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D壊の英雄  作者: 闇薙
第二章 輪廻天駆のディケデンスソウル
10/35



 戦いにおいて、その身の上なんてものを知る必要などない。


 そういう意味では、彼女の思いも、願いも、生き様も全てが無意味な記号でしかなく、符合しない事象についても語る必要は無い。それでも、彼女の事を何一つ開示しないというのは余りにも不公平が過ぎる。彼女の言葉の意味を彼女自身が語るつもりはなくとも、彼女の言葉の意味を誰も知らないという事は悲しすぎるから。今回ばかりは少しだけ、彼女の事を語ろう。


 彼女の物語に意味なんてない。


 彼女の物語は既に終わっていて、彼女の生涯は既に余生になり果てている。


 夜月。


 甘犬夜月。


 あまいぬよつき。


 あまとは即ち雨の事。いぬとは即ち居ぬの事。その名が指し示すのは快晴の空であり、彼女の名は雲一つない空に浮かぶ美しき月の事を指す。太陽の光を反射して輝く美しき月。それは本質的にまるで輝くつもりのない彼女自身の自嘲の象徴であり、これより先輝くことを願う、彼女の希望であり、そして、かつて光輝く太陽だった自分に対する羨望の証だ。


 日が昇り、日が沈んだ後の冷たい夜の月。


 他に輝く物のない暗闇の中で唯一輝く孤独の象徴をその名に戴く事、それは、彼女が本質的に異邦人であることを示している。


 天狗の中であって天狗にあらずという訳ではない。

彼女の種族は確かに天狗で、彼女の在り方は間違いなく天狗なのに、その生涯が純粋たる天狗の生き方を否定する。千の時を経ていまだ未熟。千の時を経て、未だ見えず。彼女は願望をもって破滅へと疾駆した。


 彼女は死にたいのだ。


 死にたがりという訳ではない。むしろ彼女程生き汚い天狗もいない。少なくとも彼女自身は自分の事をそう評して、何よりそんな自分を憎悪している。死ぬべきだった。死ぬべき時を見誤って、そして彼女は今も生き恥を晒し続けている。


 生き地獄だなんて思いはしていないけれど、あの時死んでおくべきだったという後悔は未だに彼女の身を焦がし。時の果てに再び最初の出会いをやり直す。



「やあ、私の名前は夜月。君の名前を教えてほしい」


「……和仁。三上和仁」


「ああ。和仁。とても良い名だ。君に合う。素晴らしい名前だ。ところで、一つ提案があるんだけど、聞いてはくれるかな?」


「ああ、わかった」


「ありがとう。だけど、そんな風に内容も効かずに了承なんてしてもよかったのかい? 私が悪い人間なら、君はきっと後悔するよ?」


「いいよ。それでも。だって、ねえちゃん、泣きそうだもん。泣くなよ。何でもいう事聞いてやるから」


「ああ。君ならそういうと思っていたよ」



 そして、彼女は彼を弟子にした。


 導かれるままに彼を導くために。


 そして、そして、かつて間に合わなかった時代に手を伸ばすために。


 そのエゴをして、醜いと彼女は自身をそう断じた。その醜さは誰に見抜かれるものではなく、見抜くとすれば人ならざる絶対者のみ。まさしく悪罪その物しか見抜けぬだろうその悪業。それを醜いと言わず何という。それを無様と呼ばず何と呼ぶ。巡る輪廻の中で繰り返すことを望まぬと言い訳しながら繰り返す。そして、そうして、彼女は遂に終焉を突破した。



「違う」



 違わない。


 彼女の望みは遂に果たされた。


 間違いなく。寸分の狂いなく。彼女の望みはここに成就した。



「違う……違う!!」



 何が違う。


 なにも違わない。


 確かに彼女の望みは果たされた。


 その結果、彼は彼女と出会うことなく。彼は、彼女との絆をはぐくむ必要なく。迎えたのは疑いの余地入らぬハッピーエンド。誰も死なず。誰もが救われ、悪は討たれ、主人公とお姫様は無事に結ばれた。これ以上望めぬ物語の終わり。それを望んだはずだった。それこそが彼女の望みだった。彼が幸せになるのなら、この身など朽ち果ててもいいと思ったはずなのに。



「ああ、そうか」



 その思考にようやく理解する。


 確かに、彼女は彼の幸せを望んでいた。


 確かに彼女は彼の為になら朽ち果ててもいいと思っていた。


 その思いに嘘偽りなどなく。


 その願いに一片の邪も無い。


 だけど



「ああ、だけど、君に忘れられるのは……君の中の有象無象となるのは嫌だ」



 だって彼女の世界は彼だけでできている。


 だって彼女の世界は彼だけを追い求めている。


 その果てに滅びが待つというのならそれを笑って受け入れる覚悟はしていたけど、物語が始まらないのだけは受け入れられない。物語が終ってしまうのではなく。物語が始まらないのだけはどうしても我慢が出来ない。



「だから」


 物語を動かした。


 終わっている物語に茶々を入れた。


 これ以上は蛇足。


 これ以上に意味なんてないのに、無理やり動いて第二章なんて続けて見せる。


 短編で終われば習作だった。


 なのに、無様な長編に物語を捻じ曲げて、それでも彼への愛を投げかける。


 決着のついたお話に、結論以外の答えなどでないと知っているのに……



「和仁……」


「師匠」



 言葉を交わす必要などない。


 言葉以上に雄弁に拳が、脚が、何より技が余すことなく二人の意思をつないでいる。以心伝心も時と場合による。夜月はそう思いながらも、和仁との逢瀬のような戦いに心を預けていく。

だけど、和仁はそれを必死に拒んだ。


 その思いは受け入れることができないと、身持ちを固めた。



「双天絶衝・奥伝」



 そんなことを夜月は許さない。


 夜を砕く。故に夜砕。


 和仁に夜月が最初に伝えた技の最終形態。


 そして、かつて夜月が自らの師と慕った男より一番最初に賜った技。


 夜を終わらせれば彼女の時間だ。


 そう笑って、彼は彼女にこの技を教えたのだ。


 まだ、弟子と師匠という間柄ではなく。


 まだ、生意気なお子様だった自分と、大人だった師匠のとても楽しいあの時間。


 その時代に執着できていたのなら、たとえ足手纏いだったとしてもついて行くことが出来ていたのなら、彼女の後悔はきっとなかった。



「夜砕月鮮」



 闇を切り裂いて一撃が奔る。


 夜闇を薙いで次の光を呼び込むために。希望に満ちたはずの技は、彼女の名を冠したはずの技は、彼女の絶望によって漆黒に染められた。絶望を纏い夜を纏い打撃は斬撃を孕んで和仁に疾駆する。


 これは死だ。


 これは毒だ。


 これは悪夢そのもので。


 その強度が彼女の抱いた絶望の深さを物語る。


 結局彼女は師匠の言葉を無視しきれなかった。無鉄砲になれなかった。

大人に成り果てて、聞き分けよく、彼の言葉のままに彼を信じ切っていた。大人が、人が嘘をつく生き物だという事を思い出すまで。


 それが彼女の後悔。


 それが、彼女が子供時代に別れを告げた最後の思い出。


 大人に成りたくなんてなかった。


 だって、子供のままで、かつての無垢なままで、かつての我儘なままでいたのなら……



「きっと、師匠キミは私と共に死んでくれていたのに!!」



「侮るなよ、師匠」



「和仁……?」


 不意に彼の事で理解が及ばなくなった。


 否、彼の感情の動きは見るまでも無く掴んでいる。しかし、彼が抱く感情の理由が彼女には理解できない。冷徹で、冷静で、どこまで行っても感情を見せない彼の戦い方は、彼女が彼に仕込んだとおりに完成している。彼女が憧れたかつての師匠の在り方そのままに、若さという武器を未だ残す和仁の現状は、人類史という範囲で括っても三本の指に入る。


 神話の時代でさえ、ここまで完成された武術家はいなかった。


 少なくとも、二千の年月数えた夜月をして彼ほどの腕前はみたことがない。


 実力だけで言うのなら、彼女の師を越えている。


 かつて越えられなかった運命を越えている時点でそれは明らかだ。


 しかし、そんな彼の事を、彼女最もよく理解していると自負している。それは彼の父母よりも、それは彼の恋人たる吸血のお姫様よりも。間違いなく夜月は和仁の事を理解している。しているが故に、彼が今抱いている感情を理解できなかった。誰よりも傍にいた彼の事が理解できないことに、夜月は困惑の表情を浮かべる。



「侮るなと言ったんだ師匠」



「何を……私は君の事を侮ってなんて……」


 その言葉は事実だ。


 夜月は確かに和仁の事を過大評価も、過小評価もしていない。


 完璧なまでに彼の事を理解し、彼の事をきちんと理解している。


 その事が、どうしても和仁の癇に障った。


 どうしてこんな簡単なことが理解できないのか。


 目の前の尊敬すべき師匠の未熟さに、歯が割れんばかりに食いしばる。そして、その熱を一度吐き出そうとして、それを止めた。



「行くぞ、馬鹿師匠」



 そしてこの日、初めて和仁は師匠の言いつけを破った。


 冷静になれるはずなんてない。抱く熱量そのままに、大地を踏みしめて夜月の懐に飛び込んでいく。


 目を見開く夜月。目を細め、集中を高め続けている和仁と視線が交錯した。


 やはり、二人の間に言葉はない。


 言葉はいらない。技で語る。


 そして、その身の未熟さ、その身に刻め。


 今宵初めて、和仁は全力で拳を握った。


 夜の月、煌煌と輝き。


 夜の闇が更に深まっていく。


 妖どもが跋扈して、怪異どもが己が時に笑うそんな時間。


 超人二人。


 ただ、絡み合うように拳を交えていく。




「理解できる? 朝陽さん」


 揶揄うように、瑞葵が朝陽に声をかけた。


 その言葉に彼女は反応することも出来ずに、ただ食い入るように和仁と夜月の戦いに見入っている。


 凄まじい戦いだった。食い入るように見て当然だ。この戦いを見て、何も感じない武芸者など、武芸者にあらず。なにせ、そういったものに縁のない瑞葵が見てさえ、感嘆の息が漏れるほどの光景だ。


 人はここまで極まることができるのかというその見本が目の前にあるのだから。


 しかし、そうだとしても、瑞葵は朝陽への問いを緩めなかった。


 見入ることは理解できても、今回の問いを流されるわけにはいかないから。もう一度問い掛けようと、口を開きかけた時、そんな瑞葵を制止するように朝陽が答えを返した。



「私って、知ってたけど、案外馬鹿なんだね」



 そういって、寂し気な表情を浮かべた朝陽に対して、瑞葵は満足げな表情を浮かべた。それに相反する様に朝陽の表情は沈んでいく。とは言えと、瑞葵は思った。恋人として誠に遺憾なことではあるのだけれど、恋人としてとてもうれしい事ではあるのだけれど。


「まあ、安心しなさい。私の和仁、頼り甲斐のあるとてもいい男なんだから」


 ため息とともに、瑞葵はそういった。とても残念そうに。だけど、どこか清々しい笑みで。




 


久々にノリとテンションだけで書いてみました。

やっぱり、こういう文章の方が書いてて楽しい。

中二病は治る物じゃないと自覚したので、次回からもこれで行こう。

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