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♯32 正当なるも静かな鉄拳

 ルインは銃を片手に駆け回る。

 なんとかしてミラ達がいる屋根上まで行こうとするが、ルートが見つからない。

 家に入ろうとしても、蹴り倒される始末。


「ぬぅう……ッ! もっと若いときに鍛えておけばよかったでござる」


 とりあえず休憩をと、立ち止まり、ふと上を見ると。


「おぉ!! 空からナイスバディが……うごふッ!?」


 その地点は偶然にも、サンブーカに攻撃され舞い落ちてきたミラの落下地点であった。

 しっかりキャッチし抱きとめようとしたが、そんな芸当が出来るはずもなく。

 見事にミラの重さに圧し潰され地面に倒れた。


「……こ、これはこれで、おいしい展開。……全身に行き渡るようなこの腰の痛みがなけれ、ば。いや、そんなことを言っている場合ではない。……ミラ嬢の背中に、斧が!?」


 痛々しい惨状に眉をひそめる。

 彼女は気を失っていた。

 ヒクヒクと体を小刻みに震わせながらも、片足立ちになりミラをゆっくりどかそうとした直後。

 

「ほう、お前もいたか……丁度いい、探す手間が省けたというモノだ」


 それは絶体絶命の兆し。

 肉厚の体躯がズドンと前方に着地する。

 手には陽炎のように刀身を煌かせるナイフが逆手で握られ、切っ先には不気味な冷たさが纏わりついていた。

 ニタリと不敵な笑みを見せるサンブーカだ。

 すぐさま銃口を彼に向ける。


「動かない方が身の為でござるよ?」


「ふん、このサンブーカ相手に銃を使うか。面白い。だが、それはマスケット銃。古式ピストルだ。弾は1発ずつ。装填にも時間がかかる。……つまり、チャンスは1回のみだ」


「それだけあれば十分でござる。小生とて素人ではありません。……この距離なら当てられますぞ」


 そう言って撃鉄を下ろす。

 だが、当てられるかどうかはよくわからない。

 ハッタリだ。

 長いことこの銃と共にしているが、自分はガンマンなどではない。

 銃口をサンブーカに突きつけたまま、しばらくの沈黙が続く。

 ルインとしては、早くにケリをつけてミラを救いたい。

 そう思っていた。


「……そうか、ではこちらの武器を先に下ろそう。それでいいかな?」


「ええ、ヘタな行動はせぬように……そのままゆっくり、地面に」


 サンブーカの提案に安堵の表情を微かにも浮かべながら、彼の動作を見逃ずにいた。

 地面に武器を置いたらその後は身を引いてもらう算段を立てていた。

 ルインの心臓はバクバクと不安で高鳴っていく。


「……ん、ルイン、さん?」


 するとミラが意識を取り戻す。

 それに反応し、つい視線を彼女の方へと向けてしまった。

 その隙をサンブーカが逃すはずがない。


「……馬鹿な男め」


 呟いた後、サンブーカはナイフを地面に落とす。

 ナイフは地面に刺さらずそのまま音を立て潜っていった。

 その音に反応しルインが急いでサンブーカの方に視線を戻したが既に遅かった。


 ルインの胸の部位から鈍い音と、身を裂く激痛が走る。

 吐血と共に視線を胸の方に向けると、あのナイフが刺さっていた。

 サンブーカが持っていたはずの、彼が地面に置こうとし地面に落としたはずのナイフが。


「アンフィスバエナは地面や壁を利用した攻撃転移の能力。非異能者のお前では防ぐなどできんよ」


 刺さった部位と口に現れる真っ赤な濁流。

 そのまま前のめりにルインは倒れ伏した。


「ルイン、さん……? うそ、そんなッ!」


 目の前で血を流し動かなくなったルインに、ミラの瞳孔が極限まで縮小する。

 守れなかった無力さと罪悪感が彼女に一気にのしかかった。

 だが、それと同時に抱いたのは、確かな『怒り』と『闘志』

 回復に魔力をまわしつつ、背中の斧を無理矢理引っこ抜く。

 斧を放り、鋭い眼光を向け、歩み寄りながら履いていたブーツを脱ぎ捨てていき、裸足でサンブーカの前に立った。


「む、先ほどまでとは雰囲気が違うな。……本気というわけか」


 サンブーカはもう1本のナイフを取り出し構える。

 対するミラは左足を少し前に出し、軽く膝を落とした。

 両手は力を抜いた状態で下段に広げる。

 サンブーカにとっては見たことのない構えだ。


(……あの構え、後手を狙っているのか? とても殴りにかかるようには見えない。先の戦闘では俺の癖を見抜いた上での技を繰り出してきた。今度はなにをする気だ?)


 両者睨み合いが続く。

 ミラは正面を向いたまま、その構えで微動だにしない。

 それにサンブーカはナイフを構えたまま、ジリジリと近づいていく。

 

(……読めん。さっきまでの激情が嘘のようだ。静かで、美しく……そして恐ろしい。フフフ、面白い……アナタの挑戦、受けてたとう!)


 刹那、巨躯が矢のように飛び、切っ先がミラの胸を抉りにかかった。

 速度は十分、先手としては申し分ない威力を発揮できた、はずだった。


「……ぬ!?」


 ミラの姿が突如として消えた。

 否、左足を軸にした体捌きでナイフを躱し背後を取ったのだ。

 流れるような動きでミラの手はサンブーカの首筋とナイフを持つ腕を掴むと、後ろ足、即ち右足をサンブーカの股下に滑り込ませる。

 速度と威力を出し過ぎたせいで勢いが上手く止められず反応が出来ない。

 なにより、彼女の技の速さがそれをさせない。

 

「ふっ!!」


 次は右足を軸に回転しながら、右腕を半ばラリアットのような状態でサンブーカの顔面に当てるように振るう。

 首筋を掴んだ左手は、サンブーカを引っ張りながら回転方向に合わせる。


「うぉおッ!?」


 ただでさえ勢いのままに突っ込んで体の状態が崩れている彼に、受け身をとる暇などない。

 それどころか体の自由さえままならなかった。

 まるで自分の身体が自分の身体でないように、なにが起こったかわからないまま、無抵抗で地面に容赦なく叩きつけられた。

 頭から地面に打ちのめされ、衝撃が頭蓋を渡り脳まで浸透する。


「あ……ッ、ガッ……!」


 彼は意識を失いかける。

 視界がグラグラと揺れ、脳みそをそのまま口から吐き出しそうな気分に陥った。

 そんな視界の端で、ミラが自分を見下ろしているのがわかる。

 カッと眼を見開きながら、無理矢理に意識をはっきりとさせた。

 長年戦士として歩んできたからこそできる無茶な芸当。

 巨躯をよろめつかせながらも、ミラと対峙する。


「俺を……舐めるなぁ!!」


 爆発的な気迫のもと、今度は一切の躊躇はなく、ナイフと剛腕を振るう。

 唸りを上げる攻撃を物ともせず、正拳や上段蹴り、合気による投げで翻弄していった。

 

「ぬぅうああ!!」


「やぁあ!」


 サンブーカの拳を両手で受け止めるや、手の甲の薬指と小指の間に親指を当て、グルリと捻りあげ巨躯を壁にぶつける。

 体術において決定的な差が現れた。

 接近戦において神託と使わずに挑めばやられる。


「ならばこれでッ!!」


「……ッ!」


 持っていたナイフを壁に潜り込ませようと、突き立てんとする。

 これを使われては流石に分が悪いと、ミラ自身十分理解していた。

 戦闘ではなく『狩り』に持ち込む気だ。

 殴りに殴られ満身創痍の状態とて、サンブーカの力は侮れない。


(く……ッ! 間に合わない!!)


 万事休すかと思ったその直後、乾いた音が響き渡る。

 ナイフが壁に潜り込む音でも、拳の音でもない。

 火薬が弾けた音だ。

 ふと見ると、サンブーカがナイフを持っていた手を抑えながらうずくまっている。

 おびただしい血が地面に流れていた。


「……すみません、遅くなりました」


 ミラは声のした方向を見る。

 そこには見知った顔の人物が立っていた。


「まったく、こんなにも早くに、私の身体の秘密を披露するとは思いませんでしたぞ」


 ルイン・フィーガだ。

 先ほどのことが嘘のようにピンピンした状態で銃口をサンブーカに向けていた。

 だが、ミラにとってそれは異様だった。


 彼はナイフを胸に突き刺したまま、おびただしい血を流したまま、ケロリとした表情をしていたのだから。


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