03
今日は初等部の運動会当日だ。
杏路は大和との話し合いの為、先に出る奏と一緒に朝早く出掛けて行った。
なので、今日の柊の送迎と護衛は燕が担当する事になる。
準備の為に朝早くから来ている生徒がいる関係で、柊は少し遅れて学校へ行く。
柊が学校に着くと、開会式が後少しで終わる所だった。燕と柊は他の見学者と一緒に運動会の様子を見る予定になっているので、出入り口に一番近い待機用のテントに入る。
待機用のテントの中には立派なテーブルセットに茶菓子が置かれており、既に大和が席に着いていて、開会式の様子を眺めていた。
「話、出来た?」
「おかげでな、ありがとう」
「そう」
「……何を話したのか、聞かないのか?」
「何で?」
「その、迷惑かけたからな……、事情を聞かれると思っていた」
「杏路が判断する事なのに、僕が聞いて、どうするの?」
柊が心底不思議そうに問いかけると、大和は少し驚いた表情をした後、軽く苦笑した。
「事情は聞かされていないのか?」
「聞いてるよ。犬飼の家が未だに杏路を欲しがっている事も」
荷物を燕に預けた柊は席に座り、視線をグラウンドに向けた。
実は、杏路から事情を聞いてすぐに杏からも連絡があった。
内容は杏路が話した事と、それを補足する情報、その後はどうなったのか?と言う話だ。
「犬飼に戻るかもと不安になったりはしないのか?」
「考えた事も、無いよ」
「信頼、してるんだな」
だから当然、杏路の能力を冬道の為に便利な道具の様に思っている事も。杏と杏路の事を父親と同じ、犬飼のなり損ないだと思っている事も。杏路が仕える人間を見つけられないのはそのせいだって思っていた事も。選んだ主が能力者とは言え、まだ6才の子供だから引き離すのは容易いと思っている事も。朽木と緋野の手前大人しくしているだけで、犬飼の本家の人間が優秀な能力者を未だに諦め切れていない事も。……全部、聞いている。
柊はグラウンドを眺めていた視線を大和に移し、静かに笑った。
「僕はただ、知ってるだけだよ」
柊の大人びた表情に大和は一瞬息をのんだ後、何かに思い至った様に軽く頷いた。
「そうか、柊は朽木の能力者だったな」
大和の呟きに柊は少しだけ目を伏せると、何も言わずにグラウンドに視線を戻した。
柊から静かに発せられる拒絶の空気を感じ取って、大和は話しかけようとした口をそっと閉じる。そこに飲み物を持って燕が戻って来たので、大和は礼を言って見学に戻る。
グラウンドでは、最初の競技である1年生による80m走が始まる所だった。
今はちょうど第1走者がスタート地点に並んだ所の様だ。
白組の第1走者は秋羅の様だ。
待機テントから眺める柊と大和に気付いたのか、テントの方に振り返って大きく腕を振っている。秋羅の視線の先を追ってテントに注目が集まったので、柊は被っていたキャップを深く引き下げてから軽く手を振り返した。横で大和も振り返している。
スタート地点に立つ教師から声をかけられて、秋羅は何か返事を返した後に前を向く。
構えられたピストルから大きな音が響いた後に、全員が一斉に走り出す。
秋羅は全力で走り出し、そのまま1位でゴールテープを切った。その後は第6走者の朔夜も1位で走り終え、最終走者の七花が4位で走り終えた。
競技の終わった秋羅がテントに走りよって来たが、手前で燕に静止されている。
「はしゃぐのは結構っすけど、一般生徒は待機テントには立ち入り禁止っすよー」
燕は笑って注意をしているが、目が全く笑っていない。
どうやら遠足の時の印象から教育不十分と判断されたままの様子だ。
注意された秋羅もその時の事を思い出したのか、反論する事無く一緒に近づいて来た朔夜と七花と手を繋いで大人しく自分の席に戻った。
「皐月さんに、本家から警告行ってる筈なんっすけどねー」
3人を見送った燕が戻って来て、柊の隣に座った。
「確か遠足の時も言ってましたよね……、秋羅に何か問題があるんですか?」
「問題って言うか、あのままだと側付きにはなれないってだけの話っすよ」
「それは、」
「君も仕える側なら分かる筈っす」
そう言って燕は大和の前に手を出し、順番に指を立てて行く。
「まず前提条件として、ひぃ様には朽木家由来の能力がある。秋羅は将来的にはひぃ様に仕える可能性がある。あの場には既に仕えている人間がいた。それをふまえてあの時の状況を良く思い出して、自分に当てはめて考みると良いっすよ」
「……確かに、そう考えると秋羅の行動は問題だらけですね」
「まぁ、勝手な判断で大人の仕事の邪魔はしちゃいけないってだけの話っす」
燕は何でも無い様に軽く口にしているが、心の中ではかなり本気で怒っている様だ。
「それに、自分の主に不確定の危険因子を許可も無く近づけられて許せる程、軽い気持ちで守役やってる訳じゃ無いっすからねー」
柊はとりあえず籠からマドレーヌを取り出し、燕の口元に持って行く。
燕は柊の気遣いに気付いて、笑って柊の手からそのままマドレーヌを食べる。
「美味し?」
「世界一美味しいっすよー」
その後はのんびりと3人でテントから観戦している内に、お昼休憩の時間になった。
大和は迎えに来た両親と一緒に移動したので、柊は燕と一緒に他の人間の到着を待つ。
最初に集まったのは、隣の救護テントにいた奏だ。その後はグラウンドから茜が、最後に才と迎えに行った杏路が合流して、千春お手製のお弁当を仲良く食べ進める。
お昼が終わった後は、奏はまた隣の救護テントに、茜も友人達の元へ戻って行った。杏路は才を会社まで送って行く為、柊は燕と一緒にテントの入り口から才と杏路を送り出す。
応援団の招集する為のアナウンスが流れる頃に、大和がテントに戻って来た。
柊は燕と大和と一緒に、応援合戦や午後の競技をテントからお菓子を食べながら眺める。
そうしている内にあっという間に全ての競技が終わって、最後のアナウンスが流れた。
閉会式の為にグラウンドの前方中央に全校生徒が集まって行く。
簡単な挨拶が終わると、いよいよ結果発表だ。
理事長による優勝チームと得点の発表の後、個人の表彰が行われる流れだ。
『今年の優勝は……白組!427点!』
成績発表と表彰者の名前を聞いて周囲が盛り上がる中、柊は席を立つ。
「帰るのか?」
「ん、またね」
柊が燕と一緒にテントに大和を残して校門に向かうと、杏路が車を止めて待っていた。
帰りは杏路が運転する様なので、柊は燕と一緒に後部座席に乗り込む。
片付けがある奏とまだ帰りの会がある茜が学校から出て来るまで、車の中で待機する。
「で、話し合いはどうだったんっすか?」
「家の事や能力に関する相談だったので、無事に終わりましたよ」
「犬飼の家に戻れって言われたりしたんっすか?」
「心配しなくても、きちんと断りましたよ。私の主は、柊以外にはありえないので」
「全く心配なんかしてなかったっすよ。何を言われたとしても、杏路さんがそんな話受ける訳ないって分かってたんで」
燕はそう言って柊の顔を覗き込む。
「ねー、ひぃ様」
「……杏路が望む限り、杏路は僕の守役だよ」
まさか柊がそんな事を言うとは思ってなかったのか、杏路は驚いた様に柊を振り返った。
「杏路を目的を達成する為の道具としか思っていない人達には、絶対に渡したりしない」
窓の外を眺めながら柊の呟いた言葉は、不思議と静かに響いた。
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