#25 フレイム・ダッチマンの真意
「そうでしたか、アナタ方はこの世のどこかにある幻宝を探しておられたか」
「そうだ、『叡智の果実』……私にはそれが必要なのだ」
路地裏の陰で、ルインに己の目的を話す。
「……なぜ、それを求めるのです? 富もあり力もあり、神託能力も持ち合わせるアナタが、それを求めるなどとは……」
ルインの当然の問いに、フレイムは沈黙でしか答えない。
ミラもイリスも、真意は知らない。
恐らくどれほど聞いても、明かそうとしない。
そう思った矢先、ルインが思わぬことを口にする。
「では小生が、アナタがなぜ叡智の果実を求めるのか、当てて御覧に入れましょうぞ」
まるで舞台俳優のように仰々しく。
台本のように紡いでいった。
それは、この場にいる誰もを驚かせることだった。
「――――ダッチマン卿。その果実を見つけたら……自身の神託能力を捨てられるおつもりでは?」
「……ほう」
「なんですってッ!?」
イリスは真っ先に声を荒げた。
それもそのはずである。
叡智の果実は、力をもたらす。
にも関わらず、その力の象徴である神託を捨てるなど考えられない。
「まぁまぁ、話は最後まで。……叡智の果実を食べた者は伝承では超能力を、即ち今でいう神託を得ると言いますぞ。しかし、神託者がこれを食した場合、実はなにも起こらない。つまり、すでに神託能力を持っている者が食べてもただの果物にしかならぬ、ということでござる。そんなことで命を張るような旅をするとは思えません」
ルインの言葉に、フレイムは小さく賛辞の拍手を贈る。
どうやら、正解、という意味だ。
イリスはわけがわからないままだった。
まだ、フレイムの真意がいまだにつかめない。
ミラは顎に手を当てながら、自身で考察を始めている。
「ふふふ、ただの吟遊詩人とお思いでしたかな? ――――実は小生、叡智の果実の"もう1つの真実"を知っているのです。歴史の闇に隠れた……禁忌の伝承を」
妖しく笑みを零すルイン。
それを見るや、フレイムは数歩前に出て、イリス、ミラ、そしてルインを一瞥する。
「なるほど、面白い奴だな君は。そこまで知っていたか……よし、いいだろう。ならば、この旅の……いや、このフレイム・ダッチマンの真の目的を君達に教えよう」
まるで演説でも始めるかのように、語り始める。
この場にいる誰もが息をのんで耳を傾けた。
「ルインの言った通り、叡智の果実を見つけたら、私は自らの神託を捨てる。ここでは、その方法は割愛させていただく。だが、これは目的のための手段の1つでしかない。私の真の目的は、その先にあるのだ」
「目的の、その先? 一体、なんなのです?」
「……その前にだミラ、そしてイリス。君達は"超人"と聞かれると、どのようなモノをイメージする?」
突如としてあげられた『超人』というワード。
ミラとイリスは思った通りのイメージを答えた。
「そうですね……超人は、あらゆる分野で成果を上げるヒトのことでしょうか?」
「……力も能力も全てが人間以上の存在、かな?」
「よろしい。まぁ大体はそういうことをイメージするよな。だが、今回に至っては違うッ!」
そういうや、フレイムは眼光を更に鋭利にし、自らの真意を語った。
「私の言う超人とは、……『人間を超え、神を"克服"した者』のことを言うのだ」
――――神。
見えざる力の象徴、あるいは地上に対する高次元的干渉者。
ときとして妄信妄想の具現、濁り切った願望の人格化、エトセトラエトセトラ……。
それらを総称した存在を、上位者とし、神と呼ぶ。
彼はそれを、克服すると言ったのだ。
「言っておくが、私の目的は、神を超越することでもなければ、神に代わって万物を支配するなどということではないということだ。そんなものは、最強の存在になってチヤホヤされたい奴にでも目指させておけばいい」
「いや、ちょっと待って! フレイム、どうしてアンタはその超人とやらになりたいの? 神託を捨ててまで……一体なにが目的なのよ!」
イリスの叫びに、フレイムはゆっくりと彼女と向き合う。
彼女にとって、フレイムはいずれ斬り殺す対象であり、憎き神託者だ。
それなのに、その神託を捨てるという行為自体が考えられない。
「その疑問は最もだな。神託者にとって神託とは己の半身そのものであり、これからどのような道を歩むのかの、人生における吉凶を暗示する鏡そのものだ」
「だったら!」
だが、イリスの言葉を遮るようにフレイムは言葉を続ける。
「イリス、私は神への懺悔や崇拝の気持ちなど一切持っていない。だが、神はいる。神は確かに実在する。……魔術を通し、交信する輩もいる。実際に会ったという奴もいる。世界の認識においてこの世全てが『彼等が作った箱庭』であり、我々は蠢く下僕であるそうだ。……私は、そんなものはイヤだ。人間は神より下? あぁそうなのだろう。だが、私はこの結論を断固拒否するッ!」
この強い言葉が、イリスを黙らせた。
夏場の湿った風が彼女の頬を撫でる。
髪が揺れ、布地がはためく。
フレイムの姿をただじっと見ていた。
その話に聞き入るように。
「人間は神の奴隷であると定め、生き続けるのか? いつまでも神に善悪の価値を任せておくのか? 異能者を常に上とし、非異能者は下であると? 否ッ! もううんざりだ。ならば、私の行動は1つ。自らを含む人間という価値観を超え、神のシステム全てを克服する。その力をもたらす第1歩が『叡智の果実』なのだ!!」
フレイム・ダッチマンが吐露したのは、超人への意志。
これには、イリスはもちろん、ミラですらなにも言えなかった。
彼の、世界に対する強い信念がヒシヒシと伝わってきたからだ。
「……ふぅ、ガラにもなくヒートしてしまったな。聞いての通り、これが私の目的だ。私はなんとしても叡智の果実を手に入れなければならない」
「……はぁ、わかったわ。まぁ元々約束だし、最後まで付き合うつもりよ? ……でも」
「なんだ?」
「……殺される対象から外れたとは思わないことね? アナタが超人になろうがなるまいが、アタシは必ずアナタを殺す」
「いいともさ。挑んできたまえ。一武人として、君とは決着はつけたいしな」
「いや~、青春劇のようでいいですなぁ」
「なぜ、いいと思われたのか、理解に苦しみます」
ほんの少しだけ、空気が和んだ。
だが、そんな中でも、彼等を狙う次の"刺客"はすでに牙をむいていた。
「見つけたわ、――――フレイム・ダッチマン」
イリスが船の中で出会った女暗殺者。
――――アフサーナ。
そして、その背後に佇む2人の男。
それぞれの獲物を手に、今まさに襲い掛からんとしていたのである。




