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D壊の英雄  作者: 闇薙
第二章 輪廻天駆のディケデンスソウル
11/35

一応、本筋に関しては二部完結。

後は、エピローグの為の最終話だけです。


 胸に宿る炎を燃やし、穿てぬものなど何もないと言わんばかり我武者羅に。拳打放つ度、混ざる大気が熱を増す。音は軽く、威力は凄絶に防ぐことさえ許さない。


「くぅっ!?」


「シィイイ!!」


 心定まらず、ただ自らの感情が儘に技を振るう。


 ただそれだけで、和仁は夜月を追い詰めていく。


 放たれる技は無茶苦茶だ。


 その心は千々に乱れている。


 なのに、その拳打の悉くを夜月はもらってしまう。


 理解が及ばない。


 受けるはずのない一撃が直撃するたびに、意識が飛びそうになる。


 それを無理やり抑え込んでいるのは彼女の種故にで、技量の賜物でもなければ、修練の果ての領域でもない。ただ単純に、人より優れた身体能力ステイタスで耐え忍んでいるだけだった。

 それが、夜月の誇りを打ち砕く。


 自らの弟子を相手に手も足も出ないという事実に、一撃受けるたび嗚咽が漏れそうになった。バカなとは言わない。和仁の技量を知っていればそれを事実として受け止める事は出来よう。あれは人類種の白眉だ。その技量を高めるに一役買った彼女をして、その底が測れない。英雄の転生者と聞いて納得が先に立ったほどに際立つ、人の中の人。それでも……



「まさしく君は英雄だ。……どこまでも尊く、どこまでも気高い。君が……英雄でさえなければ……君がただの人であれば……君がそこまで完結していなければ……なんて、そんなくだらないことを思ってしまう。願ってはいけないことを願ってしまう。くだらないと、切り捨てたはずなのに。もしかして君なら、受け入れてくれるんじゃないかと、そんなことを思ってしまう。ああ、なんて浅ましい。そうだろう? 和仁」



 もしを並べて彼女は嘆く。


 なのに、その声音はとても静かで、とても穏やかで、あまりにも後悔がない。


 彼女にとって終わっている出来事が、彼女を蝕み、そしてすべてを諦観に導いている。


 かつてその視線を慈愛だと勘違いした。その諦観を冷静さと間違えた。そんな自分が和仁は何より許せなくて、何より彼女が救われない。


 救われなければならない。


 彼女の頑張りを和仁は知らない。知る由も、知ろうともしていない以上それは当然で、そしてそれが甘えだと気が付いたからこそ、それを是とした自分自身に腹が立った。目の前の強い師だけを見て、涙を流す少女を見逃したその事実に彼の血潮は燃える様に熱を帯びた。



「もういい」


「え?」


「もういいんですよ師匠」


「和仁?」


「もういいんです。これは俺の間違いだから」


「あはは。違うよ。これは私の因縁で。そして、間違えたのは私。勝手に期待して、変わることを願っておきながら、変わってしまったことに失望した。そんな下らない私の間違い」


「だとしても」



 言って和仁は構えを取った。


 己が心の命ずるが儘に、自らの取りやすい構えを取った。


 夜月の見たことがない、夜月が教えた訳ではない、全く知らない構えに彼女は息を飲んだ。



「それに気付かなったのは俺だ。それに気付こうともしなかったのもまた同じく。だからこれは、俺の間違いだ。師匠の間違いなんかじゃない。師匠は間違えない」


「ふふふ、ありがとう。でもね……私は間違えた。君へ押し付けた身勝手な理想も、抱くつもりのなかったこの感情も、願っていたはずの再会も……すべては望んではいけないものだった。だって、私の居場所はここにはない。私は自分の居場所から逃げ出して、ここを自分の居場所だと言い張っただけの女。そんな女の願いなんて、叶ってはいけないの」



 やわらかな笑顔で彼女はそういった。


 和仁には夜月が今この場所に立っている理由なんてわからない。


 だけど、彼女は願いをもってここに立っている。


 時を越えて、時代を超えて、倫理を越えて。


 なのに、抱いた願いさえ間違いだと、その願いを、願ってはいけないものだったと独白して、彼女は笑うしかなかった。


 その姿を和仁はみていたくない。


 尊敬していた強い彼女の像は消え去って、後に残るのは孤独に嘆く少女だけ。


 その事を認識して、後悔と一抹の寂しさだけが胸のに残る。彼女の願いを理解したが、その願いだけ叶えさせるわけにはいかなかった。



「決着をつけよう」


「うん。君の手で決着をつけてほしい。きっとそれだけが、私に許されたたった一つ抱ける願いだから……」



 その言葉に、和仁は答えない。


 以心伝心。


 知りたいことはすべて伝わっている。


 はずなのに、夜月は和仁の事を理解できなかった。


 憐憫の感情を彼から感じない事にではなく、彼の尊敬の念が一切薄れないその事実に。


 夜月が構える。


 和仁は既に構えていた。


 夜月が見せるのは和仁もよく知る戦いの形。放たれるは絶技、夜砕。その最終。対する和仁が見せる構えは誰にも見えたことのない構え。少なくとも風雨流の構えではなく、夜月の知らぬ構え。そのぎこちなさを見て取って夜月は和仁のしている事に気が付いた。



「ここにて新手……」


 しかし、それは悪手だ。


 武術とは積み上げていくもの。


 練りこまれた基礎の上に組み上げるもの。


 基礎も無く、ただ発想のみで生み出されたものに強度はなく、脅威なんかになりえない。


 閃きは積み上げられた学問には及ばない。


 それが、武術を修めた二人が抱く共通認識のはずだ。


 故に、和仁が独自の構えを取った時夜月は心を揺らされたのだ。


 極まった領域に踏み入れた二人であるが故に、閃きに頼ることの怖さを知っている。閃きのもろさを知っている。なのに、和仁はその閃きに従った。



「双天絶衝・奥伝」



 夜月が選択したのは自身が最も愛用した奥義。


 誰よりもその技に心を注いだ彼女が放つそれは、神域の切れ味をもって和仁へと牙を剥く。両の掌に生命エネルギィを注ぎ込み、着弾した外部と内部を同時に破壊する破邪の秘拳。その一撃は、夜月をして最高レベルの完成度と自負するに足る一撃だった。


 並の人間なら受けることなど叶わない。


 和仁をして、相殺さえ許さない程に極まった一撃。


 されど、それを乗り越えてこそ人類の最優。受けては必死、放てば必中。ならば、先を取る以外に手段はない。天狗相手に人に求めるにはあまりに酷なその要求。その上、和仁は後手を選んでいる。既に夜月の技は放たれて……



「我流天凜・紫陽」



 その才覚を拳に込めて。


 その拳撃は紫電を越えて。


 夜を越えた先。日より満ちる光のごとく。


 意識と意識の拍を撃ち抜いた。



「あ……」



 漏らせたのは言葉に至らない小さな呟きだけだった。


 落ちる刹那、苦々しい顔の和仁が目に映る。


 それだけで、救われた気がした。


 それだけで、彼を過小評価していた自分に気が付いた。


 この感情を重荷だと思っていた。


 彼に向けるわけにいかない重荷だと思っていた。


 でもそれは仕方ないじゃないかと、心の中で和仁に向かって文句を言う。


 時を超えてでも君に会いたい。時を超えてでも貴方に認められたい。


 なんて、真実ではない、だけど嘘ではないような言葉でお茶を濁した。


 だけど、本心なんて言えるはずがない。


 だって、君には……



「君には、もう愛した人がいたじゃないか」



 崩れ落ちながら、意識を半分手放しながらつぶやいた言葉が彼に届いたのかはわからない。だけど、届いていないことを彼女は願った。こんな事をしでかしておいてなんだが、彼女にもプライドがあった。男を取られた嫉妬でこんなことをしでかしたなんて……男に振り向いてもらうために大惨事を引き起こしたなんて、みっともなくて誰にも……特に、和仁には知られたくなったから。



「……ありがとうございます師匠。俺を鍛えてくれて。……俺を愛してくれて。だけど、すいません。俺、好きな人がいますので、夜月の気持ちには答えられません。気付かない馬鹿で申し訳ありませんでした」


 彼の言葉が遠くで聞こえる。


 真摯に彼女の言葉に答えたそれに、夜月は小さく笑みを浮かべた。


 らしい、浮かぶ感情は振られたことに対する衝撃。


 だけど、この痛みを受け入れていこう。


 今は素直にそう思えた。



「つまらない女ね」


 なのに、悪魔のような囁き声が意識を失ったはずの彼女の元へと届いた。


 聞きなれた、そして心底嫌いな相手の声。


 赤霧瑞葵。


 彼女の宿敵にして、恋敵。和仁の心を奪って離さない憎むべき女。


 意識を失った暗闇の中で、彼女の声が聞こえるという状況に彼女の在り方を思い出す。


 魔女。吸血鬼。そして龍。


 成程、意識を失った後の夢に現れておかしくはなかった。



「ふふ、貴方と会話するのならこういう場所の方がよほど安全でしょう?」


「私の安全は考えないんですね貴方」


「ええ。だって私、貴方の事が嫌いだもの。嫌いな貴方の為に心を砕いてあげる理由なんてどこにあるのかしら?」


「嫌い? 私の事が?」


「理由がないなんて、そんなことを言わないでね和仁のお師匠さん。そんな事を言われてしまえば、貴方をこの暗闇から無事に返したくなくなってしまう」



 溢れる殺気。嫉妬に濡れた声音に成程と夜月は理解した。そして、苦笑と嘲りを五分五分に混ぜた笑みを彼女に向ける。闇の中でも笑顔を崩さない彼女の表情から色が抜け落ちる。



「冷酷非道な魔女様も、和仁の言葉には弱いのかな? 惚れた弱み。よかったよかった、彼だけではなかったらしい」


「……ふん。察しがいい女は嫌いよ」


「特に和仁から心砕かれるようなのは?」



 夜月の言葉に瑞葵は舌打ちを一つ。


 図星であることの証明。


 それと同時に瑞葵の意図を夜月はある程度察していた。これから夜月がどうなるかのか。そのことを伝えに来たことが一つ。もう一つは……



「釘を刺さなくとも、和仁に手を出しはしないさ。ああまで完璧に振られてしまっては、言い寄ることなど不可能だ。私のプライドはズタズタだよ」


「ふーん? その相手を亡き者にしてでも奪うつもりはないのかしら?」


「ああ。そんなつもりは無いよ。まあ、もっとも? 君が捨てられた時には、アプローチさせてもらうけど」


「……面倒な女」


「ああ。面倒な男の師匠だからね」



 もう一つ舌打ちを一つ。


 和仁が瑞葵を振ることなどありえない。その確信が二人にはある。しかし、それは彼が人である限りだ。そして人である限り、いずれ逃れられぬ運命が待ち受けている。


 死という運命。


 それを超越できないが故に人だ。そしてその事を和仁は肯定して受け入れるだろう。少なくとも、彼女たちが知る和仁はそういう男だ。


 人として生まれ、人として死んでいくこと。そこまで含めて初めて人だと思っている。


 しかし、瑞葵はどうか?


 人として生まれ、されど人ならざる者として再誕した彼女は……



「先の事ね」


「ああ、語れば鬼に笑われるとも」



 言いながらも夜月は確信の表情で瑞葵を見つめている。


 その態度に含む物は多く、殺意さえ抱きながら瑞葵は彼女から視線を切った。


 所詮は負け犬の遠吠え。なのに、負け犬の遠吠えを気に掛ける自分に苛立っている。



「……貴方、うち預かりになったから」


「ああ、成程。それは手厳しい」


「そして、監視役にはあなたの昔。覚悟しておきなさい。似合わないふりっふりっのメイド服用意しておいてあげるから……」



 そう言うと、瑞葵は暗闇から掻き消えた。


 それと同時に視界がぼやける。


 意識の浮上する感覚。


 意識が、肉体へと回帰して、ようやく彼女がわざわざ深層心理にまで、さっきの事を告げに来たのか分かった。



「おはよう師匠。随分眠ってましたよ」


「ああ、あまりにも心地が良かったんだ。仕方ないだろう?」



 昔と比べてとても大きくなった背中。昔感じた大きな背中。


 がっしりとした感触に、夜月を支えている大きな手。


 それら全てが、彼女を安心させた。



「ああ、後の事は全部瑞葵が……」


「後の事は後でいいよ。それよりも和仁」


「え……」


「強くなった。私を越えて強くなった。ごめんね。貴方を侮ってごめんなさい」


「はは……解ってくれれば、いいんですよ」





 

 

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