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悪い魔法使いを捕まえるお仕事【コミカライズ連載中】  作者: 中谷誠 ▷7/15 コミカライズ1巻発売
五章 黄昏より愛を込めて

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ざらざら⑫

 鬱蒼と茂る木々が頭上を覆っていた。森は荒れ放題。かつては道だったかもしれない場所は、今は背の高い草に呑まれている。無造作に伸びた植物を押し退け、足に絡みつく根を払いながら森の奥へと踏み込んでいく。


「いたっ」


 後ろから短い悲鳴が聞こえた。その後、わざとらしい溜息。


「これじゃいつもの仕事と変わらないわね」


 振り返るとリーナが口を尖らせていた。木の枝が顔に跳ねたらしい。白い頬には赤い線が浮かび、うっすら血が滲んでいた。眉を寄せながら手を頬にかざす。白の術式が浮かび上がり『癒法(ティオ)』が発動。傷は即座に消え、袖で血の跡を拭うと油断の痕跡すらなくなる。


「お前が行きたいって言い出したんだぞ」


 朝とは打って変わった不機嫌な表情に、文句を言い出しそうな予感がしたため先に牽制しておく。立入禁止区域は森だと聞いた時点で、道中は予測できていたことだ。リーナは拗ねたように顔を背ける。


「分かってるわよ」


 何か言いたげだったが、それ以上の愚痴は出てこなかった。黙って草を掻き分けている。俺も前に向き直り、進むことに専念する。

 正面ではシモンが俺達の数歩先を進んでいた。俺の指示通り周囲を警戒しながら先行し、その後ろに俺とリーナ。最後尾をネルが務める。


 立入禁止区域と呼ばれる場所に足を踏み入れたのは三十分程前。高い網で仕切られ、入るには鍵を必要とした。思い出すのは俺の身長の三倍はありそうな高い網の壁。頑張ればよじ登って侵入できそうだが、頑張る必要はない。ユーゴから借りた鍵で俺達は易々入る。


 ここもエスト戦争後に在り方が変わった場所。このまま進めば国境を越えてしまうため、立ち入らないようにと指定された区域である。歩いていてあまり良い気分はしない。


 強力な魔物が蔓延るということだったが、幸いにもそれらしき魔物とは遭遇していない。マナの揺らぎも今のところ違和感程度。戦闘に支障はなかった。それでも、気を張り巡らせながら進んでいく。


「町の人が言うには、不審者って人は武器を持っていたんでしたっけ?」


 後ろからネルが言う。


「あくまでもらしい、ってだけだ」


 調査の依頼を受けた後、ユーゴから説明された内容を思い出す。


「立入禁止区域付近、おそらく男性、多分武器を携帯」

「全部曖昧ですね」


 本当にその通りだ。こうなってくると不審者を見たというのも怪しい。魔物避けが作動していない時に、二足歩行の魔物を見ただけ、という可能性もある。人だとしても武器を持っている方が当たり前。何も持たずに森を歩くほうが不用心だ。



 しばらく進むと僅かだが地形が変わったように思えた。まず思ったのが歩きやすさ。先程まであれ程歩行を邪魔していた植物が減り、湿った土が見えている。後ろも確認すると、同じくリーナが警戒するように周囲を見ていた。


 明らかな違和感を抱く。辺りの木々が不自然に減り、道となっていた。これは自然な倒木などでは有り得ない。封鎖される前に整備したのだろうが、何者かがここに立ち入っていた証になる。町から直線で進んでいたためこの道と合流したのだろう。

 現時点で考えられるのは、この先に何かがあるというのが確実になったこと。シモンの言っていた、人為的に異常を引き起こしているという発言と合致する。考えていると、いつの間にかシモンが立ち止まっていた。


「誰かいる」


 潜めた声で言い、俺の横に並ぶ。元々鋭い目はさらに鋭くなりこの先を警戒している様子。眉間に刻まれた皺は深く、それでいて困惑している。不審なものを見た眼差しだった。

 俺もシモンが睨む先を見るが、映る景色は緑がぼやけているだけで何も情報はない。恒常的に身体能力強化魔法が働いている彼だからこそ分かるのか。


 魔具を起動し望遠術式を組み上げた。発動し、術式の円の中に映る景色を覗く。


「いた」


 シモンの言う通り人影が映る。けれども、それだけじゃない。その後ろには、人影と同じくらいの建造物があった。魔具だとしたらかなり巨大なものだ。

 まだあれが何かは判別出来ない。術式を操作しさらに倍率を上げていく。時折乱れる術式の中、慎重に指示式を変えるとはっきりと人影の全容を映した。そして、その姿に息を呑む。シモンが引くのも無理はない。


 建造物の傍らに立つ人物は異様な出で立ちをしていた。拘束着を着用し、誰かに連れられているわけでもないのに、両腕は身を抱くようにベルトで縛られている。自由に利くのは足のみ。顔はフードで覆われ確認することができない。だが、その風貌であれが誰なのか、一瞬で理解した。


「ニギギだ」


 その特徴的な姿を見間違うはずがない。後ろで金具の擦れる音が聞こえる。リーナもネルも、予想外の遭遇に対して魔具を取り出したようだ。


「誰だ、そいつは」


 間の抜けたシモンの声。声量は絞っているが緊張感は微塵もない。


「お前さぁ、手配書くらいは見とけよ」

「興味ない。お前は一々把握してるのか?」

「してるに決まってんだろ」


 執行部で違法者を相手にする以上、最低限の知識だと思っている。全てを記憶することは出来なくても、更新の度に頭に入れているつもりだ。一緒に行動する以上、俺が覚えていれば良いか。シモンに期待するのは止めよう。


「ラステカの幹部戦闘員だよ」

「ほう」


 手短に伝えるとシモンの声色に期待が混じる。ニギギ。つい最近、フォリシアの内乱と竜の発生に関わったとされる危険人物。あの事件以降目撃例はなかったがこんな所で鉢合わせるとは。


 気になるのはニギギだけではない。一緒に映る鈍色の建造物、それが問題だ。


 細い胴体に上部が球体状に膨れ上がった構造。起動しているのか、外殻に刻まれた術式が薄く光を放ち、球体の周囲にも複数の術式が輪のように浮かび上がっている。重なる円が七つを越えたところで数えるのが嫌になる。

 八重術式を用いる魔法が術師協会が禁忌として定めるもの。目の前のそれは九つの術式が重なることで構成されていた。


 間違いなくあの魔具が町の異常に関わっている。原因を発見したのはいい。ニギギをどうするか。

 執行部の義務としてニギギを見逃すことは出来ない。フォリシアの出来事など、彼が関わった事件の一端でしかない。彼は各地でラステカに対立する組織を、残忍な方法で壊滅させている。被害報告の記録では、読み飛ばしたくなるものばかりなのを思い出し不快感が湧き上がった。


 ここで俺達が撤退すれば被害は更に増えるだろう。逆に、生け捕りにすれば、諸々の事件について尋問が行える。

 しかし、マナの揺らぎがある中、幹部戦闘員と戦えるのか。きっとニギギはアーティファクト所持者。古代魔具内に貯蓄したマナで問題なく魔法を行使できるだろう。

 シモンもマナの変動と関係なく戦うことが出来るしネルも持ち前の身体能力と剣技がある。リーナも二人までとはいかないが近接戦闘の心得を持つ。その中で、俺は完全にお荷物だ。魔法が使えない後衛術師など邪魔でしかない。


「どうするか……」


 対応に迷う。ここは、間違えられない選択だ。



「迷うのなら叩けばいい」


 シモンが鞘から剣を抜く。低く構えると、白銀の刀身が陽光を反射する。シモンの意思のように強く、真っ直ぐな眩い光だった。


「私もシモンに賛成です。その方が手っ取り早いので」


 ネルも隣に並んだ。その横顔に迷いはない。勝手な判断と、勝手に固まりつつある空気。普段なら反射で諫めているが、今日は手を伸ばしかけて、やめた。


 これは俺らしくない陰気な思考だった。マナの揺らぎがなんだ。不安定な状況下での戦闘は経験済。ならばいくらでも対応できる。

 術師協会直属の組織、その執行部に選ばれた俺がそれくらいできなくてどうする。でなければ、この一級という証に報いることが出来ない。

 手を握り込み、起動していた望遠術式を消去する。


「ニギギの使用術式は不明。マナの揺らぎの中じゃ何があるか分からない。危険だと判断したら即撤退するからな」


 それでも、自分達の生存は第一に優先する。この状況を外部に伝えることが、今一番重要なことだ。各々が頷いたのを確認し、ネルに目を向けた。

 彼女は剣を抜き、走り出す。いつものように彼女が先行しその後をシモンが追う。敵へ続く道中を疾駆する中、途中でさらに加速する。



 ニギギに気が付かれる前に俺は『槍弩(ザギッタ)』を発動。銀の槍はネルを追い越し、さらにその向こうへ。狙撃術式が横を通り過ぎた瞬間、ネルは高く跳躍した。


「な、なに!?」


 奇襲に対し、驚く少年の声が聞こえる。しかし当たった感覚はない。空中のネルが剣を振り上げると、剣に重量操作魔法『軽重操法(ヴェンド)』の術式が絡みつく。その後旋回、落下速度を上げ、刃が瀑布となって落ちた。


 寂然とした森に激しい反響音が響き渡る。やっと追いつき状況を見た。ネルの剣は受け止められていた。腕が拘束されているのにも関わらずどうやって攻撃を受けるのか。

 足だった。金属の金具が付けられた足が高く掲げられ、剣と拮抗していた。


 ニギギが足を振るうと同時にネルは離脱。追おうとするニギギへ、入れ替わりでシモンが向かう。

 シモンが大剣を振るうと少し離れた位置にいる俺にまで風切音が届いた。颶風を発生させながら迫る剣を、ニギギは再び足で受け止めた。片足にも関わらず、軸足は一切ぶれていない。続く連撃も左足で流していく。とんでもない筋力と体幹だ。


 ニギギはシモンの横薙ぎを自分に届く直前で蹴り上げた。跳ね上がる腕とがら空きとなった胴体を前に、追撃は行わずあえて屈む。

 その直後、ニギギの頭上を横から現れたネルの刃が通過。その姿勢のまま、助走もなしに後方転回。俺が放った『槍弩(ザギッタ)』は体を捻り、横回転のついでに足で弾かれる。


 着地し、ニギギは俺達を見た。フードの奥、深淵から覗く瞳。口は驚愕に戦慄いているが、あれだけ動いて息は一切乱れていない。


「あ、あなた達……誰!?」


 ニギギが問う。言葉は途切れ途切れで、声の端は震えていた。突然の出来事に動揺しているのかと思ったが、染み付いた口調とも捉えられる。人と話すことに慣れていないような、臆病な響きだ。


 こうして対面するのは、グラウス内では俺達が初めてだろう。弱々しい声からは、彼の起こした凶悪事件との噛み合わなさを感じる。が、足一本で攻撃を往なす戦闘能力は、間違いなくラステカ幹部戦闘員のもの。決して油断してはならない。

 疎らに切られた前髪の間から覗く目が、鋭さを増していく。


「術師協会……いや、グラウスか」


 俺達の正体を言い当てる声、そこだけははっきりとした口調で紡がれた。所属がばれることくらいどうでもいい。生け捕りにして、情報を吐かせる際、嫌でもこちらから告げるのだから。


 シモンが再び距離を詰める。助走と旋回、速度を乗せることで威力を増大させた渾身の切り上げ。生まれたのは耳を裂くような甲高い衝突音。衝撃がニギギの足に響き、僅かに身体が傾いた。


「あはっ」


 ニギギが恍惚の表情を浮かべた。かなり痛いはず。なのに、何故?


 次の攻撃を受けられないと判断したのか、足を引きながら後ろへ跳躍。けれども、それを彼女は想定済。

 再びネルが上から強襲。靴に仕込まれた鉄板へ『軽重操法(ヴェンド)』を発動しながら回転、頭に踵が沈む!

 脳天に直撃した鉄槌に、ニギギの身体が揺れる。通常なら頭を粉砕する一撃。それなのに、ニギギは立っている。


「……ひひ」


 フードの奥で肩が震える。笑っているのだと気づくまで、一瞬遅れた。歪んだ口から漏れたのは苦鳴ではなく、喜悦の形をしていた。気味の悪い含み笑いは、次第に膨れ上がっていく。


「痛い、ひひっ、痛い痛い! あははっ!」

「何なんですか、こいつ……!」


 目の前の異常者に対し、ネルの目に怯えが滲む。ニギギの感情に対し理解が出来ず困惑していた。一度疑問を残せば、動きにも錆が出る。ネルの真後ろに術式が浮かんだ。


「ネル後ろ!」


 咄嗟に声を上げる。思考に囚われていたネルが我に返り、横に跳躍する。槍が彼女の肩を掠りながら通過。そのまま満面の笑みを浮かべるニギギの横を通り過ぎていく。

 後ろから放たれたのは『槍弩(ザギッタ)』の魔法。ニギギの他にもう一人いるのか? いや、林の向こうに誰かがいる気配はない。ニギギの興味は脚と共にネルへ向かっていく。


「ね、ねえ! もう一回。も、もう一回今のやってよ!」


 ニギギの蹴撃を受け止めたネルの顔が不快感に歪んだ。こいつ、痛みを快感として受け取ってやがるのか。

 顔面へと繰り出される上段蹴りを剣で受け流した直後、脛を狙った下段蹴りが放たれる。ネルが身を引き躱した所に再び上段回し蹴り。首を振って避けるが、横に光が浮かび始める。


 それが術式の光だと気が付いた時にはもう構築は終わっていた。術式の中央から『槍弩(ザギッタ)』が射出。逃げ遅れたネルの腕を矛先が貫き鮮血を散らせる。


 ネルの退路を作るため二人の間に『爆炸(ボルス)』を展開。想定より威力は低いが打てればなんでもいい。追撃を防ぐため、シモンも白煙の中へと続く。


 ニギギはシモンの大振りを半身で躱し、即座に次の動作へと移っていく。両手が拘束されているとは思えない身のこなし。


 というか、拘束されていることに意味はあるのか。単に被虐趣味故の服装なのか。服の下に隠された部分に厄介な魔具を抱えている可能性だってある。

 実際、強力な身体強化術式が働いているのは確実だ。でなければ、少年のような華奢な体型で前衛二人の攻撃を受けきるなどあり得ない。


 後ろではリーナが負傷したネルの治療を行っている。正面では剣と足の連撃。密着する二人の間に魔法をぶち込む機会を伺っているが、少し逸れればシモンに当たりかねない。


 一際大きい鉄音の後、シモンが後退。シモンが不自然な形で体を傾けると、その横を槍が通った。まただ。また、不自然な方向から狙撃魔法が放たれた。本来なら狙撃術式は術式の構成上、術者の正面から射出されるはずなのに。

 魔法の構築式の顕現から射出まで、まさに一瞬。その間に確認できた術式の上には、別の何かが被さっているようにも見えた。


 しかし、シモンが離れてくれたのは好機。その間に俺が待機させていた術式を発動。三本の『槍弩(ザギッタ)』を放つが、こんな時に一本が不発!

 容易く躱すニギギの横で、中央の魔具が軋む音を立てた。今まで沈黙していたにも関わらず、浮かぶ術式の端が掠れ、曲がる。直後、視界が歪んだ。


 体を通り抜ける不快感。激しい頭痛が過り、すぐに消失する。何だ、今のは。状況を確認すると、リーナもネルも表情を歪めており、何らかの症状があった様子。シモンは変わらず、ニギギの顔はフードに隠されここからでは分からなかった。

 ニギギが何か魔法を使った兆候はない。考えられるのは高濃度のマナの照射。先程の症状はマナ中毒のものと一致する。あの魔具から放たれたと仮定するべきだろう。


 残る吐き気を抑え術式を展開。すぐに放てる『雷牙(ニトル)』の術式を組み上げニギギに向けた。良かった、これは打てる。


 ニギギは雷撃を見ないまま身を引き、その間にシモンが更に距離を詰めた。横に振られる大剣がフードの端を掠める。あと一歩踏み出せば、刃は確実にニギギを捉えるだろう。あいつは体勢を崩したまま。

 このまま追い打ちかと思うも、シモンは足先を地面に埋め急停止。空間を開けたのは俺の直線状。嫌な予感がする。シモンも、一瞬だけ俺に視線を向けた。


 その後は、考えるより先に体が動いていた。咄嗟に横に飛ぶと、首の後ろを砲弾が通過していく。高濃度のマナで構築された、高位魔法の嫌な感覚を間近で受けつつ肩から地面に衝突。

 ネルやシモンのように綺麗に着地などできるわけがなく、そのまま地を滑る。砲弾を受けた木々が砕け倒れていく中、正面からは金属音。俺に追撃に来ようとしたニギギをネルが止めていた。


 やっぱりおかしい。なんで『鋼鉄穿呀砲(グロブス)』が真横から撃てるんだよ。いくらアーティファクトを所持した超高位術師といっても術式の構造を変えることは不可能だ。あり得ないと断言してもいい。アーティファクト、その単語に自分で引っ掛かる。



 ニギギの下段回し蹴りに対し、ネルは威力が最大になる前に脛で受ける。掲げた彼女の足の軌道が変化し、顎を狙う上段蹴りへ。ニギギが避けた瞬間、俺はネルの背後へ『岩突(ラピス)』を発動。鈍い衝撃音と共に岩肌の一部が崩れ、『槍弩(ザギッタ)』を沈めた。

 読み通り。ニギギに協力者などいない。あいつが距離を置き、不利になる瞬間を埋めるため死角から狙撃魔法を使うんだ。


 後退するニギギに対しネルは直進。更にその正面からシモンが駆ける。完全にニギギを挟む状態。逃げ場はない。二人が同時に剣を振るう!

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