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錬金術の森~未成年孤児エルの半生~  作者: 一仙
第三章 蒼月
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03-06.王都到着

 まずはいつも通りの魔力操作と魔力循環の『準備運動』だ。ジュリアは3人の循環を見て、手を叩いて褒めてくれた。非常に効率よく魔力を流せており、今までは3人が下半身に魔力を巡らせる時にはどうしても上半身の時ほどスムーズに魔力を回せていなかった印象だったが、それをこの半年でしっかりと3人で話し合いながら修正し上達させた事に驚いていた。

 そこからエルはダン、ルチアはジュリア、リックはオーレルに分かれて個人別に指導が始まる。州兵達の目を引いたのはエルとダンの稽古だった。木剣での打ち合いがメインとなったのだが、それは子供に教える内容では無く、州兵の中でも選抜隊と呼ばれる最前線や魔物討伐に充てられる部隊の稽古に匹敵する過酷さだった。しかもそれを自分達の年齢の半分ほどの子供がやっている。州兵達にとっては十分に刺激される内容だった。手の空いた者はダンの指導を盗み聞きながら自分達も打ち合いや素振りを始めた。


 その様子を遠巻きに見ていたテオルグ、アンナ、サーム、レオ、そして部隊長のダレンが焚火を囲みながら話している。


 「なんと....これほどの稽古を12歳ほどの子供に強いるのは厳しいのではないか?レオ。」

 「恐れながらテオルグ卿。これは今までに何度も話し合い確認して、彼らが望んだ稽古内容です。彼らが今一番望んでいる事は、早く私達の手を離れる事なのです。それは一人前になりたいと言う焦りでは無く、いつまでも自分達の傍に創竜の翼がいる状況がミラ州、果ては王国にとって決して良い状況ではないと3人なりに気付いての事だと思います。」

 「それに気付けていると言うのか。子供達が。」


 レオはテオルグに向かってしっかりと頷く。驚いた表情のままテオルグはエル達を見る。エルの稽古と違い、ルチアとリックはお互いの得意な属性魔法の訓練をしている。これにはアンナが驚く。およそ子供の操れる魔力量では無いし、その複雑さも異常であった。


 「こんな訓練を一年も続けていると言うの?この子達のランクはまだ銅でしたわよね?レオさん。」

 「はい。現在の3人の冒険者ランクは銅です。しかも銅ランクに上がってからまだ一度も依頼を受けれていません。それはエルがサーム様と元に幻霧の森で暮らしている事もあります。3人で揃ってワックルトで依頼を受けられるのは2ヶ月に3日ほどしかありません。その中でエルボア様の指導であったり、ノーラやジョバルの指導もありますので依頼に割ける時間は少なくなっているのが実情です。」

 「それでは何のために銅ランクになったのか分からないのではない?依頼を受けさせてあげる事は出来ないの?」


 アンナのその言葉にレオはゆっくりと首を振り言葉を続ける。


 「それもまた彼らの望んだ事です。今急いでランクを上げる事に終始するよりは自分達が傍にいられる間に吸収出来る物を出来る限りしておきたいと。ランクはその後でいくらでも上げられると笑顔で言われました。」


 そう軽く笑うレオ。驚きながらアンナはダレンに尋ねる。


 「あの3人を州兵で迎え撃つとすればどう対応する?ダレン。」

 「まだ3人の実力を測りきれておりませんので何とも言い難いですが、何の情報も無く彼らの前に州兵達が対峙すれば間違いなく手痛いどころの話では無い損害を被る事になると思います。私一人の判断で良いならば彼らと死地を争うならば選抜隊の参加を要請します。」


 ダレンの言葉に更に驚くアンナとテオルグ。レオも言葉を足す。


 「今、彼らに指導している内容は魔法であれば金ランク相当の冒険者の実力に合わせた内容。剣術などに関しては白銀を目指す金ランクの冒険者に合わせた内容です。ランクだけで判断して3人と対峙すれば間違いなく返り討ちに合うでしょう。それだけの経験は積ませているつもりですし、その実力を持っていると確信しています。」

 「ほほほ。レオ達はエル達に少し過保護でのぉ。どうしても不安になって色々と指導している間にあのような事になってしまった。しかし、もう巣立ちの時期は近付いておる。儂も心を決めねばならん時が来ているのかも知れんのぉ。」


 そう語りエルを見つめるサームの横顔をレオは寂しそうに見つめる。何よりサームがエルと離れる事を願っていた。自分達の近くにいればいつか貴族社会の波にエル達が巻き込まれる事になる。そうならないように注意してきたつもりだが、それでもエルの周りには騒動が付きまとう。

 その為にもエル達の一人立ちの準備をしっかりと整えてやらなくてはならない。


 「リックさん達の孤児院があるのはレミト村と言ったかしら?そこに冒険者ギルドを作ればわざわざワックルトへ来る事無く依頼が受けられるのでは無くて?」

 「冒険者の立場だけで話をさせていただくならばレミト村を含め、ミラ州の西にあるケーラ村、そこにも冒険者ギルドがあれば非常に助かる事は事実です。レミトはまだワックルトに近いので素材や肉などが傷む事無くワックルトへ運搬できますが、ケーラ村に関してはワックルトまでどんなに急いでも一日半。ワックルトへ納品できるのは皮や魔石などの腐らない素材だけ。当然冒険者達の足は遠のきます。」


 その言葉にはテオルグもグッと何かを堪える表情をしていた。


 「レオの言う事には私としても思う所はある。父の代からの慣習をそのまま引き継ぎワックルト付近の統治をワックルト領主に任せっきりにしていたのが全ての原因だ。本当に領民達には申し訳なく思っておる。今後はアンナがワックルト臨時領主となる。誰が正式な領主となるかはまだ分からぬがそれまでに手を付けられる部分には積極的に改革を行うと約束する。」

 「有難うございます。出過ぎた事を致しました。謝罪致します。」

 「何を言う。白金冒険者の進言を無視するような領主ならば断罪されても仕方がない。よくぞ言うてくれた。これを機に何かあれば気にせず私に忠言してくれ。頼む。」

 「畏まりました。」


 これほどまでにテオルグが改革を急ぐのにも、ミラ州と言う王国の中でも特に特殊な地域であるからこその事がある。帝国と幻霧の森に国境が接している事はもちろんだが、王国内で唯一ミラ州だけで建国当初から領主を一族で世襲し続けている。他の州でも世襲した州はいくつかあるが、途中で一族自体が代わっている州ばかりだ。そう言った事もあって、周りの貴族からもミラ州は特に厳しく見られる事が多い。統治する一族が長くなればなるほど、不正や問題は起こりやすくなる。今回のワックルトの騒動がまさにそれだ。

 ミラ州での今回の騒動を良い機会だとアルシェード家がミラ州の統治をするのには疑問があると王に進言する者も出ていると聞く。今回は王へその心配が無い事を知らせると共に、更なる忠義を誓う為の謁見であった。


 「サームよ。そなたならこの状況、どう言った統治を考える。」

 「ふむ....細かな部分まで分かっている訳ではないので、現実的では無いかも知れぬが。まずはワックルトの領主が先頭となりワックルト内の村に代官をそれぞれ置く。今まではミラからワックルトに領主を置き、領主が王都にいて代官を置いて統治していた。そうなるなら元よりワックルトの領主などいらぬ。領主が現地の状況が手紙でしか知れない状況ならば、元より代官が領主を務めれば良いのだ。」


 これは至極尤も。これも古き慣習によるものだが、領主が代官に統治を任せ自身は王都で王からの指示に即座に従えるようにしているのは、戦争がまだ頻発していた頃の統治体制がそのまま今に引き継がれているからだ。現状、他国との戦闘が無いのであれば領主が王都に詰める必要はない。

 しかし、これは王政への批判とも取られかねない言葉だった。


 「ワックルト領主がレミト村とケーラ村の代官を任命し、二ヶ月ないし半年に一度ワックルトにて報告と話し合いを義務付ける。当然、その報告はミラ州領主に報告を義務付ける。それだけでも今よりは不正が蔓延る隙は減らせるはずじゃ。そして、何よりミラ州領主から任命された信頼高き者がミラ州内を巡回する組織を作る事、そしてそれを監視出来る組織も作り上げる事。出来ればそれはミラ州領主の影響を受けない外部の人間に任命出来れば良いのだが、なかなか難しいであろうな。」


 これにはテオルグだけでなくアンナやダレンも頷きながら話を聞く。久しく政治の場からは離れているとはいえ、一介の職人でしかなかったサームが爵位を賜り、王政に加わっていたのはこの知性の高さとそれに見合う努力を重ねているからに他ならない。現職を離れた今であっても状況を掴み改善点を導き出すその慧眼は衰えていない。


 「そうなれば人を構える必要も出てくるな。王都より戻り次第、早急に取り掛かろう。」


 そういった話し合いもありながら無事に王都へと向かう一行。

 エルがボーッと外を見ていると馬車の向かう先に大きな壁が見え始める。オーレルがエルの頭を撫でながら教えてくれる。


 「エル!あれが王都を守る城壁だ。」

 「あれが........王都....」


 眼前に聳え立つ巨大な壁。近づくほどにその視界を覆いつくさんばかりに広がっていく。大きな城門の前には王都へ入る人の列だろうか。いくつもの馬車と人々が並んでいた。


 「ワシらは別の入り口から入るんじゃ。」


 自分達の馬車の列は、他の人達が並んでいる別とは違う小さな門へと向かう。どうやらこちらは貴族や高額な通行料を払った人たちが優先的に通らせてもらえるようだ。エル達は当然、テオルグ卿やサームと同行しているので、小さな門から中へ入る。と言うより、その門の衛兵はテオルグ卿達よりもエル達の竜車に乗っていたオーレルに驚いていた。さすがは王弟である。


 王都の街の中は道が広く馬車が二台すれ違っても、悠々人々が行き交えるほどの広さがあった。脇道に入ればそれほどの広さではないが、恐らく流通の要となる通りや王城へ繋がる道はどれも広く作られているようだ。


 まずは今日の宿泊場所に向かう事になったのだが、いつまで経っても馬車が止まらない。ついには市民街と貴族区の間の門をくぐって、貴族達の豪邸が立ち並ぶ区域へと入っていった。途中でテオルグ卿達はアルシェード家が王都に用意している別邸へ向かう為、分かれる形になった。

 そのままエル達の竜車は王城に近い大きな屋敷の前で停まる。屋敷の前には警備の為の兵が数名いた。先頭のサーム達が何やら話すとそのまま中へ入っていく。少し広めの正面の庭に馬車2台と竜車が停まる。そしてサーム達が下りると屋敷の中から執事のような格好の老人とメイドが数名現れる。


 オーレルから降りるように促されるエル達。緊張しながら降りると執事たちは深々と礼をして一行を迎える。執事が代表して挨拶する。


 「お帰りなさいませ。サーム様。いらっしゃいませ。お客様。」


 おかえりなさい?サーム?と言う事はこの屋敷はサームの持ち物と言う事なのか。驚いて声も出せないエル達。サームとオーレルが笑いながら、3人の頭を順に撫でる。


 「ここは長らく離れておったが儂の屋敷での。執事のティラーじゃ。」

 「ティラーでございます。エル様、リック様、ルチア様、この度はようこそ王都ロンダリアへお越しくださいました。どうか滞在中ごゆっくりお過ごしくださいませ。」

 「えっ?ここに泊まるんですか!?」


 思わず反射的に反応してしまったエルに一行は大声で笑う。王都にはサームだけでなく、オーレルも創竜の翼もそれぞれに屋敷を持っている。その中でエル達だけを市民街の中にある宿屋に泊まらせる訳にはいかない。必然的に師匠であるサームの屋敷に泊まるとなる訳だ。それに安全面でも市民街の宿とは比較にならない程警備は厳重だ。


 創竜の翼の面々もオーレルも一度自分の屋敷へと戻って、後ほどまたサームの屋敷に集まる事になった。ノーラとジョバルも創竜の翼の屋敷に久々に行ってみる事になり、今はサームとエル達3人だけとなった。


 「皆様、まずは道中のお疲れを取られてはいかがでしょう?湯が沸いておりますので、そのまま浴場の方へ。ルチア様、ご安心ください。男女分かれておりますので。」


 エル達は小さな部屋に通され、装備を取った。そのままルチアと別れて別の部屋に入るとその部屋の奥には大きな浴場が見えていた。今までに入っていた森狸の寝床の浴場も自分達には十分に大きいと感じていたが、はっきり言ってそれ以上に大きな浴場だった。

 体の汚れを洗い、ゆっくりと湯船に浸る。体の中の疲れやダルさが流れ出るような心地で思わず声を出してしまった。リックを見ると寝てしまっているのではと感じてしまうほど目を細めて湯に体を委ねている。


 体を十分に温めて浴場を出ると着替えが用意されており、普段自分達が来ている服よりも上等な服で恐縮してしまう。部屋の外にはメイドが待っており、「こちらです。」と長い廊下の先の部屋へ通された。そこには自分達の装備と荷物が運び込まれていて、装備は汚れも綺麗に拭きとられていた。


 「本日からエル様とリック様のお部屋としてお使いくださいませ。お部屋の担当をさせていただきます使用人のイサドラと申します。何でもお申しつけください。」

 「よ....よろしくおねがいします。」


 緊張しながら挨拶する二人に優しい笑顔でイサドラは応えた。その後、創竜の翼とオーレルが到着次第、食事になると言う事でそれまでゆっくりする事になったが、柔らかいベッドの上に横になった瞬間に二人はあっという間に眠ってしまっていた。

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