づけていく。

 糸に届いた所で、先ほどの試行でやった様に、マナの流れを逆行させるイメージを描くと、大きかった螺旋状の渦が小さく引き絞られて行き、それがぎりぎり糸を包み込んだ辺りで、今度は逆行を越えて、吸収のイメージを描く。


「放ったマナを一気に霊体へ吸い上げる!」


 一瞬あとに、掌に僅かな重みを感じた。それを握りしめて確かめてみる。


「うん。多分、酸化鉄と石炭とかが細かく混じった鉱物だな」


 霊体へ吸い上げるイメージで、放出していたマナも、根がつながっていれば戻せるのか。循環が築けるのだから当然かもしれないが、新しい発見だった。


「まだ試行とちゅうだけど、ちょっと試したいことが……」


 右の掌に収まっていた鉱物の小さな塊を、マナの循環に乗せて浮かせる。そして、それに向けて、左手からつながったマナを勢いよく放出する。一気に押し出された塊は、掌の上から飛び出して、近くにあった木に衝突して、地面へ転がった。それを眺めながら何度も頷く。


「ああ、やっぱり、こんな事も出来たんだな。マナを放出する速度を上げる程、物体は勢いよく飛ぶんだな。……見えない手で触れてるみたいな感覚か……。あれ? でも、マナ自体の放出そくどは、どうすれば速く出来るんだ……?」


 思い立って、塊を拾い上げ、何度か全力で放出を繰り返してみるが、手で投げた方が速い程度の速度しか出なかった。


「今のままじゃ、スローすぎて、遠距離攻撃には使えないかぁ」


 いくら考えても、今は、それ以上はやく飛ばす方法が思いつかなかったために、先ほどの試行へ戻る事にする。塊を拾い上げて、目を瞑った。


「あれ? さっき見えた、輝く点が見当たらないな……?」


 どうしてだろう? 表面に見えない所にある? この塊は、既に精霊素の励起された姿だから、地中の様子を窺う時みたいに、立体的に透視できる訳じゃない。だとしたら――。

 思い立って、マナの循環を生み出し、塊の構成物を混ぜ合わせて行く。何度もこねくり回している内に、一瞬だけ、輝く点が見えた。


「あった! 今の所が見える様に、もう一度うごかして!」


 少しだけ、掻き分ける様に、分離させ、輝く点を探す。


「見つけたぞ。多分、これだ!」


 一度、大きく呼吸をし、震える指先から輝く点へ向けて、マナを放出した。すると、小さな塊は、音もなく崩壊し、風に乗ってさらさらと流れて行った。


「出来た! ディスペル!」


 いや、まあ。自分が生み出した魔法でも核を探すのに、こんなに苦労するんだから、他人のじゃ無理かな……? それに、戦闘中だとしたら、一瞬で出来ないとダメだもんな。


「精霊素が励起された塊でも、その中身が透視できればいいんだけどなぁ」


 修行から多少、脱線しているのは分かっていたが、好奇心に負けた。鉱物の塊を作って、それを多方面から眺め、何とか透視できないかと試みる。


「ダメだぁ。皆おなじ色に見えて、核は中身を掻き分けて探さないと見つからない」


 ん? 核の場所が分からなくても、太いマナの流れをぶつければ、小さい塊ていどなら勝手に範囲に入るんじゃないか? 今までは、細く絞って放出していたのを太くしてみるか。


 再び塊を生み出し、それに向けて、掌を大きく開いた限界の太さのマナを放出する。だが、また塊が押されて、転がり落ちただけで、核には届かなかった。


「あ、そっか。忘れてた。そのまま放出したら押しちゃうんだっけ」


 顎に手を当て、空を仰ぎ見る。


「やっぱり、核が表面に出てきてないと無理か……? ん?」


 これは、鉱物を生み出す土魔法だから、完成形にはマナが入り込む隙間はないけど、風だったらどうなる? 風には遮るモノはないよな?


「試してみるか」


 空中へ向けて、マナバーストの構えを取り、ついでにジジから教わった、風魔法の名前を唱える。


「マナバースト・イレスト!」


 空中に瞬く間に、巨大な暴風の渦が発生する。


「相変わらず、すげぇ風だな! 目を開けていられない!」


 何処に核があるか何て分からない。でも、これなら当たるかも! 胸を張り、両腕を胴体にくっつけて、気を付けの様な姿勢を取る。これが、マナ放出の面積としては、最大のはずだ! そのまま渦巻く暴風へ向けて、身体ぜんたいからマナを放出する。


 すると――。


 空間を満たして行くマナが、荒れ狂う暴風へ到達し、その場の大気が歪んだように、ちらつき、周囲の木々の枝葉や、土埃、石など、風が取り込んでいたあらゆる物が、地面へ次々と落下していく。


「で、出来た!」


 もうその場には、風は巻き起こっておらず、凪いでいた。


「マナバーストの暴風を強制的に消失させられた!」


 いいぞ、これに名前を付けるなら――!


「スペルキャンセル!」


 キャストキャンセルでもいいかもだけど、もう魔法は発動しちゃってるからな。


「まあ、これが何の役に立つかは、おいおい考えるとして、修行に戻るか……。あ、でも、もうちょっと試したいかも」


 実験が上手く行ったことに気を良くし、好奇心の赴くままに、試行を始めた。この新たな術が、いつか役に立つと信じて――。

評価・ブックマーク・レビュー・感想などいただけると励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ