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みなさん、こんにちは。
心の中からのご挨拶で失礼します。
え?ちゃんと声出せって?
しょうがないなぁ〜。
「あーうっ!うあっ!」
……ぐはっ!
恥ずかし過ぎて死にそう!!!!
違うの!ちょっと待って違うの!
これには事情があるんだって!
だって!だって!!だって!!!
私、赤ちゃんなんだもん。
……うん。
これね、私にもちょっと理解出来ないんだ。
どういうことなんだろうね?
目が覚めたら、赤ちゃんになるって経験ありますか?
ないですよね、はい、知ってます。
でも私はそんなレアな体験を実感中なわけですよ。
おかしいな、二十歳超えてたはずなんだけどな。あっれー?
赤ちゃんって、不自由だよね。
腕とか足とかあんまり上手く動かせないし、首もちょこっと横に向けられるくらいだしさ。
まあ、最初何がどうなってんのかわかんなくて泣き叫んじゃったんだけど。
いや、別に泣くつもりなかったんだよ?
なにこれーーー!?
ってパニくってたら勝手に泣いちゃった感じ?
ほら、それはさ、仕方ないじゃん?
赤ちゃんのお仕事だもんね?
そう、それで泣き叫んだらメイドさんみたいな人が慌ててやってきてさ、抱っこしてくれて、宥めてくれたんだよね。
ここでもびっくりですよね。
いきなり知らない人に抱き上げられて、よしよし、とか言って抱き揺らされてるんだからさ。
まあ、そこで冷静になったよね。
なにこれーーー!?から、なんだこれ……みたいな温度差よ。
本当はまだパニクってるけど、慌てたところでどうにもならないしね。
夢かなって思ったりもしたけど、あまりにもリアルな感覚だしね。
なるようになれって感じかな。
うん。
はぁ、なんだか状況把握出来たら眠くなってきた。
寝よう、おやすみなさい。
* * *
みなさん、こんにちは。
みんなのアイドル、リアお嬢様です。
ごめんごめん、うそうそ!
恐らく私の乳母?みたいな人が私のことリアお嬢様って呼んでたからさ。
リアって名前なのかな、私。
ここ数日、状況把握の為に部屋を観察したりしてたんだけど、なーんか変なんだよね。
ほら、電気も蛍光灯とかじゃないし、天井に何も付いてないのに誰か入ってくるとパッと明るくなるんだよね。不思議じゃない?
どうやって部屋を明るくしてるんだろ?
あと、この部屋なんだけど、子ども部屋なのかな。
床にはふっかふかそうな絨毯が敷き詰めらていて、本棚と衣装箪笥、あと玩具箱?みたいなのが置いてあって、ソファーとテーブルが置いてあるの。
窓は……ガラス?なのかな、あれ。
なんか歪んでるんだけど、なんでだろう?
乳母がいるくらいだから、それなりの裕福な家だと思うからちゃんとしたガラスを使えるとは思うんだけど。
リアお嬢様って呼ばれてるし、乳母以外にも使用人っぽい人たちもいたし、お金持ちには違いないと思うんだけどなぁ。
ああ、あとに気になったのが両親のことね。
あれかな、子どもに無関心な親なのかな。
見たことないんだけど。
普通一日一回は子どもの顔を見にくるもんじゃない?
ここはお金持ちの家だから仕方ないのかもしれないけど、一般家庭だったら四六時中一緒にいるはずなんだけど。
なんか関心持たれてないとか悲しいよね、辛いよね、心折れるよね。
まあ、いいさ。乳母は優しいし、他の使用人さんも笑顔で話しかけてくれるから、望まれてない子どもってわけでもなさそうだし!
まあ、表に出さないだけかもしれないけど。
ああ、なんか凹むなぁ。
早く、動けるようになりたいな。
じっとしてると考えてばっかになっちゃうし。
この屋敷探検してみたいし、庭にも出てみたいなぁ。
早く成長してー。
* * *
みなさん、こんにちは。
リアです。
これ、恒例になったね。ふふっ!
聞いて!
最近色んなことが出来るようになったの!
離乳食に口を付けられるようになったし、お座りとハイハイも出来るようになったし!
ふわふわ絨毯に埋もれるように這いずり回ることも気持ちいいことに気付いたし!
ルーエが残念そうな顔で見てくるけど気にしない。だって気持ちいいんだもん。
あ、ルーエって乳母のことね!
そういえば、私のママンが誰かわかったよ。
ルーエに連れてこられた美少女がママンらしい。
めっちゃ可愛いの!びっくり!私のママン可愛いすぎじゃね!?って興奮したね。
なんていうか、妖精みたいなそんな儚さがあったね。
薄い翠色の髪の毛が腰当たりまで伸びてて、毛先が少しウェーブがかってふわふわ揺れてるのが美しい。
陶器のような真っ白な肌に、ガラスみたいな翡翠のような瞳に、金色の睫毛がくるんって瞳を強調するようについてて。
人形ですか、と聞きたいような美少女っぷりだったけど、それ以上に無表情さが人形味を増していた。
「ほら、メイリィ様。リアリィ様ですよ。リアお嬢様、貴方様のお母様ですよ」
ルーエは私を抱っこして、メイリィ様とやらに私を見せる。
この人がお母様……メイリィって名前なのか。
は!私の本名はリアリィなのか!愛称がリアってことか、なるほど、と目の前でじっと此方を見てくるお母様の視線に耐え切れず、そんなことを考える。
いや、見すぎ見すぎ!穴空くわ!
あ、お母様の瞳の中に私が……へえ、私ってこんな感じなんだ。色とかわからんけど。
「メイリィ様、抱っこなさいますか?」
「……ううん。落としちゃいそう」
わあああ!怖!落とさんといて!
ガシッとルーエに掴み、怯える私。
ってかお母様、若い!女子高生くらいじゃない?前世の私と同じような年齢の気がする。
あ、いや、私より年下か?確か私は大学生だった気が……。
ってか、本当可愛いなこの人。
「そうですか?では、ソファーに座って抱っこ致しましょう」
「でも……」
「大丈夫ですよ。どうぞ此方にお掛け下さい」
不安そうに瞳をゆらゆらさせていたお母様は、促されるままソファーに座る。
失礼します、と隣に腰掛けたルーエは私をお母様に抱きかかえさせた。
困惑気味のお母様に私はものすっごく不安になる。
落とさないでよ?投げ出さないでよ?痛いの嫌だよ?
「小さい……」
「赤ちゃんは小さいですが、成長が早いのですよ。すぐ大きくなります。メイリィ様もリアお嬢様の顔をもっと頻繁に見に来られた方がいいと思いますよ」
それは頷ける。
もっと来て下さいよ、こんな可愛いお母様なら大歓迎です。
なんとなく嫌われてるからじゃなくて、赤ちゃんに慣れてないってことが伝わってくるし。
お父様もそうなのかなぁ?
じっとこちらを見つめる母に、思わず手を伸ばす。
ほっぺとかすべすべしそうと思いながら伸ばした手は、ぱちくりと目を瞬かせたお母様がふいに手を出す。
ほっぺから方向転換してその指を掴むとなんだか初めてお母様とコミュニケーションがとれた気がして、思わず顔を綻ばせた。
「あら、リアお嬢様がお笑いになりましたね。やっぱりお母様のことがわかるんですねぇ」
私の笑顔にお母様は一瞬驚いたような表情をして、それから微笑んだ。
なっ!?
なんて破壊力!!!
妖精の笑顔が可愛すぎて眩しすぎて驚きです!!!
「私が母親だって、わかるの?」
わかります、わかりますとも!
めちゃくちゃ可愛いお母様ですね!!!
そんな思いを込めながら、きゃっきゃと掴んだ指を自分のほっぺに近付けて笑う。
「……私の、赤ちゃん」
「そうですよ、メイリィ様。とっても可愛いらしいですね、リアお嬢様は」
私とお母様を微笑ましく眺めているルーエは満足そうに笑った。
* * *
時々、知らない男の人がこちらをじっと見ていることがある。
それはもうじーっと、じーっと見てるんですよ。まじ凝視。
しかも無表情だから怖い。何を思ってこっちを見ているのかわからない。
一定以上の距離を保って、2、3分でいなくなる。
最初は知らんお兄さんがいるなぁ、って興味津々だったんだけど、特に何をするわけでもなく凝視してるから、なんかこう、居心地悪いじゃない?
だから気にしないことにしたのよ。
たまに睨めっこに付き合ったりもするけどさ。
これが中々の美形なんですよ。
銀髪碧眼、着ている服が黒系で、マントが漆黒だからすげぇ怪しい不審者にも見えなくないんだけど、まぁ、カッコイイから許せちゃうよね。
あれは誰なんだろうって疑問はあるよね。
お父様か、親戚か、お父様の仕事関係の人か、まぁそんな感じだと思うけど。
そして一週間も経たないうちにその答えを知ることとなる。
「うはぁ、かっわいいー!」
突然現れた目の前の男の人に目を白黒させる。
栗色の髪は遊ばせるようにハネていて、少し垂れ目の髪と同じ茶色の瞳をした男性は、軍服のような制服を少し着崩している。
わ、イケメン!でもチャラい!!
「リーアちゃん!お父様ですよ〜!」
私を抱き上げる男に私は尚驚いた。
なんと!この軽薄そうな男が私の父親なのか!
イケメンだけど、チャラいのはなんかなぁ。
嬉しいような、悔しいような複雑な気持ちを抱きながらも、初めて男の人に抱きかかえられてちょっと嬉しい。
イケメンに抱っこしてもらえるのは役得よね!
「おい」
後ろから、ドスの聞いた低い声が聞こえ、私は体を震わせた。
わ、他にも男の人がいたの?
チャラ男がくるり、と振り返ることで私は声の主を確認することが出来た。
「冗談だよ、そんな怒んなよ〜。ごめんね、リアちゃん。こっちが本当のお父様だよ」
はい、と差し出された私に、目の前の男はチャラ男に向けていた冷たい瞳を困惑気な瞳に変え、私を見た。
あ、この人いつもの無表情の銀髪イケメンだ。
って、えぇ!?この人が私のお父様だったの!?
私とチャラ男を交互に見る銀髪に、チャラ男が早く、と私を押し付けるんですけど、ちょっとこの不安定な抱き方落とされそうでものすっごく怖いんですけど。
相変わらずの無表情の銀髪にとりあえず手を伸ばして助けを求めてみる。
目をまんまるにして驚きながら、咄嗟に手が出たようだ。
チャラ男から銀髪に引き渡された私は落とされまいとガシッと銀髪の服を掴む。
「何驚いてんだよ、抱っこすんの初めてか?」
にやにやと笑いながら、チャラ男は銀髪……お父様を見ている。
ス、と細めた瞳をチャラ男に向けるも「ああ」と返事を返した。
「ほんっとお前って……。まあいいや、よかったな!娘抱っこ出来て」
そんなチャラ男の言葉を聞いているんだか、聞いていないんだか、元に戻った無表情でジッと私をいつものように見てくる。
こんなに近くでお父様を見るのは初めてだったけど、目の前の碧の瞳に吸い込まれそうになりながら私も見つめ返す。
なんだろう、この感覚。
ああ、お母様に見つめられた時に似てるんだ。
あの時は動揺したけど、いつもお父様には凝視されてたから、慣れたのか、冷静に見つめることができる。
お母様の翠の瞳も綺麗だけど、お父様の碧の瞳もとっても綺麗だ。
「おーい、お二人さん?二人だけの世界を作らないでくれますぅ?」
ハッとお父様が気付いたようにチャラ男を見る。
「まあ、仲良くやってけそうだな」
苦笑するチャラ男にお父様はプイと横を向く。
あれは照れてる、のかな?
よくわからんけど。
照れてるんだとしたら、可愛いなぁ。
「あー」
思わず笑いながら、こっちを見て欲しくて声を出して見れば。
私を見たお父様は、ふっと笑った。
イケメンの微笑み頂きましたぁぁああああああ!!!!
ってかあれよね、お母様とお父様ってすごく似たもの同士だよね。