♯63 奇跡の化身、『バイパス・ロード』
本棚の陰に隠れ息を潜めるイリス。
案の定ドアが開き、兵士らしき2人の男が入ってくる。
「鍵を閉め忘れ、並びにその鍵を差しっぱなし……あぁ、ついてねぇ。だが……」
「あぁ、ドアノブが不自然に湿っていた。……誰か、いるのか?」
イリスはその場にジッとしたまま、倭刀の鯉口を滑らかに切る。
まだキョロキョロと周りを見渡しているだけだが、こちらに来ないとも限らない。
そのまま帰るならそれでいいが、来るようならば容赦なしの抜き即斬。
呼吸を静かに整え、来るかもしれない難に備える。
「……誰もいないみたいだな」
「静かに……、あれ、見てみろ」
「……ん? あれは」
兵士達は床に滴り落ちたであろう水滴と、僅かに濡れて残った足跡を見つけた。
注意深くなった兵士の目には些細なものでも目に映る。
その跡を辿ろうと忍び足で進もうとした。
しかしそれと同時に、書庫の扉が突如として開く。
兵士達が一斉に見ると、そこには自分達が尊敬すべき人物が立っていた。
「ここでなにをしている?」
不用意に顔を出して見るわけにはいかないので、耳で聞くのみではあるが、聞いた限り若い女性の声だ。
声の中にどこか勇ましさがあると同時に、人体構造では有り得ないような音も聞こえる。
言うなれば機械の駆動音、それに近い。
足音もそうだ、まるで甲冑の節が擦れ合うような金属音らしきものも聞こえる。
だが、やはり聞き慣れない音だ。
確かに、銃器の発達と共にあらゆる産業において今現在機械化が進んでいる。
そこらへんになるとイリスの専門外であるゆえ、なんともは言えないが、彼女が感じたのはこうだ。
――――機械が喋り、機械が動いている。
「これはこれは……グランドシスター」
「"バイパス・ロード"でいい、その呼び名は嫌いだ」
「これは失礼……。あの、どうやらこの書庫に何者かが侵入したようなのです」
「ほぉう」
そういうと、バイパス・ロードと名乗った女性は周りを見渡すように顔を動かす。
そして、ある一点を見つめると、ニヤリと笑みを零した。
「ど、どうです? 侵入者は?」
イリスの表情が険しくなる。
先程の沈黙でもう特定したのか?
魔術や神託による異能の力は感じなかった、ならばなぜ――?
こうなったらうって出る他ない、と考えた矢先、バイパス・ロードから思わぬ言葉がでる。
「……いや、どうやらこの部屋には侵入者はいない。それが入った履歴さえもない。大方、あの水の跡は未熟者が粗相でもしたのだろう」
「は、はぁ……」
(――――え? 嘘、なんで?)
イリスは驚く。
なぜ奴は嘘をついた?
侵入者はいないだと? その形跡すらもないだと?
「私はしばらく、ひとりでここに籠って調べ物をしたい。外してもらえるかな?」
「わ、わかりました。お気をつけて」
そう言って兵士達は去り、バイパスは書物をいくつか手に取ると、そのまま読み始める。
沈黙が流れる中、イリスはどうするべきかを考えた。
このまま扉まで忍び足で行くか、それとも今いるバイパス・ロードとかいう女をここで殺すか。
「……いつまで隠れている? ここには私とお前しかいない、出てくるがいい」
思案の最中にバイパスから突然呼ばれる。
やはりわかっていたのか……。
「どうした、私が怖いのか? そんなわけがないだろう? それとも、今すぐにでも私は警備の者を呼び出して、大騒ぎにした方がいいかね?」
(……だんまりを決め込んでも無駄か)
イリスは鯉口を切った状態のまま、バイパス・ロードの前に姿を現す。
そして、彼女の姿に驚愕の表情を思わず浮かべた。
顔の上から半分は兜のようなもので覆われており、皮膚と一体化している。
口元は女性らしいきめ細やかな白い肌に柔らかそうな唇。
ミラと同じ銀色の髪を後ろで括った修道女の出で立ち。
だが、根本的に違う部分がある。
人型ではあるが、女性特有のしなやかさはあれど、柔らかさが微塵も感じられない。
袖から覗くのは鋼鉄の腕に精巧な手。
一瞬義手かなにかかと思ったが、これはそんなレベルのものではない。
修道女の服のスリット部分から覗く足など、最早女神の彫像のように精巧且つ美しい鋼鉄だ。
靴は履いていない、ブーツ状の足で地面を踏みしめている。
「精巧に動く人形を見るのは……初めてか?」
バイパスは歯茎を剥き出しにするような笑みを浮かべてイリスと向き合う。
イリスはこの未知との遭遇に頭が混乱していた。
上手く言葉に出来ない、名状しがたいなにかだ。
「見ての通り、私は機械の身体だ……。だが、今の時代の技術では私の身体は作れないハズ、だろう? 実を言えば魔術師達が創るゴーレムの応用なのだよこれは。秘匿の高い分野でね……まだ世間には知らされていない。ゆえに、私は《奇跡の化身》なのだそうだ」
得意げに話すバイパスに敵意は見られない。
むしろイリスが珍しく圧されている。
得体の知れない相手に、彼女の中の殺気が強まっていった。
「ハハハ、そう睨むな。大騒ぎになるのは嫌だろう? お前としては穏便に済ませたいんじゃあないのか? ン?」
「このクソシスター……」
「如何にも、私はクソシスターだ。ざまあみろバカめ」
狡猾な奴だと苦い表情を浮かべつつもイリスは、再度確認を取る。
本当にそれでいいのかと。
「……ここでお前を捕えるより、このまま見逃して仲間と合流させる方が面白くなりそうだ。……フレイム・ダッチマン、もうこの都市に入っているのだろう? そしてお前はイリス・バージニアだ。安心しろ、今わかっているのは私だけだ」
「アンタ、わかってて見逃すの?」
そうとも、と心底嬉しそうに口角を吊り上げながら、開いていた本をバタンと閉じる。
書物を傍らに置いて、両腕を背中に回すやゆっくりと歩み寄ってきた。
「フフフ、そう警戒するな。……これから、血で血を洗う祭りが始まるのだ。ならば役者はキチンと揃えてから始める方が楽しい」
そう言うやイリスの脇を通り、扉まで歩くとドアノブに手をかけた。
そしてゆっくりと回し、扉を開く。
彼女はイリスを本気で逃がす気だ……。
「行くがいい。……ここに侵入者はいなかった、ゆえに、私はお前とは出会わなかった。そういうことにしてやる」
「御言葉に甘えてあげるけど……いいのね?」
「勿論だ。……あぁ、出てすぐ右の扉は倉庫になっている。確か修道女の服があったはずだ。それを着ていけ。……倭刀は、布に包むなりして誤魔化すと良い」
イリスは言われた通り、この部屋を出てすぐ右の部屋で修道女の服をまとった。
倭刀は布に包んで、荷物のように扱う。
倉庫から出ると、バイパス・ロードが見送りに来ていた。
「悪人の手助けするのも……修道女の仕事?」
「……人間に、善人も悪人もない」
そっとイリスの肩に触れながら、後ろに回った。
小さな機械音を出しながらも、人間と同じその曲線は肉と同じくねりとしなりを見せる。
そして、口角を吊り上げながらもどこか悲し気に語った。
「……"誰かを憎まずにはいられない者"と"自分は間違っていないと信じる者"がいるだけだ。それはまるでコインの表裏、どちらかが欠けては存在出来ない。まぁお前がどちら側かは知らんがな……」
「……変な奴」
バイパスの手を払い、イリスはそのまま大聖堂を脱け出す為に探索を続ける。
彼女は見えなくなるまでずっとイリスの見送りを続けた。




