命に、報いるために⑧
「手紙に従って向かってるけどさ、本当に大丈夫なの?」
不安を帯びた声でマルティナが問う。
「大丈夫、だと思う」
そう答えるも、彼女の気持ちは分からなくはない。実際に俺も最悪の事態を思い浮かべていた。何故なら、これは全てユーフェミア王女の予測に過ぎない。誤っている可能性の方が高いだろう。
だが、俺達はこれ以外頼れるものはなく、彼女に従うのが最適と判断した。緊張を振り払うため手紙の内容を思い出す。
「フリットは王族の脱出ルートを端から潰していってる」
先程、不自然に照明が切れたのもフリットの仕業だろう。地図に描かれていた脱出設備による逃亡を防ぐため、あろうことか詰所から王城の動力を断ったのだ。その結果、魔物除けまで消失している。高い城壁で町が守られているとは言え、国民を危機にさらしているのに変わりはない。フリットは本当に、この国がどうなっても良いのだろう。
「目に見える脱出口は革新派が攻め込んで勿論塞がれている。動力を破壊して、ようやく標的の元に向かう、と思う」
フリットの目的はユーフェミア王女の暗殺を企てた者達を自らの手で殺す事。分かりやすいからこそ、王女の予測に従うことが出来る。
「それはそうだけど……」
マルティナも納得はしている。しているが、拭いきれない不安が滲んでいた。
「私達が向かっているのは動力室から王宮へ先回りする道筋です。間に合うと信じましょう」
マリーが言う。彼女も不明瞭な任務への動揺を抱えたまま進んでいる。それでも、真っ直ぐに前を見据えていた。
騎士団詰所三階まで登り王城へと続く連絡通路へ向かう。廊下の横、目下に広がる中庭はかつての優美を失い、血に濡れた荒涼たる景色へと変わり果てていた。
至る所で爆撃術式の音が轟き、怒号が飛び交う。黒煙の間から見えるものは持ち主の居ない肉片、手足、臓器の欠片。そして、無数の遺体だった。
近くで爆発が起こり爆風が窓を叩く。それと同時に何かが窓に張り付いた。俺より先にそれを見たエドガーが青い顔となり視線を逸らす。通過する際、目に入ったのは赤黒い塊。窓硝子に血の筋を描きながら、頭髪のついた肉塊が重々しく滑り落ちていった。
術式の音がする度に人が爆ぜ、死んでいく。俺達はこの現状を無視して進んで行くしかない。
廊下最奥の扉を蹴破り外に出る。ここは、詰所と王宮を繋ぐ石造りの連絡通路。
鼻を掠めるのは血と硝煙の匂い。内乱の音がより鮮明に聞こえ、故郷が戦場になっている現実を思い知らされる。それでも尚、俺は何も思わなかった。この胸の内は空虚なまま。本当に、本当にこの国を憎んでいた。
しかし、やるしかない。やるんだ。俺の意志は、思考は関係ない。ただ生きていくために。術師として在り続けるために。義務感だけが、俺を突き動かす。
後悔と罪悪感を抱えた決意をもって前を見据える。
そこには、かつての親友の姿があった。隣には長い白金の頭髪の女性。この人物がコルネリアだろう。
二人は俺達に気が付いたのか足を止めた。
「フリット……」
彼の名を呟くと、ゆっくりと振り返る。
「やっぱり、追ってきたんだね」
再び向かっていく俺を、フリットは分かっていたのかもしれない。その表情は、捨てきれない優しさを映し出していた。
俺だって戦いたくない。だが、戦わなければならない。剣の柄に手を掛けつつ足を踏み出した。彼は静かに目を閉じ、開く。そこには先程までの揺らぎなど微塵もなく、燃え盛るような憎悪だけが宿っていた。
彼の元へ歩み寄ろうとした足は、いつの間に疾駆へと変わっていた。姿勢を落とし、抜刀と共に切り上げる!
甲高い金属音が空間を引き裂いた。一閃は抜き放たれた剣によって容易く止められ火花を放つ。鍔迫り合う刃の向こう、青色の瞳が互いを睨んだ。
「邪魔をするなら、もう一度殺す!」
「やってみろよ!」
フリットは剣を弾き返し後方へ跳躍。距離を取った先でコルネリアに視線だけ向ける。
「お前は他の四人の相手を頼む」
「一緒には戦わないの?」
「お前と俺で連携が取れると思うか?」
声が耳に届くと、コルネリアは笑みを浮かべた。端麗な顔に対して違和感を抱くほど、酷く歪んだ、凶悪な微笑みだった。
「分かってるじゃない」
爆風に白いドレスの裾をなびかせながら彼女は歩んでいく。後ろでマルティナが銃を構える音が聞こえた。
「高位術師四人を前に随分余裕だね」
「あたし、こう見えて物凄く強いのよ?」
コルネリアは表情を崩さないまま右手を前に掲げる。手の先から術式が緑色の展開され五重に広がり、さらに三つに分かれ発動。術式の中心から光と共に灼砲が迸る。それは『電聚灼雷砲』の多重展開だった。
一瞬で高位術式の多重展開より驚いたのは、この女性が魔具らしきものを持っていない事。どこかに魔具を隠しているのか? いや、あの軽装でそれらしき場所は見受けられない。そもそも魔具を隠す必要などない。では本当に、魔具なしで魔法を使っているのか?
「余所見をしてる場合か?」
声の後、僅かな冷気を感じ、剣を振り『氷針』を弾き返した。矢が放たれた方向にフリットは居ない。
後ろだ。咄嗟に飛び退くと、フリットの横薙ぎが首を掠める。着地後、即座に前へ跳躍。俺が放った刺突を剣の腹で受け、衝撃を殺しながら旋回。
振り払われる剣を垂直に掲げて防ぐ。目の前で斬撃が重なり、眩い光を散らした。互いの命を削ろうと放たれた斬撃は幾重にも及び、剣の軌跡が散っていく。
「性懲りもなく、まだ俺を止めたいと思ってるのか?」
フリットの腕を狙った斬撃は半身で躱され、反撃の刃が襟を掠める。剣戟の応酬の中、フリットの顔が歪んだ。
「この国を憎んでるくせに」
俺の剣を弾き返しフリットは言う。腕に痺れを感じ、体制を立て直すため後退。追撃の氷の矢は体を傾け躱し、その間にフリットは俺と距離を詰めていく。
分かっている。俺はこの国へ抱く感情を憎しみだと認めてしまった。分かっているのに、フリットの口からそれを告げられると、未だに胸が重くなる。
振り下ろされる一撃を受け止めると、衝撃が肩まで響く。奥歯を噛みしめながら強化術式を展開、発動しながら刃を押し返した。
「俺にはまだ、班長としての責任が残ってる」
言葉に対して向けられるのは糾弾ではなく凍てつくような視線。義務の為刃を交える俺をフリットは根底から軽蔑していた。それでも構わない。
今度はフリットが距離を取る。強化術式の乗った刃を受けるべきではないと判断したのか。迫る氷針を薙ぎ払いながら進んで行く。
「それに、お前と行動する人物に術師協会術から捕縛命令が出ている」
「コルネリアに?」
彼の顔に憎悪以外の色が浮かぶ。しかし、それは一瞬。疑問は即座に塗り潰された。
「別にあの女が誰だっていい」
俺の強化術式が切れたのを確認したフリットが呟きながら距離を詰める。互いの刃が届く距離、迷わず振り下ろす。身体を傾け躱したフリットがさらに前へ。刺突と予測し右足を軸に回転。腕を掠める刃と交代に背後に回る。当然読まれておりフリットも急速転回。横薙ぎを受け止めたフリットとの間に術式の光が灯る。即座に離脱。『純凍壁』の術式による氷柱の冷気を受けながらさらに退避する。
真横から『氷針』が襲来。叩き落としながら視線だけ向けるが、そこにフリットが居ない事は分かっている。同時に、頭上に影が落ちた。反射的に右足を下げ、体を逸らすと鼻先を剣が通過する。着地後放たれた下段切りは後方転回で回避。地に足が付いた瞬間、剣を振ると『氷針』の魔法と激突。そして、氷に紛れ距離を詰めたフリットの斬撃が見舞われる。何とか体を引き避けるも、薙ぎ払われた刃が首を掠めていった。
攻撃の手を緩めないまま、フリットは白い息と共に口を開く。
「革新派も何もかも利用して俺は国王を殺す」
吐き出されたのは、激しい憎悪を含んだ決意の言葉。
「信念も何もないお前が! 俺を止められると思うなよ!」




