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悪い魔法使いを捕まえるお仕事  作者: 中谷誠
三章 去りし君との約束
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命に、報いるために⑦

 指定された合流地点が見えてくる。近付くにつれ、三人の人影が目に入った。

 マルティナが一番初めに足音に気が付き振り返る。長い赤髪の間から覗く瞳は鋭く、凍てつくような色を湛え俺を一瞥した。思わず足を止めそうになるが、堪え進んで行く。


「ご無事なようで何よりです」


 マリーが言う。瞳には若干の軽蔑が浮かんでいた。それもそのはず。俺はこの内乱勃発と言う重大な局面で現場を離れ、班を乱したんだ。無言の指弾を告げる視線から目を逸らしたくなるが、これは俺が招いた結果。向き合わなければならない。

 隣でエドガーがため息をつく。


「言う程大丈夫そうじゃないけどな」


 そう言って俺の腹部を見た。ヴィオラが近付き、無言のまま俺の服を捲った。傷一つない肌に顔を顰めた後、親指で傷があったと思われる場所を押す。予告のない行動と痛みに呻き声が漏れる。ヴィオラは構わずに触診を続け、美貌に更なる亀裂を作った後、魔具である杖を取り出した。『総癒活性法(ミエンブルム)』の術式を展開。白く暖かい光と共に痛みが引いていく。


「これを治療した人は随分意地が悪いようね」


 中途半端に治された痕跡を見て、治療を続けながらヴィオラは呟く。目に見えた傷はないため、軽いものだと思ったが違うようだ。術式の持続時間がそれを物語っていた。

 光が収束し治療が完了する。礼を言うとヴィオラは小さく頷き後ろに下がっていった。

 ようやく痛みが消えるが安心している場合ではない。皆に、言わなければならないことがある。


「勝手な行動をして本当にすまなかった」


 謝罪の言葉と共に頭を下げる。


「皆を取り纏める班長としてあるまじき行為だった。グラウスに戻ったらこれは嘘偽りなく報告する。処罰も受けると思う」


 顔を上げ、皆を見た。


「それでも今は、フォリシアにいる間は、俺の指示の下動いてほしい」


 都合の良い言葉のように聞こえるだろう。しかしこの場にはまだ俺の班長としての責任が残っている。これが班長として最後の仕事になるかもしれない。だから、せめて、全うさせて欲しかった。

 マルティナが深い溜息をついた。失望されているのだろう。俺はそれだけのことをしたんだ。エドガーにも情けない姿を見せ、皆の信頼を裏切った。


 離れていたマルティナが何も言わないまま俺へと歩き出す。乾いた足音は、秒針のように、宣告までの猶予のように少しずつ近付いてくる。そして、俺の魔具が差し出された。


「良いよ別に。多少予定がずれただけでしょ?」


 そう言って彼女は薄く笑う。隣でエドガーも喉を鳴らした。


「そうだな。その分働いてもらえばいいだろ」


 彼の言葉にヴィオラも僅かに口角を上げ頷いている。エドガーは俺の思いも何もかも知った上で言っていた。それは俺を、無理矢理戦場に縛り付ける言葉でもあった。

 マルティナから魔具を受け取り装着する。


「ありがとう」


 フォリシアへの憎しみも、全て何もかも投げ出したい気持ちに変わりはない。だが、今は術師として仕事を全うしなければならない。正義を示すために討った、数々の命に報いるために。


「そちらの話はまとまったようですし、これからの事を話しましょうか」


 マリーが口を開き、俺を見た。皆はもう知っているため、俺に向けての説明となる。


「術師協会から直接与えられた任務は、コルネリアの捕縛となります」


 彼女の言うその名前に顔を顰めた。


「その名前、偶然か?」

「確かフォリシアに所縁のある巫女でしたね」


 頷き数日前を思い出す。巫女コルネリアの像の説明はエドガーやマリーに説明しているため、その名前が示す人物を知ってるはず。


「でも大災害以前に居た人物の名前です。偶然、あるいは偽名でしょう」

「まあ、そうだろうな」


 偽名だとすれば何をもってその名前を使っているのだろうか。しかしこの場でその答えは出ないため、意識の奥に追いやることにする。


「捕縛って言っても特に事件は起こってないんだよね」


 マルティナの発言に対してマリーは頷く。


「あるのは指令書のみ。詳しい事は分かりません。私達はただ、指示に従うだけです」

「任務の内容は分かった。彼女をどうやって探すかが問題か」


 フリットと共に行動しているなら王座に向かっている可能性が高い。だが、今どこにいるのか、それが問題だ。彼らが迅速に動いていた場合、既に近衛兵と交戦中という事も考えられる。

 思考の渦中、突然照明が落ちた。いや、照明だけではない。王都を守る魔物除けまで消えている。騎士団から王城のすべての魔力の供給が止まっている、と考えて良いかもしれない。


「何だ……?」


 疑問を零すと、マリーが俺に紙を差し出した。


「今の出来事も、これを読んで頂いたら分かると思います」


 彼女から受け取ったのは三枚の紙。一枚は術師協会から届いた指令書。エドガーの言っていた通り術師協会の印が押されており偽装ではないと分かる。

 紙を送り二枚目。それは騎士団詰所から王城の精緻な見取り図。俺の知らない隠し通路まで描かれているが、今これを見る必要はない。


 そして、三枚目。それはユーフェミア王女からの手紙だった。

 これを書いたのは内乱が起こる前だろう。全て語尾が予測の形で書かれている。しかし、驚くのはその内容。俺が居なくなる事、居なくなった時の皆の行動指針が書かれていた。フリットの行為を止めさせるためにあの言葉を伝えたのだろうと、その意図は理解できる。だが、俺がフリットを一人で止めようとし、そして敗れることも予測していたとでも言うのか。


 悪寒を感じつつその先を読み進めていく。書かれていたのはフリット達の行動予測だった。内乱勃発後、彼らがどのような動きをするか事細かに説明されている。王達の脱出口を自らの手で、または革新派達を利用し、あらゆる手を用い潰しながら効率的に王座へ向かう、その方法が。


 これをユーフェミア王女が、いや、たかが十二歳の少女が書いたとでも言うのか。

 しかし、今疑問に思っている場合ではない。最後の一文に目を向ける。


『フリットと再び交戦したら、何としても止めてください。時間を稼ぐだけでも良いです。宜しくお願い致します』


 手紙はこの言葉で締められていた。フリットを止めるのは分かる。だが時間を稼ぐだけでいいと言うのは? ユーフェミア王女は何かしようとしているのか?

 疑問は残る。今は飲み込み、紙をマリーへ返した。


「分かりましたか?」

「ああ、十分すぎる程にな」


 頷き、廊下の先を見る。空は粉塵で汚れ、照明の切れた廊下は薄暗く先には暗闇が降り積もる。


「行こう」


 やるべき事の為、足を踏み出していく。ユーフェミア王女の予測を信頼するならば、この時間フリットは準備を終え、最後の目的地に向かっているはずだ。国王が待機する場所へと。

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