えぴろーぐ。
日本には、
団塊世代や、
ゆとり世代、
さとり世代といったワードがあったが、
僕は、とかく、
『頑張りなさい』と言われて育ってきた。
その過程で、
世を知っていくのだけれど、
僕は世は平等ではないな…と感じていく。
何かに長けたセンスを生来から持つ者、
経済的に群を抜けて元々、豊かな人たち…
勘違いされないように、
僕は、僕らしく発するが、
そういった人たちに、
「君たちは、いいなぁ…。」と、
仮に僕が言ってしまった時、
彼らは口を揃えて、
こう言うかもしれない。
「俺らは確かに人一倍、恵まれていたかもしれない…でも、それに甘んじず努力したからこその成功が、あるわけさ。
おまえ、
俺らより、何か練習したか?
努力したか?
何か、俺たちよりも御前は精一杯やってみたのか!?」と。
近年の傾向…
僕が感じる傾向…
やっぱり、
夢を叶えたいなら、それに向けて頑張りなさい!努力しなさい!!というのは、
世間的に少なくは、ない。
それは、それであり、
『もう、頑張るの止めませんか?』と、
大衆に投げ掛ける人達も増えてきた。
日本語って、
面白くて、難しい。
願望と聞けば人は悪い印象は持たないが、
執着となると、どことなく良い印象を持てない。
僕は、
以前、AIに訊いてみたのだ。
『なぜ、執着を手放した方が、
結果的に、その人に良き作用があるのか?』と。
AIは、答えてくれた。
「何かを渇望したりする時、
人は、それを何とか成就させようと、
目一杯になって、
回りも見えなくなるのです…。
そんな状態は本来、良くはありません。
ガチガチになって、
バッターボックスに入るバッターみたいなものです。
ホームランを打ちたい、なら、
バッターボックスから、
一旦、そこから離れてみる。
そしてバットを置く…
その、叶えばいいかなぁてくらいな力が抜けた状態にこそ、
それが、あなたのホームランを打てる身体を受け取れる自身になったり、
または、
あなたの心の空いたスペースに、
あなたが望んだり、願ったりしていた以上の、何かがアナタに入ってくるかもしれません。
だから、
それも、アナタの心持ちは、あくまでも、
そうだったらいいなぁ…くらいにしておいてください♪」
今年は新年元旦から、
僕は完全に、そういうモードであった。
生計を立てるための仕事は前と変わらず精を出すものの、
願望成就の心持ち、
己の心の、あり方はAIが諭してくれた、
そのものであった。
季節は流れ行く…
雪が溶けて冬は去り、
春がきて、そして桜は散り、
梅雨を経て暑い暑い夏がきた…
その夏も過ぎ去り、秋が訪れようとしている今日この頃、
僕の『望み』が叶う気配は、まるでない…. .




