調査報告書③ エリザベスさんが怖すぎます
戦慄の宴が終焉を迎えるころ、
エリザベスさんから伝言送信が入った。
朝一番で聖域にある祠堂まで来るようにとの事だった。
前日、ハノーク砦の件は報告していたのだが、
「何故あなたがウルトガ鉱山へ行こうとしてたのかしら?」
と、かつてないほど恐ろしい目で睨まれてしまった。
エレノアさん報告がエリザベスさんの元まで届いていたらしく、
その場でそれ以上咎めらけることは無かったのだけれども・・・
間違いなく、その件を問い詰められることなのだろう。
兄さんとの関係を聞いてから、
なんだかとても近しい女性のように思えてたけど、
一方的な勘違いだったとかもしれない。
今回は「グリーンゲイブルス」として面会を求められたのだが、
ペトラは学校があるし、ソフィアは聖域内に入れない。
アンデットのソフィアが聖域に踏み入れるのならば、
一瞬のうちに消し飛ぶだろう。
まだ自分は留守番だと知らされたときは不貞腐れるのかと思ったが、
二日酔いが酷いらしく、白いハンカチを振って見送ってくれた。
ワインをラッパ飲みなんかするからだ。
ということで、
アンとふたりで祠堂に出向いたのだ。
「ボーズ、まずはハノーク砦を奪還してくれた事、聖国コルトラカルヴェを代表して感謝を・・・」
「いや、勝手に行動してしまった事、改めてお詫びします」
昨日とは違って、エリザベスさんの表情が柔らかい。
補給路が立たれていた事は、僕が思う以上に国家として重要な局面だったらしく、
この半月分の増援部隊や輸送物資が滞っていたようだった。
ハノーク砦でみた1000名を超えるは亡骸は、
きっとその人たちのものなのだろう。
「エリザベスさん、これを」
一際大きい魔核を差し出した。
吸血鬼の真祖は深血色の深みのあるものだったが、
この魔核は光彩色の輝きを持っている。
同じ魔核でも随分系統が違っている様だった。
「・・・これはハノーク砦を奪った魔族のものですね」
「ええ、名持ちの魔族でした」
呆れるような顔をして魔核を受け取るエリザベスさん。
おそらく一人で倒せるようなレベルの相手じゃなかったのだろう。
でも、彼女には僕のレベルが216だと伝えてある。
出来る限り彼女には真実を伝えたいわけで・・・
「それと、低位から中位までの魔核がこれくらいあります。できればハノーク砦で亡くなった方の遺族に」
「ひとりでそれだけの魔族を倒すって事も驚きだけど、戦利品を全て遺族にという事はもっと驚きよ」
「でも、僕はその人たちを助けられなかったんですよ」
「助けた人たちもいるでしょう。もう早馬が国防軍の補給路を確保しているはずです」
「そうでした。それじゃ、助かった人たちへも分配して頂ければ幸いです」
更に呆れた顔をされる。
確かに国に忠誠を誓った兵士が、
国の為に命を捧げるって事は理解できる。
地球でもほんの1世紀前まではそれが常識であったのだから。
戦死した兵士の家族は聖国により最低限の生活は保障される。
移動中、エレノアさんには聞いていた。
だから自分はいつでも死ねると言ってたっけ。
お母さんに親孝行は出来なかったけど、
生活の保障を残せることが嬉しいと言ってた。
僕が思う以上にこの世界は「死」がすぐそばに存在している。
あんなけしからん戦闘力を使用しないで・・・もとい、
あんな若い女性が常に「死」と隣り合わせで生きている。
この世界に来て一番理解できない事だった。
もっと「生きる」事は執着すべきではないのか。
「まったくあななたち兄弟は欲がないのね」
先日、桃狩りに出かけようとした欲は沢山持っている。
「それじゃこうしましょう。クレーターデーモンとアークデーモンの魔核は聖国が頂くことにします。あなたの意に沿って兵士の保障に向けた基金にいたしましょう。残りはあなたの報酬です。大切な家族や拠点が出来たのでしょう。守るべきものの為にお使いなさい。ただし、換金は聖都ギルドで行うように。そのような危険な魔核が闇市場に流れたら新たな血が流れることになるのだから」
「はい、肝に銘じます。ところで鉱山に援軍を派遣されてはいないのでしょうか」
エリザベスさんの顔色が変わる。
どうやら今日の呼び出しはその件についてなのだろうな。
「聖騎士団の主力はウルトガ鉱山に向かっています。指揮をとっているのはクリシュナイ伯ですよ」
「クリシュナイ伯ってこの聖域から外に出れるんですね。1000年生きていられるのはこの聖域だからって思ってました」
「外に出るだけならそう難しい事じゃないわ。問題なのは上位の魔族と戦えるのかということよ。まして魔王と戦うとなればそれ相応の戦力が必要だもの」
「それじゃ、援軍というのは」
「レベル40以上の冒険者を緊急招集したの。聖国からの強制指令。これが発動されたのは何10年振りかしら」
「それじゃ雷帝の剣が受けたクエストって・・・」
「ウルトガ鉱山への増援。といっても最前線で戦う様な指示は出していないわ。ハノーク砦を含めた補給路の状況と聖騎士団への側面支援。ハノーク砦が奪われたのは、私たちが知らないウルトガ鉱山からの別ルートがあるのかもしれない」
「クエストを発注した冒険者はどのくらいいるんですか?」
「8チーム、38名。いずれもミスリル以上の冒険者チームで平均レベルは47。最高レベルは61ね」
まずい。
レッサーデーモン程度なら問題ないが、
複数のアークデーモンなら大きな被害が出るかもしれない。
それに魔法が効かなかったグレーターデーモンと遭遇したら、
全員が束になっても勝てないかもしれない。
「エリザベスさん、僕もそのクエストチームに参加したいです」
「それはチームとして、個人として?」
「・・・個人としてです」
となりでずっと黙っていたアンが僕の目を見る。
なんでチームとして参加したいと言ってくれないのか。
そう言いたいのだろう。
でも、そんな事を許せるわけがない。
ハノーク砦で無残に転がっていた夥しい骸の数々。
アンをその一つにする訳にはいかない。
特にあのグレーターデーモンは、
魔法使いであるアンとの相性は最悪だった。
「ダメよ。あなたは基本的なところで勘違いしている。いくらあなたが強くても一人では戦えない」
「でも、ハノーク砦は奪還出来たじゃないですか」
「結果としてはそうなりましたが、それが間違っているという事です。魔族は狡猾です。飛び込んだ先に人質がいたときあなたはどうしますか。それがアンだった場合、あなたはアンを見捨てることが出来ますか?」
「それは・・・」
「個では処理しきれない場合があるという事なのです。ボーズ・ランウォーカー。いえ、アユムくん。今はあなたのチームを育てなさい。それが貴方にできる最善の方法です。アン、あなたがボーズに連れて行ってほしいのならば強くなりなさい。強くありなさい。あなたはこの試練に耐えられますか?」
「・・・はい、私はご主人さまの下にいられるのならどのような苦難にも耐えられます」
「よろしい。ではアン、今から3日間あなたを私が預かります。魔法学院の学院長は私の古い友人です。ペトラは学院長に頼みましょう。ふたりを3日間でチームの戦力になれるよう努力しましょう。ボーズ、あなたはこの3日間勝手な行動をとってはなりませんよ」
「アンはそれでいいのか?」
「はい、ご主人様のお役に立てるのなら」
「それではエリザベスさん。アンのことをよろしくお願いします。うちにはもうひとりソフィアって子がいるんですが、僕はそいつを特訓するとします」
「そういえいば、ハノーク砦から東に50キロ地点に、吸血鬼の地底城があるって聞いたことがあったわ。あの娘はそこの眷属なのかしらね」
「場所はよくわからないそうです。なんでも引きこもりだったらしくて・・・」
「随分ユニークな娘さんの様ね」
「ソフィア・アンドルリーフという名前に聞き覚えはありませんか?」
「・・・残念だけど。家名からすると聖国の生まれではないと思うわ」
「そうですか。いずれ人間に戻してあげたいと思っていたところです。今の様子だとエリザベスさんもその方法はご存知ありませんよね」
「ええ、でもお兄さんはこう言ってたわ。不可能って言葉は諦めた人だけが使う言葉だってね」
まったくもって兄さんらしい。
そうだ、忘れていた。
僕は根性が無い事は天才的だったれど、
諦めの悪さはそれ以上だったって事を。




