来た
外の光が入り込み始め、薄明りに包まれた部屋のベッドで、誰かが目覚めた様だ。室温のせいか、小さなくしゃみが聞こえる。
「くしゅんっ! ……うぅん。もう朝なの……?」
声の主は目覚めを確かめる様に、小さく伸びをした。そこへ衣擦れの音が鳴る。
「ふわぁ。あれ? いつもはしない音が――? あ、そっか。昨日の夜は少し気温が下がってたから毛布を用意してたんだった」
そして隣に眠る少年へと目をやり、愛おしそうに見つめる。
「カイトは……。まだ寝てるみたいだね。ふふっ。可愛い顔しちゃって。こうしてみるとホントに少年にしか見えないんだから! いつもえっちな事かんがえてるなんて、嘘みたい」
頭へと手を伸ばしそうになった所で、自分の行いを顧みて動きを止める。その頬は紅く染まっていた。
「何してるんだろ。私、自然と頭を撫でそうになってた。うぅん。そんな事されてもきっとカイトは喜ばないよ。それに、良く寝てるのに起こしちゃうかも」
自省しながらふと視線を下に動かしてみると、何やら奇妙なモノが映った。
「えっ!? 何これ!?」
現実に追いつかない思考が、心の中で自問自答を繰り返す。お、男の人には、こういう生理現象があるって聞いた事があるけど……。ぜ、絶対おかしいよ――! だ、だってこの大きさ、まるで人の頭みたいだもんっ!!
そう、隣で安らかな寝息を立てる少年の下腹部あたりには、謎の球状のふくらみがあり、毛布を押し上げて人の頭部の様な形を取っていた。
「な、なんなの? これ――!? カイトのは前にみたよね……。こんな、大きさじゃなかった」
意を決して、毛布に手をやり、一気にまくり上げた!
だが――。
そこにあったはずの膨らみは消え失せ、影も形もなかった。
「え……? 何もない? 目の錯覚だったのかな。はっ! それより、今カイトが起きちゃったら私が変な事しようとしてたみたいに見えちゃう!? は、早く戻さなきゃ」
慌てて毛布をかけなおし、呼吸を落ち着ける。
「でも、私はもう起きないとダメかな。……カイトは、昨日、大変な目に遭ったみたいだし、もう少し寝かせてあげよっと」
音を立てない様に、気を付けながらベッドから抜け出し、すぐに着替え始める。
何だか、ドキドキするかも。カイトがそこで寝てるからだね。私、意識しちゃってるんだ。
私の裸を見たら彼がどんな様子を示すかを想像して顔中が熱くなって来た。心なしか鼓動も早くなっている様だ。き、きっと。すっごいえっちな目をして、身体中を舐めまわす様に見て来るに違いないよっ! 前の時みたいに手だけじゃ全部かくせなくて、色んな所を見られちゃうかもっ! え、えっちなのは――ダメなんだからねっ!
一人で想像して興奮している自分が可笑しくなってくる。そっか。カイトは――もう、私の一部なんだ……。だからこんなに……。お願いだから今はまだおきないでね……?
背を向けて着替えていたが、彼の様子を確かめようと、首だけを動かす。今のところは先ほどと変わらず良く眠っている様だ。
「さて、着替えも済んだし、朝ごはんの用意しよっと」
隣の部屋へ移動し、シチューの入った鍋へと向かう。
「ふん、ふぅん。保冷の魔法を解いて温め直さなくちゃ。昨日は涼しかったから触媒もそんなに消耗してないかな?」
台所で作業を続けていたら、寝室のドアが開き、誰かが入ってきた様だ。
彼が目を覚ましたに違いない。
勢いよく振り向きおはようの挨拶をする。
「カイト、起きたの? おはよっ!」
だが――。
身体を半分だけこちらへ向けながら「ああ、おはよう」と言葉を返した彼の身体には、あり得ないモノが見えた――。
※ ※ ※
「ええっ!? な、何それぇ!?」
着替えて寝室を出て挨拶を交わしたら、アイシャが突然、驚愕の声を上げたのでこちらも驚いた。いや、もう悲鳴に近い。
一体なんだと言うのだろうか。
「カ、カイト! 後ろ! せ、背中に人の頭みたいなのが生えてるよっ! 何なのそれぇ!」
何だって!? 彼女は腰が抜けた様で、力なくその場にへたり込んでしまった。
慌てて両手で背中をまさぐるが、それらしき感触はなかった。あれ? もしかして担がれたか? いや、でも彼女がそんな悪趣味な事をする訳ないし、あの驚き様はたたごとじゃない。
だが、背中の手の届く範囲には何もない。後ろを目で確かめる事は出来ないからどうしようもないが……。
そうか! 寝室の姿見に映せば!
急いで鏡に映すが何も見えなかった。あれ? やっぱり何もないぞ?
彼女の様子が気になり、徐々に近づいて行くが、また悲鳴が聞こえた。
「きゃあああっ!? こ、今度はお腹にぃ!!」
今度は腹だって!? すぐさま視線を動かし、自分の腹部を見やる。
そこには――。
「う、うぎゃああああ!?」
思わず飛び退いて、背後にあった棚と壁に激突してしまう。
だが、その物体は、確かに俺の腹部にあって、動いても離れなかった。
「う、ああああ!? 何だ!? 何なんだぁぁぁ!?」
人の顔!? 確かにそう見える――。だけど、頭しかない。
その瞳が――。
ゆっくりと開かれ、こちらを見た。それとばっちり目が合う。
何だ――。金と銀のオッドアイ……?
背筋が凍りつきそうになる中、続いてその唇が動いた。凛とした、真っ白な雪原で樹木から垂れる氷柱の微かな振動、その響きを直接、届ける様な、だが力強い音色が広がる。
「何じゃ、何じゃ? 朝から五月蠅いのう。のう? もうちと静かに出来ぬものかの?」
あれ……? この声、何処かで聞いた覚えがあるぞ。それに、この特徴的な言葉遣いは……!
そうか――!
「お、お前……。もしかして、あの精霊か……?」
腹に生えた頭は嬉しそうな笑みを浮かべながら答えた。状況は異常で普通なら漏らしていてもおかしくなかった。だが、その『少女』の造形は間違いなく美しく、アイシャと比べても見劣りしない、完璧なものだった。恐怖心を感じつつもそれに目を奪われる自分がいた。いや、あの大精霊域で見たあいつは、透明な人型の影で人の姿はしていなかったはずだ。どうなっているんだろう?
「ご名答! その通りじゃ、儂じゃよ、儂。おんしの事が気に入ってのう。ついて来てしもうた!」
んなあ!? な、な、な、何いってんだこいつぅぅぅ!? ついて来てなんで腹から生えてんだぁぁぁ!?
台所からアイシャの声が聞こえた。恐る恐るだが、事実を確かめようとしているのか。
「カイト!? そのお化けと知り合いなの!?」
いや、お化けと言うか……。とりあえず。
「お前ぇ! それ、気味悪すぎるだろ! 人の腹から頭だけ出してないで、姿を現せよ!」
目の前の首だけ少女は面倒くさそうにあくびをした。
「ふわぁ。仕方ないのう。そこまで言うのなら、儂の玉体をひろめてやろう。とくと見るが良いぞ。あまりの美しさに目が潰れるやも知れぬがのぉ」
そして、少女の玉の様な裸体が俺の身体からするりと抜け出して、重力を感じさせない身軽さで着地し、露わになった。
長い銀髪に白く輝く肌が朝の光を受けて、まばゆく煌めいた。綺麗に切り揃えられた前髪から太い眉毛が見え隠れする。
しまった! 素っ裸じゃねぇか!? あ、あわわ……!?
ふぐぅ!
目の前に現れた裸の胸辺りを直視してしまい、背後の壁を削る様にぶつかりながら側面へと逃げだし、両手で目を覆った。置かれていた物が賑やかな音を立てる。
「何じゃ、何じゃ? その態度は? ふぅむ。もしや、これか――?」
少女はにやつきながらこちらを向き、両手で胸を隠してみせた。
「お、女の子がそんな格好してたらダメだぞ!? 服を着るんだ!」
そのままこちらへ近づいて来ようとするが、俺の言葉に得心がいったのか。振り向きアイシャの方をみた。そのままこちらへ話しかけて来る。
「くふふっ。ヒトの子とは真に愛おしいモノじゃ。この身体は、既におんしのモノでもあるのじゃからな? これが見たくば、幾らでも見て良いのじゃぞ? じゃが、この姿が気に入らぬのならば仕方ないのう」
俺のモノでもあるって!? 誤解される様な発言を!
瞬きもしない内にその姿が薄いピンク色の下着に覆われる。
フリル状のモノがついた、丈の短いワンピース型の下着で、小さな花の模様が施された簡素なパンツがセットになっている。
何だあ!? どこから出てきて!?
「え!? いつの間に!?」
アイシャも状況が飲み込めず驚愕の声をあげる。
そして程なくしてアイシャの顔が真っ赤に染まる。
「その下着! わ、私のと同じ……!?」
少女は無言で頷いて見せる。
「そうじゃ、よい見本があったのでな。とりあえず拝借させてもらった。ほれ? これはどうじゃ?」
少女は可愛い下着が手に入ったのが嬉しいのか。笑みを浮かべてこちらに見せつけて来る。てか、それ。アイシャも同じの着てんの!? むほお!? まさかの透視魔法きちゃったこれぇ!?
まあ、大きさが全然ちがうから完全に同じとは言えないけどな。
興奮を気取られないように、努めて冷静に正論を返す。
「い、いや! 下着だけでもダメだからな! ちゃんと上を着ないと!」
少女は不満そうにこちらを見つめ、再び迫って来る。
「カ、カイトにそれ以上ちかづかないで! お化けぇ!」
少女の背後の台所に居たアイシャが、慌てた様子で飛び出そうとするが、何故かそこで動きが止まってしまった。
「無粋じゃのう……。ついに再会を果たした愛し合う二人に水を差そうとは……! 小娘はそこで指をくわえておれ」
何だ!? あのアイシャが身動き一つ取れずに……、震えてる!? 「か、身体が……!」と呟く声が聞こえた。
「お前! 彼女に何をしたんだ!?」
少女はこともなげに答えた。
「金縛りと言う奴じゃ、ちと動けなくなるくらいで身体に害はない。……ふむ。そこな小娘の身を案じておるのか? それは、儂の玉体よりも重要なことか?」
少女は機嫌を損ねたのか、不満気な様子でにじり寄って来る。
「ぶふっ! や、やめろ! それ以上こっちへ来るんじゃない!」
そして少しずつ近づいて来たが、途中で止まり、思案気にアイシャの方を見て何かに気付いた様だ。その横顔が怪しく輝く。
「ほう、ほほう? なるほどのぉ。そういう事か……。先ほどは気付かなんだが、あの身体を見て悟ったわ。……おんしには、こちらの方が好ましいと言う事じゃな?」
その言葉と共に、少女の胸部が膨れて行き、瞬く間に立派な双丘が出来上がる。そしてそれを誇示する様に、こちらを向いた。
アイシャはその姿を見て、半ば悲鳴に近い叫びをあげた。
「ず、ずるいよっ! そんなの本物じゃないもんっ! 自由に大きくなるとかおかしいもんっ! カイトの大好きなのはそんなニセモノじゃないもんっ!」
その言葉を受けて、少女は笑いをこらえる様に、俯いた。ちょっ! 大好きとか事実だけどこの状況でばらしたらダメだろう!?
もし裸のままでこうなっていたら不味かったな。魂まで盗られちまうところだ。
「やはり、そうか。実に愉快じゃな。ほれこうやって持ち上げると柔らかさと重さがおんしにも伝わるじゃろう?」
欲望が一瞬で頭の中を真っ白にする。様々なそれで可能な行為を想像してしまい前屈みになる。
「カ、カイト! しっかりしてぇ! そんなニセモノに負けちゃダメだよぉ!」
やべぇ。さっきまで小さかったとか、偽物だとか関係ねぇ。ほ、本物の重量感と柔らかさだ……。俺の鑑定眼がそう囁いている……。こ、これ以上みてしまったら俺は――!
二度と――! 『豊かな実り』に顔向け出来ねぇッ!!
「五月蠅い小娘じゃ、ほれ、小娘。そなたより儂の方が大きいぞ? おのこはより大きい方を好むと聞く。ならば、儂ひとりがおればそれで済む話じゃろうて?」
そして更に一回り巨大化させて見せた。も、もう爆発しそう……!
「そんな事ないもんっ! む、胸の大きさだけできまる訳ないもんっ! カ、カイトは、私の、み、耳とか! じゃなくて、全部が好きなんだもんっ!」
敗北を噛みしめるアイシャはおかしな事を口走る。
「ほほう? 耳とな? ……まあ、よい。それは後じゃ。今は、ほれ。この豊かな果実を楽しもうではないか。のう? それをおんしも望んでおるじゃろう?」
脳内妄想にニアミス!? 危ない所だった。言い当てられていたら俺は……!
「おんしは、確かにあの小娘の全てを好いておるのやも知れぬが……。儂は、それをも越えてみせようぞ……!」
少女は徐々に近づいてくるが、こちらは壁を背負っていて逃げ場はない。
その時、台所の方から大きな音が聞こえた。
そして一瞬で迫りくる影は、少女の身体に後ろから手を回し、胸と下半身を隠す様に捕まえて俺から引き離した。
「も、もう! いい加減にしなきゃダメだよっ! それ以上は私だって黙ってないんだから!」
捕まってしまった少女は、不満そうな声をあげながらも、アイシャの行動に驚いている様だった。
「ふぅむ。後すこしだったが――。小娘、そなたは儂の金縛りを解いて見せた。その意気に免じて此度はここまでにしてやろう」
アイシャは安心した様に、ため息をつく。そして何かを思い出したのか、慌てて話はじめた。
「これで終わりじゃないよっ! その格好! 下着だけじゃなくてちゃんと服を着なきゃ!」
抱えられた少女は不思議そうに指を唇に当てた。
「んむ? この姿の方が喜ばれるのなら、それでいいのではないのか? ヒトとは不合理なモノじゃな?」
いや、その方が嬉しいに決まってるけど――いや、そうじゃなくて!
「そ、そうだぞ! 服を着るんだ!」
そのままで居られたら、一日中、大変な事になるだろう!?
「よし、では先ほどの秘術をもう一度みせてやろう。どんな衣でも自在に生み出せるぞ。のう? おんしはどの様な物を好むのじゃ?」
ここで少女は、思い出したようにひとりごちる。
「そうじゃった。幼き姿は好まぬ様じゃ、先にこちらを変えるとするか……」
言いおわる前に、少女の抱えられた身体は大きくなっていき、瞬く間に身長がアイシャより伸びていた。驚いた様子のアイシャはそれでも懸命に胸と下半身を隠し続けた。少女の体つきは成長に伴い、大人のおうとつと優美な曲線を強調したモノへと変貌する。
こんな美少女ふたりが絡み合ってて尚且つ一人は下着姿だと……! 何て光景だ! 目を覆いつつ、指の隙間から覗いて成り行きを見守った。
「どうじゃ? 美しかろう? それに、この姿なら、抱きしめればおんしの愛する谷間に程よくおさまるぞ? ……試してみるかの?」
ふぐぅ!?
「な、何を言ってるの!? そんな大きさずるいよっ! もうちょっと小さくなってよ!」
アイシャは要領を得ない反論をした。
目の前で繰り広げられる喜劇を笑ってもいいのか。その判断に苦しみつつ、先を想う。果たしてこの少女に服を着させられるのか? 今はまだ、その答えは誰にも分からない――。




