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情熱の架け橋

 物体を浮かせるのに成功した所で、先ほど試した一連の動作を思い出していた。


「アレ、あのすっげぇ暴風を生み出したアレ。アレに名前を付けておこう。じゃないと忘れそうだし」


 どういう原理なのかは分からないが、今までにない爆発的な力を発揮した。自分も巻き込まれたのが玉に瑕だけど、何時でも再現できれば何かと役に立ちそうだ。いい名前がないか、顎に手をやり、考え込む。


「ふむ。確か、一発目で励起された場所を覆う様に、つながった二発目を注ぐと、爆発的に膨張して内側から弾けたんだよな……」


 あの現象を頭の中でなぞりながら、思いついた名を口にする。


「エクスプロージョン。は、大袈裟だな。ふむ。バースト……。マナバースト! うん、これはいいぞ!」


 とは言え、結局の所、マナを遮る壁が形成できるのかは、分からずじまいか。マナバーストの原理も良く分かっていない。問題は山積しているが、今はハキスの修行を続けよう。先ほどの小石を浮かせた手法を用いれば、まとった鉄片を掌に動かすまでは出来るはずだ。


 すぐさま先ほどの動きを繰り返し、鉄片を掌へ動かすが、そこでまた疑問が生じ滞る。


「ここだ。ここからこの鉄片を成形するにはどうすればいいんだ?」


 とりあえず球を作るなら、握るイメージ……? 持ち上げて全方向から一気に圧力をかける?

 掌の上で漂う鉄片に幾つか追加し、同時に浮遊するそれを眺めながら思案する。


「握るにしても、手の代わりは……マナ、なんだよな。だとしたら――」


 空いていた左手を近づけ、再びマナの循環を築き、右手の平を漂う鉄片に触れたが、別の流れに乗って左手に移動してしまった。


「あれ? これだと無理か……」


 そもそもこの鉄片は、マナの流れに乗っかっているだけで、包まれてはいないんだよな。だから他の流れが触れればそっちに乗り換えるのも当然かもしれない。


「まず包み込む必要があるのかなぁ」


 包み込んでしまえば、その流れに外圧をかければ成形できるかもしれない。だが、包むにはどうすればいいのだろう?


「今、流れている循環にもうひとつ追加する? 例えば上腕あたりからマナを溢れださせて、今ある流れの上にもう一層を築く?」


 同じ経路から複数の流れを築けるのかは未知数だが、試してみれば分かる事だ。導管が血管の様なモノだと考えれば、可能に思えるが……。

 両目を閉じ、既にある肘からの流れを避け、上腕の筋肉の膨らみ辺りを意識してみる。


 すると――。


 緩やかに溢れだしたマナが金色の流れを作り出し、肘からの流れを覆う様に流れて行く。


「よし、これを掌まで到達させれば……!」


 肘からの流れに乗り、掌で漂っていた鉄片に蓋をし、包み込んで行く。そして、再び左手をかざし押し潰すつもりで近づけた。

 程なくして噴き出す水流どうしがぶつかる様な抵抗感と共に、まばゆい光が生じ、鉄片は音もなく粉々に砕け散っていた。集中を長時間つづけたからか、額には汗がにじんでいた。


「だあああ! ダメだ! 圧力をかけるまでは行けたっぽいけど、力が強すぎたみたいだ!」


 失敗はしたが、砕けた鉄片がいまだに掌を漂うのを見て、ある閃きを得る。


「これ、何かに使えないかな……? 例えば、銃弾みたいに高速で撃ちだしたり……」


 そんな芸当が可能なら遠距離攻撃の手段も確保できる。そこまで考えた所で、先ほど名付けたマナバーストが思い当たる。


「そういえば、マナバーストもコントロール出来れば遠距離攻撃になるのか」


 今のところはその場に暴風を巻き起こすだけだが、それでも的確にぶつけられれば相当な威力だろう。


「はあ、ハキスの修行も行き詰ってるし、ちょっとだけ浮気しちゃおっかなぁ?」


 まあ、手段は多い方がいいし、少し試すくらいなら息抜きになるだろう。俺に集中力がない訳じゃないぞ! 断じて!

 自分に言い訳してる場合じゃない、善は急げだ。さっそく試そう。


「あ、だけど、また壁の掃除をしたり、吹き飛ばされて痛い思いをするのは嫌だから、どうやれば回避できるかは考えないとな」


 マナバーストの一連の動作を思い描いてなぞっていく。霊体の内部で一発目とつながった二発目を用意して連続で撃ちだす。今のところはそれだけだ。だが、これでは全く制御不能な状態で魔法が発動してしまう。威力があるだけで、自分も巻き込まれる。現状でも緊急回避くらいには使えるかもしれないが……。飛ばされた場所で打ち所が悪かったりしたらそのままゲームオーバーもあり得る。それは洒落にならない。


「少なくとも、あの風が俺を巻き込まない場所で発動させる必要がある。ならやっぱり――」


 先ほどのハキスでの二例の失敗を思い返してみる。内側で三発目を用意して、それを使って、弾ける前に押し出してしまうか。だけど、二発目は導管につながったままだから、三発目を撃つなら流れが混ざらない様に、射出場所を微妙にずらす必要がある。その箇所をどこに設定するか……。

 しばらくの間、自分の手や腕をあちこち眺めて思案する。発動までの時間がシビアなので、撃ちだす距離は出来るだけ近い方がいいだろう。だとすれば――。


「閃いたぞ!」


 いい案を思いついて、思わず声に出していた。


「一発目と二発目は手の甲側を通って指先から、三発目を掌だ! これなら流れが混ざる事もないはず!」


 右手を空へ向け、両目を閉じ、集中する。

 今回は、二発目までと三発目、ふたつの流れを同時に制御する必要がある。マナを放出する場所を精密に設定して、出来るだけ同じタイミングで撃ちだすんだ!


 呼吸を落ち着け、指先を伸ばしながらも掌も前へ向ける独特の構えを取る。そして、おもむろに試技へと移った。

 過剰な集中からかまるで周囲から音が掻き消えた様に、静けさが支配し、体内の音がかすかに鼓膜を震わしていた。


 閉じた瞳にスローモーションの様に、ひとつひとつの情景が映し出されていく。

 まず、中空へぽつんとひとつの光が打ち出され、それが輝き始める前に二発目の流れが覆って行く。内部で魔法が発動し、膨張し、弾ける前に、三発目がその流れ自体を遠くへ押し出した。


 そして――!


 幾ばくも無いわずかな時の後、数メートル先の空中で激しい風が渦巻いていた。離れて威力が弱まってもなお、その脅威を感じさせる力が身体中を撫でまわす。

 それを受けながら、ゆっくりと目を開いた。


 周囲の木々は激しく揺さぶられ、まだ生きた葉をもぎ取られ、小枝がへし折れ、巨大な不可視の渦を可視化していた。いつの間にか額から垂れた一滴の汗を拭い、長い息を吐く。


「ふうぅぅぅ。出来たな……。何か前より威力も増して見えるけど、これだけ離れていればとりあえず大丈夫そうだな……」


 このマナバーストも、きっと役に立つはず。修行の間にでも、繰り返し練習しておいた方がいいな。


「さて、微妙に息抜き……とは行かなかった気もするけど、続きやるか」


 マナバーストの実験が成功して、少し気持ちも上向いた感じがする。やっぱり失敗つづきは堪えるからな。


「さあ、仕切り直しと行こう!」


 再び鉄片を右手にまとわせ、掌の上で浮かせる。間髪入れず、異なる流れを生み出し、包み込んだ。


「さて、この状態でただ左手を近づけたんじゃ、圧縮する力が強すぎるのか粉々にしてしまう。なら……」


 左手のマナの循環の出口を絞り、ごく薄い流れを纏う。それをゆっくりとほぼ止まっている様な速度で右手に近づけ、マナを纏った左手で鉄片を握りしめた。


 掌の内に猛烈な抵抗感と、何か硬い物が変形していく鈍い感触を覚える。


 その感触がやんだ後に、意を決して、ゆっくりと左手を開いた。


 すると――。


 歪ではあるが、小さな赤茶けた鉄の球体が剥片を零しながらも、その姿を保っていた。


「出来た! 半ば力技だけど、い、いや。これじゃ師匠は納得してくれないかもしれないけど! とりあえず出来たぞ!」


 そこで、喜ぶ声を聞きつけたのか、デルライラムが家のドアを開け、軋む音と共に姿を現した。どこか怪訝そうな声音が響く。


「何だぁ? 今、大声で「出来た!」って聞こえた気がするが……。本当に出来たのかぁ? 見せてみろ」


 いつになく険のあるデルライラムが徐々にこちらへ近づいて来る。

 ふえ!? こ、こえええ! ちょっと調子に乗りすぎたか!? で、でも見せてみるしかない!


 デルライラムの鋭い視線が注がれる中で、乾いた口を懸命に動かし、「これじゃ納得はしてもらえないかもしれないけど、見てください!」と絞り出す。

 そして、先ほどの一連の動作を再現していく。全てを終えた時、不格好ではあるが、確かに右手には球が成形されていた。

 それを黙って見ていたデルライラムは俯き、小刻みに震えている様だった。


 や、やべえええ!? し、師匠を怒らせたかな!? こんないい加減なやり方だもんな! 見せてもらった方法と全然ちがうし!


 その無言の圧がこちらを委縮させているのに気付いていたのか、いなかったのか。

 デルライラムは突然、腹を抱えて笑い出した。同時に紡がれた言葉には、多少の呆れは見えても怒りや罵倒は感じられなかった。


「は、はははは! お前、そ、そんな力技でごり押してよお。嬉しそうに「出来た!」ってよお! だがぁ、確かに出来てるな! 両手を使っちゃいるが、俺がやれと言った事は、そういう事だ!」


 め、滅茶苦茶わらわれてるじゃねえか。ホントにこれでいいのか!?


 こちらの心配もよそにデルライラムは笑い続け、そのたくましい腕で俺の肩を叩いた。


 いってぇっ! いてててっ! し、師匠、陶芸家とは思えない筋肉してるから、いてぇ!? 肩へこみそうなんですけどっ!?


「ははは、カイト。久しぶりに笑わせてもらったぜ、だが、確かに二段階目はクリアだ! 次へ移るぞ」


 余りに軽快な解答に「へっ!?」と間抜けな声を上げてしまう。


「まあ、笑っちまったのは悪かった。例通りに出来なけりゃ、創意工夫を凝らす、悪かねぇやり方だぜ。……だが、いつまでもそれじゃ、後に支障が出る。次の段階へ移りはするが、折を見て、二段階目の復習もしておくんだぜ?」


 その言葉を受け、無言で頷いた。それを確認すると、デルライラムは庭の中央あたりに歩み出し、こちらを振り返る。


「いいか、今から見せるのが三段階目だ。こいつぁ、今までとは全然ちがうぜ。諦めて折れんなよ? ……じゃ、よく見ておけよ」


 デルライラムはゆっくりと腰を落として行き、スクワットの様な姿勢を取るが、止まる素振りは見せずそのまま膝をほぼ直角に曲げた。背筋は伸ばされ腕も胴体につけているが、腰は地面とほぼ水平、重心の位置から考えて、どんなに筋力があってもその姿勢を維持できるはずはなかった。息を呑みながらそれを見守る。


 何だ……? どうして後ろに倒れないんだ……!?


 疑問を渦巻かせながら見守っていると、不意に視線がこちらを捉え、口が開かれる。


「見たか? これのやり方を自分の頭を使って導き出せ。それが、修行の三段階目だ」


 またヒントはなしか!


「おっと忘れる所だったぜ。これは一瞬できただけじゃダメだ。数秒でもいいが、しばらく維持する必要がある」


 えっ!? 今のを数秒も!?

 デルライラムは一通り伝え終えたのか、無言のまま家のドアへと向かった。


「くっ! クソ! 相変わらずとんでもない課題だぜ!」


 その場で腰を落とし、膝を曲げて行くが、直角に達するまでもなく無様に尻から落下してしまい、地面にしたたかに打ち付けた。鈍痛が背骨にまで駆け上がって来る。


「いってぇ!?」


 お、落ち着け、魔法の修行で武術とかじゃないんだ。身体だけを使っても出来るはずはない。尻をさすりながらそんな事を考えていると、珍しくデルライラムが再び姿を現した。手には分厚い本の様な物が握られている。


「さっそくやってやがんな、だが、魔法の修行である事を忘れんなよ?」


 そう言って近づいて来て、握っていた本を俺の目の前に突き出した。手についた土を払いのけ、それを手に取る。


「お前がこんなに早く段階を進むとは、正直おもってもみなかったぜ。だが、三段階目、そして、それ以降にはこいつの知識が必ず必要になる。この本を取っときな」


 何の本なんだろう? 表紙……は、人の裸……!? 文字は読めないけど、挿絵つきなのかな?

 受け取った本をおもむろにめくるとまず飛び込んできたのは、精密に描写された人体の内部の様子だった。


「こ、これって――」


 書かれている文字は分からないが、絵だけで何の本なのか分かる。骨や筋肉、血管や神経らしき物の描写まである。これは間違いない。


「そいつぁな。解剖学書だ。俺がわけぇ頃、師より奨められてなけなしの金をはたいて買った専門書って奴よ。古ぼけちゃいるが、今でも中身は最新のモンにも負けやしねぇぜ?」


 この本が何の役に立つのかはまだ想像も出来なかった。だが、細部に書き込まれた、明らかに筆跡の違う文字、それは――おそらく、師匠のモノだ。どのページをめくってみてもびっしりと書き込まれた文字はまるで呪文の様だし、薄汚れていて、とても綺麗とは言えない。


 でも、そんな事じゃないんだ! ページをめくるごとに伝わって来る!


 この本を愛読していた人物の途方もない情熱が! その真剣さが! それが胸を打ち、無防備だった心の内に飛び込んで来る。


 ああ――この人は、本当に真剣で、全身全霊をかけてこの魔法を身に着けて来たんだ。


 気が付くと、瞳から熱い雫が流れ出していた。デルライラムはそれを見て慌てた様子で声をかけてくる。


「お、おいっ! どうしたってんだ!?」


 本を汚さない様に涙を拭い、決意を新たにする。

 俺にも求められているんだな。この人の、師匠と同じ――いや、超える様な情熱と真剣さが!


「何でもありません。こんなに素晴らしい物をもらってしまって、本当にいいんでしょうか?」


 デルライラムは照れくさそうに頭をかいた。


「ははっ。構わねぇぜ。それがその本にも幸せってモンだろう。こんな年寄りの書棚にずっと眠ってるよりも、わけぇモンの成長に貢献できる方がよ……!」


 解剖学書を胸に抱き、明瞭な声で答えた。


「はいっ! ありがとうございます! 必ず役立てて見せます!」


 思いがけず手に入れた一冊の書物。それが、どんな影響をもたらすのか。それはまだ分からなかったが、過去の師の情熱は胸を打ち、その人へ師事した己を誇らしく思わせるのだった――。

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