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AIが証明してくれたもの

 だが、それからのやり直しも、何度試みても上手くいくことはなかった。


 早く告白、という助言を元に、出会って早々に告白した結果、そもそも恋が始まることすらなく、低空飛行を続け、フリーターへの着陸で終わってしまった。

 次の日は、電話で告白を試みて成功したのはいいものの、遠距離恋愛となり発展することなく疎遠。結果、転落人生をたどることに。


 繰り返される告白のやり直しと転落人生。その度に付き人は励ましの言葉をかけてくれたものの、段々夢を見ることに苦痛を感じ始めている自分がいた。


 そして十四回目、最終実験の日。


 三好は夢を見ることができなくなっていた。


***


「俺、もういいです」


 全身が疲労で重たくなるぐらい有酸素運動を行い、十分な食事をとったものの、まったく眠りにつける気がしない。目を閉じても、脳が夢を見ることを拒否している。


「諦めるのですか?」


「諦めるも何も、もう十三回試しましたよ」


「十四回目の告白の先には、幸せになる未来が待っていたとしても」


「そんなの、何になるっていうんですか!」


 疲労とストレスでうまく頭が回らない。脳が締め付けられ、すぐに頭に血が上った。


「過去をやり直したところで、何も変わらないじゃないですか。過去は過去なんですよ。もう十分、証明されたじゃないですか!」


「その通りです」


 思ってもいなかった返しに、素っ頓狂な声が出た。冷水をかけられた気分に陥る。


 三好の興奮が収まりを見せると、付き人は言葉を投げかけた。


「この装置は、LOKロックと言います。リミッツオブナレッジ。和訳すると、知の限界です」


 三好は研究所にやってきた日のことを思い出す。あれは装置の名前を指していたのか。


「AIは人類の知の結晶。そして夢は、人間の記憶を司る、いわば一人の人間の知。その二つを複合して過去の世界をほぼ百パーセントに近い状態で再現することで、過去をやり直すということが可能になりました。けれど確定した未来、つまり今を変えることはできませんでした」


 それが、私たちの研究における一つの成果です、と付き人は語る。


「因果律の収束、という概念があります。これは、過去と今に準えますと、過去という原因は、確定した今という一つの結果に収束される、という考え方です。三好様が何度過去をやり直しても同じような結末に辿り着いたのは、AIが、このLOKがそのことを証明していたのです」


 気づけば付き人の説明に思考に釘付けになっていた。それは、彼女の言葉の中に、心の霧を解消する何か可能のようなものを感じていたからだった。


 だが話を聞く内に、一つの疑問が生じた。


「ならこの二週間のやり直しが失敗することは、初めから分かっていたことなのか」


 やり直しに何度も失敗していた俺を励ましてくれたあの優しい言葉の数々。


 その言葉の真意に、必然と疑いが向いた。


「俺が何度も失敗した原因を、あんたは最初から分かっていて、それでも期待させるような言葉を掛け続けていたのか?」


 そう訴えかける三好の心は、不思議と怒りの感情には支配されていなかった。それは、付き人の発する言葉に宿る魂に、まだわずかながら、期待を抱いていたからだった。


 そんな縋るような視線を送る三好に、付き人は一呼吸置いた後、こんなことを言った。


「正直なことを申し上げますと、それは半分事実です。このような結果になることが分かっていながら、あなたに実験を続けさせるような言葉を投げかけていました」


 三好の瞳孔が大きく開く。

 だが、そのまま地べたに崩れ落ちる前に、付き人は優しげな口調で続けた。


「でも私はあなたに知って欲しかったのです」


「知って……欲しかった?」


「はい。あなたが後悔しているあったかもしれない道は、過去が今として確定した時点でなくなったということを。これから先、どれだけ後悔しても、その過去を変えることはできないということを。そしてその事実を、AIが補完して、夢の中であなたに対して、あなた自身が教えてくれたということを」


 過去は変えられない。


 そんな当たり前のことを、付き人は説き続ける。


「あなたはこの場所に、過去の後悔を胸にやってきました。でも、その後悔の先は、今はもうどこにも存在しません。選択肢を選んだ後に別のルートを見ることができるのは、ゲームのような架空の世界の中だけなのです」


 付き人の必死な訴えに、引き込まれていく。


「過去に目を向け続けて前に進めなくなっているあなたを救いたくて。だから私も、あなたが傷つくことを覚悟して、悪い言葉を言いました。ごめんなさい」


 付き人が頭を下げる姿をこの二週間、何度見てきただろう。


 言葉は、出なかった。


「三好、様?」


 ほろりと、頬を伝う温もり。とめどなく溢れるそれを、拭いたくなくて。そのまま、だらだらと流れ続ける。


 その姿を見て、付き人は慌てた様子で涙を拭けるものを探し始めた。


 ほんの軽い気持ちで参加した実験だった。

 それにも関わらず、改めて振り返ると、とんでもない経験をさせてもらった。

AIの力で過去を再現し、第二、第三のあったかもしれない過去を見せてくれた。


 そして、それだけで飽き足らず。

 こんな風に堕落した自分に、傷つく覚悟で心の底まで染み渡る言葉を惜しげもなくかけてくれる人に出会うことができた。


 そのことに、三好はただただ感謝していた。


 付き人からタオルを受け取ると呆気に取られていた心を取り戻した。


「すいません。こんな自分のために、そんなに思いやりのある言葉をかけてくれたのがすごく嬉しくて」


「そんな、酷いことをしてしまったのは」


「酷いことなんて一つもありません。酷いのはあんたの気持ちを理解しようとしなかった俺自身です」


「じゃあ、お互い様ということにしておきましょうか」


 全然お互い様ではなかったが、何となくそうしておいた方がいいような気がして俺はうなずいた。


 すると付き人は、徐にカプセルと繋がっているパソコンをいじり始めた。


 待つこと数分、三好の方に向き直った。


「さて、LOKの活躍により、過去は確定されていることが証明されました」


 すると一呼吸置いた後に、少し試すような口調でこう言った。


「では、未来の選択についてはどうなるか、気にはなりませんか?」


***


『もし今この瞬間に、好きな人が目の前に現れたとしたら、あなたは告白しますか?』


 AIからの質問はたった一つだけだった。


「あの、これってほかに質問は」


「いいえ、これだけです」


 何となく圧を感じたのは気のせいだろうか。


 この問いに答えるだけで、自分の未来が証明されるのであれば、見てみたい。色々言いたいことはあったが、それが本心だった。


 何より、これを見ることで、何かが大きく変わるような、そんな予感がしていた。


 すると突然、ぐらぐらと視界が揺れ始めた。どうやら色々な緊張の糸が切れて、疲労感が一気に押し寄せてきたようだ。


 三好は選択肢を端末に入力した後、付き人に手渡す。そしてそのままカプセルに横たわると、急速に夢の中へと誘われた。


「それでは、よい夢を」


***


 とても気持ちがいい目覚めだった。


 頭の中が、山水のように澄み渡っている。


「おはようございます」


 相も変わらず付き人が起きており、傍で声をかけてくれる。三好は身を起こすと、付き人が一つ一つ丁寧に装置を外してくれた。


 すべて外し終えたところで三好は立ち上がり、付き人と向き合った。


「それで、未来はどうでしたか?」


 俺は一度目を閉じ、昨日見たものをゆっくりと思い出す。


 そして、しっかりと記憶を巡らせた後に、目を開いて答えた。


「何も見なかったんだけど」


 三好は自分がおかしいのではないかと必死に記憶を探るも、昨日何の夢を見たのか、全く覚えていなかった。

 何度も瞬きをしながら首を傾げる三好。


 すると、小さな声が聞こえ正面を見据えると、付き人が右手を口に添えて笑っていた。


「大丈夫ですよ。三好様は何もおかしくないです」


「おかしくない? 失敗ではなくて?」


「失敗ではないです。むしろ成功と言いますか。ほら、あちらのモニターをご覧下さい」


 そして付き人が指を差した先。


 そこには、これまで何も映し出されていなかった大量のモニター。


『ERROR〇〇一:事象無量大数・解析不能』


 だが今、そのすべてのモニターに、そんな赤いデジタル文字が表示されていた。


「つまり、どういうこと?」


「簡単なことです」


 付き人はカツカツと足音を鳴らしながらモニターの前へ進み、画面に手を添えて告げた。


「夢を見なかったのは、未来が予測不可能だからです」


 その言葉を聞いた瞬間、胸が熱くなった。


 ヘルメットの奥にはきっと、満天の星空のような煌びやかな表情があるのだろう。

 付き人は更に胸を張りながら言い放った。


「確定した未来は存在せず、今この瞬間から未来に向かっては、無限の可能性があること。そのことを、AIが証明してくれたのです」


 この研究所に来る前は、過去の後悔で失敗ばかりが続き、気づけば自分の足で前を向いて歩くことができなくなっていた。


 それがこの二週間、AIの最先端技術と、何より彼女の献身的なサポートのおかげで、歪んだ思考を大きく変えることができた。


「これが、私たちの研究の集大成です」


 この証明が、世界的にどれだけの価値があるのかは分からない。


 ただ少なくとも三好にとっては、失敗ばかりの過去を悔やみ続けるのではなく、失敗するかもしれないけれど可能性に溢れた未来。


 そんな未来を、もう一度踏み出したいと思えるようになった。そんな、一人の人生を変える証明にもなっていたのだった。


 三好は初めて、自分から付き人へと歩み寄る。そしてその手を取りしっかりと握りしめ、真っ直ぐに目を見据えて言った。


「ありがとう。俺をこの実験に参加させてくれて。何より、あんたの言葉に力をもらった。この恩は、決して忘れない」


 素晴らしい実験と、最高の付き人に出会ったことを、この先一生忘れることはないだろう。それだけは間違いなかった。


 ポーンと朝九時を告げる音が鳴り響く。それはつまり、この実験の終了時刻であり、付き人との別れを告げる時刻でもあった。


 三好はゆっくりと握っていた手を離す。


「また、研究所に顔を出しに来てもいいか?」


 少し馴れなれしかったかもしれないが、不意にそんなことを尋ねていた。


 けれども、付き人からの応答はない。

 どうしたものかと思案していると、彼女はゆっくりと、言葉を紡いだ。




「もし、過去は変わらず未来は変えられると知った後、初恋の相手が今、目の前に現れたとしたら」




 そう言って、彼女は流れるようにヘルメットを脱いだ。

 その顔を見て、三好は目を輝かせた。


 なぜならばその顔は、この二週間。何度も夢の中で恋をした相手の面影を、素朴なまま美しく残していたのだから。 




「その先の二人の未来を決められるのはあなただけです」




 長い亜麻色の髪に、きりっとした大きな瞳。すっかり大人びた姿に、試すような言葉とは裏腹な柔らかな声と表情。

 夢の中で見た彼女より着実に美しくなった姿を見て、三好の心は一気に満ち溢れた。




「三好君はその未来、どちらを選択してくれますか?」




 過去ではないはずなのに、その未来はもう、一つに確定していた。

読了ありがとうございました、最後まで読んでくださった方には感謝いたします。

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