*進級
運動会以降、大和は時々杏路に連絡してから柊に会いに保健室まで遊びに来る様になった。
一通りの調査は終わっているので、守役にも正式に友人候補として認められている。
同年代の友人に比べると精神年齢が高めの大和にとって、柊は初めて同レベルの会話に付き合える友人らしい。柊にとっても、幼馴染みの秋羅を除けば初めての友人になる。
仲良くなるにつれて大和の事情も、本人から直接教えて貰える様になった。
大和もまた、犬飼の性質を持たないらしい。杏路と話がしたかったのは、犬飼の能力を持ちながら緋野として生きる選択をした理由を聞きたかったからだそうだ。
大和は本家の人間に柊と仲良くなった事を責められると思っていたが杏路に接触して連れ戻す良い機会だと認識している様なので、それを隠れ蓑にして自分の将来について緋野の人間に相談に乗ってもらったりしている。
冬休みには、柊達の帰省に合わせて2週間程大和を朽木家の本邸へ招待した。
大和は朽木家の離れに寝泊まりしつつ、裏にある分家の本邸へと通っていた。
道場には能力を持たなくても大和より強い人間がゴロゴロ居るし、各種職業訓練場などの施設が充実しているので、招待された大和は来て良かったと笑っていた。
大和が分家の敷地へ出向いている間、柊は離れで葉と灯と一緒にのんびり過ごしていた。
*
そんな風に過ごしている内に季節は春になり、柊は2年生に進級した。
桜ノ宮にはクラス替えが無いので、柊のクラスは2組のままだ。
もっとも、柊は教室へは行かないのであまり関係は無いが。
特別変わった事も無く、柊は進級後もそれまで通り穏やかに過ごしている。
今は放課後にLune noireに寄って、個室でミルクティーをお供に読書をしている所だ。
柊の座るソファーの隣では祈がスケッチブックに思い付いたデザイン画を描いていて、その向かいでは杏路がノートパソコンで何やら操作している。燕も一緒に来ているが、今は珍しく人の多い店内の給仕に駆り出されている。
今日は才と放課後から会社に同行している夏目は仕事で遅くなるらしく、茜はクラブ活動で夕方過ぎまで帰ってこないので、柊達は夕飯をカフェで取る事にした。
各自思い思いに過ごしていると、燕が飲み物のおかわりを手に戻って来た。
「お店の方は落ち着いたんで、お腹へってるならご飯作るって言ってたっすよー」
「もう6時過ぎですか、早いですね」
「……なんかご飯って聞いたら、お腹減った」
「何食べます?」
燕が入り口の脇に置いてある分厚いメニューを持って来る。
「あ、ベルギーワッフルがある」
「それはご飯じゃなくてデザートっすよ」
「ただでさえ偏食なんですから、デザートは食事の後にして下さいね」
「んー、じゃあカルボナーラにする。ベーコン増し増しで」
「柊は決まりましたか?」
「ん、ミニグラタンとパイのセットにする」
「俺は唐揚げ定食っすかねー、杏路さんは?」
「私は春キャベツと鯛の蒸し煮定食にします」
「後は大盛りサラダと何かつまめるもの適当にシェアします?」
「そうですね」
メニューを片すついでに燕が全員分の注文を済ませて、杏路の隣に座った。
「頼んどいてなんですけど、ここカフェなのになんで定食とかあるんすかね」
「今更過ぎる質問ですね」
「いや、ふと気になったんで」
「元々この場所には食堂があったらしくて、きちんとした食事もしたいと言う常連さんのリクエストに応えているうちにこうなったらしいですよ」
「へぇー、作るの大変じゃ無いんっすかねー」
「まぁ、好きでやっている様なので心配はいらないんじゃないですか?」
杏路は燕と会話をしつつ、床に散らばった祈のデザイン画を集める。
燕も机の上にばらまかれた消しかすを集め、色鉛筆をケースに仕舞って行く。
「そういえばさっき緊急連絡網に通知来てたっすけど、もう確認しました?」
「えぇ、どうやらドイツに引き取られた新さんがヨナスさんの息子さんと問題を起こした様ですね」
「それってヤバくないですか?」
「ヨナスさんの息子さんはこの春から日本へ留学させる事になりそうだという事ですよ。元々高校からこちらに来るつもりだったそうなので、少し早まったと言う所ですかね」
「今いくつなわけ〜?」
「確か夏目さんと同い年だった筈なので、13才ですよ」
「本家で引き取るんっすか?」
「いえ、本人は一人暮らしか柊のいる所、と指定して来ているそうです」
柊は関係ないと思って読書の続きをしていたので、突然自分の名前が出て驚いた。
「ん?ひぃ様とは面識無いっすよね??」
「ナターリエ様から色々聞いているんでしょ〜」
「あー、普通にありそうっすね」
「本家としては一人暮らしは流石に容認できないので、柊次第ではこちらに引き取らせたいみたいですね」
「普通に考えたらそうなるっすよね、なんせ向こうのお貴族様っすから」
「本家としては向こうの貴族より柊の方が大事なので、無理に受け入れる必要はないと言う事ですよ」
「とりあえず一度会ってからになるっすかね?」
「多分そうなるでしょうね」
「面倒な事にならないといいっすけど」
ちょうど話が一区切りした所で、命が頼んだ夕食を運んで来た。
「こっちで引き取るとして、桜ノ宮に通うって事で良いんっすかね?」
「いえ、逢坂に通うつもりだそうですよ」
「珍しいっすねー」
「逢坂の国際科にいらっしゃる榊さんの音楽指導が受けたいんだそうです」
「あぁ、あのおじさんか〜」
「そういえば祈は逢坂出身でしたね」
「そんな有名な人なんっすか?」
「桜ノ宮から来たオファーを家から遠いってだけの理由で拒否した事で有名だったかな〜」
「桜ノ宮から招集がかかるって事は、かなり腕のいい指導者と言う事ですね」
「ただ変人なのは間違い無さそうっすけど」
「まあ、芸術家なんて大体変人しかいないよ〜」
「祈さんもその変人の中に入ってるっすけどねー」
「俺は自覚してるから良いんだも〜ん」
「お付きの人とかも何人か来るっすかね?」
「来るでしょうね」
「あまり大人数で来られると迷惑なんっすよね」
「まだこちらに滞在すると決まった訳では無いですから、今から心配しても仕方が無いですよ」
杏路はそう言って、食べ終わった食器をワゴンに乗せ、食後の紅茶を入れる。
祈が2段目に入っていたデザートを取り出し、柊を膝に乗せて一緒に食べ始める。
「これリエージュの方だ」
「あぁ、パールシュガーの入っている方ですね」
「アイスの種類違うんっすね……杏路さん、半分交換しません?」
「良いですよ」
食事もデザートも食べ終わったので、少し食休みをしてから柊達は家に帰った。
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