調査報告書① 名前が決まりました
「キミは運が良かったよ・・・」
人族が龍に遭遇して生還できるってことは、
そうそうある事ではないらしい。
もっとも、遭遇したのは龍ではなく、
僕の掌からあらわれた『ゲート』から噴き出した『なにか』なのだが・・・
騎士の仮面の下から現れた美女。
仮面をかぶっている時は、
おっさんから怒鳴られたような、
今にも殺されるような威圧感があったのだが、
僕が無害だとわかったからなのか、
人が変わったように優しく接してくれた。
動けない僕を馬に乗せ、
村にある『石の家』まで送ってくれたのだった。
兜を脱ぐまでは、どんな強面のオッサンなのだろうと思っていた。
喋り方だってオッサンそのものだったし、
馬かを乗りこなしている姿だってオッサン臭かった。
けれど、その仮面の下には、
とんでもなく上玉のパツキン美女が隠されていたとは・・・
「ふん、めずらしいね。こんな田舎に聖騎士様がお出ましになるとは」
マーサさんがエプロンで手を拭きながら、
馬の背から動けない僕の首根っこを掴み、
子猫のように宿の食堂まで連行される。
いつもは賑わいを見せる食堂だが、
今日その姿を見ることは出来ない。
いつもの僕が座っている席に、
むんずと荷物を置くように運ばれた。
片手やってのけるあたりはさすが『爆炎のマーサ』(自称)だ。
体の力がぬけたというより、
すべての力を使い果たしたという感じなのだが、
さっきからエミリーに問いかけても反応がないのでどういう状況なのかがわからない。
人工知能といっても、この世界で唯一の相棒であり、
彼女の事が気がかりである。
「さきほど草原で激しい閃光があがりましたがご存知ですか?」
「ご存知も何もこの店から驚いた村の連中全員が逃げかえっちまったよ。まったく無銭飲食はなはだしい限りさ」
「姿を見たわけではないのですが、おそらく赤龍かそれに近い龍族の仕業だと思います」
「・・・ここ何年もこの村に龍なんて襲ってきた事は無いがねぇ」
「とある任務からの帰還中、たまたま通りかかったので馬を走らせると、この人が街道沿いの丘の上で座り込んでおりましたのでお連れしました」
「やれやれ、記憶がなくなった次は龍の襲撃かい。つくづく運のないボウズだねぇ」
運がないという点は僕も同感だ。
1着しかもっていない服も、
さっきの「なにか」のおかげでボロボロだ。
こっちの世界でカラダといっしょにプリントしてもらった特別性だったのに。
一見こちらの世界の平民が来ている麻の服のように見えて、
実は究極の化学繊維でできている優れものだった。
耐熱・防塵・防弾性能は折り紙付きだと言われていたが、
自分自身のカラダを使ってその耐久性テストをしようとは思わなかった。
まぁ、あれほどの熱量を持つ「なにか」にカラダが無傷で耐えられたのは、
の服のおかげだったのかもしれない。
「名乗り遅れました。わたくしは、クリシェナイ司教枢機卿配下、聖騎士団のサテラ・ベンツピルスです」
「なんだ、クリシェナイの爺さんまだ生きているのか。ここの女将のマーサだ。そっちのボウズは名前が分からないらしいから許しておくれ。記憶を無くしちまってるんだ・・・」
ふたりが憐れむ様な顔をして僕の方に視線を投げかける。
人から憐れむ様な視線を向けられるっていうのは、
なんとも良い心地がするものではない。
僕にだってちゃんとして名前はあるのだ。
ただ、名字がお寺っぽいなまえだから、
初対面の人には「どこかのお寺さんですか?」と聞かれることが多い。
うちはクリスマスを祝い除夜の鐘で煩悩を祓い、
新年で小額の賽銭で金額に見合わない望みごとを頼んでしまう典型的な無宗教一家だった。
だからこの姓ってのは自分の名前であって、
親しみを感じたことは無かった訳で・・・
「マーサさん、あの記憶を無くした子はまだおられますか?」
不意に店の扉が開き、現れたのは司祭さんだった。
「さっきはあいすまなかった。この羊皮紙を渡すのを忘れてしまって」
右手には丸まった羊皮紙が握られていた。
さっきの儀式で使ったものらしい。
でも呪文も属性も記載ならなかったのならば、
僕に渡しても意味がないんだけどな。
「名前を記録しておきましたから、この先身分を証明するものが必要となるやもしれませんからお渡しをと思いまして」
神に仕える神職という事だけではなく、
この村の官吏官を兼ねている司祭さん。
行政の仕事も抜かりはないということか。
確かにこの村だけではなく、
この国この世界の隅々まで調査しなくてはいけない。
身分証明書はありがたい限りなのである。
「という事は、いままで洗礼を受けたことがないって事か」
マーサさんがまたもやれやれという表情になる。
「それで属性と魔法は?」
「残念ながら詠唱式は授からなんだ。属性はわたしとしたことが転記を誤ってしまったようで、全属性印なし☆かと思ったら、全属性に★印と出ておる。ありえないことじゃろうが、明日もう一度儀式をてみようか?」
「いえ、ご迷惑おかけできませんし、魔法が使えないというのは良くわかりました」
羊皮紙を眺めながら神官さんに丁重に儀式の件はお断りした。
もちろん銀貨をもう1枚なんて事になったら大変なのだ。
それで同じ結果だったら、新手の特殊詐欺だと訴えよう。
なにやらマーサさんとサテラさんが、
僕の羊皮紙に興味があるようにチラチラ眺めている。
そんなにこの儀式の羊皮紙がみたいのだろうか?
「はい、サテラさんもよろしければご覧ください」
驚いた表情ほ浮かべたのはマーサさんも一緒だった。
「・・・いいんですか?他人に神との契約書を見せるなんて」
「いいんですよ、僕には魔法もありませんでしたし、それに散々お世話になりました。お礼と言えばヘンですけどよろしければご覧ください」
サテラさんが羊皮紙を広げると、
後ろにマーサさんも回り込む。
もちろんマーサさんも恩人なのだから、
見て悪いなんて気持ちはこれっぽっちもない。
二人が興味を示しているのは、
テストの答案が返却されたとき、
クラスメイトの中身が知りたかった気持ちと同じようなものだろう。
「・・・ボーズさん?」
サテラさんが呟くようにそう話しかける。
僕の名前は寺みたいな前だけれど、
坊主になった覚えはない。
マーサさんからは便宜上『ボウズ』とは呼ばれているけどね。
「本当だ。ボーズだ」
マーサさんもちょっと驚いたような顔色となった。
それってもしかして僕の新しい名前なのか?
「マーサさんからキミの名前は「ボーズ」だと聞いていたからそう登録しておいたよ」
こうして僕の名前が決定した。