決闘騒ぎ
アイシャは黙々と解剖学書の内容の検索を続けてくれていたが、しばらくして横顔の表情が変わり、長い髪が揺れた。
「うぅん。……あ、あったよ! 爪先まで骨がつながってる絵、骨だけのと筋肉が描かれてるのとがあるね!」
その言葉を受けて、絵を丹念に確かめて行く。
「動きの解剖は後半のページみたい、後で見てみる?」
頷きながら本を見つめる。
ここのページの絵、あの時の師匠の空気椅子の様なポーズと重なるな。この骨や筋肉のつながりに何かヒントが……?
「なあ、このページに書かれてる師匠の書き込みには何て書いてある?」
デルライラムの筆跡らしき、少し乱雑な文字に何が書かれているのかが気になった。
アイシャは目を細めて、じっと文字を見つめる。デルライラムの文字は癖があり少し読みにくいのかもしれない。
「うぅん。えとね。読むよ? ……関節の強度を増し、均等に力を分散させる。そのためには幾つかの方法がある事に気付いた。一。さながら金属の筒に脚を通す様に、関節の外側を鉱物で覆う、そうする事で、かかる力はかなり分散されるが、この方法だけでは、足首への負担が凄まじく、耐えられなかった。二。骨、靭帯、筋肉に至るまで、その隙間を完全に鉱物で埋める。この方法には、いや、三番目も同じなのだが、ひとつの問題があった。それをクリアするのが目下の目標ではあるが、その実現の目途は立っていない。三。この手段が最も正解に近く思える、しかし、これは硬化魔法の範疇を出ているかもしれない」
アイシャはゆっくりと、はっきりした声で読んでくれたが、内容がいまいち頭に入ってこなかった。
「うぅん? ここで切れちゃってるね。他のページに続きがあるのかもしれないけど……」
かろうじて理解できた一番目の方法について思案する。
金属の筒に関節を通す? どういう事だろう?
顎に手を当てて考えに耽る。あの空気椅子ポーズを維持するには、筋力だけじゃ絶対に不可能なんだよな。重心の位置が腰の真下あたりになるから、どうやっても直ぐに尻餅をついてしまう。
金属の筒で関節を覆う? それってつまり――。
「くあああッ!」
その時とつぜん背後から奇声が聞こえ、驚いて飛び上がりそうになる。
「うわあああ!?」
「きゃっ!」
首を回して振り返ろうとすると、眼前に迫る何かが柔らかく顔面を覆った。
「ぶほっ!」
こ、この感触は――!
「なぁにをしておるのじゃ! 儂を除け者にして二人だけの蜜月か!? 許さぬぞ!」
突如おきあがったジジに抱きつかれて苦しさに呻く。
「ぶはっ! くるし! 離してくれ!」
全く聞く耳を持たず、締め付けは続行される。だんだんと意識が朦朧として来るが、ジジはアイシャに釘付けでこちらの状態に気付いていない様だ。
「こぉんの暴力小娘めがぁ! 儂の高貴なる頭部を足蹴にするとは、如何なる了見じゃ!」
完全に頭に来ている様子のジジが声を張り上げ、アイシャを糾弾する。
「事と次第によっては、タダでは済まされぬぞ!」
アイシャは臆して声も出せないかと思われたが、意外な発言が糾弾を遮った。
「ふふぅん。今の私は、ジジちゃんと対等なんだから! それに、あんなキックくらいじゃ何ともないのなんて分かってたもん! ホントはさっきから寝たフリをしてたんでしょ!」
ええ、ここでそれ言っちゃう!?
「何じゃと!? 許せぬ! その様な浅はかな考えで儂に手を上げるとは!」
一呼吸おいて、ジジは宣言する。
「決闘じゃあ! 小娘! そなたに決闘を申し込むぞ!」
いつの間にか過熱したジジに解放されていたが、この状況は看過できなかった。何とか間に入ろうと試みるが、二人の交錯する視線に空気も燃え上がりそうだった。
「ふふぅん。いいけど? 力任せに殴り合うの? そんなのカイトが喜ばないと思うけど」
その言葉にジジはこちらを一瞥し、首を振った。
「ええい! 今はカイトは関係ないわ! 儂とそなたの問題じゃ! くふふっ! じゃが、良い事を思いついた!」
何か嫌な予感がする。
「勝者が手にするモノ! それは、カイトとの未来じゃ! 小娘、これならばそなたも受けざるを得まい!?」
えええ!? さっき俺は関係ないって言ったばっかりだろ!
アイシャもこちらを一瞥し、力強く頷いた。
「いいよっ! ジジちゃんみたいなえっちな子に! カイトは任せられないんだからぁ! ここで、決着をつけてあげる!」
ジジはすぐさまアイシャに飛び掛かり、続いて「何じゃと!」と声を荒げる。突き出された両手を同じく手で受け止めたアイシャは、挑戦的な瞳でジジを見据えていた。
「おおい、こっち完全に無視されてるんですけどぉ。俺の意見は聞く気ないのか?」
「フゥ、フゥ」と唸り合う獣の様な息が重なり、同時にこちらを向く。
「カイトは黙ってて! 提案なんてどうせえっちな事に決まってるもん!」
「これは儂らの戦いじゃ! 部外者は引っ込んでおれ!」
ええ、その部外者を賞品にしちゃうのかよ。
「何が何でもそのまま決闘なんてさせないぜ!」
今まで姿を隠していたデイに命じ、組み合う二人の上に飛ばし巨大化させる。そして、そのまま真上から押し潰そうと試みる。デイの軟体なら二人が怪我をする事もないだろう。だが、一人ではパワーが足りないかもしれない。
「な、何これぇ!?」
「むぐぐぐ! 何をするのじゃ!?」
うおおお、頑張れぇ! デイ! 二人が落ち着くまで! 押して押して押しまくれぇ!
そうだ! イシ、お前はデイの上から一緒に押すんだ! すぐさま巨大化させたイシがデイの上から重なる。
イシの硬質なボディでもデイの軟体に包まれて二人に傷はつかないだろうが、パワーは倍になる。これなら勝てるかもしれない。
「カ、カイト! どうしてこんなに邪魔するの!?」
「け、決闘じゃあ、どんなに邪魔が入ろうとここで引く訳には行かぬ!」
真上から押されると抵抗しずらいのか、異常なパワーを持った彼女たちでも耐えるのがやっとの様だ。
「いいぞ! 二人とも、そのまま捕まえた状態を維持してくれ!」
荒い息を吐く二人に声をかける。先ほどから頭の隅に、ちらついていた思いつきを提案する良い機会だろう。
「落ち着いて来たか? アイシャのさっきの行動は行き過ぎてたと俺も思うけど、二人に決闘なんてさせないぜ! いいか? どうせやるのなら俺の役に立ってくれ!」
その言葉に二人は不審感まんさいな視線を送って来る。
「カイトの役に立つとか! えっちな事に決まってるよ!」
「むぐぐ、儂を顎で使おうとは何たる傲慢よ」
イシ、デイ、もっと本気で押し潰していいぞ! 上に乗った二人に更にマナを与え、パワーを増大させる。あの時の鳥たちの襲撃を凌いだのがいい経験になったな。
「きゃああ!?」
「ぐぬぬぬ!」
息も絶え絶えに二人はこちらに懇願してきた。
「も、もう、ダメ。カイト、お願いだから精霊たちを引っ込めてぇ」
「く、斯様な無様を晒す事となろうとは!」
く、くくく。虚勢を張ったって、もう限界なのは分かるぜ! 全く可愛いんだからぁ。しかし、アレだな。精霊たちのおかげで俺の立場も一気にヒエラルキーの頂点に達しちゃったかも? 実にイイ気分だぁ。
イシとデイの重圧に耐える二人に穏やかに声をかける。
「ちょっとしたお願いなんだ。それに、これを通じて二人の勝負したいって気持ちも満たされるかもしれないぜ?」
その言葉が意外だったのか、二人の瞳が不審の色から一転して興味深そうに輝く。
「む? 一体それはどういう事じゃ?」
「えっちな事じゃないのなら聞いてあげなくもないよ?」
気をよくして、続きを話す。身振りを交えて、今日あった事を途中まで再現してみる。
「今日の修行で出された課題なんだけど、全然うまく行かなくてさ、こうやって、腰を落として行って、その姿勢をしばらく維持するってやつなんだけど、それを二人にもやってみて欲しいんだ」
二人は目をしばたかせ、お互いに見つめ合った。
「ふむぅ? それが勝負とどう関わるのじゃ?」
「あ、分かった! それを私とジジちゃんのどっちが上手く出来るか試そうって言うんでしょ?」
「何じゃと……? それは、捨て置けぬな」
いいぞ、乗り気みたいだ!
イシとデイに命じ、二人を解放する。重圧に軋んでいた身体を思い切り伸ばして、深く息を吸い込んでいる様だ。いがみ合っていたのにこんな所だけシンクロしてる。仲が良いんだか悪いんだか。
「ふぅ。やっと楽になったよ」
「ふむ。善は急げじゃ、早速やってみるとするかの」
ジジはこちらを向き、力強く宣言する。
「カイトよ、先ほどの、詳しいやり方を教えるのじゃ!」
デルライラムがやってみせた様に、深く腰を落として行くが、背後のベッドを支えにし、倒れない様にバランスを取る。
「こんな具合なんだけど、師匠は完全に腰を浮かせた状態で静止してて、何かを支えにしてる様子もなかったんだよな。どう? 二人なら出来るか?」
アイシャは首を傾げ、おもむろに試技に入るが、見事に尻餅をついてしまった。く、くくく。こればっかりは弾力のある大きな尻が役に立ったなぁ。
「いったあ! もう! こんな姿勢を維持できる訳ないでしょ!」
それを見たジジが腹を抱えながら笑う。
「くふふふふっ! 実に愉快! その様な無様を晒し、良く生きておられるのう?」
そう言って腰を落としたジジは確かに浮き上がって静止していた。
ああ、でもこいつの場合は、あんまり参考にならなかったかも。
「ずるいよ! ジジちゃんは飛べるんだから出来て当然でしょ?」
尻をさすりながらアイシャが噛みつく。
「浮いたり、飛んだり、精霊の力を使わずにやらなきゃズルだよっ!」
ジジはひらひらと手を振りながら呆れた様子で答える。
「何を申すかと思えば、これはいわば生態じゃ、自然とそうなる様に形作られておる。使うなと言う方が土台むりな話よ」
そして勝ち誇った。
「くふふっ! どうやらこの勝負、儂の勝ちの様じゃな!」
ここでジジはこちらを力強く振り向く。
「さあ、カイトよ! 儂の胸に飛び込んで来るが良いぞ! おんしとの未来は儂の掌中にある!」
喜々として両手を広げるジジに、アイシャが後ろから飛びつき、ゆっくりと腰を落として行く。
「なあ!? 何をするのじゃ、小娘!? 離さぬか!」
恨めしそうな表情のアイシャは、途中から半笑いになり、さらに体重をかけていく。
「ふふふっ! この状態でならジジちゃんだって飛べないでしょ! これでもさっきの姿勢、維持できるのかなぁ?」
徐々に深く腰が落ちて行くが、このままではアイシャもまた尻餅をつく事になってしまう。必死に抵抗するジジが呻いた。
「ぬぐぐぐ、止めぬかぁ! お、己、このままでは――」
ジジは渾身の力を振り絞り、姿勢を維持しようとしている様だが、もう限界が近い。今にも二人とも床に倒れてしまいそうだ。
デイ、二人が倒れないように、床に回ってクッションになってくれ。
デイが二人の下に待機したのとほぼ同時に、限界を迎えたジジがアイシャと共に倒れ込み、柔らかなクッションに沈み込む。
「くっ! 小娘ぇ! この件は借りにしておくぞ!」
「ふふふっ! ジジちゃんだってやっぱり出来ないじゃない!」
はあ、何とかなったな。二人ともいっつも奔放に赴くままって感じだけど、気を回すこっちの身にもなってくれ。
く、くくく。しかし、美少女ふたりが揉みあってる姿は実に絵になるなぁ。乱れた衣服の隙間を凝視しちゃったりしてぇ。
うひょう!? アイシャのぱつぱつの太腿が、ジジの『銀閃の双丘』が! 今にも零れだしそうだぜ!?
こいつは眼福だぁ。
しばらくして二人はお互い離れて立ち上がり、再び睨みあいに入る。
「ふふぅん。これで勝ち負けはなしだねぇ。ズルしたんだから当然だけど!」
「小娘ぇ。儂の逆鱗にそれ程までに触れたいのかの?」
うん、何も有意義な情報は得られなかった上に、また睨みあいが始まってしまった。何か話題を逸らさないとなぁ。
「なあ、さっきの空気椅子ポーズだけどさ。魔法の修行なんだから、実際にやってみるとしたらどんな方法があると思う? 二人の意見を聞かせてくれよ」
知りたいのはそこなんだよな。二人は少し面白くなさそうな顔をしたが、すぐに気を取り直したのか、身体ごとこちらを向いた。
「うん? どうだろ。硬化魔法って確か土の属性に分類されるんだよねぇ」
アイシャが口元に指を添え、考えに耽る。
「ふむ? 儂は修行の様子をしばらく見ておったからな。地中の金属を使うのならば、答えは簡単じゃ!」
ほほう。大きく出たな。
「ほれ、こうして――」
ジジは隣で考えに耽るアイシャを叱りつけた。
「何をしておるのじゃ小娘! 察しが悪いのう! ほれ、手を貸すのじゃ!」
「ええ? 一体なんの話?」
いきなり叱られたアイシャは状況が呑みこめない様子だったが、ジジに言われるままに彼女が指し示す場所へと両手を伸ばした。
そして、ジジが空気椅子ポーズを取り、こちらへ視線を送る。
「ほれ、カイトよ。これは小娘の手じゃが、この様に支えがあれば、倒れる事はなかろう?」
ジジの身体は、腰を落として踏ん張ったアイシャに膝裏と尻を支えられていて、ぴったりと静止していた。
「そりゃ、支えがあれば、出来てもおかし――」
待てよ!
ページの隅に詰め込まれたデルライラムの書き込みを思い出す。金属の筒に関節を通し、かかる力を分散させる。そうか! そういう事か!
人間の身体で一番よわくて力が抜けやすいポイント、関節を金属で補強する。それを支えにして、身体を静止させてたんだ!
ここまで分かったのなら早速あした試してみないとな!
本当なら今すぐにでも庭へ出て試してみたかったが、逸る気持ちを抑え、高揚に胸を高鳴らせながらその日は眠る準備を始める事にした――。
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