♯62 いざ潜入
夜が明け、日が天頂高く昇る頃には修道都市の全体が眺めるところまで辿り着けた。
旅人や観光客等が列をなして並んでいるのが見える。
このまま入り込むのはいいだろうが、暗殺者を送り込んでくるほどだ。
門番達の検問にかかれば捕らえられるだろう。
流石にそれは望まない。
「安心しろ、その為にダ・ウィッチ村で準備をしてきたのだ」
作戦はこうだ。
ダ・ウィッチ村で懸賞金を崩して手に入れた服や化粧の数々。
変装してひとりずつ入っていく。
シンプルだがとても有効……かもしれない手段だ。
イリスは終始嫌そうな顔をしていたが、他に方法は見当たらない。
「じゃあアタシは自力で潜入するから……アンタらは着替えれば?」
「なんだノリが悪いな……だが、その格好では潜入は目立つぞ?」
「だったら身軽で行くわ。んー……、インナーで潜入すればどうにかなるでしょ」
このイリスの発言に流石のフレイムも凍り付く。
ミラに至っては赤面して今にも沸騰しそうだった。
「イリスッ! そんなはしたないことは私が許しませんッ!」
「……アホみたいな変装するよかいい。アタシは見つからないようにして、都市でアンタ達と合流するわ」
「ま、まぁ君がそう言うなら……」
フレイムは修道都市の全体図を広げ、合流ポイントを決める。
墓地の近くにある林の中、ということになった。
「わかったわ。……ミラ、アタシの足の具足と鎧預かっといて。草鞋さえ履ければ十分よ。行商人って答えりゃなんとかなるでしょ」
「おや、行商人取られましたか。では小生は……んん!? これはいいッ!」
「ふぅ、では各自着替えを済ませよう」
こうして着替えた結果、なんとも愉快なキャラクター達に仕上がった。
フレイム・ダッチマンは新米神父という設定で顔の化粧も整えニコニコと嗤いながら馬に跨っている。
ミラは女行商人として、商品と題した彼等の持ち物を3頭の馬と共に引き連れた。
検問で色々探られそうになれば、不本意ではあるがサキュバスの魅了を使うことは最早やむを得ないこと。
そしてルインに至っては……。
「ごめんなすってぇええええッ!」
極東の島国にいる編み笠を被った渡世人の格好をしている。
本人も楽しそうだ。
いや、無論違和感しかないが彼の有り余る勢いと台詞口調が違和感を逆に打ち消している。
彼は馬に乗らず徒歩で行くらしい。
「……ん? イリスはもう行ったのか」
「えぇ、……でも、こんな昼間から潜入だなんて……余計目立つのでは?」
「最早、直感頼りの潜入ミッションだろうな。なんだろう……普通十全な下調べが必要なんだろうが……彼女ならイケそうな気がしてならない」
「同感ですな。……というか、彼女が完全に暗殺に徹したら誰も勝てないような気がするでござる」
「昼も夜も関係なく動く影ほど恐ろしいものはないな」
行動を始めたイリスの動向を気にしつつも、彼等は時間差で修道都市へと入っていく。
フレイムは怪しまれることなくクリア。
ミラもやや危なかったが、最後は快く入れてもらえた。
ルインは……。
「マーグロォオオズゥウシィイイイッ!!」
「な、なんだコイツ!?」
「オー、エビテーンッ!」
「うるせぇ!」
30分ほど検問に時間を割いたが、『無害なアホ』というギリギリ判定で入れてもらえた。
一方、イリスは素早い動きで都市の西側へ回り込む。
地下水路へと流れる川があるのだ。
鉄格子で余計なものが入らぬよう防がれているが、そこはイリスの腕の見せ所。
「――――ッ!」
抜刀一閃。
鉄格子を切り裂き、入れる空間を作る。
刃には一切の刃毀れ無し、重畳。
「じゃあ、さっさと行きますか……、なんとかなるでしょ」
刀が離れぬようしっかり身体に縛り付け、一気に潜り込む。
流れに身を委ね、地下水路の奥へ奥へと進んでいった。
(よし、ここあたりかな……)
水面から顔をだし、周囲を確認。
まるで神話に出てくる迷宮のような造りで、所々に聖人達を描いた壁絵や彫刻等がある。
水から上がり、濡れた髪を後ろへと払う。
髪から滴り落ちる水は肩や背を伝い、焦げ茶色のレンガ道へと流れていった。
「さて……いくつもの階段と通路があるけれど。どこを通ろうかしらね」
所々に蝋燭がたてられ、視界にはあまり苦労はしなさそうだ。
ひとつずつ見ていく時間はないので、直感で決めるしかない。
行き当たりばったりも甚だしいことではあるが……。
(ん……? 風が……)
流石のイリスもこの多さに弱り果てたとき、柔らかな風がイリスの身体を撫でる。
すぐ横にある通路からだ、そこから微かに風を感じた。
「……御親切にどうもぉ~」
さて、こうしてじっとしていても身体が冷える。
まだ夏とはいえ、こんな薄暗い所では気温が低い。
イリスは風の吹く通路を通りながら、なんとか地上へと行く手段を探していった。
風が来るのなら外へと繋がる。
そこには人間が出入りする為の階段か梯子のような類のものがあるはずだ。
――――そして、やっぱりあった。
「……ラッキーッ! 今日のアタシ最高についてんじゃん!」
目の前に現れたのは階段とその先にあるクラシカルなデザインの扉。
そこから風が出ているのがわかった。
まだ暖かい肉体に感じる仄かな涼やかさは、今の気分も相俟って一種の祝福のようにも感じる。
「さて、……外に人の気配は感じられない。少し覗いてみるあたり、どうやらなにかの建物の中みたいだけど」
扉の隙間から覗くレッドカーペット。
石造りの壁には、この修道都市の神聖な紋様が規則的に描かれていた。
窓から差し込む光で地下よりずっと明るい。
(ここってもしかして……大聖堂の中?)
サフレン大聖堂
この修道都市を象徴する巨大建築物。
そこに聖女とレイド、そして石見銀三がいるのだが……。
このときの彼女はまだ知る由もない。
「とりあえず、お邪魔しま~す……」
静かな声と共に扉を開き、忍び足で内部を探索する。
明るいとはいえ、大聖堂の中は厳粛な薄暗さが残っている為、水で出来る僅かな足跡程度なら大丈夫そうだ。
まずはなにか衣装が欲しい、このままの格好で外を出るのは流石にキツい。
元々そうするつもりだったイリスの行動は素早く、幾人かいた見張りの兵士や神父、修道女達から身を隠しながら進む。
「ん? あそこの部屋、なんか怪しい……」
通路を歩いていると、ひとつだけデザインの違った扉がある。
煌びやか、ではなくかなり古いものだ。
中に人の気配は感じられない。
本来鍵をかけるべき場所なのだろうが、誰かがそのまま忘れて、鍵を鍵穴に差し込んだままにしていた。
「割とセキュリティ甘いトコなのかもここ」
そう呟きながらイリスはそっと中へと入ってみると、古い紙の臭いが一気に襲い掛かってきた。
古い本が棚の至る所に並べられ、それが2階続きなっている。
ここはどうやら、書庫らしい。
「うわ~、すごい……でも、アタシの求めるモノはなさそうね。退散退散っと」
踵を返しドアノブに手をかけようとした直後。
廊下から急ぎ足の足音が2つ。
――――誰か来るッ!
イリスは身を翻し本棚の影へと隠れた。




