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♯55 抑えられない老獪な欲望

 ミラは薄っすらと瞼を開いた。

 見知らぬ部屋の大きめのベッドでねかされ、両腕は頭の上で拘束されている。

 

 ……力が入らない。


 サキュバス封じの手枷だ。

 本来の力が封じられ、身体全体の自由がきかなくなっている。

 

「これは一体……私は、キャアアアッ!?」


 寝転がっている自分の姿を見て思わず悲鳴を上げる。

 ローブは剥ぎ取られ、サキュバス特有の官能をそそる衣装を晒していた。

 それだけならまだしも、足が閉じぬように両端で縛られている。

 ミラにとっては羞恥極まりない状況であった。


「目覚めたかね美しい御方よ……」


 部屋の隅の暗闇から、村長が現れる。

 最初に出会ったときのような穏やかさはなく、目は血走り、呼吸は荒く、緊張と興奮で身体がワナワナと震えていた。


 ミラはその姿に戦慄を覚え、背筋に冷気を通らせる。

 サキュバスが男に恐怖するなどとは、一体なんの笑い話だと言いたくもなるが、ミラにとってこの状況は忌避すべきものなのだ。

 サキュバスでありながら人間と同じく信仰深く己が貞操を守る女性、それがミラである。

 ゆえに、この状況が一体なにを意味するのか容易に想像できた、出来てしまった。


「見れば見るほどに美しい……神の造形と言っても、それは過言ではなかろうて。だが……それは神以外の人ならざる者。魔物である……あぁ、これはいけない。……浄化し、清めなくては」


 厳粛な歩みが部屋の中で反響する。 

 だが、その顔は欲望で飢えたケダモノのそれだ。

 

「ま、待ってください村長! 一体どうされたのです? どうしてこのようなことを!?」


 身を捩りなんとか逃げようと試みながら説得をするが無駄だった。

 身体に力は入らない、こちらの声は届いていない。

 

「君は……サキュバスだろう? ワシがわからなかったとでも思うかね? ……ミラ、君はまさに芸術だ。この世の美の集大成……しかし不幸なるかな。神は君をサキュバスとして生を与えてしまわれた。……人間とは決して相容れぬ魔物にだッ!」


 突如として村長は自らのまとう上衣を破る勢いで脱ぎ捨てる。

 年齢相応の痩せた上半身が露わになるや、そのままベッドの方へと飛び移った。

 ミラが寸でのところで身を捩じらせ、圧し掛かられるのは避けれたが、結局はその場しのぎだ。

 同じく寝転んだ状態から村長はミラへと這い寄る。


「清めなければならない……、ワシの身体で。君の全てを……ワシの全身全霊を以て愛さなくてはならないッ! そうすることで……君は晴れてワシのモノとなり、その身体もまたワシの愛によって清められるッ!」


 欲望に負けた理性は支離滅裂な言葉を繰り出していく。

 そして、血走ったその視線は、ミラの豊満な胸へと映った。

 ゆっくり、それはもうゆっくり……赤子がハイハイで目的の場所まで行くように村長も這い寄ってくる。


「い、イヤ……ッ、誰か……誰かァアッ!!」


 堪らず叫んだ。

 だが、それが村長を更に興奮状態にさせた。

 まさに今、彼が彼女に掴みかかろうとした、――――そのとき。


「な、なにぃ!?」


「えッ!?」


 ドアノブが火薬の弾ける音と共に吹っ飛ぶ。

 情けない音をたてながらドアが開くと、そこにはマスケット銃を持ったひとりの男が。


「お楽しみのところ失礼、小生でござるよ?」


 吟遊詩人、ルイン・フィーガ。

 表情そのものは笑顔ではあるが、その眼光には確かな怒りを宿していた。

 そしてそれは上半身裸の村長に向けられている。


「な、き、貴様……誰の許可を得てッ!?」


「こんなことに一々許可はいりませんなぁ? 現行犯には制裁が必要ですぞ、御覚悟を」


 そう言うや、助走をつけてのドロップキック。

 彼の登場で思わず上体を起こした村長の腹部に激突するや、そのまま彼と一緒に部屋の端まで転がっていった。


「あだだ……慣れないことはするもんじゃあないでござるよ……腰にきた……」


 蹲る村長を避けながら、ルインはミラの元へいき、手枷と足の拘束を外そうとする。


「ルインさん……ありがとうございますッ!」


「なはは! 小生はこれでもやれば出来る子ですので。もっと褒めてほしいでござる」


 ミラを安心させようと陽気に振る舞う。

 手枷、足の拘束を素早く外し、彼女に新しいローブをまとわせた。


「ま、まて……待てぇ……ッ! ワシのじゃ……彼女はワシのものじゃあ!」


 亡者のような唸り声を上げながら勢いよく立ち上がった村長。

 彼の目にはミラしか映っていない。

 ミラを手に入れることしか頭にはなかった。


「あー、ミラ殿、お疲れの所申し訳ないですが、体術でこのヒトぶっ飛ばせますか?」


「ご、ご老人に暴力を振るうなんて……」


「この状況でその考え方は鬼門でござるぞ? まぁいい、ここは小生が食い止めます。アナタは裏口から出てください。表は戦闘で危ないですが……こんな奴と一緒にいるよかマシでござるよ」

 

 そういうルインの背中にどこか男らしさを感じたミラは、彼の意志を汲み取り、ひとり裏口へと逃げていく。

 そして、睨み合うルインと村長の壮絶な戦いは。


「ア゛ーッ!?」


「ア゛ウッ!!?」


 腰痛特有の破滅の音で一瞬にして幕を閉じた、かに思えた。 


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