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♯31 前門の虎 後門の狼

 フレイムやイリスが激戦の最中にいる一方、こちらでも動きがあった。

 路地裏の奥へ奥へと逃げるミラとルイン、彼女等を狙う戦士サンブーカ。

 サンブーカは走りながらも巨体を器用に操り、狭いこの空間で矢を番える。

 動く獲物に対し正確に射撃を行うことは困難だ。

 ましてやこんな入り組んでいる道でなら尚のこと。


「フハハハハハ、これは中々いい作戦でござるな! ですが相手もそろそろ神託をブッパしても良い頃合い。どうなさるおつもりかな?」


「とにかく今は走りましょう!」


 だが、ミラは内心焦っていた。

 技術や能力はあれど、経験数に関しては心許ない面があるからだ。

 サキュバス同士での訓練では上位に食い込むものの、実際に殺意を向けられた上での戦闘は限りなく少ない。

 もっとも、こちらも信仰も倫理もなにもかも捨て、殺す気でかかっていったなら大抵の敵は屠れる自信はある。

 だが、ミラにはそれが出来ない。

 博愛と慈愛を主とする彼女にとってそれは悪たる行為だからだ。

 今回の敵に関してはなんとも言えないが、兎も角逃げ切るか相手の戦意を削ぐかのどれかを成さなければ、こちらの命はないだろう。


 ひたすらサンブーカと距離を取り続ける2人に対し、彼は極めて冷静に状況を見極めていた。


「逃げろ、逃げるがいい……このサンブーカは逃げる敵を確実に仕留めることを大の得意とする。特に、入り組んだこの空間においてはな」


 跳躍と共に矢を放つ。

 風を切る音と矢尻の煌きが一種の光線となってミラに襲い掛かった。

 攻撃の意志を瞬時に感じ取ったミラは、走りながら身を捩り躱す。

 矢が地面に向かって飛ぶ、と思った直後。


(矢が……、地面に潜ったッ!?)


 ミラの前方の地面に矢は突き刺さるどころか、そのままズブリと潜行していったのだ。

 思わず足を止め怖気を走らせる。

 ルインもまた足を止めるや、ミラと背中合わせになるように身構えた。

 サンブーカの姿は、いつの間にか消えていた。


「矢が地面に沈む、などということは通常あり得ないことではありますが……、奴の神託能力が『そういうもの』であるのならこれはかなり不味いのではないですかな?」


「ルインさん、このようなことに巻き込んでしまい申し訳ありません。……せめて、アナタだけでも見逃していただくよう説得できれば」


 そう言いかけたとき、ルインはその先の言葉を制止する。


「なにをおっしゃる。小生にとって死地はいわばアイデアの宝庫ッ! こういった実体験で感じ取る情動や空気こそ作品作りにはうってつけの至宝なのでござる」


「それで死んでは元も子もないでしょう!? ……まったくもう、外の人間って皆こんな感じなのかしら」


 ほんの一瞬、ミラの張り詰めていた気が削がれた。

 それを見計らっていたかのように、矢が飛び出てくる。

 それも、地面ではなく、ミラ達の右側の壁からズブリと音を立てながら。


「ぬ!?」


「くぅ!」


 ミラは寸でのところで矢を白刃取り。

 あとほんの1ミリでもずれていたら、間違いなく首に突き刺さっただろう。


「ルインさん、私はこれから魔力をフルに使って応戦します。その間にどこかへお逃げください」


「ハハハ、それは出来ませんな」


「ふざけている場合ですか!」


「ふざけてなどおりません。実を言うと小生……アナタには生きていて(・・・・・・・・・・)欲しいのです(・・・・・)


 意味深な発言に一瞬面食らう。

 この状況でなにを言い出すのかという困惑と体温の一時的な上昇により、狼狽する。


「フッフッフ~、さて、この発言を愛の告白と受け取られるか、それともなんらかの布石であると捉えるか。ねぇどっちだと思います? ねぇ?」


「……一瞬でも狼狽えた私がバカでしたわ」


「ハハハ、これは手厳しい。……で、対策はどうします? 魔力をフルに使うとは仰っても、あの男の居場所はわかるのでござるか?」


 いつでも引き抜けるようにマスケット銃のグリップに手をかけるルインは、軽口を叩きながらも周囲を警戒している。

 恐らくサンブーカは弓矢を使用した攻撃をまた仕掛けてくるはず。

 遠距離で物陰に隠れながらの発射だろうが、地面や壁を潜り、別の所から現れるとなれば厄介だ。

 "狩猟"という面においては驚異的な力を発揮する神託『アンフィスバエナ』


「……空を飛んで、彼を探します」


 ミラの出した結論。

 入り組んだこの場にいては神託の餌食になる。

 だが、1度上空へと言ってしまえば、壁や地面は遥か下だ。

 神託によって狙われる確率は低くなるだろうが、それでも油断はならない。

 先住民族風の衣装や弓矢などを好んで使うあたり、狩猟に関してはかなりの自信があるだろう。

 上空に飛んだとしても、狙い撃ちにされるかもしれない。


「サキュバスには翼がありましたな。……危険でござるよ? 先ほどから攻撃の気配がありません。もしかしたら、サンブーカはアナタが飛ぶのを狙っているのかも」


「かもしれませんわね。ですが、ここで尻込みしている場合ではありませんッ!」


 ローブを脱ぎ捨て、艶やかな翼を一気に広げる。

 月光に照らされる上品な羽ばたきのもと、上空まで上がろうとした。

 

 そして、その様子を別の場所で見ていたサンブーカは不敵に笑む。


「やはり飛んだか。だが上空で俺を探すなどという考えは浅はかだったな。……『アンフィスバエナ』は決して隙を逃したりはしない」


 サンブーカの目論見通り、それは発動した。

 家々の壁のあらゆる部位から無数の矢が、上空へ飛ぼうとするミラに一斉に掃射されたのだ。

 壁から放たれ、当たらなかった矢はまた対面の壁に潜り、またその面から発射される。

 容赦のない無数横行の矢に、ミラはたまらず悲鳴を上げる。


「きゃああッ!!」


 腹や腕、胸に矢が突き刺さる。

 矢尻には"かえし"が付いており、刺されば簡単には抜けないようになっていた。

 それでもミラは魔力でダメージを抑えながらも翼を羽ばたかせる。


「ミラ殿!? ……くっ、戻りなさい! このままではアナタが!」


 地上でルインが叫ぶ。

 それでも飛ぼうとする彼女を見て表情に苦みが走った。


「まったく……、サキュバスは無茶をする方々が多い。…………"昔からそうだった"」


 ルインはマスケット銃を引き抜き、路地裏を駆ける。

 なんとかして屋根の上に登ろうと、思考を巡らした。

 サンブーカは重症ながらも上空へと舞うミラと、動きを見せるルインを察知する。


「ほう、別々に動いたか。……ではまずはサキュバスの方から片付けよう」


 そう言うや、物陰から現れ、上空のミラに向かって狼のような咆哮を上げる。

 まるで自分はここだと言わんばかりに、ミラの注意をこちらに向けた。


「あ、あんなところにッ!」


「そうだ、来い。このサンブーカが直々に葬ってやる……」


 弓を納め、今度は斧とナイフを手に取る。

 どっしりとした構えで、屋根の上でミラの攻撃を待つ。

 

「……私は、負けませんッ!」


 上空で魔力を解放する。

 刺さった矢が放出された魔力により消し炭となり、傷口が癒えていく。

 だが、完全にではない。

 多少のダメージを残しながらも、全速力で滑空し、サンブーカに殴りかかる。


「ぬぅう!!」


「ハァアアッ!」


 サンブーカの力とミラの技がぶつかり合う。

 慣れた手つきで斧とナイフを用い、人体急所を狙うサンブーカに対し、宙に舞いながら練り上げた体術を巧みに操って応戦するミラ。

 ここで、人間とサキュバスとの差が出てくる。

 元々の身体能力や長年の鍛錬からなる武の読みと相まって、サキュバス特有の『男への観察眼』が大いに役に立っていた。

 サキュバスは男を満足させることに特化した魔物。

 筋肉の動きや、ちょっとした仕草、息遣い、鼓動のリズム、視線の動き等々。

 男の少しの変化で"その男がなにを欲するのか"を読み取ることが出来る。


(見える……、次に私のどの部位を襲いたいのか。どの部位に傷をつけたいのか……直感だけれど、認識できるッ!)


 次第にサンブーカの動きに慣れてきたミラは、地上での苦戦が嘘のように猛攻を仕掛け始める。

 彼も負けじと力で応戦するが、流れを変えられない。


「くぅっ!!」


「さぁ、アナタに勝ち目はありませんわ。もう、戦いを止めてください!」


 ミラは叫んだ。

 彼とて、こんな戦いは望んでいないはず。

 戦士として自分のことを認めるとは言ったが、こうして向き合っている内にミラの心に、"彼はまだ戦いを躊躇している"というのが伝わってきた。

 ならば、これ以上は無駄だと思った。

 

「甘いぞ……勝負はまだ終わってはいない。……そして、俺が神託者であることを忘れるな!」


「え?」


 狼狽した直後、サンブーカは足元に向かって斧を叩きつけるように投げた。

 そしてそれは矢のときと同じ、ズブズブと音を立て沈んだのだ。


 気づいたときには、ミラの背中に、先ほど彼が投げたはずの斧が刺さっていた。

 壁や地面などを通して、自分の攻撃をワープさせる能力。

 これがアンフィスバエナの正体であると気づいたときには、ミラは屋根から転げ落ちていた。


 


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