05
他の人達もさっと食べ終えて席を立ち、駐車場へ移動して車に乗り込む。
柊達も着いた時と同じ席順で車の後部座席に乗り込んだ。
帰りは杏路が運転するようなので、飛沫が今は助手席に座っている。
車が少し進んだ所で、燕の膝の上に居る柊がうとうとし始めた。
お腹がいっぱいになった事と、抱え込む燕の体温にまた眠たくなったみたいだ。
弥生が横からそっと柊の体にブランケットをかけ、奏は優しく柊の背中を撫でる。
「大丈夫だから、眠って良いぞ」
「……ん」
ブランケットを握りしめながらゆらゆらと揺れる柊の体を抱き寄せ、燕はあやすようにゆったり体を揺らす。さほど時間もかからずに柊は眠りについた。
燕の膝の上でゆっくり眠る柊の前髪をそっと梳いて、奏がほっとしたように息を吐く。
「どうかしたのか?」
「……いや、問題ない。まだ熱も出てないようだしな」
「そのわりには、深い溜め息じゃなかったか?」
奏は少しだけ困ったように笑って、首の後ろに手をやりながら話し出す。
「あー、実は柊は特定の人間の側でないとまともに眠れないんだよ」
「そうなのか?」
「灯様はその特定の人間の中の一人なんで気付かなかったかもしれませんが、実はそうなんですよ」
そう言って薄く笑うと、奏は柊の眠っている顔を優しい表情で見つめる。
「だからか、柊が眠ってる所を見ると変に安心するんだよなぁ」
「だが、柊は大晦日の時にリビングで眠っていなかったか?」
「あー、眠れないって言うと語弊があるか……何て言うか、微睡む事は出来ても完全に眠っている訳じゃ無いって言えばわかるか?一定以上の距離に近づかれるとちょっとした動きや些細な物音ですぐに目が覚めるんだよ」
「そう言う事か」
「特定の人間がいたら眠れるって言うのは、何かあるのか?」
「さぁ、誰がどう言う基準でそうなってるのか、本人も良く分かってないようなんで」
「その特定の人間と言うのは、灯様の他には誰がいるんだ?」
「今の所確実なのは俺と杏路と燕と才様くらいだな」
「随分少ないな」
「基準が分からない以上は増やす事も出来ないからな……それに寝かし付けられる人間を増やした所で、根本的な解決にはならないからなぁ」
「それもそうだが……」
「灯様は何か心当たりがあったりしないっすか?」
「心当たりなぁ……もしかしたら、柊が転生者だって自分から話せる人間が基準なんじゃねぇか?」
「自分から、ですか?」
「特定の人間に入れそうなのに名前の上がんなかった夏目と茜は知らねぇし、他の守役は全員お前達三人からの伝聞で知ったんだろ?」
「いや、守役には伝えてない……俺達が柊から初めてその話を聞いた時は、柊はまだ記憶が戻ったばっかでかなり不安定だったからな……この事は本人の口から直接伝えられるようになるまで黙ってようって三人で話し合ったんだよ」
「なるほどな」
「まとめると、ひぃ様が自分から話しても良いって思えるレベルで信頼してる人間って事っすか?」
「あー、そうか、だから柊が一番心許してる灯様の側でだけは問題なく眠れるのか……」
「どう言う意味だ?」
「いや、俺も最近気付いたんで確かな事は言えないが、柊は灯様の居る空間で眠っている時だけは誰に近づかれても眠ったままっぽいんだよな」
「へぇ、なら俺が一緒の時は柊を俺の所で寝かせれば良いって事だな」
「良いんですか?」
「問題ねぇよ」
灯の返事を聞いた奏と燕は、その場で灯に向かって頭を下げる。
気にするなとでも言いたげに二人の頭を軽く叩いてから、灯は口を開いた。
「普段はどうしてんだ?」
「今の所は必ず俺、杏路、燕の中で誰か1人は必ず柊の側に居るようシフト組んでるんで何とか……」
「才のアホは忙しいしな」
「でもまぁ、柊が眠れないって分かってからはなるべく側に居てくれてますけどね」
「さっさと夏目のやつ育て上げるしかねぇな」
灯がそう言った所で、柊の瞼がゆるりと持ち上がった。
向かいに居た灯が一番先に気が付いて、燕の膝の上でぼんやりと瞬く柊に声を掛ける。
「悪い、起こしたか?」
灯の声にゆらりと視線を移した柊はまだ微睡みの中にいるようだ。
そっと額に掌を当てて奏が熱を測るがまだ熱は出ていないみたいだった。
きゅっと眉間に皺を寄せて微かに唸った姿に、灯は笑って手を伸ばし柊の体を自分の膝の上に抱き上げる。奏が滑り落ちそうになったブランケットを受け止めて柊の肩にかけると、ブランケットを巻き込むように丸くなった柊の体からは徐々に力が抜けて行く。
「まだ眠ってて良いぞ」
そう静かな声で囁きながら灯は柊の頭を優しく撫で、額にキスを落とした。
*
本邸に着いて車から降りた灯は、荷物を運び込むのは他の人間に任せて柊を抱えたまま離れへ移動する。リビングのソファーに柊の体を横にして、膝の上に頭を乗せると、柊はゆっくり目を開いて灯と目が合うとほっとしたように息を吐いた。
「起きるか?」
灯の問いかけに柊はソファーの上で、むくりと体を起こした。
そこへ自分たちの分の荷物を早々に運び終えた飛沫、弥生、奏、杏路、燕がリビングに入って来た。体を起こしている柊に気が付いて燕が足早に近づいて来る。
「あれ?ひぃ様、起きたんっすか」
「……おはよ」
「はい、おはようございます」
「気分はどうだ?」
「ん、大丈夫」
「そうか」
柊の返事に奏が笑って頭を撫でた所で、杏路が手に持っていたホットタオルで柊の顔を拭う。ほかほかのタオルのおかげでさっぱりした柊はお礼を言って小さくはにかんだ。
「料理が出来上がるまでは暇っすよね、何します?」
「この時間じゃまだ、テレビも特に面白いのはやってないだろうしな」
「あ、映画でも見ます?」
「今から借りに行くのか?」
「いやいや、飛沫さん、何の為にネット配信なんてものがあると思ってるんっすか?こんな時の為っすよ!」
「そうなのか?」
「別にそれだけの為にある訳じゃ無いけどな」
「細かい事はどうでもいっすよ」
「で、何か見たいのでもあるのか?」
「んー、今何か面白いのあったっすかねー」
奏が取って来たリモコンを操作しながら画面の中の映画リストをスクロールして行く。
「特にピンと来るもんはねぇな」
「新しく公開された作品から見て行ったらどうですか?」
「お、この前燕が見たいって言ってたやつ、もう配信始まってるみたいだぞ」
「あ、ほんとっすねぇ」
その他に目を引きそうなものも無いので、柊達は燕の見たかった映画を見る事にした。
灯の膝の上に座ってスパイアクション映画を楽しんでいる途中で、柊の頬が火照って来た。柊の様子の変化に真っ先に気が付いた灯が隣に座っていた弥生に声をかけると、あらかじめ予想していたのか体温計やら冷えピタなどの入った鞄を杏路がテーブルの下から取り出す。奏が手早く体温を測ると37.2℃とまだそこまで熱は高くなかった。
「今回はそこまで熱も高くならずに済みそうだな」
奏は柊のおでこに冷えピタを貼りながらそう言うと、杏路の用意していた薄手の毛布で柊の体を包み込んでソファーに寝かせると、奏はきょとんと見上げて来る柊に笑いかける。
「折角のお祝いだからな、少しでも違和感を感じたら俺か弥生にちゃんと言えよ」
こくりと頷いた柊の頭を撫でて、燕が止まっていた画面を動かして映画の続きを見る。
柊達が映画を見終わる頃にはほとんどの準備がいつの間にか終わっていた。
最後に運ばれて来た料理を手が空いている人間が協力して並べ、夕食会が始まった。
部屋には即席で作られた立ち飲み用のテーブルが並べられた一角や、どっかの部屋から適当に持って来た椅子がいくつか並べられていたりする。テーブルの上には香坂率いる厨房の人間達が丹誠込めて作ったごちそうがこれでもかと並べられており、ビュッフェスタイルで各自好きな料理を自分の皿に取り分けながら楽しそうにしている。
冷えピタを貼って毛布に包まる柊を膝の上に乗せて、灯も手の中にあるグラスを煽った。
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