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過去をやり直してみた

公募用作品の供養になります。1万字の短編になりますので、ぜひ読んでもらえると嬉しいです。

――もし一度だけ、過去をやり直すことができるとしたら。

 誰しもが一度は夢を見たことがある、夢のような選択肢。

 そんな夢が現実になる日。それが今、まさに到来していた。


***


「ここが例の研究所か」


 電車を乗り継ぐこと四時間半。いくつもの山々を乗り越え目的地に辿り着くと、大学病院ぐらいの大きな建物がそびえ立っていた。入口には『LOK』という文字が刻まれた看板が、目立つように掛かっている。

 三好は手元に視線を移した。


『過去をやり直したい被験者募集!』


 そんな、きな臭いキャッチフレーズがでかでかと載った一枚の紙のチラシ。

 これを見てまんまと応募してしまうとは、俺もどうやら落ちる所まで落ちたらしい。そう思いながらチラシを裏返すと、そこには顔写真と共に研究者の名前と研究成果が列挙されている。


 世はまさにAI革命時代。AI学習が加速し、手作業の職はほとんどAIになり替わりつつある。

 紙媒体をあまり見なくなったこのご時世に、ポストに投函されていた久しく見たこのチラシに興味を惹かれたのも事実。


 少し躊躇しながらも勇気を出して入口をくぐると、そこには一人の女性が立っていた。


「フリーターの三好祐一みよしゆういち様ですね、お待ちしておりました」


 その枕詞は不要ではなかろうか。 


 AIに職を奪われ、非正規雇用者、通称フリーターとしてその日暮らしに働いている三好は、不本意なお出迎えに眉をひそめながら受付を済ませる。


 そのまま受付スタッフに連れられ、一つの部屋へと案内された。

 そこは白基調の部屋で、広さは教室一つ分くらいだろうか。次に目に飛び込んできたのは、正面の壁面にずらりと並んだ大量のモニター。そして、中央に設置された、人一人が入れるぐらいの、大きなカプセル。

 その隣には、顔を灰色のヘルメットで覆い、白衣を身にまとった異質な格好をしているスタッフが立っていた。シルエットから女性であることが分かる。

 何かヘルメット越しに特殊なモニターでも見ているのだろうか。もしくは今噂の人型アンドロイドか。


「……なんでそんな格好をしているのですか」

「……これには事情がありまして」


 受付スタッフはその女性に、小声で二言三言声をかけた後、部屋を退出。代わりに、ヘルメットの女性が自分の前へと歩み出た。


「それでは、本日から十四日間実施する実験の内容について説明させていただきます」


 どうやら生身の人間らしい。最近のアンドロイドは高性能なものが多いため、このような格好をしていると紛らわしい。

 そんな思惑をよそに、女性は今後の流れを淡々と説明していった。


「三好様にはこれから二週間、こちらの施設で生活していただきます。別室には娯楽室やジムなどをご用意させて頂いており、快適な睡眠を誘発する施設となっております。

 日中は自由に過ごして頂いて問題ございませんが、夜十時にはこちらのカプセルに入って頂くことが契約の条件となっております」


 過去をやり直すという実験なのに、睡眠にこだわった施設となっている理由。それは夢が実験に大きく関わっているからだった。


「実験を始める前に、まずはAIから出される百の質問に答えていただきます。その質疑応答の結果と、夢を利用した記憶回路との自然な誘発効果を利用し、あなたのやり直したい過去をほぼ百パーセント再現します」


 タイムマシンに乗って時空転移をするのではなく、あくまで過去のシミュレーション。それでも、夢の中でもう一つの世界を再現できるのは、本当ならとんでもない技術力だ。


「その精度はどれくらいなんですか?」


「AIの問いに正直に答えてもらえれば、ほぼ間違いなく再現できます」


 相手はAIだ。再現性が上がるなら、自分の過去について、隠すつもりは毛頭なかった。


 夢とAI。半信半疑ではあったが、どうせ行き先不透明なフリーターの身。この実験に参加することで何かの役に立つのであれば良し。純粋な好奇心もある。


 やらない理由はなかった。


「よろしくお願いします」


 特に求められているわけではなかったが、自然と頭を下げていた。

 三好の所作に、視界の端に映る女性の影がわずかに揺れたような気がした。


***

 

 三日間の文化祭が幕を下ろし、教室内で皆が労いの言葉を掛け合っている。カラスのx囀りを背景に、祭りはまだ終わりそうにない。


 壁越しに微かに聞こえてくる楽しげな声。


 けれど今の三好にとっては、その声よりも胸の鼓動の方が騒がしかった。


「それで、話って?」


 人がいるクラスから二つ分離れた空き教室。少しだけ空いた窓からは秋の訪れを感じさせる緩やかな風が入り込んでくる。

 その風に仄かに髪を揺らしながら立つ少女に、三好は過去一番の緊張を覚えていた。


 肩で切り揃えられたミディアムヘアに、きりっとした鋭い目つきが特徴的。上品な雰囲気を醸し出している彼女の名前は椎名しいなあかり。クラスでは風紀委員を担っている。

 彼女に祭りの後に話したいことがあると告げたのは、つい数分前のことのように感じる。


 規律を守ることを重んじ、いつも真面目に勉学に取り組んでいる姿は、見ているだけで自分も頑張ろうと思えてくる。 

 そんな彼女であったが、他人に対して厳しく接することはなく、むしろ物腰はとても柔らかなものだった。

 ただそれを理解している者は少なく、彼女の周りには決して人が多いわけではなかった。

 だからなのかもしれない。自分が彼女の、一番そばにいたいと。


 そう自然と思えるようになっていた。


「椎名さん。俺と……」


 瞬間、走馬灯が過ぎるような感覚に陥る。その先を言ってしまえば、もう二度と彼女の笑顔が向けられることはないかもしれない。


 何か特段取り柄があるわけでもない俺にとって、彼女と少しだけ言葉を交わす機会が多かったのは、人生で唯一の加点。


 そんな刹那の悩みの最中。突然、心の天秤が大きく片方へと傾き。


 世界が、加速した――。



 帰り道、照れながらも確かめ合うように手を繋いだ日。初めて遊びに行った彼女の家で、付き合って一年記念を律儀に祝い、肩が触れ合うその先の距離を知った日。

 同じ大学に通い、それに合わせて同棲を始めた。帰りが遅くなった日に初めて喧嘩をした。一週間、家に帰ってこない時が続いたが、プレゼントを贈り合って仲直りをした。


 社会人になりお互い仕事が忙しくなり、すれ違いが増える日々。


 そして、決定的な決別が起きて彼女が去った日。そこから物語の幕が下りるように、世界の流れが緩やかになる。


 失って初めて彼女の大切さに気付いたが、連絡を取る勇気もなく、喪失感のみが残る。仕事は空回りし、ついにはクビを宣告される。

 就職活動をするも面接でうまく受け答えができなくなっており、何度も落とされる日々。


 そして気づけば、散らかった部屋の中で背中を丸め、耳にはヘッドホンをつけ、二十インチの世界の中から出ることはなかった。

 もう誰の、何の声も聞きたくない。

 

「――はっ」


「お目覚めですか?」

 凄絶な不快感と共に目を覚ますと、視界に灰色のヘルメットが映り込む。そこに自分の顔が反射し、時間差で額や首筋に汗が浮かんでいるのが嫌でも伝わってきた。

 三好は夢うつつのまま、自分の体を確かめるように触りながら身を起こした。


 すると手元に薄型の電子媒体が手渡される。


「人生、やり直すことができましたか?」


 喉元まで声が出かかった。


 こんなのインチキだ。告白したのに世界は変わらなかった。なんでまた落ちぶれた自分に戻っているのだ。

 ヘルメット越しに視線が交差したのを感じた瞬間、思考が現実へと引き戻された。


 告白はできた。そしてめでたく、彼女と付き合う道を見ることができた。


 けれどどうしてだろう。


 少しは幸せな過去を過ごしていたはずなのに、まったく心が満たされていないのは。


「違う過去は、見られたみたいです」


 嘆息した後、三好は言葉を返した。 


「違う過去、と言いますと?」


 三好はその質問には答えず、代わりに手元の電子媒体に夢の結果を打ち込む。

 暫くの静寂。その間、彼女はそれ以上言及することはなく、微動だにせず立っている。


 ふと声のトーンが昨日の女性と全く同じであることに気が付く。この実験期間中は専用のスタッフが付くということだろうか。


 思惟が入りつつも最後の回答を終え、三好はその付き人に媒体を返却する。

 彼女はそれを胸に抱え込み、小さく一礼をした。


「過去を変えるっていうのは、難しいですね」


 彼女の殊勝な態度を見て、自然と、そんな言葉が口をついて出た。

 するとどうしてだろうか。見えていないはずなのに、ヘルメットの向こう側の表情が若干明るくなったような気がした。


「まだ一回目です。次はうまくいくかもしれませんよ」


 久しぶりに現実で人から掛けられた温かな言葉に、三好は胸の鼓動が高まるのを感じた。


***


「大学合格おめでとう、乾杯!」


 ビールと梅酒のグラスをこつんと合わせた。


 成人式に合わせた同窓会。そこで三好は椎名と再会した。

高校の文化祭以来、受験期に突入し、椎名とは疎遠になっていた。加えて三好はその受験で二浪していた。


「それでね、今私、物理学を専攻していてね」


 それにも関わらず、嬉々として話をしてくれる椎名の人柄に、三好は様々な思いを心の中で噛みしめる。それと共に、何か椎名を褒める言葉を言いたい思いに駆られた。


「椎名、大学生になって大人びたよね。すごい、奇麗になったし」


「本当に? 三好君にそう言われると、すごく嬉しい」


 その言葉を聞いた瞬間、心臓が破けそうなくらい跳ね上がった。これをときめきと呼ばずして何と呼ぶ。

 今ならお酒も入っている。お酒の勢いのまま告白をするのも、一興ではなかろうか。

 だが、今の自分はやっと大学生になった身。もう少し彼女の横に立てる男になってからの方が。


 そんな迷いが生じた、その瞬間。


 心が、凪いだ――。



 視界が真っ白に覆われる。確かなことは、彼女の笑顔が眩しかったことぐらい。


 メリーゴーランドのように景色が駆け巡る。


 手を伸ばす先に彼女がいて、お互いの笑顔は堪えることなく回り続ける。


 ただ傍にいるだけでこんなにも幸せなのだと、温かな感情に身を包まれながら、ぐるぐると。時が止まっているかのように、それでも着実に流れ続ける。


 まるで、走馬灯が見えているかのように。



 走馬灯?



 その瞬間、我に返った。途端に流れていた時が止まり、急転直下、ベートーヴェンの運命が響き渡る。


 三好は奈落の底へと落ちていった。突然の単身赴任、親の不幸、交通事故、借金。


 パンデミックのように、ありとあらゆる不幸が同時に発生し、二人の幸せが急速に影を見せ始める。

 そして気づけば周りには誰もいなくなり、目の前には孫の顔を見せるまでは帰ってくる予定のなかった実家の玄関。


 扉を開けると、見ない間に老いた両親が、何も言わず家に入れてくれた。

 そのまま二度と扉を開けることはなかった。


***


「お目覚めですか?」


 大きなヘルメットが目の前に現れる。それと共に、視界一面、眩しいくらいの光が飛び込んできた。

 一瞬、呼吸することを忘れており、息を大きく吸うと盛大にむせた。


「その様子ですと、いい結果は見られなかったみたいですね」


「でも少しだけ。変わりそうな気はしました」


 三好は喉元を抑えながら答えると、いつもの付き人は少しだけ顔を上げた。


「それは、どんな風にですか?」


「何というか、もっと早く勇気を持って踏み出していれば、上手くいきそうな気がしたんです」


 すると付き人は、手元の電子媒体に流れるようにメモを書き込むと、前回同様、三好にその媒体を手渡した。


「じゃあその人も、早く勇気を出してくれるのを待っていてくれたのかもしれませんね」


 これも気のせいかもしれないが、付き人がヘルメットの中で、微笑んだように見えた。


 そういえば、この人は事前に行った質疑の内容を把握しているのかもしれない。

 そのことと付き人の柔らかな言葉が相まって、心に込み上げてくる思いがあった。


「過去に戻ってやり直したいことが初恋相手への告白って、いい歳した大人が馬鹿らしいですよね」


 三好は自虐めいたようにつぶやいた。


 今年三十を迎えた三好の人生において、やり直したいこと。


 それは恋であった。


 三好は学生時代、初恋相手への片想いを胸に抱き続けたものの、卒業の日まで最後の一歩を踏み出す勇気が出なかった。

 その結果、勉学に集中できず、大学は二浪。そこからすべてが空回る人生。


 あの時、玉砕してでも告白していれば。

 そうすれば後腐れなく前に進むことができたのかもしれない。

 そんなかもしれないをいつまでも心に抱えながら生きてきた。


「そんなこと……そんなことないですよ!」


 突然の大声に、驚いた三好はカプセルの中で肘をぶつけた。付き人は頭を下げつつも、毅然とした態度のまま続けた。


「人生にとって、初めてというのはとても大切なものです。誰しもがみんな初めてを経験して、そして誰しもが違う初めてを経験します。そんな大事な初めての経験の中で、初めての恋を大切にしている人を、少なくとも私は、絶対に馬鹿にしたりはしません!」


 なぜこの人はこんなにも真摯に向き合ってくれるのだろうか。驚きよりも感動の方が勝っていた。


「それに、知っていますか? これだけAIの研究が進んでいるのに、AIは恋することができないのですよ」


「それは、感情がないとか、そういう話ですか?」


「いいえ。最近の研究では、AIが嘘をつくこともできるようになってきています。少しずつ、人間に近づいてきているのは確かです。けれど恋というのは、生き物に、人間に許されている、とても尊い感情なのです」


 AIや夢を研究しているからこそ、人間の感情に対する理解が深いということなのだろうか。まだ会って数日ではあるが、何となく彼女に親しみを覚え始めていた。


「それでは、本日の報告を忘れないうちにお願いします」


 三好はその言葉に従い、忘れないうちに、回答を記入する。


「本日もお疲れ様でした」


 お辞儀をする付き人を後に部屋を出ながら、ほんの少し心が軽くなる感覚を覚えていた。

後編もお楽しみください!

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