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悪い魔法使いを捕まえるお仕事  作者: 中谷誠
三章 去りし君との約束
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命に、報いるために⑨

 眼球を狙った刺突。顔を傾けるも、剣先が頬を掠め血液が伝う。直後、刃に隠れ突き上げられたフリットの左拳が俺の顔を跳ね上げた。

 鈍い痛みに視界が揺れつつ、体制を崩すと見せかけて体を捻る。俺のつま先はフリットの脇腹を捉え、剣による追撃を防ぐ。

 立て直し、剣を振るう。横薙ぎと斬り下ろしの刃が激突。互いに弾かれ、再び衝突。俺達の間で斬撃が荒れ狂う。絡み合う金属が悲鳴をあげる中、僅かに押し始めたフリットの剣が肌を薄く傷付けた。


 剣と剣が交差する度に、少しずつ劣勢が色濃くなる。互角に思えた状況は確実に俺に不利な状況へと傾いていった。

 フリットの言う通りだった。確かに、今の俺は義務と責任のためだけに戦っている。それは彼の決意に劣り、隙となっていく。

 今までの俺はフォリシアを守るため、フリットとの約束のために強く在ろうとした。しかし、故郷への感情を認め、親友と決別し、今まで自分を構成していた全てが崩れ落ちてしまった。今の俺に残っているのは、なけなしの正義感だった。


 一際大きい鉄音が反響し、ぶつかり合う剣の衝撃でお互いに一歩引き下がる。二人同時に足を踏み出し、そして停止した。直後に響き渡る爆発音。俺達の間を引き裂くように衝撃が襲い、爆炎が吹き荒れる。おそらく、庭園で誰かが打った魔法の狙いが逸れこちらに放たれたのだろう。咄嗟に飛び退いたが、砕けた石が飛び肌を裂いた。


 吹き荒れる砂塵により視界を塞がれる。だがそれはフリットも同じ。距離を保ったまま動き出す様子はない。

 後ろでは内乱とはまた別の術式の音がする。銃声に雷撃術式、そして狙撃術式の弾かれる金属音。彼らの事も気になるが考えるのは後だ。今は、俺の戦いから目を逸らす訳にはいかない。

 白煙の向こう、微かに靴と砂の擦れる音が聞こえた。術式の光が見えたかと思えば、横一列に複数の『氷針(ステリア)』が飛来。構わず目の前の矢を弾く。弾き返した事によりフリットに俺の居場所が伝わる。

 間髪入れずに白い視界を裂き、銀の一閃が迸った。半身で回避している間にフリットが旋回。迫る横薙ぎを受け流した後、手首を返し切り上げる動作へ。剣を横に構え、斬撃を受けたフリットの腹へ横蹴りの追撃、をしようとするもフリットが飛び退き回避。空を切る足の軌道上に氷柱が突き上げ、逃げ遅れた下腿が裂ける。足は切断されていない。なら、まだ進める!


 踏み出す足と共に地面に血の軌跡が描かれた。鮮血は、これまでの道のりを示しているようだった。

 故郷を憎み、離れ、そしてグラウスに流れ着いた。笑い、落ち込み、時に怒り、戦いを日常と称し過ごしてきた。

 俺の正義は、罪は、この一年に深く刻み込まれていた。この胸に残る後悔が、これまでを確かに示している。グラウスで過ごした日々。血と屍で築かれた道のりを。


 踏み込み、刃が旋回。放たれた刃をフリットは上へ受け流す。空いた俺の腹に拳を叩き込もうとした所を足で防御。そのまま前蹴りへ変化させ左腕を蹴り上げる。彼は舌打ちをしながら撤退。間を埋めるように展開された『氷針(ステリア)』を手首を返し散らしていく。

 横一列に放たれた三連の矢。同じように剣で受けると、砕ける氷の間からフリットが潜り込もうとするのが見えた。手を返し斬撃を受けようとした所で俺の腕が意図せず跳ね上がる。俺に察知されないよう出力を絞って展開された『純凍壁(グラキエム)』が刀身を上へ叩き上げていた。


 俺の首に滑り込む刃。この体制では回避も防御もできない。刃が届く寸前、フリットの表情が歪み、そして驚愕に目を見開いた。


 冷たく鋭い音が響き、衝撃が伝わる。目の前で振るわれた刃は皮膚に届く前に停止。俺は剣を歯で挟み込み、受け止めていた。金属の震えが耳に残る中、攻撃を受け止めた高揚感が沸き上がる。口の端を釣り上げると、フリットの手が緩む。口から剣を離し体制を立て直すと、即座に剣を振り下ろした。フリットは後退するも切っ先が腕を掠めていく。


「なんだよそれ」


 俺の行動が信じられないのか、動揺を表情に色濃く映しながらフリットが呟く。関係ない。構わず彼と距離を詰めていく。

 目の前に『純凍壁(グラキエム)』による柱が出現。なら、と左へ跳躍しようとした所で左右に同じ物が現れる。それは、進路を阻むために作られた氷の壁となって俺の前に立ち塞がった。

 もしやと上を見た瞬間、隠蔽術式が解かれ術式が出現。空を覆う五重の輪は、術式の回転と共に影を生み出していく。それは『氷華創落撃(グィランドペトラ)』の魔法。巨大な氷塊を落とす高位魔法だった。退路は、と後ろを確認した瞬間、同じような氷壁が現れる。


「潰れろ!」


 フリットの声と共に落下を開始。激しい崩壊音と共に氷壁は粉砕され礫が乱舞する。視界は白に閉ざされ、鋭い冷気を帯びた塊が俺を飲み込もうと迫った。

 逃げ道は断たれた。だがこれは一度見た光景。ならば、俺がやる事はただ一つ。

 『強法(スティル)』と『拒魔干渉(スペクルム)』を同時展開。氷塊に剣を振るう!


 刃が氷に触れ、術式により発生した物を消滅させようと白い粒子を散らす。重い。鋭い痛みが腕を貫き、骨が軋む感覚が全身を突き抜けた。圧倒的な質量が膝を強引に地面へ押し付けようとする。再び強化術式を発動。しかし氷塊は刃を押し返す。まだ足りないのなら。さらに強化術式を二重展開。俺と『氷華創落撃(グィランドペトラ)』の術式が拮抗しているのを見て、フリットは手を緩めることなく術式を維持している。

 四連の強化術式に腕の痛みは激痛となっていた。俺の腕から打撲音が上がるのと同時に皮膚から鋭利な骨が付き出した。こんなもの治せば関係ない!


 視界が赤く染まるような感覚、体中を巡る激痛、暴れ狂う心拍とは逆に思考は冴え冴えとしていた。実践で使った事はないが、できる。確かな確信と共に『総癒活性法(ミエンブルム)』の術式を発動。高位回復魔法により骨の修繕が行われ、皮膚が縫い合わされる。


 しかし氷塊を押し返す一手には繋がらない。今更高位身体強化魔法の展開も間に合わない。

 あいつは、ジョエルは、回復魔法と併用する事によって五連の強化魔法の使用を可能としていた。あいつに出来て、俺が出来ない訳がない!


 回復魔法と抗マナ術式を維持したまま五連目の強化術式を展開。無茶苦茶な多重発動に頭痛が襲う。それでも!


 振りぬいた腕の軌跡が氷塊に爪痕を刻んだ。鋭い亀裂が甲高い音と共に縦に伸び、頂点で一瞬止まる。一瞬の静寂、その後、氷塊は左右に分かれ崩壊を開始した。地面にぶつかる前に氷は粒子へと変化。それは、フリットの限界を示していた。


 荒れる呼吸、揺れる視界、体を貫く激痛の中、それでも倒れる訳にはいかない。剣を突き刺し倒れそうになる体を支え、前を見据える。

 目の前のフリットも高位術式の維持により絶え絶えの息で立っていた。


「なんだよ、吹っ切れたような顔、しやがって」


 フリットが呟く。悲痛に染まる表情は俺への憎悪から来るものか。きっとそうだろう。

 足を踏み出す。動く度に体が悲鳴を上げ、激痛が走るが構わず進んで行く。


「言ったよな。俺には信念も何もないって」


 フリットに投げかけられた言葉を口にした。彼の言う通りだ。今の俺には守りたいものも夢もない。

 けれども、ただ一つ。約束だけが残っていた。術師で在り続けなければならないという約束が、呪いが、確かに存在した。


「それでいい。俺には必要ない」


 俺は正義の踏み台にしたものを決して忘れない。なかった事にするのは許されない。そこにもう、故郷への想いなど関係ないんだ。決意と共に足を速めていく。

 フリットが王女のために、自分の正義に基づいて戦っているというのなら、俺は与えられた正義を遂行するためにお前を止めるだけだ!


 歩みは疾駆となる。フリットは俯き、そして顔を上げた。


「どうして、今」


 小さく呟くフリットの瞳に再び激情の炎が灯る。歯を噛みしめた後、彼も疾走を開始した。

 痛みも疲労もどうでも良い。俺達はそれぞれ剣を振り上げ、振り下ろし、刃を衝突させる。


「今更なんだよ! 全部! 邪魔をするな!」


 幾重にも重なる刃の向こう、フリットが叫ぶ。彼が抱く怒りは何も言わずとも分かる。一年前、あの時、立ち上がれていたのなら、そうすればこの壊れた関係もなかったのかもしれない。しかし、そんな想いは遅すぎた。

 冴えていく思考と共に冷たい疑問が胸を満たす。


「じゃあ何で俺を生かしたんだよ!」

「それは、」


 その問いかけに、フリットの表情が揺れる。放たれていた刺突の軌道を逸らし左足を踏み出した。分かっている。何故フリットが俺を生かしたかなんて。胸を締め付けるこの感情は過ぎ去った過去の束縛だった。振り払わなければ、俺は前に進めない!


 振り被る右腕、フリットが攻撃を予測し下がろうとするがもう遅い。上体の捻りと共にフリットの左頬に拳を叩き込む!

 鈍い打撃音の直後、彼の体が浮き上がる。衝撃のまま後方に飛ばされる途中、空中で旋回。両足で着地するが威力を殺し切れず踵が地を削る。


 フリットは折れた歯を吐き出し、口元を拭いながら前を向いた。俺とは別の決意を湛えた瞳は鋭く鈍い光を放つ。


「やっぱり、殺しておけばよかった」


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