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♯56 負けられない戦い

「ふんぬぉおおおッ!!」


「おおおおおおおおおッ!」


 居室内で腰痛に苦しむ2人の男の咆哮が響いた。

 四つん這いで少しずつ動きながら互いの間合いに入る。

 腰に響かぬよう、身体をなるべく捻らぬよう、腕を突き出しながらペシペシと叩き合った。

 かなり間抜けな絵面であろうことは承知しているが、彼等の中では死闘に値するものである。


「くらえい!」


「ぐわっ!?」


 村長の突き出した手がルインの左肩を押す。

 骨と筋肉が連動し合い、姿勢が少し捻れた。

 その衝撃は全て腰へと移る。


「あが……ッ! あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!」


 全身の力が一瞬にして抜けるほどの激痛。

 立てる立てないの領域ではない。

 不老不死身でもこれはキツいのだ。

 

 村長が有利かと思われたが、実は違う。

 手を突き出した際の勢いと、ルインの肩に当てた際の衝撃で、自分自身にも激痛を走らせてしまった。


「おぐあぁああッ!?」


 これ以上動くのはマズイ。

 腰の痛みが激化する中、2人は床に転げながら断末魔を上げる。


「……おのれ、ワシの邪魔をしおってぇ……」


「アナタに抱かせる女はいないのですよエロジジイッ!」


 動かないとわかったら、今度は言葉と言葉のなじり合い。

 なんとか上体を立たせたルインは、不敵な笑みで村長を罵った。


「か弱い老人を装うなアホンダラッ! 腰痛同士で小生と互角とか……タフネスすぎでござるぞ!」


「やかましいわい! 貴様こそ……老人をもっと労わらんか! ドロップキックなどかます奴があるか!」


「笑止ッ! アナタにとって出会う者全てが愛護主義者とでも? それこそ妄言だ、"自分を特別に愛してほしい"という虚構に過ぎませんな!!」


 事実、村長はミラを心理的にも肉欲的にも愛している。

 同時に、ミラにも愛してほしかった。

 あの笑顔を独り占めしたいと、あの身体で自らを包んでもらいたいと。

 出会った瞬間から、彼女の全てを欲したのだ。


「それのなにが悪い! あの女はサキュバスだ。外へ出てもどうせサキュバス狩りにあうのがオチじゃ! だが、ワシなら守れる! ワシなら彼女を幸せにできる! その対価として彼女の全てをワシのモノにしようとしただけだ! 彼女の身体にむしゃぶりつこうとしただけだ!」


 最早開き直りもいい所の言い分である。

 これに激昂するどころか、更に嘲笑するルイン。

 不老不死身の身体ゆえ、治癒が通常より少し早い。

 立位をとれるくらいまでには回復した。


「ハッ! それが本性でござるな? 大方、あの女黒騎士にも……生前同じことをしたのでは? 牢屋に繋がれた彼女を、その心を破壊するまでに肉欲で満たした……。一見偉そうにしておられるが、中身は欲求不満のチンピラ未満。上っ面だけが全ての鍍金人間……でしょうかな?」


「なんじゃとぉお!?」


「激昂されたか? これは失礼、だが……所詮この世は馬鹿と馬鹿の馬鹿試合(ばかしあい)! 馬鹿が偉ぶったところで違う馬鹿に後ろ指をさされるのは最早自明の理でござるぞ?」


「黙れぇ! ワシは……ワシは彼女を愛して……ッ!」


 目の前の男に負けじと反論しようとするも、頭に血が昇った状態で最適な言葉など見つかるはずもない。

 ルインはそんな村長にジワジワと腹が立ったが、そこには"かつての自分の幻影"が見えた。

 ――――かつて愛した女神と、愚かな自分を。


「まだお分かりにならぬか? その愛が、彼女を苦しめた。その愛が彼女を追い詰めたッ! その愛が! アナタの、自らの心を焼き尽くした! 理性を薪藁にしてまで! かつての小生わたしのようにッ!!」


 この怒号に村長の感情はピタリと止まった。

 ただ口惜しそうに睨みつけるだけ。


「アナタは……運がいい、いや、悪いかもしれない。まだアナタは女黒騎士かのじょに会うことが出来る。……償うときが来たのですよッ!」


 そういって村長のズボンのベルトを掴み、ズルズルと引きずり出そうとする。

 当然村長は嫌だと抵抗するが、もう完全に回復しきったルインの力には、腰を痛めたままでは勝てなかった。




 一方、外ではとんでもないことが起きようとしていた。


 フレイム・ダッチマンと首のない女黒騎士との戦いは激戦を極めていた。

 フレイムの功夫は目まぐるしいほどの素早さで、騎士の豪快な動きに合わせ打ち込んでいく。

 鎧甲冑とはいえ全てを万全に守れているわけではない。

 人体構造に基づいた設計、その部分で鋼鉄の薄い部分は必ず出てくる。

 なにより、目の前の騎士の鎧は胸元を露出したデザインだ。

 胸元や肘、膝等の部位にこちらの拳、掌、手刀、肘、膝、足等等。

 だが、簡単には出来ない。

 あのン・ガイの剣がそうさせないのだ。

 

(剣の効果もあるが、奴の能力の高さも手伝って普段よりあまりに打ち込みにくい……であれば)


 フレイムは突如として、蟷螂のような手形をとる。

 姿勢を低く、騎士の動きに合わせ、剣を持つ右腕に片腕を絡ませながら、すかさず水月、脇に衝撃を与えよろめかせた。

 再度攻撃を仕掛けてきたらそれに合わせてまた絡めとり、今度は重心移動で彼女のバランスを崩し下段攻撃。


 これには騎士も堪らず地面に転がる勢いで間合いをあけた。

 だが、それに負けじと果敢に挑んでくる。


「しぶといな……そういう女は大好きだッ!」


 再び構えようとしたその直後。

 フレイムの背後で物凄い速度で走ってきたものが急停止した音がする。

 振り向いてみると、そこには血塗れで今にも倒れそうなイリスがいた。


「おぉ! やっと来たか。……その様子だとどうやら保安官に殺されかけたらしいな? どうするのだ? このまま私の華麗な勝利を見学するかね?」


 そう笑いかけるも返事がない。

 それどころか――――。


「フレイム……ダッチマンッ」


「……はい?」


 イリス抜刀。

 上段に構えたその姿から滲み出る剣気は、まさにフレイムに向けられていた。

 それは女黒騎士も同じである。

 邪悪な気配を滲ませながら、フレイムを殺さんと切っ先を勢いよく向けた。

 

 フレイム・ダッチマンはこのとき、イリスと女黒騎士2人同時に殺気をその身に受けているのだ。


「え? ……いや待て、これマジか!? この状況で、このフレイム・ダッチマンにッ! 2人同時に相手をしろというのかッ!?」

 

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